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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
説明書
4/41

02.琥珀に依頼された夢

「よー。どやった?俺おったやろー?」



ああ、最悪…。


満面の笑みで暗闇に浮かぶ、人物を目視してしまって、澄蓮は思わず頭を抱えてしまった。

会いたくなかった、というのが紛うことなき澄蓮の本音だ。

しかも不可抗力とはいえ、あんな話を聞いた後だと、余計に会い辛い。



「居たっていうか…入院してたじゃないですか、先輩」



「俺の可愛い彼女にメロッててうっかり階段から落ちてしもたんやよー。不可抗力やって。あはは」



「ふかっ!?ふ、不可抗力ってのはそういう時に使う言葉じゃないです!!!」



えー、と不満そうに唇を尖らせているが、街中に出ればどこにでもいそうな男だ。

可愛らしい動作をしていても、全く可愛くなどない。

むしろ腹の中で何を考えているのか疑ってしまう。


ごほん、と咳払いをして頭の中切り換える。

相手のペースに乗っていては陽が暮れる…最も今は深夜なのだが。


相手が「俺のまじかるぱわー☆で夢と夢を繋げたんやー」と言っている以上、これは幽霊と同じ現象なのだろう。

つまり対処方法は二つ、寝ないか、相手の無念を晴らして成仏させるか、である。

寝ない、というのは生理的にどうしても無理なので、自然と残された手は相手の願いを叶えて、二度と関与してこないようにすることになる。

夢の中でまで疲れるなんて、まだ2回目だが、もううんざりなのだ。



「で。頼みって何なんですか」



「……へ?」



「いや、へ?じゃないですよ。夢と夢を繋げるとかいう人外じみた催眠術みたいなモノを見ず知らずのあたしに仕掛けてまで、先輩は何をしたいんですか?」



「え、あー…いやー、なんか…あれーっ?スミレちゃん、なんでいきなりやる気になったん?もっとこう、嫌がったり抵抗したり不眠してやる!って戦いを挑んでくるんやと思ってたんやけど…」



おかしいなぁ、と首を傾げる狐顔に、心の中でドロップキックを華麗にキめておいた。


この人、素か。

素なのか。

素でふざけているのだろうか。


いろいろ言いたいことは山のようにあったが、とりあえずグッと飲み込んで、限られた時間で全てを終わらせてしまおうとひきつった笑顔を作った。



「そ・れ・で。あたし安眠したいんですけど、何をしたら解放してくれるんでしょうか?」



「なんや、ノってくれへんのか…。関東の子ぉらてみんな冷たいなー。どんだけ全力でボケても誰もツッコミしてくれへんし…。

 『何コイツ頭悪いんじゃねーの変態なんじゃねーの』みたいな顔するし…。俺、寂しい…。

 ま、それは置いといて。頼みごとな。実はな、俺の親友らが命狙われてるねん。助けたってーや」



「はぁ……はいぃ!?」



これで解放される、と心底安心していたのに、当の本人がまた訳の分からないことを言い出した。

しかも親友の命を狙われているから、助けてやってくれ?



「すみません。意味が分かりません」



「そーやんなー…。えーと、まあ、見れば分かるか…」



延々と続いている暗闇の中で、見れば分かる、と言った陽斗の言葉の意味が分からなかった。

しかし彼の右手が宙で円を描くように動き出した途端、その意味を理解せざるを得なかった。


陽斗と澄蓮の間にある1.5mほどの空間。

その空間が、霧が広がるように色付いていく。



「な、何これ!?」



「まあ黙って見ててみぃや」



その言葉の通り、乳白色の霧は二人の間にある空間で一定の大きさを保ったまま、徐々に白く濃く色付いていく。

あっという間に白い塊になった物体は、まるで白く色付けたステンドグラスのように、陽斗の制服の黒色を微かに透かして見せていた。



「さぁて…誰にしよか…。六花は絶対アカンし、和奏は…ヒースが居るから無駄やなぁ。雅樹んトコは…アカン、あいつ神経質やから絶対俺が覗き見してるてバレたら怒られるわ…。…貴司と巽やったらええかなぁ…?」



表情豊かに指折り数えて、親友の名前を挙げていく。

どうやら『覗き見る』対象に選ばれたのは、貴司という人と巽という人らしい。

ご愁傷様です、と他人事ながら覗き見られる二人に同情した。

しかし覗き見をすると言い出して実行までしている極悪人の陽斗も、なぜか乗り気ではなさそうだった。

なら他の人にすればいいのに、と思ったが、口には出さない。

興味がないわけではないし、どうせ夢の中の人物なのだろうし。


腹が決まったらしい陽斗が、右手を白い塊にふんわりとかざす。

その掌がかざされた部分から、徐々に白い塊が色付いていく。

黄色と薄い茶色が混ざった色、蒸栗色というのだと後で教えてもらった。

どこかで見たことがある色だと思っていたら、まさしくその通り、それは砂漠の砂の色だった。



「ああ、あいつら荊棘の砂漠に居るんやな」



「トゲの砂漠?」



「そうや。見えるか?ここは完全に乾燥地帯やし砂が軽いさかい、しょっちゅう砂が舞ってるんや。砂漠っちゅーてもそんな熱ないし、快適なんやけど…」



「けど?」



「オアシスとかないし、有毒生物ばっかりやし、地中にはトゲトゲの植物が蔓延ってるさかい、足とかちょっとでも傷つけたらあっちゅー間に干乾びるか毒が回ってまうねんなぁ。あ、じゃあ手始めにコイツ助けたってくれへん?」



