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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
1章
21/41

16.柳茶、凪の弟子たち

閑散とした村というのは、カインたちにとっては結構いい環境らしい。

シェイラの杖と同じぐらいの長さがある剣を抜いたカインが、家の裏手、小川の近くの広場で剣を振っている。

昨晩に見たような薄い緑色が混じった白っぽい光が、煌々と放たれていて。



「でやっ」



と、ちょっと気が抜ける掛声と一緒に振られた剣から、白い光が放たれていく。

飛び出た光が長く伸びた雑草を切っているのをみて、雑草切るのに便利だな、という感想を持った。

見た目、ラ○トセ○バーだけど。


木陰の下にシェイラと並んで座って、澄蓮はカインの稽古を眺めていた。

クラスの男子が授業で剣道をしているのを見たことがあったが、それとは比べ物にならない鋭い覇気を感じる。

真剣だからというのもあるのだろうが、振り下ろした時の音やらスピードやらがもう、半端なくかっこいい。

すげぇ、と見つめる澄蓮とは反対に、シェイラは隣で「真面目にやれー!」とヤジを飛ばしていたが。



「シェイラさんとカインさんって、一緒に旅してるんですね」



「ええ、そうよ。あたくしが小さい頃にアイツの母親に拾われてね。優秀な魔術師だった彼女から技術を賜ったのよ。アイツの『セラ』って呼び名は、舌っ足らずだったころの名残りね。忘れてちょうだい」



「あ、なるほど。可愛い呼び名ですよ」



「…照れるわねぇ」



一瞬、強い風が二人の髪をなぶった。

シェイラはうっとうしそうに緑色の髪を払いながら、懐かしむように空を見上げた。



「『凪の魔術師』…南じゃあんまり知られてないかしら。槐の森に大都からの侵攻があった時、魔術師を含む騎士団の中隊をひとつ潰してね」



「中隊って…どのくらいの規模なんですか?」



「普通なら200人程度なんだけど、その中隊は魔術師を多めにしていてね。魔術師4人と騎士が150程度だったそうよ」



優れた魔術師1人なら普通の騎士200人に相当するから、と笑ったシェイラの言葉に、澄蓮はますます遠い目をした。

魔法があったり騎士がいたり、そもそも騎士1人の力の基準がわからない。



「ひゃくごじゅー…」



ということは、高校の1クラスが35人だから…4クラス以上の生徒を相手にするようなものなんだ…。

ひとりで150人強と対決なんて……無理でしょうに!


力の差が大きすぎて、非常識にもほどがある、と澄蓮はうめき声をあげた。

それに、なぜこの世界では魔術やら騎士団やらと、実力行使が基本なんだろうか。

野蛮すぎる、というか命を大切に、という考え方はないんだろうか。

陽斗は、胡蝶にはゲームのような魔獣や妖精などは存在しない、と言っていた。

それなら戦う意味はないんじゃないか、と考えたのだが、澄蓮は先程ラルダたちが話していた内容を思い出した。


『また盗賊が増えてきてね、その討伐のために大都から騎士様たちが派遣されてくるらしいの』


そうだ、ここはそういう場所なんだ。

人が人を襲う、世界。

それはさっきも考えたことなのに。



(うぅ…またグルグルしてきた…)



「師匠は強くてね。あたくしに魔術を、息子のカインには剣術を教えてくださったわ」



今は魔術と剣術とを扱える魔術師は少ないのだけど、と笑ったシェイラは、少しだけ寂しそうだった。

カインが22歳、ならその母親はもう40代のはず。

…もう、亡くなったのだろうか。

こっちの世界の平均寿命は分からないが、日本のように100歳まで生きる人がいるような場所には思えない。

澄蓮は一度口を閉ざして、明るく振舞ってシェイラに尋ねた。



「どんな感じの人だったんですか?やっぱりカインさんに似てるんですか?」



澄蓮の問いにシェイラは一度カインを見やって、思いきり、遠慮なく、容赦など欠片もなく、顔をしかめた。

否定というか、心底嫌がっているような感じだ。



「違う違う。師匠はあんなヒョロい感じじゃなかったわ。怒ると人類を死滅させるくらいしそうな恐ろしい人だったもの」



「……………そうなんですか…」



火山の噴火と例えられる人にそこまで言わせるとは、カイン母…いったいどんな人だったんだ。

頬を引きつらせる澄蓮に、シェイラは何かを思い出したのか、苦笑しながら話を続けた。



「普段はこの村の人みたいな雰囲気なんだけどね。心配性で、かと思ったら結構豪胆で。カインの父親は狩人だったんだけどね、仕事の時はしょっちゅう師匠に心配されて戸惑ってたわ」



「やっぱり、狩人って仕事は大変ですもんねぇ」



野生の獣と対峙する狩人というのも、やっぱり小説やゲームでしか知らないけれど。

毛皮をとったり、肉をとったり、日々の生活を担う大切な仕事。

時にはクマなんかに襲われて生死をさまようこともあるのだろう。

そりゃ、心配性な奥さんだったら、旦那さんが危ない仕事をするのは心配なんだろうな。

そう思って頷いた澄蓮と現実はどうやら違ったらしい。



「そうね。特に師匠は子供の教育に熱を上げていたから、フィオールさんが倒れたら一家で野垂れ死ぬしかなかったのよ。裕福な生活じゃなかったし」



(…旦那さんの心配っていうか…家族の生活の心配なんですか…)



