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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
28/41

22.黒鳶、現れた銀の一閃

風呂に入って温まった体が汗ばんできた。

焦りながら部屋中をひっくり返さんばかりに探しまわる澄蓮の騒々しさに目を吊り上げていた母親が、逆に心配して手伝おうかと声をかけるほど、澄蓮は慌てふためいていた。

金曜日、先輩に逃げろと言われて逃げて、帰宅後、眠気に負けてベッドに飛び込む、その直前。

荷物と一緒に放り出したんじゃないか、と荷物周りを探してもない。

制服のポケットにもない、靴箱に乗せたかと思ったけれどそこにもない。

本気で嫌な汗が止まらない澄蓮は、これは本気でやばいぞ、と何気なく机を見て。

本の陰に、きらりと光る何かを見つけた。

もしかして、とひっつかんだ冷たい金属にひっかかって本が雪崩れたけど、そんなこと気にならなかった。



「あ…あったー!!!」



手にとって見ると、なぜ今までこんなにも大きな物が見つからなかったのかと不思議に思うほど、金色の鎖は存在感があった。

重みがある、鎖。

やはりただの鎖にしか見えない。

これが陽斗の体の一部…というと語弊があるが、胡蝶でいう【王部オーブ】なのだろうか。



(うーん…大都っていう都会に豪邸が建てられるぐらい価値のある物……には見えないなぁ)



それほど古くて価値があるものには見えないし、普通に鎖として使用するにしても短すぎる。

森谷先輩なんか、普通に地面に投げ捨ててきたし。

あ、でもシェイラさんが言ってたっけ。

『…ま、利用価値の高いモノだってことは知れ渡っているし、そう簡単に売り渡すヤツなんかいないでしょうけど』

とかなんとか。

利用するにしたって…どうやって?

やっぱり魔法道具マジックツール的な扱いなわけ?

魔力を注いだらスゲーことができちゃうZE☆

…みたいな?



(うわ、やっぱりゲームの世界じゃん。ネオンの村自体『ゲームでもありがちな、数百年前の西洋みたいな世界』って滝先輩が言ってたそのまんまだったし。まあ胡蝶の世界って機械製品の代わりに魔法…じゃない、魔術が発達してるっていうし…)



そこで澄蓮は、はた、と唐突に気付いた。

陽斗は自分が分解されたと言っていた。

つまり、胡蝶世界でバラバラにされたということだ。

バラバラにされたそれらは、本来なら胡蝶にあるはず。

なら、これはなぜ現実世界にあるのだろうか?


それに、昼間普通に出歩いていた澄蓮も澄蓮だが、貴司もなぜ普通に出歩いていたのだろうか。

貴司と(おそらく)巽が応戦していた人物が現実世界の人間だったとしたら。

現実世界で普通に生活をしているような人物に、顔を知られていたのだとしたら。

まず間違いなく、あの紫紺のマントを着たアルビノの少年は澄蓮や貴司を襲いに来るはずなのに。

貴司が昼間に、それも戦っていた場所の近辺を、のんびりと歩いていたのはなぜなのか。



「…昼間のうちに思い出してれば聞けたのに……」



せめてケータイの番号ぐらい聞いておけばよかった。

がっくりうなだれた澄蓮の背中に、階段を上がってきた母親が声をかけてきた。



「すみれー、いい加減諦めて明日に……って、あら?探し物、見つかったの?」



「うん。机に置いてた…」



「…あんたが日ごろ机に向かって勉強してないいい証拠ね。じゃ、オヤスミー」



ひらひらと片手を振りながら寝室へ戻って行った母の後ろ姿を、澄蓮はじっとりと見送った。

あたしだって好きで寝てるんじゃない!いつもならちゃんと勉強してるって!

