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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
23/41

18.胡粉色、たぶんガールズトーク

なんとなく、会話が途切れた。

フランスでは天使が通ったって言うんだっけ、と澄蓮が考え始めたころに、シェイラがため息交じりで言った。



「そう警戒しなくてももう刀突きつけたりはしないわよ」



(あ、そういえば刃物突きつけられたんだっけ)



忘れていたわけではないのだが、なんとなく雰囲気に呑まれて警戒を怠っていた。

普通なら改めて警戒をすべきなんだと思い出したが、もうそういう空気は霧散していたし、と澄蓮はまた強張り始めていた肩の力を抜いた。



「そ、そうですか…?」



「わざわざ敵以外に喧嘩売るなんて面倒なことしないわ」



確かにシェイラさんって、そういう感じの人ですよね。

とは言えず、ぬるいこの村の雰囲気に流されていくようだとも思いつつ、澄蓮は再度尋ねた。



「…本当ですか?」



警戒心が強いのね、とシェイラは肩をすくめた。

もっとも、シェイラ自身もすぐに警戒を解いてもらえる、だなんて思っていないようだったが。

澄蓮に行動で示すべきだと思ったのか、マントの内側から鞘に収まった刃を出して、投げて寄こした。

慌てて受け取った澄蓮は、そのずっしりとした重さに戸惑いながらシェイラの顔を見た。

からかうような楽しそうな視線をこちらに流しながら正面から風を浴びて。



「敵以外に刀を向けない。誓うわ」



シェイラは、そう言った。

見方によっては口先だけにも見えるのだが、短い時間でもシェイラと接していれば、彼女が無駄なことを言うような性格ではない、と澄蓮にも分かっていた。

だから、刃の方を持って、シェイラに差し出した。



「…分かりました。信じます」



「あら、優しいのね」



光栄だわ、と笑いながら刃を受け取り、シェイラはそれから、と言った。



「ああ、それからその口調、やめてもらえない?」



「え?」



「敬語、嫌いなのよ」



ずいぶんハッキリと言ったシェイラの言葉に若干戸惑った。

シェイラは澄蓮よりも年上だし、この世界に対して無知な澄蓮からすれば敬語を使うのは自然なことだったのだが。

さりげなく、さりげなーく、澄蓮はシェイラの横顔をチラ見しながら考えてみた。


そういえば、シェイラさんって綺麗だよね、アネゴって感じだし。

背も高いし、背筋伸びてるし。

年齢…は、あたしよりも上だろうけど。

まだ三十路まではいってなさそうだし、本人が望んでるなら普通の口調でいいのかな。

そう結論を出して、なんだかんだで流されてる気がしつつも、澄蓮は頷いた。



「じゃあ……普通に話すね」



「そうしてちょうだい。…ねえ、『異界』というのはどんな世界なのかしら?翼の生えた人間や八つ首の蛇というものもいるのかしら?」



ずずいっと身を乗り出して尋ねてきたシェイラが、なぜか輝いていた。

突拍子もない質問に目を丸くした澄蓮は、思わず「はぁ!?」と言いそうになった口を慌ててふさいだ。


翼の生えた人間ってのは、ひょっとして天使のこと?

なんで八つ首のヘビ?

っていうかなんでそんな期待した目で見てくるんですかちょっと!


いろいろ尋ねたいことはあったのだが、とりあえず全身で全力を尽くして否定した。



「天使!?いないいない!それに、八つ首の蛇って…ヤマタノオロチ?」



「ヤマタノオロチ?」



「日本の古事記っていう神話?に出てくる怪物…なのかな?山みたいな大きさで八つ首の蛇なの。お酒を飲んで酔っ払って退治されちゃったんだけど」



それでその体からえぐり出したのが草薙剣だっけ。

あれ、天叢雲剣だったっけ?

都牟刈の大刀…は違うと思うけど。

…全部いっしょだったっけ?

これでも神話やらファンタジー系には強いつもりだったのだが、おぼろげな自分の記憶力が憎い。



「あら、そっちでも八つ首の蛇は神話なのね」



「こっちにもあるんですか?」



「ええ。神話…まあ、神様の国の物語、という意味でだけれど」



意外な共通点を前に、思わず敬語に戻ってしまった。

そんな澄蓮に反応を返すでもなく、同じく気付かなかったらしいシェイラは指を指揮棒のように宙で振った。



「八方を見る八つ首の蛇『ナヴィウス』。大都【蒼】…知らないわよね。この国の北東の都市にあるんだけど、そこの『先見』たちの職名の由来でもあるの」



「さきみって?」



「先見…未来を予見する力を持つ異常者たちのことよ。他に失せもの探しの『探見』、遠方を覗き見る『遠見』、物質を透かし見る『透見』、物に宿る想いを読み取る『零見』がいるわ」