ああ、こういうことを死亡フラグって人は言うのね…。


遠い目をした澄蓮を、誰が責められようか。

しかしクスクスと人を喰った笑みで笑う陽斗は、楽しそうに「冗談やって」と言った。



「あいつらもまだ襲われてるわけやなさそうやしな。ほらほら、見えるか?」



と、指さされた場所を目を凝らして見てみる。

砂が飛び交う中、うっすらと黒と茶色の塊が見えた。

砂と同じ色の馬のような動物にまたがる二つの塊は、一瞬砂のノイズが途切れた時、遠目にだが人の形に見えた。


顔までは見えないが、確かに人がいた。



「あ、あれですか!?ちょ、本当に砂漠の中彷徨ってるじゃないですか!?」



「…まあ、とりあえずいけるやろ。巽…あ・あの小ちゃい茶色のヤツな。はプロの仕事人やし、貴司も運動系やからサバイバル得意やし」



「仕事人って…テレビであるような…アレですか?」



「やー、どうかっちゅーたら、RPGのアサシンとか忍者とか…あんな感じやなぁ。あっはっは」



「…はぁ、そういう設定なんですか…」



さすがは夢の世界、ファンタジーな設定。

自分のようにごく普通の高校生には、砂漠で旅するだなんて到底無理だ。


呆れを通り越して関心しながら頷いた澄蓮に、陽斗は困ったように溜息を吐いた。



「やっぱ分かってへんねやんなぁ…」



やれやれ、と肩をすくめられ、馬鹿にされたのかと憤った。

関西から見れば関東は嫌味っぽい口調なのかもしれないが、関東からしても関西の口調は小馬鹿にされているように感じることもあるのだ。

万人が万人そう感じるわけではないのだろうが、相手が滝陽斗という人物なので、ことさらイヤな感じに聞こえてしまう。

というか、簡潔に言うと、腹立つ。



「あんな、自分確認したんやろ?これは夢やけど現実とリンクしてるんやーって。なら分からへん?あの黒色マント…森谷貴司は、和織高校2年3組、柔道部副主将で全国大会ベスト8の実力者なんやで」



森谷貴司…という名前は知らなかったが、そういえば和織高校は柔道部が強い高校として有名だったはず。

ということは、学校の玄関に飾ってある賞状は、滝陽斗の友人が勝ち取ったものだったのか。



「……え…っと…どういうこと?だって、ここはあたしと滝先輩の夢がリンクしている場所なんですよね?なんで他の人が登場してるんですか…?」



「せやから、俺言うたやろ?俺のまじかるぱわー☆で夢と夢繋いだんやって。つまり、俺の夢、スミレちゃんの夢、貴司の夢、あと六花と和奏と雅樹の夢もリンクさせてあるんや」



「…ってことは、他の人もここに!?」



まさか、と思う反面、実際自分が体験しているものだから、やっぱり、と思わなくもない。


だとすれば、今砂漠を彷徨っている森谷先輩はかわいそうだ。

昼は学校で疲れ果てて、夜眠れば砂漠の真ん中で旅を続けなければならないのだから。

そして、そんなことを友人に強要している、滝陽斗という人物は最低な人だ。


澄蓮がそう考えているということを表情から読み取ったのか、陽斗は苦笑して言った。



「せやな。俺がみんなを巻き込んだんや。けどな、これは言っとく。今はみんな自分の意志で胡蝶に残ってくれてるんやってな」



「『胡蝶』?」



「ああ、スマンスマン。今貴司がおる、あっちの世界の名前や。夢っちゅーても、胡蝶は俗にいうパラレルワールド…平行世界に当たると考えてくれた方がええで。

 家族や学校がある『現実世界』と、夢ん中にあるファンタジックな『胡蝶世界』。ここの暗闇空間はその中継地点にあるて思ってくれてかまわへん」



「ちょ、ちょっと待ってください!あの、根本的な話をさせてください!…本当に、あなたは自分の夢と他人の夢をリンクさせることができるんですか?それに、胡蝶っていう夢の中の世界に…」



ああ、頭が痛い。

どうして夢の中で、こんなベタなファンタジーを体験しなければならないのか。

たちの悪い詐欺というか、ここまで真剣に説得されては、滝陽斗がマトモな人格ではないようにさえ思えてくる。



「信じられへんなら、夢の中で冒険するんやって程度でもかまわへん!せやけど、俺の親友が危ないのはホンマなんや…!助けてやっ て ― ――  ―――




ジリリリリリリリリリ


けたたましくケータイのアラームが部屋に鳴り響いて、驚いて飛び起きた。

デジャヴだ。

昨日とほとんど同じで、今日も寝た気がしないまま朝を迎えてしまった。



「な…何なのよ……わけ分かんないっての!」



助けてくれとか、夢をリンクさせているのだとか、本当に、ああもう、どうかしてる!


