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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
36/41

閑話.ダンデライオン、真心の愛

『お前の髪と目、変な色だよな』


昔一つ上の村の子どもにそう言われた時の衝撃を、僕は今も忘れられないでいる。



「こらっソイエッ!あんたネオンちゃんに何失礼なこと言ってんのよっ!」



「あだっ!!?」



女性とは思えないキレの良さで振り下ろされた拳が、見事に目の前の頭に振り下ろされた。

拳を振り下ろした女性は、さきほどまでネオンに焼きたてのゴマのクッキーを渡してニコニコと笑っていた女性とは別人のような恐ろしさがあった。



「いぃっでぇぇええっ!!!」



「ごめんね、ネオンちゃん。気にしないでねぇ…」



「あ…いえ……」



それよりもあなたの一人息子が頭を抱えて蹲ってますけど、とも言い出せず、ネオンは曖昧な笑顔を浮かべた。

ネオンちゃんはいい子ねぇ、と蹲る我が子と見比べてしみじみと言い放つ彼女は、普段はとても優しくて親切な人なのだけれど…時々ものすごく、怖い。


わざわざお菓子を家に持ってきてくれたフラウィとソイエ。

和やかに話をしていて突然ソイエが言ったあの言葉は、ずっとネオンが疑問に思っていたことの一つだった。


なんで、僕だけ違うの?


自分の髪や目の色は、村の人たちのように、草木を絞って出た汁で染めた色みたいな優しい茶色や黄色の髪ではない。

ギスギスと強調する、鮮やかな新緑の色。

しかも、生まれた時に薄く生えていた髪はタンポポのような色だったらしいが、最近、陽の下では目と同じギスギスした気味の悪い緑色に見えてきた。

加齢によって髪の色が変わるのとは明らかに違う、気味の悪い変色現象。

村の人の、だれにもそんな現象は起きていない。

自分だけ。

病気かと思った。

けど体は健康体だし、どんなに髪を洗っても色がもとに戻ることはないし。

怖い。

自分に何が起きているのか分からなくて、怖い。

こんなことが起きているなんて村の人たちに知られたら追い出されてしまうんじゃないだろうか。

村の外は怖いものがいっぱいあって、怖いことがたくさん起きると、旅の人に教えてもらったことがある。

育ててもらっている村人たちに嫌われるのが怖くて、影の中では少しはマシな色に見えるから、と最近はずっと家の中に引きこもっていたのだ。



「…フラウィさん、あの…」



「うん?なぁに?」



「…いえ…なんでもない、です」



言えるわけがない。

どうして親のいない僕を村で養っているの。

村の人たちだって、余裕があるわけじゃないのに。

まだ僕は満足に働くことだって、できていないのに。

どうしてこんな毛色の変わった子どもを育てているの。

聞きたい。

けれど、聞いたとたん、全てが終わりそうで、怖い。



「そう?ほらソイエ、ちゃんと謝んなさい」



「だって…ネオンの色、俺らのと違うじゃんか!なんで!?」



「だーかーらー!ネオンちゃんは宝授けの子だからよ!ネオンちゃんのご両親は違う地域の人だったの。だからこの地域の人たちとはちょっと違った色を持ってるの!それの何が変なのよ!?」



フラウィの言葉にはっとした。

変じゃ、ない?

