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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
33/41

26.火色、新たな魔王

澄蓮は踵を返して、はじけたように駆け出した。

走る、走る。

後ろを振り向かず、まっすぐに。

向かう先は植物と髪や服の緑が複雑に錯綜する、元は広場のような場所だった所。

何がどうやったらこうなるのかは分からないが、そこは植物が大地を覆い、それを雷が焼き焦がし、さらにそこを埋め尽くすような植物で満たされていた。

二人に近づくにつれて、皮膚にピリピリとしたかゆみにも似た痛みが走る。

これが、シェイラの扱う雷の魔術なのだろう。



「っ、森谷先輩…シェイラさんっ!!!」



思った以上に雷の音が激しくて、息も絶え絶えな声では、届かない。

近付きたくない。

だって、怖いし。

痛そうだし。

けれど、真後ろには、敵がいる。

少しでもためらえば…もっと痛い目にあう。

そう思ってより近くへと、足の踏み場がないし足を取られながらだったが、澄蓮は二人の間へと滑り込んだ。



「森谷、先輩っ!シェイラさ…ぇぐっ」



こけた。

舌まで噛んだ。

二人の間近で立ち止まろうとしていたのに、植物に足を取られてこけてしまったせいで思った以上に近づいてしまったのは、まあ、ご愛嬌というか……。


突然目の前に転がり込んだ澄蓮を見て、貴司とシェイラはぎょっと目を見開いて各々の手や杖を真横へとそらした。

ガシャン、と一際大きな音が聞こえた。

…そらした先にあったネオンの家がさらに悲惨な状態になっていた。

なんてこった。


血の味と噛んでしまった舌の痛みに耐えながら、澄蓮は涙目で訴えた。

真後ろを、指して。



「もりやせんぱい!あれ、まおう、です…ッ!」



「っ!」「は…はァ!?」



驚きは同時だっただろうが、恐らく、貴司は予想していたのだろう。

即座に手を斜めへ振り下ろした。

瞬く間に、澄蓮たちを取り囲むように、大地から巨大としか言いようのない植物の壁が溢れ出た。

天まで突き上げるような、緑の壁。

それは、まるで奇跡。

魔王に近しい者の名を冠するに値する、『魔法』の域に達する御業。

シェイラとの戦いで出現したものとは桁の違う、大きさ、密度。

地響きとともに出現したその緑に圧倒されるように、よく口のまわるシェイラさえもが茫然と天高く伸びた壁を見上げていた。

しかし三人を取り巻く半円状の壁が出来上がり、さすがに疲れたらしい貴司が大きく息を吐いたところで、ふと我に返ったようにシェイラが叫んだ。



「ちょ、っと…どういうこと!?魔王って、」



「カーサ・ミュゼル!新魔王!…火色の魔王!あと、えーと、あっ、火色の旗!…だっけ?なんかそんな感じの名前の人!」



です!と言い切った澄蓮も、呂律がちょっと怪しかった。

舌の痛みというのもあるだろうが、おそらくシェイラの慌てっぷりにつられたのだろう。



「なっ…」



なんですってぇ!?という裏返りかけた声には激しく同意するが。

澄蓮は対面していた時よりも激しさを増している動悸を抑えながら振り返った。



「もっ、森谷先輩、あの人って…!」



思い出して、ひくり、と喉が震える。

性別を勘違いしてたのは、まあ、澄蓮自身のせいだが。

あんな綺麗な人で、この国の人を心底愛しているという眼をしていて。

だけどその視界には、目の前にいる澄蓮さえ映っていない。

簡単に壊すだ殺すだと口にできる。

おそろしい、人。

陽の下で、こんなにも暖かいのに、思い出すと身震いしてしまう。

思わず肩を抱いた澄蓮は縋るように貴司を見て、背筋を強張らせた。

貴司はいつも顔に浮かべていた表情を消し、沸騰しそうな激情の宿る瞳で緑の壁を睨みつけていた。

まるで、人が変わった、ような。

凄まじいまでの、壮絶なまでの、感情が。

夥しく溢れて、伝わる。



「…ったく、運が良いのか悪いのか……ここにいるのが他のヤツじゃないだけマシか…」



口元を覆う手の下から、ぽつり、と零れた一言。

それを聞き取ってしまった澄蓮は、混乱した。


他のヤツ、というのは…他の現実から来た魔王幹部のことなのだろうか。

確か、滝先輩の彼女の本条先輩、滝先輩の幼馴染で歌姫って呼ばれてる二宮先輩、それから現実と胡蝶の境目を管理する鍵を持つ中村先輩。

本条先輩と二宮先輩は、女性だし、カーサさんと仲が良かったっていうから、敵対するのは難しいっていうのは納得だ。

じゃあ中村先輩は…?