女性ってしたたかだ…。

笑うに笑えないのは、きっと澄蓮の母も同じようなタイプだからだろう。

心中を察します、と言いかけたのは、まあ、おいておくとして。



「ま、師匠のスパルタ教育のおかげで、あたくしたちも発てることになったのだし。感謝しているわ」



「たてるって、」



「師匠からは一応一人前と認められたからね。大都で試験を受けて、雇ってもらおうと思っているのよ。そのための旅をしているの」



「へぇ…。魔術師にも試験があるんですね…」



「ええ。知らなかった?」



「はい、全く。魔法とか魔術自体、最近知ったばっかりなんで…」



ていうか昨日知ったばっかりなものですから。

そう言って澄蓮は苦笑したのだが、シェイラにとっては笑って済ませられる問題じゃなかったらしい。

目と口を大きく開けて、驚きを顔全体で表現してきた。



「魔術を知らなかったですって!!?」



突然の大声に、澄蓮は数センチ飛び上がってしまった。

キーン、と耳鳴りが耳の奥でしている。

いったいなんなんだ、と目を白黒させた澄蓮に、シェイラはひたすら驚きを隠さないまま慌てふためていた。



「え、ちょっと、どういうこと!?じゃあどうやって生活してきたの!?」



「えーと…普通に、ですけど…」



「火はどうやってつけてたの!?水はどこから…まさか川!?じゃあ薪を作るとか野犬を追い払うとか――」



まくしたてるように質問されて、澄蓮は唖然とした。

こっちでは、魔法がないと火をつけることもできないのだろうか。

いや、でも、そんなまさか…とは思うものの、胡蝶ではなんだかそれもアリな気がする。

実際に宝石を石炭代わりに使うような世界なのだから。



「火は火をつける装置がありましたし、水も同じような感じです。薪は…石油とかで代用できますし、野犬もいなかったので…」



「マジで」



「マジです」



うわ、という顔をされた。

言っていることは信じてもらえたようだが、納得はしていないという雰囲気だ。

澄蓮からするとこちらの様式の方がありえないのだが。

世界が違うということの本当の意味を実感して、澄蓮はシェイラと同じようにため息を吐いた。



「…ちょっと失礼してもいいかしら」



にょき、と白い手が澄蓮の顔に伸びてきた。

澄蓮は驚いて思わず腰が引けてしまった。



「えっと…なんでしょうか?」



「大丈夫、額を触るだけだから」



「おでこ?なんでですか?」



「ちょっと調べたいの。嫌ならいいけど――」



思ったよりもあっさり身を引いたシェイラに、害意はないのだと理解して、澄蓮は頷いて前髪を横に分けた。

どうぞ、という了承を得たシェイラは、露わになった額に掌を載せた。

冷たい掌が心地よい。

そう感想を持った澄蓮は、次の瞬間驚いて飛び上がりそうになった。

シェイラの掌が、熱い。

耐えられないほどでもないのだが、突然の温度の変化に冷や汗が吹きでそうだった。

まるで蒸しタオルを押しつけられたような感じだ。

これも魔術とかの類なのだろうか、と不安いっぱいに見上げる澄蓮の視線に、シェイラは安心させるように微笑んだ。



「お終いよ」



時間にして10秒ほどだろうか。

あっさりと引かれた掌が乗せられていた額に、澄蓮は手を乗せた。

あれだけ熱さを感じていたというのに、額はなぜかひんやりと冷めている。

シェイラの掌に、熱を奪われたように…。

未知のものに近づいた、という実感からか、澄蓮の背中に冷たい汗が流れた。



「…スミレちゃんって、どこから来たの?」



いつか誰かから聞かれるだろうな、と思っていたのだが、澄蓮は一瞬言葉に詰まった。

なんて答えればいいんだろう。

夢の世界から来ました?

ありえないありえない。

澄蓮だって全くそんな話は信じていなかった。

自分の目で見て、体験して、それでも今、まだ世界が違うというのが信じられないぐらいなのだから。



「あたし…あたしは……」



シェイラの紫色の瞳を、見ていられない。

何て言えば正しいのか、分からない。



(――正しい?)



あれ、正しさなんて、あったっけ。

どれを答えても、怪しまれそうな感じなのに、今こうやって口ごもっていることの方が、怪しいのに。

それに正しい答えを考えたところで、正しい答えを導き出せるほど、澄蓮はこちらの世界のことを知らないのだ。

そもそも、どうして澄蓮がこんなことで悩んでいるのだろう。

澄蓮は陽斗に引っ張ってこられただけの、ぶっちゃけ被害者であるというのに、なんでこんなことで悩まないといけないのだ。

おかしいだろ、明らかに。


そう思った澄蓮はキッとシェイラの瞳を見て、言った。

どうせ隠した所でどうにもならない。

なら言うだけ言ってみたっていいはずだ。

信じるか信じないかはシェイラに任せればいい。

澄蓮は嘘を吐いていないのだから。



「あたしは、現実世界から来ました」

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