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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
34/41

27.鳥の子色、雛たちの利己主義

うそ。

嘘だ。


澄蓮は、目の前の状況に絶望した。

二人はカーサのことを、以前は仲間だったと言っていたのに。

仲間だったなら、少しは手加減やためらいがあるだろうと、当然のように信じて疑わなかったのに。

その人物に、貴司も巽も攻撃され、打ち捨てられていた。

意識を失っているからか、それとも指一本、うめき声ひとつとしてあげることができないからか、ぴくりともしない二人。

背後のテンラに刃物で固定され、目の前に微笑む敵がいるまま、澄蓮は力なくうなだれ、消し炭にされた草を両手に握りしめた。


だって、巽さんは、あんなにも身軽に駆けて…。

森谷先輩だって、柔道がすごく強くて、頼れる先輩で―――。


ぴくりとも動かない貴司の体から、燃えかすの間を縫って、流れ出ている、何か。

炭に紛れた、赤黒い、液体…は。

…ち。

血、だ。

煤けた肌にも、焦げたような黒色と、皮膚の中の肉の色も、見えて。


澄蓮は理解した。

元は味方だっただなんて、カーサたちにとっては、もう関係がないことなのだと。

そして、『害された』と。

砂漠でアルビノの少年と、そして先程カインやシェイラと戦っていた姿を見ていた澄蓮には、貴司も巽も決して弱いわけではないのだと理解できていた。

火と草という相性の問題があったとしても、こんなにも早く、こんなにも簡単にやられる人たちではないのだと気づいていた。

なのに負けたということは、きっと貴司と巽の心のどこかには、まだやり直せる、まだカーサと和解する余地がある、という気持ちがあったのではないか。

だとするなら、これは、この現状は、本当の意味での『裏切り』だ。

貴司も、巽も、身体だけでなく心までもが害され、裏切られたのだ。

『味方だった』、『まだあの頃に戻れるかもしれない』という甘え。

その甘えという隙をついて、希望を打ち砕かれたのだ。


澄蓮は裏切りという行為が嫌いだ。

されたら嫌だし、してしまったら自分が許せないと思っているからだ。

だからこの場合、裏切者であるカーサが、許せなかった。

許せない、けれど、首を刃で挟み込まれている今、自分の命可愛さに、糾弾もできない。

何より、澄蓮はまだ、陽斗やカーサの心境についても、この世界についてさえ、あまりも無知だった。

何も知らないのに、糾弾などできるはずがない。

そこまで驕り高ぶることは、できない。


自分の気持ちを何より信じて優先させることもできず、相手を理解するにはあまりにも時間も場所もタイミングすら悪くて。

そして今の澄蓮はあまりにも、あらゆることに対して、無力すぎた。



「もう…やだ……っ…」



全部、なかったことにしたい。

全部全部、知らなかったことにして、帰りたい。

家に帰って、ベッドでゆっくりと、何に対しても苦しむことなく、眠りたい。

焼け焦げた炭や煙の臭いも、皮膚を焼くような熱い炎も、手に握りしめた草の消し炭も、生々しすぎて、目を閉じても逃げられない。

いっそ気絶でもしてしまいたかった。

けれど、目の前でじわりと汗を流しながらも微笑む男は、それを許さない。



「そうですね…。あなたの魔力もまた、いずれ私たちの脅威になるでしょう…。抜いてしまいましょうか」



圧倒的に有利な状況であるにも関わらず、カーサの声音に一切の余裕も感じられない。

それがこの状況においては返って奇妙だったが、余裕のない澄蓮には気づくことはできなかった。

カーサが余裕を持てない理由が自分自身にあることも、澄蓮は知らなかった。

あらゆる面において先んじているカーサにとっての番狂わせともなりうる要素。