鍵の管理をしているから、って理由なら、森谷先輩だって鎖を管理しているから、敵対するのは危ないじゃないか。

というより、【王部(オーブ)】を持っている誰もが、カーサさんと敵対してはいけないはず。

万が一負けて奪われたら…滝先輩の復活がもっと難しくなるし、胡蝶から手を引く(現実と胡蝶を遮断する)ことが、できなくなる。


…あれ?


『あなたが言う彼らを助けるということは、陛下を甦らせること』

滝先輩が復活したら、この国の人が救えない?


『しかし陛下が甦れば、私たちの計画は必ず、破綻してしまう。』

滝先輩が復活したら、邪魔になる?

邪魔って言うなら、滝先輩をさっさと復活させて、現実世界と胡蝶世界を遮断しちゃえばいい話じゃないの?


それとも…滝先輩自身の持つ、魔王としての顔だ何だってのが邪魔なんじゃなくって。

何か別に、滝先輩をバラバラにしていなければならない『理由』が…ある?

あれ、あの人、あの後、なんて言ってたっけ?


『…そもそもこの計画を成功させるためには―――』



「…主!」



「っと、来やがったか…」



緑の壁の遥か高み、頂上から、太陽の光を背に、人影が落ちてきた。

半円の壁を遠回りするよりも早いと思ったのだろうか。

澄蓮にはどう見たって壁の頂上に上がって飛び降りるほうが無理無謀だとしか思えなかったが。

身軽だし、いつもどこから現れるか分からない出現の仕方をする巽だからこそ、紐なしバンジーが可能だったのだろう。

数十メートル上から落ちてきたにしては着地音も小さく、鈍い銀色の短髪が、風をまとってざらりと降り立った。

無表情な巽の金色の瞳が、揺れている。

おそらくは、カーサの姿を目にして。


『二宮はもちろん、人に懐かない本条さんとか巽も、アイツには近付いてた。…良いヤツ、だったんだけどなー……』


貴司の言葉を思い出して、歯噛みする。

ああ、これが。

これが…戦うということ。

元が仲間だとしても。

好いていた人だとしても。

信念の違いだとか、そういったもののために、敵対しなければならなくなった。

これが、現実なんだ。


動けずに植物の上に座り込んだままの澄蓮に、何かが放り投げられる。

ぎらり、と光って飛来する何かを、とっさの判断で澄蓮は受け止めた。

思った数倍重かったそれは、金属の重みと冷たさを持っていた。

鎖。

澄蓮をこの世界に呼んだ、魔王の一部。

まさかまた持つことになるとは思わなくて、澄蓮は目を白黒させた。

っていうか、え、何事っ!?