みんなと違う色なのに。

髪の色が変わるなんて変なことになってるのに。



「いででででっ!!!ご、ごめんな、ネオンっ!俺、別に嫌なこと言おうと思ったんじゃなくて、ちょっと気になっただけで…だから……」



ごめん、と頭を下げて謝ったソイエ。

ソイエに言われたこと、全然、気にしてないってのは嘘だけど。

だけど、僕が嫌いで言ったんじゃないって分かったから。



「いいよ、ソイエ。僕、気にしてないよ」



「そっか…。ごめんな、ネオン」



「ううん」



「ああっ!いっけない、リエットさんのところに布をもらいにいかなくちゃ!それじゃあネオンちゃん、またうちにもごはん食べにきてね!」



「はい、ぜひ」



「じゃあな、ネオン!」



「うん。またね」



フラウィを誘導するように手をつなぎ、ソイエも行ってしまった。

ドジばっかりの母さんが出産間近だから俺が守ってやるんだ、と早くも兄の顔でソイエが言っていたから、きっとあれはソイエなりの母親の守り方なのだろう。

この間森でこけて泣いてたのを思い出して笑ってしまった。


いいなぁ。

お母さんがいて、お父さんがいて、兄弟がいて、稀におじいちゃん、おばあちゃんがいる。

家族がみんなにはいる。

でも、僕にはいない。

いいなぁ。

羨ましい。

一度、ラルダに聞いたことがある。


『僕も家族が欲しいです。どうやったらもらえますか?』


ラルダは困った顔で唸って、次に起こった顔になった。


『あたしはネオンちゃんを家族だと思ってるよ。村の連中もそうさ。でも、ネオンちゃんにとってはあたしたちは家族じゃないってことだね?』


ものすごく怒って言われて、とっさにごめんなさい、と謝ったけれど。

あの時のラルダは、ちょっと悲しそうな顔をしていたようにも見えた。

ラルダにも家族がいない。

アジックには妹がいるが、嫁いでしまって今は一人で生活している。

リエットも一人暮らしだが、外の村に嫁いで行った妹が次に産む子どもを養子にすると言っていた。

丘向こうのシシも、川辺のウロエも、琥珀の木のリズレ…は、犬を飼っているけれど。

この村には、一人暮らしの人も、何人かいる。


けれど。


最初から家族がいないのは、ネオンだけ。

こんな髪になっているのも、ネオンだけ。

誰を頼ればいいのか、分からない。


ゴマのクッキーを机の上に置いて、今日の夕食はこれにしよう、と飲み物の用意をする。

薄荷の香りをつけた紅茶。

ゴマのクッキー。

どちらも一人分だけ。

小さい頃はラルダと生活していたけれど、家事ができるようになってからは迷惑をかけたくない、と自分の家をもらって生活を始めた。

本当は、髪の色が変になってきたから、家を出させてもらったのだけれど。

髪の色が変わっているのを知るのはソイエや一部の子どもたちだけ。

大人はダメだ、とモインが言っていた。

大人はすぐに大都のイコウを気にするから、ネオンの髪が変になったらきっとネオンを大都に連れてけって言い出すぞ、と言っていた。


僕はここにいたい。

この村で生きていきたい。



「ネオンちゃーんっ!ちょっと開けてちょうだーい!」



突然背後から大きな声をかけられ、ビクッと肩を震わせた。

茶葉を蒸らそうと椅子に腰かけてから、ずいぶんと考え事をしていたようだ。

外はすっかり陽が落ちてしまっているし、本来薄い色になるはずの茶葉がずっしりと深い茶色になってしまっている。

久々に失敗したなぁ、と思いながら、早く早くと急かすラルダの声に応えて玄関の扉を開けた。



「こんばんは、ラルダさん」



「こんばんは、ネオンちゃん。って、まあまあまあっ!なんでこんなに暗いのっ!ああそうそう、ポタージュを作りすぎちゃったからおすそ分け!まだ温かいからしっかりお食べなさいね。パンはまだ足りてるの?」



そう言ってプリプリ怒りながらもてきぱきと手を動かすのはさすがというか何というか。



「…ちょっと、考え事をしちゃってて…」



「考え事は日の高いうちになさい。夜の考え事なんざロクでもないことばっかりになっちゃうんだから。あーらまあ、ネオンちゃんが茶葉を蒸らし過ぎちゃうだなんて珍しいわねぇ。これはもうダメね。捨てちゃいましょ」



もうダメ。

捨てる。


ぼくも?



「やっ…!」



嫌だ!

僕はまだ、ここにいたい!



