07.鳩羽色に滲んだ夢
「…自称ですか」
夢の中の世界ででも、自分は魔王だ、なんて言う人はいるだろうか。
否、いない!…とは断言できないのだということを、今日、初めて澄蓮は学習した。
あまり知りたくなかった知識だった。
「んにゃ?今度貴司に会ったら言うてみ。たぶん自分は魔王の側近やて言うてくれるはずやし」
澄蓮は再び頭を抱えた。
次元が違いすぎるし、第一魔法の原理についても分からなさすぎる。
ゲームや小説では魔法の原理などが説明されていても大抵読み流していたのだが、現実でと言われると全く想像がつかなかった。
まして、魔王だなんて。
「……もういいです、続けてください」
「時間ないしなー。それで、や。
恐怖政治的な感じでなんとか国まとめて、恐怖とか憎悪の対象を一点に絞ってみてん。そしたらそれが上手いこといってな、殺人事件とかも結構目減りしたんや。あれ、なんか表現間違ったような…ま・ええわ。
俺ら魔王組は実害与えてへんかったし、魔王の部下募集とかで就活応援とかしとったから、実質魔王っちゅーより国王的なポジションやったみたいなんやけど。
んで、スミレちゃんも考えたやろけど、魔王っちゅーからには、勇者とか出て来るんがセオリーやろ?結構楽しみに待ってたんやけど、こないだ、ホンマに出てきてん!勇者!
正義振り回してくる勇者とかが出てくるっちゅー平和ボケ的な余裕があるってことは、もう俺らみたいな余所者が国のことに手ぇ出すってヤボやろ?適当にやられたフリしてトンズラしよー思てたんやけど…」
「……え、まさか…先輩、勇者に…?」
何をどうやって国をまとめるとかいう話が実現するんだ、という感じで尋ねたかったが、魔法というわけの分からないモノが存在する世界では、こちらの常識なんて通じないだろう。
そう思って口を閉ざしていたのだが、話の雲行きがおかしくなってきたところでつい口を出してしまった。
自称魔王の陽斗は大げさに肩を落として、頭を振った。
「…と思うやろ?」
「違うんですか!」
ナイスツッコミ!という声に、今度は澄蓮が肩を落とした。
時間がないとかほざいてたのは誰だコノヤロー。
「それが、胡蝶で知り合って仲間にしとった、俺の側近が…まあ、はしょって言うと、裏切ってん」
「え」
「封術師っちゅー特殊な魔術師がおってな、人間をバラバラにする職種のやつがおるねん。普通は魔術師とかとコンビ組んで仕事するんやけど…。
裏切ったヤツがコッソリ用意してたみたいでな、封術師に俺、バラバラにされてしもたんや。身体、魔力、魂、記憶、全部をくっつけるための力。あとそれから魔王の城のカギもやな。
身体と魔力は封術師によって盗られてしもたんやけど、なんとか魂とかは貴司らに守ってもらえて。
でもまぁ、さすがに元通りっちゅーわけにはいかんくてなー。とりあえず他の部分も盗られたらあかんし、記憶とかは全員に託したんや。…と、ここまでは一応想定内やってん。
あいつなー…俺の身体とか使って勇者とかベコンバコンにしてもーてん。ゲログロのぐっちゃぐちゃ!そんで何を思ったか、魔王の後釜に座りこみやがったんや!」
あんちくしょー、と叫んでいる陽斗には悪かったが、いまいち実感がなかった澄蓮はあいまいに頷くしかできなかった。
そもそも身体、魂、記憶、というのは分かったが、魔力だとか、全部くっつけるための力?だとかはいまいちよく分からない。
今までの話を要約すると、勇者と対決!という時に仲間が裏切り、魔法とかでバラバラにされたあげく、築き上げた地位を奪われたということか。
まとめると分かりやすいが、天文学的な確率というレベルでありえない人生だ、というのは澄蓮にもなんとなく分かった。
そして本人の目はすばらしくマジだった。
「温厚な俺でもさーすがーにプッチンきたしなぁ。で、一応俺の身体だけでも取り返してもらおー思て、貴司にヨロシクて頼んだわけや。