「え、ちょ、もり…」



「芳村さん、こいつを持って隠れてくれ!それと、緑の姉さん!」



「なっ、何よ!?」



澄蓮の疑問は却下。

ついでに、シェイラの戸惑いと逃亡も却下されたらしい。

ヤバいと本能で悟ったらしいシェイラは逃げ切ることができず、貴司によって舞台上に引き留められた。

それも。



「芳村さんを、守って下さい。頼みます…」



戦っていた相手で、憎い憎い、自分の村の人たちを殺した人物の仲間、そんな人物の。

頭を下げる行為によって。


貴司が、シェイラの殺意に目を背けて、愚かしいほど無防備に、頭を下げた。

その意味を、その覚悟を。

澄蓮はまだ、腹の底からは理解できていないけれど。

敵意を身に浴びてなお頭を下げるこの行為が。

この行為の全てが、陽斗と澄蓮のためなのだとは、知っていて。

投げられた鎖を胸に抱いて、貴司に倣って、澄蓮も頭を下げる。

無力以下、足手まといでしかない澄蓮を守ろうとしてくれている人だけに、頭を下げさせるわけにはいかない。

澄蓮もまた、カインにしたのと同じように、土下座をした。

シェイラの目が、こちらに向かなくても。

頼み込む姿勢というのは、助けてくれと伝えるべきものがあるのだから、して当然。


シェイラは徐々に漂い始めた焦げ臭い臭気にか、顔をしかめながらも口の端を引き上げて言った。



「…嫌だと言ったら?」



そんな試すような口調に、シェイラの本心を見抜いていたのだろうか。

貴司は目を細め、同じように口の端を上げ、シェイラに言った。



「あんたは無関係の女の子を見捨てるような人なのか?少なくとも、俺の親友が造り直そうとしてる世界からは、そんなゲスは消えたはずなんだがな」



その通りです、と同意するように貴司の隣で深く首肯した巽からも、シェイラが断った場合にするであろう行動の予備動作は見て取れない。

つまり、わずかな戦いと言葉のやり取りの間に。

旅人二人の人となりは、魔王幹部に見抜かれていたということだろう。

嫌そうに、本当に嫌そうにシェイラは盛大な舌打ちを放った。



「チッ…嫌な男。アンタに惚れる女は可哀想だわ」



「ははっ。いねぇよ、ンな変わり者…っ…巽ッ、臨戦態勢!」



「はっ!」



ごぉう、と炎の猛る、音。

そして緑の壁が徐々に焼き削られる、臭い。

肌が強烈な日差しに焼けるような空気の乾きさえも感じてくる。

五感に訴えられる、とてつもない炎の存在に、誰もが嫌な汗をかく。

…この壁の向こう側は、ネオンたちは大丈夫だろうか。

いや、無事だろう。

ひょっとしたら、上手く避難させられているかもしれない。

だって相手はカーサ、この国の新しい王。

王は王でも、魔、がつくけれど。

ネオンたちは、魔王に守られるべき存在だから、無事のはず。

だって、この国が敵と見なしたのは……澄蓮たちだけなのだから。



「セラ!無事か!?」



夕食前ということもあって軽装だったカインが、いつの間にか白銀の鎧と紅いマントを身にまとって完全防備になり、壁の横から慌ただしく駆けてきた。

そして背と手に持っていた荷物の一つをシェイラに投げ渡し、即座に剣を抜いてシェイラを背に庇うように貴司に向かい合った。

鎧に煤が見えるあたり、カーサが放つ炎を避けながら、最短距離でこの壁を回ってきたのだろう。

壁をまっすぐに越えてきた巽の姿を見て、気持ち悪そうに顔を歪めていた。

うん、そうだよね、普通は巨大な壁を垂直に超えるとかありえないもんね…。

世界を越えて、カインに親近感を覚えた瞬間だった。



「無事なもんですかっ!スミレちゃん、こっち来なさい!」



「あ、はいっ!」



よいしょ、と立ち上がったらスカートや足がべっちょりと草の汁で緑色になっていた。

質素ながらも可愛いワンピースはラルダからのもらい物なのに、と惜しんだが、今はそれよりも逃げることが先決。

鎖をしっかりと両手に握りしめて、澄蓮は走りにくい草の上を駆けた。

紅いマントと緑の髪が、待っている。



「おいセラ!いったいこれって何がどうなったんだよ!?」



「知るかっ!新しい魔王が前の魔王の手下を潰しに来たんでしょ!?」



「な、んっつー面倒なことに…!!?っていうかスミレちゃんは…」



歩くのが遅い、と左右から澄蓮の腕をとって競歩並みの速さで逃げる二人の視線が、間に挟まれた澄蓮へと落とされる。

なんか逃げ慣れてるみたいだな、なんて思いながら背の高い二人を見上げていた澄蓮は、突然話を振られて足が止まりかけたが、そこは両サイドからの引っ張りによってなんとかなった。