異常者、と言う時のシェイラの顔がわずかに苦いものになっていた。

ファンタジーな世界、と認識していた澄蓮は、そういった超能力めいた力を持っている人物がいる、と聞いてもたいして驚きはしなかったのだが。

こちらの世界では倦厭されているのかもしれない。

澄蓮にとっては魔術師も異常者というのも、どちらも似たようなものに思えたが。



「それは魔法とは違うんですか?」



「違うわ。どうかというと体質に近いものかしら?…それと、スミレちゃん。魔術と魔法は違うわよ」



「え?」



一緒じゃないの、と首を傾げた澄蓮に、シェイラが真面目な顔で諭すように教えた。



「魔法はおとぎ話で空想の産物、魔術は理論によって組み立てられた、実在する道具なの。言葉を使うならその言葉が持つ意味に気をつけなさい。あぁ、そっちじゃ魔法って呼ぶのかしら?」



「や、あたしの…世界?では、魔術も魔法も空想のものってことで違いはないと思う。区分されてるとか聞いたことないし」



「あぁ、やっぱり魔術はなかったのね…」



その時シェイラがこぼしたのは、少しだけ、残念そうな色が滲んだ声だった。

気にはなったが、触れられたくないことかもしれないと思い、あまり気にせず澄蓮は疑問に思ったことを尋ねることにした。



「っていうか、シェイラさんってどうしてあたしに魔力がないとか分かったの?」



「額よ。腕なんかでも分かるのだけど、できるだけ額や首がいいわね。手で触れて、魔力の伝わり方で見るのよ」



「え?…あ!あれって熱を測ってたんじゃないんですか?」



熱を測る、というのにしては奇妙な感じばかりして、嫌な汗が止まらなかったけれど。

…いや、奇妙というよりも、まさしく『未知なもの』、という感じだった。

あの熱を思い出し、澄蓮は不安が宿る視線でシェイラを見上げた。

そんな澄蓮に、本当に子どもみたいね、とシェイラは笑って否定した。



「違う違う。まぁ、体温も分かるけれど。…そうね、体温というか血…体液というものが魔力の流れと似ていると言えばいいのかしら…」



難しいわね、とため息を吐いたシェイラはしばし悩んで。

そのうち感覚で分かるわよ、と放り投げた。

詳しく聞いたら聞いたで理解できないだろう、と澄蓮自身も薄々感じていたので、そうですね、と曖昧に頷いておいた。



「……違うって難しいなぁ…」



「慣れよ、慣れ。昨日来たばかりなのでしょ?少しずつ理解していけばいいわ」



「うん。…あたし物分かりがいい方じゃないから、たぶんよくわからないと思うけど」



昨日の晩も、羊の出産に鉱物を使うなんてマジックを目の当たりにしたというのに、どういう原理か追及するのも諦めたし。

そもそも羊ってあんなデカイのかよ、と思ったのに、考えることを早々に放棄したし。

っていうか忘れてただけか。

物分かりがいい云々というよりも、それはそうだ、と納得する方が楽だというか。

だって異世界だし。



「そうかしら?あたくしには順応力が高いように思えるけれど」



カインには考え込むタイプみたいだ、と言われた。

学校の友達には悩みがなさそうに見えると言われた。

そして今度は順応力が高いように見える、と言われた。

ようするに、あれか。

変なとこで無駄に悩んで、放置するとこは放置するタイプってか。


矛盾しているようだが、澄蓮としてはその結論で納得できた。

もう終わったことであるこの世界の過去のことについてグダグダ考えて気持ち悪くなったり、盗賊だとか人の生死だとかについて考えすぎてネガティブ一直線になったり。

けれど、なんで寝たら違う世界に行くんだろう、だとかいう根本的なところについての考えは放置したり。

だから一文字一文字の意味を追及していく古典が苦手なのかもしれないな、と思い出して、ついでに小テストの点を思い出して頭を抱えた澄蓮に、今度はシェイラが不思議そうに首を傾げた。



「それにほら、運もいいじゃない」



「運?」



「別の世界って話を始めた時点で、普通なら大都【蒼】行きか『配慮の道』行きね。それか研究材料にでもなっていたかも」



…言いたいことは、なんとなく理解した。

ようするに、「コイツ頭大丈夫か?」と思われるのだろう。

実際に澄蓮自身が陽斗に強制的に荊棘の砂漠に放り込まれなければ納得しなかったのだし。

そこは理解した。

だが、なぜに大都【蒼】?

『配慮の道』ってなんぞ?