それは、澄蓮が持ち得るであろう『魔力』の存在だった。

しかし澄蓮には、貴司が植物を出現させた魔法のような魔術を使役するエネルギー、魔力というものが自分にもあるだなんて、思えない。

そういうものがあるんだな、という認識ができているレベルだというのも原因だったが、何よりシェイラが言ったように、澄蓮は『まだ魔力も弱い』という状態なのだ。

だから澄蓮としては魔力を抜かれても別に生活に支障はないし、何も不自由はしない(火をつける練習はできなくなるが)。

けれど今、カーサがやろうとしていることは魔力を抜くという行為だけではない気がした。

澄蓮の何かを『害する』ものなのだ、ということは本能で察知していた。

しかし、逃げられない。

何度も言うが、刃物で首を固定され、周りを炎で囲まれ、自分一人に対して敵が二人もいるのだから。


ひたり、とカーサの手が澄蓮の額を包む。

まるで親が子の熱を測るように、優しく、そっと。

シェイラが澄蓮の額に触れたのと似たような感触にも関わらず、澄蓮の肩は大げさなほどに跳ねた。



「ぃ、いや、だっ…、」



何が起きるのか、分からない。

けれど。

『害される』

それだけが、頭の中で警告音を発して止まない。


重たい刃物を微動だにせずに固定し続けるテンラ肘鉄を食らわせて逃げる、とか。

手の中に握りこんだ炭をぶつけて眼が見えないようにして逃げる、とか。

いくつか逃げる道を探してみたが、どれをとっても澄蓮には困難を極めた。

細くも骨ばった魔王の手に対して澄蓮に残された行動は、目をきつく閉じることだけだった。

紅蓮の炎に囲まれてなお冷たい掌が、額に触れた次の瞬間。

その冷たさはまるで周囲の炎と同じような熱さになって、澄麗の額にじっくりと焼きつけるように抑えつけられた。



「ぅ…ぁ、ああっ!!?」



熱い…熱い…ッ!


まるで額に焼印を捺されるような、強烈な熱さ。

けれど体は対照的に、氷漬けにされたように、身震いするほどの寒さに襲われている。

極寒の冷たさに指先が震える、灼熱の熱さに瞼が焼けるように痛くて涙が浮かぶ。


声も出せない恐怖に身を震わせて、確かに感じる熱と、首に食い込む鋏に澄蓮はいっそ気絶してしまいたいと思った。

気絶するように眠れば、現実世界に逃げ帰れるかも―――…。

しかし、砂漠の中で思ったことがそのまま、再び自分に帰ってきた。

『こんな場所でのうのうと眠れる人がいるならぜひ会ってみたい』、…と。


もうだめだ、死んじゃう。

澄蓮が自分の死の臭いを感じ取った、その時だ。



「スミレちゃん、無事か!?」



炎の壁の向こう側、唐突に叫ばれたカインの声に、澄蓮の額を覆っていたカーサの指が小さく反応した。

次いで、炎の壁が波のように大きく揺らぎ、一瞬カーサの肩掛けを舐めて焼き焦がした。

綺麗な顔を歪めて舌打ちしたカーサが、空いた手で肩掛けを脱ぎ捨てた。

微笑むこともしないということは、随分と余裕がないようだ。

澄蓮にとってもだったが、カーサたちにとっても、思いがけない乱入者だったからだろう。


助けが来た。

助かる。

額を焼く熱から、逃れられる。


声を出して自分の居場所を知らせよう、と口を開いたが、恐怖に委縮した喉からは声が出なかった。

ひゅう、と空気が漏れただけ。

ならば焦ったカーサが手を除けてくれるのではないか、と額の熱が遠のくのを待った。

しかし熱は離れず、それどころか徐々に熱さを増しているようにさえ思えた。

性急に、全てを終わらせようとするように。

澄蓮の呼吸の音も炎に呑まれ、背中に吹き出た冷たい汗が服を濡らす。

せっかく、この世界に来た初日…羊の出産を手伝ったあの日の夜のように、グッドタイミングでカインが助けにきてくれたというのに、今回は本当の本当に、間に合わないようだ。