だが、この話題から逃げることは…貴司とシェイラ、カインが出会った瞬間に無理だとわかっていたことだから。

澄蓮は正直に、素直に話した。


こことは違う場所に、もう一つ、世界があること。

その世界で澄蓮たちは生まれ育ったこと。

学校という学びの場の先輩が、この世界の魔王になることで治安の意味でも西国をまとめ上げようとしたこと。

東国の神様による理不尽な徴収によって、この西国は痩せ衰えていたこと。

でもよく分からないなんやかんやな事情によって、カーサが反乱を起こしたこと。

それによって陽斗がバラバラにされてしまって、元の世界に戻れなくなったこと。

澄蓮や貴司たちは、陽斗を復活させて、まとめて元の世界に戻りたいのだということ。


簡略化しながらだけど、話して。

いつの間にか、三人の足は、止まっていた。



「……待って。じゃあ、じゃあ…魔王は、前魔王は、あたくしたちの居場所を、支配していたのではなくて、」



吐きそうな顔色で口元を抑えるシェイラが、はっとしたように背後を振り返った。

その視線の先には、天まで焼き尽くさんばかりの、黒い煙と真っ赤な炎の柱。

だいぶ遠くに離れたこの場所でも、炎で暖められた生ぬるい風が流れているように感じる。



「…っそ…んなこと、信じられるかッ!!!」



戸惑いや混乱が強いのだろう、澄蓮の腕を握る手に、力と震えが伝わる。

その強さに耐えられず、澄蓮は腕を振りほどこうとした。



「いっ…!か、カインさん、腕…っ!」



「…っ!わ、悪い…」



まくり上げたままだった袖からちらりと見えた素肌に、くっきりと手の型がついていた。

悪い、ともう一度、小さく呟かれたが、痺れた澄蓮の手から滑り落ちた金属音にかき消された。

場違いな金属の音。

自然と三人分の視線が、そちらに向かった。

金色の、太い鎖。

【王部】。

はっと我に返った澄蓮がそれを拾い上げて抱きしめたが、もう見られてしまった後。



「スミレちゃん…それ、【王部】ね?」



尋ねられた言葉は、もはや質問ではなかった。

断言といった明確な形で、澄蓮が魔王の仲間であるとみなされたのだ。

敵対される、嫌われてしまう。

分かっていた。

けれど、澄蓮は嘘を吐けなかった。

すぐに見破られるものだとわかっていたのもあるけれど。

この二人をこれ以上騙す…裏切ることが、できなかった。

澄蓮は、小さく頷いた。

だが、思っていた罵声や行動は、起こらず。

カインは気が抜けたように、疲れたように笑って、何故か澄蓮の頭をそっと撫でてきた。



「…正直に言ってくれて、ありがとな」



どうして。

どうして、笑えるの。

自分の仲間を殺した人物が仲間にいる、それが分かっているのに。

敵だと思っている者が、本当は自分たちのために身を尽くしていたと知って、うろたえ戸惑っているだろうに。

違う世界の人間、なんてわけのわからない人間を、前にして。

どうして…。


澄蓮自身、どうして今、こんなにも感情がぐるぐると渦を巻いているのか、理解できない。

所詮、違う世界の、夢のような出来事なのに。

どうして、人の感情がこんなにもリアルに伝わるのか、感応してしまうのか。

まるで、人の感情を共感してしまっているようだった。


戸惑いの中に悲しさだとか、苦しさだとか、ちょっとだけ嬉しい気持ちが混ざっているような―――。


なんだか気まずくて、澄蓮がそっと視線を逸らした、その先に。



「ぇ………」



農具が置いてある、小屋の影。

紫紺のマントが、見えた。

全てを拒絶するような、暗い瞳。

無感動な白い表情は、まだ年若いことを示していて。

マントの、ところどころ汚れている色は、あの、砂漠の甘苦い砂漠の。

砂の、蒸栗色―――。

知ってる。

そのマントの下の、髪の色、は。



「…スミレちゃん?」



カインの声に、答えられない。

目が、離せない。


無意識に、呼吸が止まる。

思い出す、あの銀色の刃のきらめき。

首を掻き切られそうになった、あの恐怖を。

甘くて苦いあの砂の臭いが、気持ち悪くて―――。



「見つけた…!」



そう、彼は澄蓮を切り捨てる直前に、言ったのだ。

『外見年齢で見たよりも意外と低い声』が、『消えろ』と、囁いて。

……あれ、声…違う―――?


