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魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
序章
14/41

10.黄橡、衣食住と緊急事態

人に騙されやすい人の代名詞になりそうなネオンに世話になることになった澄蓮は、若干痛む良心に泣きそうになりつつ手を差し出した。



「では、改めてよろしくお願いします。あ・あたしのことは普通に澄蓮でいいんで」



ヨシムラスミレさん、とフルネームで呼ばれていて違和感を感じていた澄蓮はそう頼んだ。

ネオンはわかりました、と頷いて差し出された澄蓮の手を握って軽く振った。

細工師だと聞いて想像していたよりも細くなめらかだった手に、一瞬違和感を感じた。

しかしそういうものかもしれない、わざわざ聞くことでもないだろう、と澄蓮は判断した。

細工の作り方についても後々分かることだろうから。



「うん。口調も普通でいいよ。僕もそうするから」



「分かった。そういえば、ネオンってご両親は?」



「いないんだ。僕の両親は旅人だったからね」



まさか、旅の途中で生まれた子供が邪魔で…?


なんでもないように微笑んでいるネオンだったが、澄蓮は悪いことを聞いてしまった、と口を閉ざした。

明るくふるまっているだけで、本当は触れられたくないことだったかもしれない。

両親が仲良く揃っている澄蓮には完全にその辛さを理解できなかったが、親がいないことの寂しさなどに気づくことはできた。



「あ、スミレさんのいたところにはなかったのかな?この辺りの地方では、旅の途中で生まれた子どもは宝授けということで村に迎えられるんだ」



「た、宝授け…?な、ちょ、じゃあ親は生まれたばかりの子供を手放すの!?」



「いや、手放さない場合もあるし、親子一緒に村に迎えられることもあるよ。でも旅人の大抵は理由あって旅をしているから、子どもを託してしまうらしいけれど。

 宝授けはここみたいに小さな村にとって必要なことなんだ。どうしても狭い村の中で結婚をしていくと血が濃くなってしまうし、外との繋がりが途絶えてしまう…村が寂れてしまうから」



納得は、できる。

互いの利害の一致ということも、生まれたばかりの子どもにとっても良いことなのだということも。

けれど、そんなことは、子どもの意思は?

親から離されてしまう、子どもの気持ちは…?



「……ネオンは、寂しくない?」



「寂しくはないよ。村の人たちはみんな僕の親で兄弟で家族なんだ。もう一人立ちしたけれど、今でもちゃんと大切だって言ってくれてるんだよ」



「…そっか」



ネオンが本当に幸せそうに笑って言った。

その言葉に裏や含みは感じられなかった。

見ず知らずの他人を住み込みで雇ってしまう無防備さはちょっと危ないとは思うが、お人よしなその無防備さをこの年齢で持っているのは、きっと大切に育てられたからこそなのだろう。

本当に大切にしてもらって育ってきたんだろう。


安心して詰めていた息を吐いた澄蓮に、ネオンは思い出したように手を打って、がたりと椅子を引いて立ち上がった。

そして幅広のゴーグルを外し、机の上に置いた。

若草色、鮮やかな薄黄緑色の瞳が、澄蓮の瞳を捉えた。



「すみません、作業眼鏡を着けたままだったことを忘れてて…」



「(素…?)あ、いえいえ…。柔らかい若葉の綺麗な色だね」



「あはは、ありがとう―――あー…っと、そうそう。スミレさん、荷物は何もないの?」



「う…お、お恥ずかしい話、着のみ着のままなんです…」



せめて多少なりとも金銭を、と歯ぎしりをしかけた澄蓮に、ネオンは安心させるように笑いかけた。



「大丈夫。スミレさんの着てる綺麗な黒の服はないけれど、他でいいなら用意できるはずだから」



ただし給料から引くよ、と軽やかに言ったネオンに、澄蓮は苦笑してお願いしますと頭を下げた。


ネオンに先導され、澄蓮は人気の少ない村を歩いた。

ちなみに鍵はかけずに遠出という不用心さは長閑な村だからだろうか。

それとも…ネオンだからか?