あの大きな剣から生み出して飛ばす風では、この炎の壁を消すことができない。


…ここで、死んでしまうなら。

せめてネオンに謝りたかった。

家を壊してしまったこと、隠し事をしてばかりいたこと。

それと……雇うと言ってくれたのに、雇われるに値することを、何一つできなかったことを。


辞世の句でも、という雰囲気でいた澄蓮の体を焼く炎の熱と、魔力による額の発熱は。

前触れもなく再び吹き上がった一筋の風と雷鳴によって掻き消えた。


テレビの効果音のような派手な音と、体を引き裂かんばかりの圧力。

その両方に威圧され、カーサは澄蓮から手を離し、テンラの腹を抱いて大きく跳躍した。

突然前後の二人から解放された澄麗は、ぐったりと地面に倒れこんだ。


目の前がチカチカしている。

…ひょっとすると、物理的に実際そうなのかもしれないけれど。

額を抑えれば、あの強烈な熱は全くといっていいほど残っていなかった。

けれど。

何だか、とても悪い意味で、体が軽く感じた気がした。

気を抜けば倒れてしまいそうな、ここにちゃんと存在していないような。

それは生まれて初めて体感する、気味の悪い感覚だった。

自分の体に起きたことを、パニックになる一方で冷静だった頭の一部で整理した。

そして敵が身を引いた事態を理解しようとしたのだが。

…どうも、少し遅かったらしい。



「シェイラ、もう一発だ!」



「『雷よ、始まりにして終焉よ。敵を焼き裂き全園に至れ』!」



拳大サイズのルビーから、それを蔦のように取り巻く白銀を介し、強烈な閃光が物理的な法則を無視して網目状に放たれた。

鋭く甲高い電気の迸る音が周囲に響き渡り、放たれた電撃は閃光と共に澄麗の目の前の地面を焼いて迸った。

間近をじゅう、と音をたてて焼き後を作った雷に澄麗は顔を青ざめさせ、雷の行き先を這いつくばりながら視線で追った。

雷はあちこちに飛び火しながら広場に駆け巡り、カーサとテンラに向かった。

カーサは迫りくる雷を自身の炎で掻き消そうとでもしたのか、腕を振り上げて―――。

びく、と何かに驚いたように動きを止めた。

その視線の先には、緑みを帯びた白い光。

カインが大剣を振り下ろした姿で、カーサを睨んでいた。

風を切って飛来するその光に向かって再度腕を振り下ろそうとして、間に合わないと察したのか、再度テンラの腹を片腕で抱えて跳び退いた。

カインが放った白緑色の風はそのまま直線的に進み、やがて紫色の雷にぶつかり、突風と閃光となって相殺されてしまった。

帯電した微風を、炎を纏う腕でうっとうしげに払いながら、カーサはここに来て初めて見せる、心からの笑顔で楽しそうに言った。



「やりますねっ!」



「っるっせぇ!魔王なら魔王らしく、ちゃんと立ち向かってこい!」



「お断りします。私にはあなた方を傷つける理由がない!」



「…ふざけんじゃねえッ!!!」



カインは舌打ちをしてもう一度、白緑の光を纏わせた大剣を振りかぶった。

直線的に飛来する、風の魔術。

物理的に防御が可能だと判断したのだろう、テンラが鋏を盾にカーサの前に躍り出、テンラの背後でカーサは腕を振り上げた。

その大剣が、その腕が、振り下ろされる瞬間。

鉄塊のような鋏に身を隠した浅黒い肌の娘と、その後ろに立つ緋色の魔王に。



「舐めんじゃねェぞクソ共がァッ!!!」



圧し潰さんばかりに気迫の籠った怒声が、ビリィッと、皮膚の下の血が沸騰して吹き出そうな雷撃と共に降り落ちた。



「ぐぁっ!」



黒鉄の鋏を直に持っていたからだろう、雷をモロに食らったテンラの小さな体は激しく痙攣し、やがてくたり、と力なく崩れ落ちてしまった。

…見るのも憐れなほどの、一撃必殺だった。

テンラよりも後ろにいたからか、それともテンラを捨てて一人飛びのいたからか、白い服に雷の焼け焦げを作ったものの無事だったカーサは盛大に顔をしかめて元凶を睨みつけた。