記憶にとらわれて息を詰めていた澄蓮の耳に、記憶ではなく現実に、届いた声。

それは確かにその人物の外見よりも低い声だったが、明らかに異なる質の声。



「ッが!?」



「なっ!?スミレちゃんっ!!!」



物理的に、首を絞められる衝撃と瞬間的な空気の欠乏。

反動で澄蓮は大きく喘ぎ、首を絞める何かを外そうと爪を立てた。

が、外れない…否、爪を立てることすらできない。


澄蓮の首に巻きついていた…圧迫していたのは、楕円の鉄の輪。

テンラが軽々と片腕で振り回していた、あの鋏の持ち手だった。



「ッ、く…」



なんとか、鎖だけは胸に抱いたまま、首と鉄の輪の間に腕を入れて呼吸路を確保した。

喉の異物感や流れ込んできた空気の存在に咽ながら、澄蓮はほぼ真後ろで澄蓮の服を掴む鋏の持ち主を視界に収めた。

澄蓮と同じか、少し小さな背丈ながら、その腕力は驚異的。

下手をしたら首の骨を持っていかれそうだと恐怖しながら、澄蓮ではその力に抗うことはできずに、されるがままに引きずられた。

カインやシェイラが名前を呼んでいるのが分かるが、その声もあっという間に遠く離れてしまう。

澄蓮を盾にするように走るテンラに攻撃できないのだろう、と霞む思考で気付いた。



「っんで…ぁたし、を…?」



役に立たない、この世界の新参者。

鎖が欲しければ、奪えばいいだけだろうに。

…いや、澄蓮が貴司から鎖を渡されたのは、彼らから見えない位置にいた時のこと。

普通は魔王幹部である貴司が鎖を持っていると思うのが常識。

ならば、澄蓮を狙う必要はない。

むしろ二対一で不利なカーサの補助に向かうべきだろうに。


呼吸するのでギリギリの状態で尋ねた澄蓮を一瞥し、飛ぶように走るテンラは手短に答えた。



「お前はいずれ、我々の脅威になる」



憎々しげに、けれど憎さ以外の何かを含んだ言い方だった。

どういうこと、と口を開こうとした澄蓮の体感が止まる。

テンラが澄蓮の服から手を離したためか、澄蓮は勢いのまま地面に投げ出されるように崩れた。

はっとして見上げた先に、焼けつくような熱の中で、ゆるりと微笑む端正な顔立ち。

空まで茜色になっている中、カーサの宝石のような青い瞳が、気味が悪いほど際立っていた。

白い腕が、澄蓮の額に向けて、伸ばされる。

ほとんどが黒い消し炭にされてしまった草の上で、逃れようと身を引くが、じり、と首の皮膚を裂く痛みが襲ってきて、動けなくなる。

目だけで後ろを見ようとすれば、視界の端に、テンラの服の一部と鋏の鉄色が見えて、ああ、やっぱり、と澄蓮は唇をかみしめた。


ああ…逃げられない…っ!


……逃げられない?

あれ、じゃあ、森谷先輩と巽さんは…?


二人の姿が見えない。

けれど、今は、カーサの手が迫ってきていることが、怖い。

見たくもないけれど、目を背けられない恐怖に負けて、澄蓮はもう一度、カーサに目を向けようとして。

視界に違和感を感じて。

注視した場所に、見えた、人影。


焼け焦げた緑の壁に、小柄な誰かが、刃物で縫い付けられている。

ぐったりと曲げられた頭から、滴る赤い液体。


特に酷く消し炭のようになっている場所の、中央。

黒い髪と学生服が、まぎれるように、落ちていた。



『そもそもこの計画を成功させるためには、私たちはタカシたちを壊す必要がある。だから、陛下を甦らせるのなら、』



「…たつみ、さん…?…もり、や…せんぱ……」



『彼らを助けるのならば、』



ついさっきまで、喋って、動いていた、人たち。

虫のように、留められて。

ゴミのように、打ち捨てられて。

今はもう、―――動かない。



『あなたは私を殺すしかないんだよ』



優しく微笑み、自らの死を澄蓮のゴールだと、そう言った彼は。

あの瞬間。

一体、何を思っていたのだろうか。


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