「わわっ!?ネオンちゃん、どうしたの!?」



突然腰に抱きついたとはいえまだまだ小柄なネオンを、恰幅のいいラルダは一歩たりと動くことなく受け止めた。

陶器が割れてはいけない、と持っていたポットを流しにおいて、ラルダはネオンを見下ろした。

無言で訴えかけるようにしがみつく姿は、何故か、途方に暮れているように見えた。

ラルダはネオンの頭をゆっくりと撫で、まずは落ち着きなさい、と声をかけた。



「―――ねぇ、ネオンちゃん。何か、嫌なことがあったの?」



嫌なこと…。

髪の色が変わってきていること。

それを知っても、ソイエやモインのような子どもたちや、ソイエの母親のフラウィはネオンに対する態度を変えることはしなかった。

それが逆に、怖い。

その優しさは、いつまで続くの?

いつ、僕はこの村から追い出されるの?



「ラルダさん…」



「なあに?」



「僕…僕だけ、どうしてこんな変な色なんですか?」



ラルダの手が、ぴたりと止まった。

…怒ったのだろうか。

ラルダが怒ると怖い。

言わなければよかった、と後悔が滲むネオンの背中を、何かがぎゅっと締め付けてきた。

ラルダがネオンを抱きしめていた。

驚いて、でも怒ってたら嫌だなぁ、と思いながら恐る恐る顔を上げて、ネオンは心底驚いた。

あのラルダが、村で一番発言力があって豪快で男なんかに一度だって負けたところを見たことがないぐらい強い、あのラルダが。

ネオンを見下ろして、悲しそうな顔をしていた。



「どうして違ってちゃダメなの。どうして変な色だなんて言うの…!?」



「だ、って…だって…っ!」



ネオンがそんなことを言うなんて悲しいと、ラルダの目が言っていた。

ラルダにそんな目をさせてしまったことに、たまらなくなって、ネオンはぼろぼろ泣いてしまった。

もう10歳なのに、ずっと、泣かないようにしていたのに。

ごめんなさい、と謝ればいいのだろうか。

だけど、モヤモヤしたものが晴れないのに謝ってこの場をごまかしたって、後からずっとモヤモヤしたものに悩み続けていくのだろう、となんとなくネオンには分かってた。

だから勢いに乗せて、ネオンはずっと胸にためていたもの、言いたくても言ってはいけないと思っていたことを、吐き出した。



「僕だけ、僕だけみんなと違うじゃないですか…僕だけ目も、髪も、変な色だし…髪、色が変わってきてるし…!家族も最初っから、いないじゃないですか…!どうして、僕だけ…っ!?」



しゃくりあげながらも抱えていた疑問を吐き出した。

モヤモヤを全部吐き出したのに、全然、すっきりなんてしない。

自分だけ変なこと、血のつながった人が最初からいないことが、言葉として吐き出したことによって、より一層自分の胸を締め付けてきたみたいで、辛くて、悲しくて、自分がかわいそうで、ネオンはぼろぼろ泣いた。

ラルダはネオンの言葉を全て聞いて、そして一度強く目を閉じた。

まるで何かを思い出すように、何を言えば悲しみのどん底にいるネオンに言葉が届くのか考えるように。

―――小さい子どもを守るためにそれとなく隠していた真実が、もう隠しきれない時期にあるのだと悟ったかのように。



「…分かったわ、ネオンちゃん。ちょっとついてらっしゃい」



あたたかで肉厚のラルダの手に引かれ、よろよろとネオンはラルダの家に入った。

ちょっと待ってなさいね、とネオンを椅子に座らせ、寝室から何かを取り出してきた。

細長い、ラルダの家で10年生活してきたネオンも見たことがない、飾り気のない箱。

ラルダはその箱を机の上に置き、固そうな蓋をゆっくりを開いた。



「っ!こ、れ…!」



中に入っていたのは、髪。

ゆらゆらと揺れるランプの灯りにきらめく、長く美しい三つ編みが2束。

部屋の中が暗いため、確証できないはずなのに、ネオンには理解できた。

自分と同じ色の髪だと。

深みのある蒲公英色の…橙色の髪。

血の影響でだろう、髪や目の色が血の影響を受けると知っているネオンは、理解できた。

この髪は…。



「これはね、あなたのお母様のものなのよ、ネオンちゃん」



「僕の…お母さん…?」



髪の束に手を伸ばす。

触れれば、自分のものよりも少し柔らかいその髪が、なぜか暖かく感じた。

ラルダは何も言わなかった。



「……おかあ、さん…」



言いなれない言葉に、口がちょっとムズムズする。

どうして髪なのか、分からないけれど。

自分にも、自分を産んだ母親がいたのだと分かって。

ちょっと…落ち着かない気持ちだ。



「あなたのご両親がこの村に来たのは10年前…。大都【紅】に利用できる村人たち全てが集められて、軍ごと全員殺されてしまった直後。あなたのお母様は、ネオンちゃん、あなたを身ごもっていらっしゃったわ」