で・メデタシメデタシ。晴れて俺も自由人やー……って思た次の日やな、階段から転げ落ちたんは。
夢の世界での死亡=夜寝てもあっちで生活できんようになる…と思てたんや。つまり、胡蝶からのログアウトだけや…ってな。
それが次の日の朝、階段から落ちたショックで気絶か何かしたみたいでな。気ぃついたらどっちつかずの場所でふらふらしてるし、こっちで寝ても戻られへんしで…」
「つまり……夢で死んだら…現実世界に戻れない?」
「一回戻れても、次寝たらサヨウナラってとこやな」
最悪だ、と暗闇の上の方を仰いだ。
夢で死ぬと、現実に戻れない。
どっちつかずの場所で彷徨うだけ。
「…方法とか、ないんですか?」
「せやから、それを探してもろてるんやって。とりあえず今ん所は、バラバラになったパーツを合わせて、胡蝶の魔王である俺を復活させてみることにしたらしいわ。胡蝶で復活したら現実世界でも復活できるか試すらしいし」
「それで、その人たちの補助を、あたしにして欲しいと?」
「まあぶっちゃけそーやな。や、別に敵を撃退する!とかでええで?」
「それこそ無理です。敵って、あの白髪紅眼の、紫がかった紺色のマントの子ですよね?剣振り回してくる人を撃退とか…あたしにはできませんっ!」
真剣を振り回して、しかも見ず知らずの人を殺そうとするような人物を、ごく普通の女子高生に撃退できるはずがない。
他の人をあたれ、と言い切った澄蓮を見て、陽斗は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「時間ないんやって。今もこれでかなり時間詰めてるんやで?」
「時間を詰める…?…って、もう朝なんじゃ!?」
今までの感覚でいうと、もう朝になっているはずだった。
目覚ましが鳴っていないのか、母親が起こしに来てくれていないのだろうか。
そういえば、もう休日で学校がないから起こしてくれないのかもしれない。
見まわしても空間に変化があるはずがないのだが、澄蓮は周囲を見渡して焦った。
陽斗は疲れたように細く息を吐いて、光る両手をふわりと揺らした。
「胡蝶でしばらくおったら時間の調整は自然と身に付くんや。けど、もう限界。見てみぃ、俺も消えてしまうわ」
はっとして陽斗に向きなおった澄蓮の目の前で、砂糖菓子が崩れるように、陽斗の指が崩れた。
乾ききった砂の城。
慎重に積み上げた石の塔。
ぱっと白く光って散った指が、戻ることはなかった。
澄蓮が驚いて目を見開いたのを見ながら、陽斗は一つも驚くことなく、自らの手が崩れるのを認めた。
「た、滝せんぱ…」
「ああ、心配せんといてな。俺の体は病院と胡蝶にちゃんとあるんやし、ここにおる俺は意識だけなんやろ。幽体離脱的なアレな」
「そんな、だっ……」
「しつっこいけど、ラスト1回な。協力してくれへん?」
始まった闇の浸食は早く、今まで陽斗に何もなかったことが不思議なくらいのスピードで体を砕いていった。
指が、手が、足が、膝が。
学ランも一緒に砕けていくところなど、本当に出来のいい砂糖菓子が崩れていく様そのものだった。
話している人間の体が砕けるところを目の前にした、そのショックは計り知れない。
絶句して、しかし目だけはその破壊をしっかりと追って、澄蓮は唾を呑んだ。
どうせ夢だ。
言っては悪いが、人事だ。
他の人たちがなんとかしてくれる、その補佐だけでいいんだ。
自分へのさまざまな言い訳を、いくつもいくつも考えた。
そして、澄蓮は、頷いた。
「――――――分かりました。協力、します」
その言葉を聞いて、仄かに光を纏った陽斗は安心したように笑った。
ぼろり、ぼろぼろ、崩れて。
とうとう滝陽斗が闇の中に崩れてどこかに消えてしまった。
よろしくー、と軽く言ってくる声が、闇色の空間にエコーした。
あまり読み返さず書き上げたのでミスと矛盾点が多いと思います。
発見しだい訂正しますので、ぜひご報告をお願いします。