研究材料になるというのは…薄々分かるけど、とりあえずまっさきになぜだと聞きたいところだ。



「………いろいろ分からないんですけど、なんで研究材料?」



「珍しいからに決まってるでしょ」



やっぱりですか。

自分でも残念な顔になるのを自覚しつつ、澄蓮は挙手で続けた。



「…配慮の道って?」



「麻薬やってるヤツの行き着く場所」



「………なんで大都【蒼】?」



「…あぁ、そうよね、知らないのよね。ええと、大都【蒼】は良くも悪くも『異常者』の都なのよ。配慮の道で対処できないと判断されしだい送り込まれるというか」



ああ、なるほど…。


知りたくなかった、知りたくなかったが、シェイラに教えてもらっておいてよかった。

いくらこの村が辺境(だろうな、たぶん)だからといっても、澄蓮が『そういう』扱いをされるという可能性は十分にあるのだ。

それに、近々大都【紅】から騎士が派遣されてくる、というし。

最悪、ひっとらえられて処刑…という想像をしてしまって、澄蓮はがっくりとうなだれた。

冗談じゃない、冗談じゃない…が、可能性が可能性なだけに、笑い飛ばせやしない。



「………。他人に話すのはこれっきりにしようと思います」



「あたくしも賛成ね。あ、その前にカインには伝えてもいいかしら?」



「え、カインさんに?」



広場で修業をしている人物の名前を言われて、澄蓮はつられてカインに視線を向けた。

小川のきらめき効果のおかげでか、やる気のなさそうなカインが格好良く見えるマジック。

澄蓮のタイプではないが、あたしの友達なら黄色い声とか出してそうだなぁ、と澄蓮は思った。



「一応アレでもあたくしの相棒で師匠の息子だもの。報告の義務と知る権利が派生するとでも言うのかしら」



シェイラの言い分は分かるし、一緒に旅してるならそういう話もするんだろうな、とは分かる。

だが、先程のやりとりを思い出して、澄蓮は無意識に首を撫でながら尋ねた。



「えーと…斬られたりしません?」



薄い緑色が混じった白っぽい光が、剣から派生して雑草を空中に散らしている。

見た目はラ○トセ○バーだが(しつこい)、切れ味は、それはもう抜群だろう。


…あれって、人間も切れちゃうんだよなぁ。


ぼんやりと自分の首が飛ぶ光景を思い浮かべてしまって、ぞわっと体中の毛が粟立つのを感じた。

笑えない笑えない。



「さぁ。もしスミレちゃんに切りかかったらあたくしが殺すけれど、まぁ…」



「………なさそうですよね、そういうの」



カインの剣から飛んだ光が、小川の向こう、丘に続く坂道に生えていた木を切り倒した。

どぉおん、と派手な音が聞こえて、澄蓮の所まで地響きが伝わった。

そしてうっかり木を切り倒すというハプニングをかもしたカインが、何事だとやってきた村人に怒られて土下座の勢いで謝り倒していた。



「ないでしょうね。アレでもあたくしの相棒だもの」



とても不本意そうに、あからさまなため息を吐きながら、渋々認めるように言ったシェイラは、当然のように助ける気はないようだった。

そして澄蓮も昨夜命を助けてもらった恩はあるとはいえ、村人とカインのやり取りの中に身を投じる気はなかった。

ひとえに、面倒事には関わりたくなかったからである。

けれど、と澄蓮はシェイラの横顔をちらりと見て思った。


家族同然に育てられたとはいえ、血のつながらない男女が一緒に旅をしているというシチュエーション。

しかも嫌そうな顔をしていたり、怒らせると怖いとマジな顔で力説したりしているけれど、なんだかんだで仲が良さそうに見える。



「……そこに愛はあるのか」



ぼそりと呟いた澄蓮の言葉に、シェイラは特別何かを思うこともなかったようで、澄蓮と同じようにぼそりと返した。



「さぁ?あ、あのバカこっちに来るなっての…!」



稽古の汗じゃない汗をかきつつ、村人の視線から逃れるように、こちらに駆けてきたカインに、シェイラは遠慮せず堂々と毒づいた。

ちなみに澄蓮からは、お姉ちゃん助けてーと逃げてくる弟、という図に見えた。

というか、それ以外に見えなかった。



「…どう頑張っても姉弟にしか見えない」



「そりゃそうよ。いっぱしの男女である以前に、あたくしたちは家族だもの。ていうかアイツはあたくしの好みじゃないわ」



「………バッサリですなぁ。でもカインさん格好いいけどなぁ」



顔は。

言外に込めた何かをシェイラも分かっていたのだろう、何かを肯定するようにひとつ頷いて、逃げてきたカインを顎でさして一言、「顔はね」と言った。



「でもあたくしはガタイのいい男が好きだもの。それにアレ、中身がガキのままなのよ。ムダにお人好しぶりやがって、手ぇ広げすぎ。そんなんじゃ抱えられた方も苦しいだけだってのに…」



「え?」



「…いや、なんでもないわ。ちょっとカイン、あんた何逃げてきてるのよ!ちゃんと謝ったの!?」



カインの首根っこを掴んで村人に謝りに行くシェイラは、どう見ても姉だった。

先程シェイラが呟いた言葉は気になるが、尋ねてももう答えてはくれないだろう。

それにそろそろ昼時だ。

なんだかんだでネオンの手伝いも全然していないし、澄蓮は給料をもらおうという立場なのだから、仕事は自分から見つけてすべきなのだろう。

台所の使い方を教えてもらって何か料理を作ろう、と澄蓮は腰をあげた。


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