昼も過ぎ、麗らかな日差しに思わずあくびをしたくなるような陽気だ。

遠くで羊が鳴く声が聞こえて、ドナドナを思い出した自分に脳内でアッパーを喰らわせておいた。


どこへ行くのだろうと思いつつ、脳内で流れるドナドナを打ち消そうとアニソンを口ずさんだ。

1曲目が終わる頃、ようやくネオンの家から隣の家にたどり着くことができた。

田舎とはアニソン1曲分歩かないと隣の家にたどり着かないものなのだろうか。

あいにくここまで閑散…長閑な村に訪れたことがなかった澄蓮には分からなかったが、他の村などもだいたいこういう感じっぽいな、と思った。


けっこう離れた場所にあった隣の家の玄関に立ち、ネオンはおもむろにドアを開けた。

ノックもせずに我が家のようにドアを開けたネオンに澄蓮は目を丸くしたが、ネオンはなれた様子で家に入り込んだ。



「すみませーん、ネオンですー。ラルダさんいらっしゃいますかー?」



「ちょ、ネオン、不法侵入不法侵入!!!」



いよいよ良心の痛みに耐え切れなくなった澄蓮は、銀の粉やら何やらで汚れたままのネオンの服の袖を引っ張って小声で注意した。

しかしネオンは小さい子どもを安心させるような笑みで大丈夫ですよ、と答えるだけだ。

若干顔立ちが日本人と違うが、見た感じ君もあたしと同い年だろう、と澄蓮が言いかけた時、家の奥から女性の声が聞こえた。



「はーいはいはい…ってネオンちゃんじゃないの。何かあったの?」



ああ、近所にこういう人いるいる、と澄蓮が思わず親近感を持ってしまうぐらい、必ずどこかに一人は居る恰幅のいい中年の女性が現れた。

細かい刺繍の模様が入ったベストや、足首まで覆う長いスカート、とっても似合っている白いエプロンを身に着けている。

靴は革で作られているらしく、床の木板を踏むたび重たげな軋りと少し硬そうな靴音が聞こえた。

白髪が交じったほうじ茶色の髪は上品に結い上げられ、縁を飾る白いレースのおしゃれな頭巾をちょこんと頭に乗せていた。

縫物でもしていたのか、服にいくつか糸くずがついていた。



「こんにちは、ラルダさん。突然すみません。実はうちにこちらのスミレさんが住み込みで働いてくださることになったので、その御挨拶に伺いました」



「まあ…まあまあまあ……」



興味津津という視線が半分、残り半分はいきなり現れた不審者を訝る視線だ。

ただし、やはり着てる服からして違うからか、追い出そうかどうしようか、という雰囲気ではあったが。


ここで追い出されては住む場所も知識を得ることもできなくなる。

今まさに迫り来ている生活の危機に澄蓮は身を固くし、できるだけ自然な笑顔で自己紹介をした。



「初めまして、芳村澄蓮です。ネオンさんの家で働かせてもらうことになりました。よろしくお願いします!」



今なら宇宙人との面接だってイケる…。

自分でもよく分からないことを考えつつ、ありったけの勇気を振り絞り、頭を深く下げて言った。

ラルダさん、とネオンが恰幅のいい女性に声をかけた。

少しの間をおいて、ふぅ、とラルダは息を吐いた。

子どもが犬や猫を拾ってきた時に対峙した親が吐くような、しかたがない、というニュアンスを含んだ溜息だった。



「あなた、スミレさん、でいいのかしら。顔をお上げなさいな」



「、はい…」



そろり、と顔を上げた澄蓮の目を、じぃっとラルダが見つめた。

ラルダのクランベリー色の紅い瞳が、負けるものかと見返す澄蓮の瞳に対する。

何秒だろうか、体中が緊張して嫌な汗が流れ出ているような錯覚に陥った澄蓮を見て、ラルダはふと表情を緩めた。



「――――いいわ。私はラルダよ。よろしくね」



「…あ、は、はい!よろしくお願いします!」



この世界に来て初めて、ここにいることを許された気がした。


その後、見たままの人の好いおばさんに戻ったラルダから、いろいろと服や下着、女性に必要な日用品などももらった。

着のみ着のままだと伝えただけで、こんなにもらってもいいのだろうか、と少し不安になったが、無一文の今はもらえるものは貪欲にもらわないと生活ができないため、ありがたくそれらをいただいた。

若干サイズが大きかったが、リボンで腹周りの調節ができるので問題なく着れそうだ。


何度も礼を言った澄蓮は、あんたたちじゃ心配だから、ということで、ラルダに連れられて近所の他の家々へ挨拶回りに行った。

後で気づいたことだが、騙されやすい人決定戦でかなり上位に食い込むだろうネオンの所に、怪しい人物が衣食住込みで雇ってくれというのは、村人からすればネオンを騙す悪人のように見えて当然なのだ。