「10年前…」



ネオンが生まれた年、山向こうの巨大な砂漠を越えて、異国の人々が現れた。

見たことのない魔術を使い、見たことのない服を着ていたという。

彼らは自らを『神の使者』と名乗り、大地全てが神のものであると宣言をした。

大都【紅】と大都【黄】が指揮を執り、『神の使者』を殲滅したという。

10年前の戦争…。


その時、兵力としてさまざまな村の細工師や戦える男たち、魔術をつかえた女たちも招集されたという。

だがその招集を拒んだ流浪の魔術師や魔剣士などによって、この国の人々の多くが殺されたという。

それが10年前の内戦。


内戦での死者は、戦争での死者の数を大きく上回ったという。

リエットの夫も、丘向こうのシシも、琥珀の木のリズレも、家族を喪ったのだと。


だから村人たちは大都が嫌いで、そもそもの発端となった『神の使者』も嫌いなのだと。

そんな『神の使者』の特徴は、魔術、服装、そしてもう一つ…。



「え…え、まさか…っ!?」



手に持った髪、見たくなくてめちゃくちゃに切ってしまったせいで今は見えない自分の髪、そして瞳。

『神の使者』の一番の目印は、『珍しい色』の髪と眼。


血の気が引いた。

死ななくてはならない。

そう思った。


異国の者は例外なく全て斬首。

それはどんな小さい子でも知っている、大都の命令。

むろん、ネオンもその命令を守らねばならないと今の今まで思って生きていた。

なのに、だというのに。

まさか自分が、異国の者だっただなんて。

…思いもしなかった。


途方もなく遠い地方に、自分と同じ色を持つ人々が生きているのだと思っていた。

いつか旅をして、両親とは言わずとも、自分と同じ色の人々に会ってみたいとさえ、薄く淡く思っていた。


けれど。


手の中の髪を見る。

無残に切り落とされた、長い髪。



「僕の両親は…殺されたんですか…」



首を切り取られ、野にさらされ、獣に肉を食われて。

そうやって、もうすでに、この髪を除いて、跡形もなくなって…。



「いいえ、ネオンちゃん」



「………」



「あなたのお母様はあなたを産んで亡くなったのよ」



「っ!じゃあ、じゃあ、僕が…僕がお母さんを殺したんですか…ッ!!?」



「いいえ。彼女は重い病気だった。素晴らしい魔術師だったあなたのお父様がどんなに手を尽くしても、紅の琥珀の森から山ほど薬草を摘んできても、アジックの羊を食べてもらっても、治りはしなかった」



寿命だったのだと、ラルダはネオンに告げた。



「あなたのお父様はあなたにこの髪と、名前を授けて去ってしまった」



ラルダは言葉を切って、ゆっくりと目を閉じた。

10年前を思い出すように。



「『国を越えた新しい存在』…ネオン。それが、あなたの名前よ」



「…ぼく、は……っ」



「ネオンちゃん。あなたのお父様は自分といると危険だから、あなたを私たちに託したのでしょう。ねえ、ネオンちゃん。髪の色が何よ、瞳の色が違って、何が悪いのよ」



ラルダは声を押し殺してぼとぼとと涙を落とすネオンの手を包み込んで、力強く告げた。



「あなたは素敵なご両親に愛されて生まれた、私たちみんなの子どもよ。たとえどんな姿かたちになってしまったとしても、あなたは私たちの、私の、自慢の息子だわ」



初めて聞くラルダの涙声に驚いて顔を上げたネオンを、ラルダは苦しいほどに力強く抱きしめた。


その腕の力強さを、震える体を。

僕はこれからもずっと、忘れない。

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