「っ……なんて暴力的な…!」



「ほざけ!テメェが言うんじゃねえッ!」



口調がだいぶ荒んでいるし、地を這う低く恐ろしい声ではあるが、それは確かに数日の間に仲良くなったシェイラのものだった。

自分を助けてくれたシェイラに礼を言おうと澄麗は顔を向けて…顔を向けたことを後悔した。

というか、真っ赤な口紅がここまで恐ろしいものだとは、思ってもみなかった。

帯電しているのか、紫の光る糸のような電気を纏って、グラデーションのかかった長い緑色の髪が宙に浮いている。

まさに、絵に描いたような憤怒を体現していた。

しかも薄汚れた灰色のマントも、風もないのに不気味に漂っいて…まるでシェイラの方が魔王らしい魔王だ。

勝気な紫の瞳は視線だけでその辺りの家々を燃やし尽くしてしまいそうなぐらい、完全に怒りで燃え盛っている。

ちょうどシェイラとカーサの中間地点で這いつくばっている澄麗にとっては…前門の虎、後門の狼……もとい、前門の閻魔、後門の魔王。

要するに、どちらも地獄、どちらも昇天ルート。

今のシェイラは例え相方のカインが止めても、カーサ共々焼き殺してしまいそうな雰囲気だった。

…先程に続き、澄麗は死を覚悟した。



「スミレさん…」



「…え?」



ひそり、と自分を呼ぶ声が聞こえた。

雷と炎の音に紛れてだが、確かに自分を呼ぶ声だった。

どこから聞こえたんだ、と煙と恐怖でにじんでいた涙をふき取って周りを見回す澄蓮に、もう一度、同じ声が自分を呼んだ。



「スミレさん、こっちに、早く…!」



「ネオンっ!」



澄蓮をさん付けで呼ぶのはネオンだけだ。

煙に巻かれてはいるが、いつも装着している顔の半分を覆う大きなゴーグルが、雷や炎、夕日の光を反射してキラキラしていたので、ネオンの居場所はすぐに分かった。

首に巻いていたスカーフのような布で口を覆ったネオンが炭で汚れるのもいとわず、焼け焦げた草の上から澄蓮を引きずり下ろした。

引きずられている最中、ふと目があったカインが、早く行けと頷いていたから、このタイミングで逃げ出したのはきっと正解だったのだろう。

半壊した家の影に隠れ、ネオンはようやく安心したように息を吐いた。



「よかった…無事で、本当によかった…」



そうネオンが今にも泣きそうな声で言うものだから。



「いろいろ…ごめん、ネオン……。ネオンも無事で、よかった…」



謝らなきゃ、と思っていた澄蓮は謝罪の中に、心配をかけてしまった、という項目を付け加えた。

服を煤だらけにして、情けない顔で謝る澄蓮にネオンも安心したのか、ふにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。

またこの無垢な笑顔を見れて、ネオンが無事でよかった、と息を吐いた澄蓮は、はっと気付いた。

この近くにいたのは、ネオンだけじゃない。



「そ、そうだ、村の人たちは…!?」



まさか炎で火傷した?草に埋もれた!?