…とは言い返せなかった。

ネオンほどではないが、澄蓮は割と正直なのである。

そして母親の言葉によって、ひとつ大切なことを思い出した。

明日の朝一番に、英語の構文テストがあったのだった。

眠気で意識が朦朧としていた澄蓮に、土日挟むから余裕だろう、と笑って言った教師の顔を思い出した。

ちょっと本気で胡蝶の世界に高跳びしたくなった。





「でもよくよく思えば、こっちの世界でも勉強できるんですもんね!みんなより一日お得なんですもんね!ですよね、カインさん!!?」



「そんなもんか?でもさ、こっちに自分の荷物とか持って来れないんじゃねえの?丸暗記したのか?」



「まあ、そうなんですけど…。で、でもほら、心に余裕?みたいなのは生まれるし!むしろ今現在余裕発生中ですし!?」



「そーかそーか覚えてないのかー。よーしよしよし」



必死になって語ったら、なぜか憐みの目をしたカインに頭を撫でられた。

なんとなく自分でもバカなことを言っていると分かっていたので、これ以上は何も言うまい、と口を閉ざした。

沈黙は金なのである。

シェイラは村人たちに黙って村の北にある森に入って行った。

火がよく燃えるように暖炉へ放り込むあの琥珀が採取できる森だ。


そもそも、この村には税金がない。

元々一国としての基盤がなく、それぞれの地域による統治があったからか、今でも村や大都によって国民の義務や税金云々の問題は異なるらしい。

だから大都の方では税金制とかもあるらしい。

さすが都…取れるとこからはトコトン取るってか……。

で。

この村は山や森に囲まれ、閉ざされた山間の村。

『自給自足で成り立っているので、外の人たちとは細工の依頼や香辛料の購入などでしか会いませんね』

と前にネオンが言っていたように、自給自足、物々交換、もしくはネオンの細工による儲けなどで成り立っている(あとアジックさん家の羊毛・羊肉とかで)。

基本的に家々の財産というよりは、村全体の財産、という風になっているようだ。

利点は税金がなくて、人々がやりたいように生活できること。

反対に、トップがいないので統率力に欠けている、今以上の暮らしを望みにくい、とも言えるのだが。

小さいコミュニティーならではの生活ともいえる。

そんな中、村の周囲にある森などから採れる鉱物などは、ネオンの細工と同じように、村の財産とされる。

香辛料などを購入する時の代金、ということだ。

つまり、森から採れる物はその周囲の村の物。


…ここまで言えばみなさんお分かりだろう。

シェイラが黙って森に入って行った理由が。

いわゆる『バレなきゃいいのよ、バレなきゃ!』である。

質の良い鉱物=お金、の方式が成り立っている胡蝶の世界では、この行為も自然なことなのだ(シェイラ談)。

もっとも、この世界では宝石や鉱物が近くの森などにゴロゴロ転がっていることが普通というし、通りすがりの旅人がちょっとネコババしても全然バレない、という感じだからできることなのだろうが。

ちなみにそれを説明しているシェイラ(昨晩の昼食・夕食と同様に、今日の朝食もネオンが誘った)の横で、朝食を食べていたネオンが苦笑するだけで、ラルダさんたちに言いつけます、なんて言い出さなかった。

ネオンはシェイラさんに完全に舐められてる。

というか、この場合はネオンの甘さを熟知した上で話していたシェイラさんに拍手をするべきなのかもしれないけれど。



「でもさー、変だよな。服は着たままでここに来れたんだろ?なんで荷物とかも一緒に来れねぇんだ?」



「さ、さぁー???」



悩んでくれているカインさんには悪いけど…、と澄蓮は視線を逸らした。

カインは勘違いをしている。


1つ目…今着てる服はこの村の人たちにもらったものだ。

陽斗があの空間で制服を着用していたということは、おそらく陽斗たち魔王組は制服で行動していたのだろう。

砂漠でちらっと見た貴司の首元に、黒い制服が見えた(和織高校では夏服も上下真っ黒だ。おかげで半袖でも暑くてたまらない…)。

貴司たちの容姿をシェイラたちが知っているかは分からないが、同じ服を着ていて仲間だと見破られるヘマはしたくない。

なので村人たちには初日に見られたから仕方がないが、シェイラたちがいる間だけでもこちらの衣類を着てカモフラージュをするのだ。


2つ目…ここに来た、というより、意識だけがここにある状態のようなものだ。

陽斗の『まじかるぱわー☆』で夢を繋げられた状態らしいし。

つまり、荷物なんて最初から持って来れるわけがない。

制服については…一日で一番着てる時間が長いから、と澄蓮は解釈している。


3つ目…実は(胡蝶世界での)今朝知ったのだが、たった一つだけ、現実世界の物が移動したのだ。

澄蓮がネオンの家の一室で目を覚ますと、いつの間にか手にあの鎖が握られていたのだ。

はじめ見たとき、ゾクッと背中の毛が粟立ったのを感じた。

いつの間に、誰が、なんで。

色々考えても仕方がない、と割り切るまでしばらくかかったせいで、ネオンに体調が悪いのかと心配されてしまった。

金曜の帰宅時に、現実世界で澄蓮を殺そうとしてきたあの青年や巽のように…鎖も世界を越えた、ということになるのだろうか?