ラルダは澄蓮がどういう人間なのかを見極め、こういった子がネオンの所に住むことになったから様子を見てくれ、という意味も込めて挨拶回りに同行したのだろう。

村人からの「こいつは悪いやつかもしれない」という疑いの視線は辛かったが、ラルダとネオンの言葉があったから、澄蓮は一応ネオンの家に住むことは認められたようだった。


これが自分を知らない人たちの土地で生きていくことなのか、と身に染みて理解した。

日本に、地域に守られているという確かな基礎がないことの恐ろしさを知った。


ただ、中には澄蓮の目を見て納得したり、食べ物やエプロンなどを持っていけと押しつけるようにプレゼントしてくれる村人もいて、その優しさにちょっと涙腺が緩みかけた。



「…いい人が多いね」



すっかり夕日色に染まってしまった頃、ようやくラルダとも別れてネオンの家に戻れた。

2人で抱えていっぱいいっぱいになるぐらいの荷物を、銀などを退けた机の上に広げた。

衣類、日用品、食べ物、ペンやインクなどの文房具、シーツや毛布に枕といった、生活に必要なこまごまとしたものまで多数ある。

全て、好意で与えられたものばかりだ。



「外に買いに行こうと思ってたんだけど…もうあらかたそろったね」



「明日、もう一回挨拶とお礼に行くね。ありがとう、ネオン。あたしだけだったらラルダさんの時点で逃げてたかも…」



「いや、スミレさんの眼がまっすぐだったからだよ。本当はみんな結構外の人に厳しいんだ。けれど生活に困らないようにってこんなにいろんなものをくれたよね?みんな、スミレさんのことを気に入ったんだよ」



「あ、あはは…そうなら、そうだったら…嬉しいなあ」



ネオンに勧められた椅子に座り、午後の数時間の濃密さを思い出して息を吐いた。

さっそく頂いた紅茶をネオンが淹れた。

ふんわりと花の優しい香りが漂った。

澄蓮がその暖かな紅茶を受け取った、その時だった。



「ネオン!ネオンいるか!?」



やはりノックをせず、豪快にドアを開け放った男性が、大声でネオンを呼んだ。

ネオンが慌てて立ち上がり、男性に駆け寄った。



「ど、どうしたんですか、アジックさん?」



「そ、それが、うちの綿羊と、肉羊2頭が、」



ぜえぜえと息が荒い男性に、澄蓮は手近にあったポットから冷めた紅茶を注いで渡した。

ありがとう、と礼を言って一気に飲み干した男性は、そこで、あれ、と澄蓮を見た。



「ネオン、このお嬢さんは誰だい?」



「あ、今日から住み込みで働いてもらうことになった…」



「芳村澄蓮です。澄蓮って呼んでください。初めまして」



なんだか条件反射のように、今日何度目かも数え忘れてしまった挨拶をした。

男性は律義に帽子を取って、「丘向こうのアジックっす。ども!」と頭を下げた。

しかしその後すぐ、今まで慌てていたのを思い出したらしく、ネオンの腕を引っ張って斜め向かいにある小さな丘を指差した。



「ああーっ!そ、そうそうそれで!うちの羊が3頭一気に産気づいたんだよ!すぐに来てくれ!」



アジックが飼っている羊が何頭いるのか知らなかったが、3頭が一気に産気づくってどんな確率なんだ。


澄蓮は牧畜の話には全くの素人だったのだが、ネオンやアジックの表情から、普通のことではないのだ、と察した。

ネオンが慌ただしく荷物をまとめるのを拙いながらも手伝う。

蝋燭や布などは使用用途が分かったが、石や小さな金属まで持っていく必要はあるのだろうか、と澄蓮は首を傾げた。



「えっと、じゃあ、ちょっと出かけてくる!スミレさんは戸締りをして、灯りをつけて、お風呂に入って、それからそれから……」



「いや、あの、火の点け方すら知らないあたしにそれは……無理」



「…………」



「…………ゴメン」



「えっと……じゃあ、ラルダさんの家に行って…」



安穏とした村とはいえ、慣れない家で女性が一人というのはよくない。

澄蓮とネオンが慌てるのを見て、荷物を持ったアジックは首を傾げた。



「そんじゃあ、スミレ嬢ちゃんも一緒に来ればいいじゃないか。人手は多い方が嬉しいねぇ!」



そんなことより早く、と急かされ、澄蓮とネオンは視線を合わせた。

陽も暮れてきている、羊の出産も近い。



「行くぞ!」



「は、はい!」「ちょ、えぇぇっ!?」



三つ分の足音が、慌ただしく丘へと駆けた。

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