顔を青ざめさせた澄蓮の肩を、ネオンは落ち着くようにと抑え込んだ。



「大丈夫、みんなは村の反対側に避難してるよ」



「…そ…っか。よかった…」



この村は戦いとは関係ない、平和な村だ。

世話をし、住まわせてもらった恩を仇で返すことになってしまった。

それでも無事でいるなら…。


ほっと息を吐いた。

そしてその息を完全に吐き終える前に、ぐっと飲み込む。

腹に力を入れて、疲れ切った体にまだ休んではいけないと気合を送り込む。

まだだ。

まだ、安心できない。


雷になりきっていない魔力と、炎になりきっていない魔力が、つい先程まで澄蓮がいた場所でぶつかり合って、凄まじい閃光と風圧となっている。

今は見えないが、あの奥に、澄蓮を守って逃がそうとしてくれた二人がいるのだ。

貴司と巽のことを思い出し、澄蓮は思い出すだけで体が震えるのを、無理やり押し込めた。

もう一度。

もう一度だけ、あそこに…あの戦いの中に、行かなくては。



「スミレさんも早く避難して―――…」



「ネオン、あたし、行かなきゃ」



肩を掴むネオンの腕を除けて、澄蓮は震えで鳴りそうな歯をぎゅっと噛みしめた。

そのまま、とても優しくて甘いネオンを安心させるように、口の端を持ち上げれば、笑顔になる。

別になんてことないように、澄蓮は笑って見せた。



「森谷先輩と巽さんを、助けなきゃ」



一度に二人運べるか分からないけど、やってみせる。

わけの分からない魔術ってヤツで互いを傷つけようと争っている中に飛び込むのは嫌だけど、やってみせる。

理屈で震える体を納得させようと、澄蓮を案じてくれるネオンを納得させようと、努力する澄蓮の心情を、ネオンは見抜いていた。

見抜いて、それでも澄蓮の意気を挫くように、温厚なネオンには似合わない厳しい顔でもって澄蓮を諭した。



「―――なら、僕が行く。スミレさんはここで待ってて。魔術の使えないスミレさんより、僕の方がいい!」



命の危険、という恐怖をついさっき体験したばかりの澄蓮にとって、それは何よりも甘い言葉だった。

けれど、澄蓮は首を振った。

そして先程よりも固い決意をこめて、ネオンを見据えた。

引く気はないのだと。

そんな澄蓮を見て、それでもなおネオンは言葉を重ねた。

震える澄蓮に、もう一度戦いの中に飛び込ませたくなかった。



「僕は魔術の対処法も知ってるし、耐性もある。力だってスミレさんよりあるはずだ」



「あたしが行かなきゃダメなんだよ、ネオン」



「どうして…っ!?」



どうして?

同じ学校の先輩だから、同じ世界の人だから、仲間だから、同じ目的を持っているから?

そんなんじゃない。

立場とか、そんなのを理由に、小さな怪我じゃすまなくなるような場所に行こうとしているんじゃない。



「怪我する人を、もう見たくないの」



これは澄蓮のわがままだ。

澄蓮が、澄蓮自身が嫌だからする行動だ。


この国の人を大切に思っているカーサのことだから、この国の住人であるネオンが行けば無傷で戻ってこれるかもしれない。

けれど、貴司や巽と関係のないネオンが行くより、繋がりのある澄蓮が行けば、意地と根性で戻ってこれるかもしれない。

澄蓮が感じている気味の悪い空虚感が魔力を抜かれたことになるのなら、カーサは完全に無力となった澄蓮に対して、もう興味を失っているのだろう。


そういう理屈は、いくらでもつけられるけど。


何よりも、澄蓮が。

自分を逃がしてくれた貴司や巽をこのまま放っておいて、他人に助けられるのを傍観するのを。

見ず知らずで怪しいだけの自分に、衣食住を提供して、あげく今も助けようとしてくれているネオンが、怪我を負ってしまうかもしれないということを。

嫌だと感じている。


仰々しい建前が理由ではない。

ただ単純に、自分のプライドのために行動するのだ。

それだけで、澄蓮が行動する理由として、十二分に足りていた。



「っなら…それなら、僕も行きます、スミレさんと一緒に!」



「嬉しいけど、気持ちだけで十分だよ、ネオン。ネオンは無関係なんだから…」



「…関係は、あります。あるんです」



小さくつぶやかれた言葉を聞きのがした澄蓮は、ネオンが無言のままぎゅ、と握りしめられた拳に、理由を聞くことがはばかれた。

代わりに澄蓮は尋ねた。



「ネオンは…なんでそんなに優しいの?怪我するかもしれないのに…」



「……僕も、怪我する人を、もう見たくないんです」



弱々しい笑みは、この世界での昨日の昼間、泣きたくなるような小さな囁き声を思い出した。

『ないしょ、です。…お互いに』

あれはきっと、髪や瞳の色のことだけではなかったのだろう。

澄蓮と同様、ネオンにも隠し事がある。

その隠し事に関することなのだろうか。

なら、澄蓮に追及することはできない。

ネオンが澄蓮を、澄蓮の隠し事ごと信じてくれたように。

今度は澄蓮がネオンを信じる番だ。



「…ネオン、お願いがあるの。森谷先輩と巽さんを、一緒に助けて」



「―――はい!」



この時、ネオンが澄蓮を止めて一緒に避難していたら。

澄蓮がネオンにこの後の出来事を知られなければ。

ネオンがただの無知なだけの村人であったなら。


数年という年月を経た後に、澄蓮が絶望することはなかったかもしれない。


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