詳しいことは明日、この村に来る貴司に会った時に聞こう、と澄蓮は問題を丸投げした。

今なら超常現象の番組を見ても信じられる気がしてる。



「さて。そんじゃ、そろそろ剣振りに行ってくるわ。スミレちゃんはどうするよ?」



「あー…あたしは今日はここにいます。今日こそネオンの手伝いをしなくちゃ」



「ああ、住み込みで働くっつったんだっけ?悪かったな、昨日全然気づかなくて」



「いえいえ!ていうか火とか起こせないのに手伝いも何もないっていうか、ネオンの仕事なんてド素人のあたしに手伝えないっていうか…」



遠い目をした澄蓮を見てカインは楽しそうに笑った。

そして澄蓮の頭をぐりぐりと抑え込むように撫でた。

金属の籠手が痛かったが、カインの笑顔を見て、澄蓮は口を閉ざした。



「よかったな」



「へ?」



「昨日さ、悩んでただろ?家主が優しくて申し訳ないとかさ。けど、俺には打ち解けて見えた。つかもう姉と弟って感じだった」



そういえば(こっちでの)昨日、そういう話をしたのだった。

覚えていてくれたのか、とカインを見上げると、昨日と同じように見下ろされて、澄蓮を安心させるような笑みを返された。



「あんま気ぃ張りすぎんな。俺もセラも、相談ぐらい乗ってやるから」



やばい、ちょっとウルッときた。



「…ありがとう、ございます」



なんだか涙腺が緩んできて、慌てて下を向いた。

こっちの人は、優しい人が多い。

現実世界じゃ考えられない。


なんとなくその時、澄蓮には分かったような気がした。

陽斗がこちらの世界に来たことについてはサッパリだが、どうしてわざわざ違う世界のトップに立って、国をまとめるなんてことをしたのか。

きっと、こういう人たちがいる世界を、少しでも平和にしたかったからだ。

だから真面目そうな貴司や、他の人たちも、あんな無茶苦茶な陽斗の行動を手伝った。

悪い人をまとめて、時にはやっつけて、憎悪の対象を一点に、それも自分たちに向けさせてまでして。

正直、剣とか魔術とかを使う人たちの所で人助けなんて、したくなかった。

自分の安眠を守るためとか、陽斗があまりに必死そうだったからとか、澄蓮はそういう理由で手伝うと言い出した。

適当に終わらせたいと思わなかったとは言えないし、せめて金くらい持たせろよと陽斗を恨んだりもしたけれど。

ネオンやシェイラ、カインのような人たちと会えたことは、後悔していない。

会えてよかったと思うし、会わせてくれたことに(少しだけど)感謝もしてる。

最初から分かっていれば、もっと快く、貴司たちを救う手伝いをすると言ったのに。



「んじゃ、またな」



「はい。ありがとう、カインさん」



背を向けて、ひらひらと手を振って歩きだしたカインを見送って。

顔を両手でばちんと叩いた。


気合を入れて。

覚悟を決めて。

ちゃんと、一歩踏み出さなくては。


まずはネオンの手伝いでもしよう。

そう思って家の玄関に手をかけた澄蓮の背後に、ふ、と人の気配がした。

カインが忘れ物でもしたのだろうか、と振り返ろうとした澄蓮の口を、何かが素早く塞いだ。



「っ!?」



(だ、だれ!?)