イライラした手つきで、寝ぐせではねた髪を押さえつける。

ひどく眠いのに、もう起きて学校に行かなければならない時間だ。

起こしにきた母親に苛立ちながら答えて、ふとんを跳ね上げた。



「森谷貴司先輩、ね…。確かめてやろうじゃないの!」



あなたは昨日の夜、砂漠で彷徨う夢を見ましたか?


その答えで全部解決する。

簡単な話だ。

そう、それだけで、いいんだ。





朝食を超特急で胃袋に詰め込み、澄蓮は今までにないぐらい急いで学校に走った。

教室に荷物を置く手間も省いて、一目散に体育館1階にある道場へと向かった。



「はぁ…はぁ……に、2年の、森谷先輩、いますか…!?」



息も切れ切れに乗り込んできた生徒に、中で練習をしていた生徒たちが何事だと振り向いてきた。

その中の、おそらく3年なのだろう大男が、全員を練習に戻らせて澄蓮の所へやってきた。

若干濃いめの、森の奥で鮭をとっている熊を思わせる容貌だった。

しかも眼光が強い。


威圧的な先輩の出現に一瞬ひるみかけたが、澄蓮も理解の範疇を越えた現実にタコ殴りにされてたので、ここで逃げるわけにいはいかなかった。



「森谷貴司先輩、いますか?」



「森谷なら、外で走り込みをしている。そろそろ戻ってくる頃だ。…待つのなら授業に遅れるぞ。伝言なら伝えておくが?」



「…じゃあ、『滝先輩と夢の話についてお聞きしたいことがあります』と伝言をお願いします。あたしは1年の芳村澄蓮です」



「伝えておこう」



「お願いします」



中途半端な達成感と、威圧的な大男(といっても先輩だけど)、そして強烈な眠気にふらふらしながら教室に入る。

友達に挨拶をして席に着いたら、一気に張り詰めていた緊張が解けて、後にはただ眠気だけが残った。


朝礼を始めるぞー、という担任の声が、遠くに聞こえた気がした。





「…ん?あれ、スミレちゃんやん!あれ、今日学校休んだん!?」



「――――え…え、ええっ!?な、なんで先輩がここに!?」



真っ暗な空間の宙に浮かんだまま、胡坐をかいていた陽斗に声をかけられ、ぎょっとして指さしてしまう。

こらこら人を指さしたらあかんでー、と注意されて指を戻したが、頭が現状についていかない。


あれ、あたし授業に出てたんだよね?

なんで先輩が目の前にいるんだろう?



「やー、あのさー…スミレちゃん、ひょっとせんくても居眠りしてるんやろ?そんならこの中継地点におるんが当然やん。俺も一応、一日中ずーっとスミレちゃんの夢と繋げてるんやし」



「…居眠り…」



ま ず い 。



「たたたたた滝先輩!ど、どうやったら目覚めることってできるんですか!?あたし、次小テストなんですけど!?」



「あっちゃー…そらめちゃマズイやん。えーと、そんならここでもう一回寝てみ?俺らは寝ることで世界渡ってるさかい」



「それってどんなゲーム!?ああもう、おやすみなさい!」



「あはは。オヤスミー」



目を閉じて、眠れ眠れ眠れとひたすら念じる。





次に目を開けたと同時に、誰かに肩を叩かれた。



「芳村さん!後ろにテスト回して回して!」



前の席に座る、見慣れたクラスメイトが、教師にばれないように、必死に小声で呼びかけてきていた。

はっとして突き出された紙を受け取って頭を下げた。



「…え…あ、ごめん!」



慌てて後ろにプリントを回して、号令と同時にシャーペンを滑らせる。

直前に復習しなければ、と思っていたのに、うっかり寝てしまった拍子に頭から英単語が抜け落ちたらしい。


ほとんど勘で穴を埋めながら、暗闇の中で浮かんでいた、色素の薄い男を思い出して歯噛みする。

そういえば、骨折とかで入院していると言っていた。

ということは、澄蓮がこうやって必死に問題と対決している中、のんびりとベッドの中で寝ているのだろう。

昨日までなら一発殴ってやろうと思っていたのだが、会っても会っても良い印象なんて全くないのだし、もう二度と会いたくない、と思うようになってしまった。


とりあえず、下校の時、駅前にある喫茶店でコーヒーを大量に購入しようと思う。



「持久戦といこうじゃないの…!」



会わない = 眠らない。

生理的に無理だと最初に投げ出した手段に、手を伸ばす。


告白してきた女子を手酷く追い払う男なんて、最低だ。

親友を砂漠なんかに追いやるような男なんて、最悪だ。

見ず知らずの後輩の安眠を奪う先輩だなんて、会いたくなんかない。

顔も見たくない。

あんな人、どうなってしまったって、知らない。


シャーペンを握り締めた手から血の気が引いて、白くなっていった。

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