驚いて、驚いて、瞬間的に恐怖が体を圧迫した。

実際には何にも拘束されていないのに、まるで縄か何かで体中を縛りあげられているような錯覚。

動けない。

怖すぎて。


ただ身を固くして震えるしかできない澄蓮の耳に、背後から誰かが唇を寄せてきた。



「お静かに。ヨシムラスミレ殿でしょうか?」



「!?」



耳元で囁かれた声は、少し低い女性の声だ。

同性で、しかも自分の名前を知っている。

陽斗たち魔王組の関係者だろうか、と澄蓮は警戒を緩めた。

屋根で小鳥がさえずる声が徐々に聞こえてきた。

体を撫でる温かな風が、冷や汗をかいた澄蓮の体に温感が戻ってきたことを知らせる。

背後を見ようと目だけ動かした澄蓮に気付いたのか、探し人であると判断したからか、澄蓮の口を押さえていたものがゆるりと外された。

澄蓮の視界に入るように横へ移動してきた姿を見て、澄蓮はようやく気付いた。



「手荒な真似をしてしまい、申し訳ありません。私は巽と申します」



顔の半分近くを布で覆い隠した、小柄な女性。

猫のような金色の瞳、フードから少し見える鈍い銀色の髪。

砂漠や屋根の上で、貴司と一緒に敵に向かっていた、アサシンの…。



「あ、芳村澄蓮、です。ええと、たつみ、さんは…森谷先輩の?」



相棒か相方か、確かそんな感じだったはず。

念のためにと尋ねた澄蓮の問いに、ようやく巽は安心したように頬笑みを浮かべた。



「はい、従者です。主は現在、砂漠よりこちらへ向かっております。私は確認に来た次第です。明日の夕刻にはこちらへ到着すると、主より託を」



難しい…っていうか固い言い方をするなぁ。

しかも従者って…主従ってヤツですか、森谷先輩。


色々内心思うこともあったが、とりあえず、澄蓮は分かった、と頷いた。

巽だけここに来ているということは、やはりアサシンと称した陽斗の言葉は正しかったのだろう。

澄蓮が貴司に現在地を言ってから、現実世界の時間を合わせても、まだ一日も経っていない。

というのに、砂漠からここまで、彼女は移動してきた。

さすがの素早さ。

……素早さ、の一言で片づけていい話かは分からないけれど。



「制御部はありますか?」



「せいぎょぶ?」



「【王部】…金色の鎖です。今はどこに?」



「あ、実は今朝起きたら手の中にあって…」



現実世界では机の上に放置して寝たのに、と説明した澄蓮の言葉に、巽は何か考え込むように目を細めた。

何か、まずかったのだろうか…。

不安に思い出した澄蓮に向かって、巽は衝撃の一言を言った。



「我々や貴女を襲った人物がこの付近にいる可能性が高いので、制御部は決して人目に触れない場所に保管しておいてください」



「……え。え、ちょ……うそ…」



二度も命を狙ってきた、あの少年が、この近くにいる…?


その事実に澄蓮は青ざめ、慌てて周囲をうかがった。

山間の、小さな村。

この近くに、あの紫紺のマントの少年がいる。

また命を狙われるかもしれない。

そのことで頭の中がいっぱいになる。

一度引いた冷や汗と恐怖が、再び澄蓮を硬直させた。

時間が経ったとはいえ、あの恐怖は簡単に拭えるわけがなかった。


そんな澄蓮に気付いてか、巽は優しく言った。



「村の周囲は私が確認しました。ご安心を」



「あ…は、はい……」



と言っても緊張するものはする。

一刻も早く家の中にもぐりこみたそうな澄蓮を、巽も長くは引き止めなかった。

巽自身、早く貴司の所へ戻って報告しなければならないのだ。



「すみません、私が持って移動すればいいのでしょうが、あいにく私たちは目をつけられている危険性がありますので…」



自分が狙われているにも関わらず澄蓮を心配してくれた巽に気付いて、澄蓮は心を奮い立たせた。

一歩踏み出すと、決意したのだから。



「大丈夫、です。ちゃんと隠しておきます!」



「…ありがとうございます」



心強い、と微笑んだ巽に、怖いからもう逃げ出したいです、とは言えなかった。

言えるはずがなかった。

だから澄蓮は拳を握りしめて、無理やり笑って見せた。

命を狙われているのは、相手も同じなのだから。



「それでは明日、戻ります。あまり外出されませんよう」



「だ、だいっじょうぶ、です!巽さんたちも、気をつけて…!」



ちょっと噛んだ。

澄蓮の緊張を見抜いていた巽は何も言わず、ただ、力強く頷いて返した。

明日。

明日まで持てばいい。


風のようにあっと言う間に立ち去った巽が向かった方向を見て、澄蓮は唇を噛んだ。

もう、逃げられない。

三度目の正直かどうかは分からないけれど、次また会うことがあれば、もう逃げることはできないのだろう。

紫紺のマントの下に見えた、白い髪と赤い目の少年。


彼は、この世界を、どう思っているのだろう。

優しい人たちがいるこの魔王の国を、守りたいとは思わないのだろうか。

どうして戦おうとするのだろうか。


解けるはずのない問題を前に、澄蓮はとりあえず踵を返した。

とにかく、今は隠れないと。



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