5. この世界に一人だけ
お待たせしました。
私は、茫然としていた。
パトリシア様は、最期の言葉を私に残して静かに息を引き取った。正直、人の最期を看取ったのは初めてのことだ。私は、まだ温かさの残る手を握り締めて何も言えなかった。
「ルイ様・・・」
シューレットさんが、肩に手を添えると膝を付いていた私を立ち上がらせてくれた。紫色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
「判っていたことなのです。ここ最近のパトリシア様のご様子から、もう以前のようにはならないと。それに、ルイ様が召喚されましたので」
もしかして、召喚の為の力を使わなければ、パトリシア様はもっと生きられたかもしれないということ?
彼女は、最後の力で私を召喚したということ?
「わ、私のせい?・・・」
口が乾いて、うまく言葉が出ない。足元から不安が昇ってきて、立っているのが辛く感じる。そうだ、この世界に、私を知る人はイナイ。物凄い孤独感が押し寄せる。そして、たった一人、私を知ってくれていた人を失ったという消失感。手足が冷たく冷えていくのが判る。
「ルイ様のせいではありません。決してありません。私達のせいなのです」
シューレットさんが私の手を握って頭を振ります。
「パトリシア様が、最後の力を使って次代の聖女を召喚することを止めませんでした。こうなることが判っていながら、私達はそれを望んでいたのです。貴女が来て下さるのを願っていたのです」
「ルイ様、パトリシア様亡き後、貴女がこのエルグランド王国の聖女様なのです」
信じられない展開とパトリシア様を失った衝撃に、シューレットさんが言っている言葉が頭に入ってこない。そして目の前が、くにゃりとひしゃげたように歪むと私の意識は薄れていった。
**********
うっすらと目を開ける。
何だ。夢か。疲れていたのか、コンテストの夢を見た。それも優勝した夢だった・・・。
がばっと飛び起きた。
「ゆ、ゆめじゃない?」
そこは、大きな白い天蓋付の寝台だった。絹のシーツかな?手触りが心地良い。
ベッドサイドのテーブル上には、ほわっとした灯りが点されたガラス製の照明がある。炎でも、電気でもない。薄オレンジ色の柔らかな光を発する宝石のようなものが光っている。
そうだ。ここは、私の知っている世界じゃない。
「目が覚めましたか?」
黄金色の金髪が、天蓋から流れるカーテンの向こうに見える。背の高いすらっとした姿が少し離れて佇んでいた。
「ユージンさん?私はどうたんでしょう?」
声を掛けると、ユージンさんは一歩近づいて教えてくれた。
「ルイ様は、パトリシア様の最期をお看取りになり、その後シューゼットと話をしている途中で気を失ってしまわれました。それで、私がルイ様をこのお部屋にお連れしました」
「そ・・・うですか。ありがとうございます」
夢じゃなかった。私がこの世界に来たことも、パトリシア様が亡くなったことも。
「ルイ様、とにかく今はお身体を休めましょう。目が覚められたのなら、湯あみをしてお着換えされたら如何でしょうか。お食事もご用意いたしますので」
「・・・・・」
「ルイ様?」
「あの、パトリシア様はこれからどうなさるのですか?」
どのくらい眠っていたのか判らないけど、このまま(さようなら)なんてならないよね?ちゃんとお見送りをしなくちゃ。この世界の弔いの風習は判らないけど、国を守った聖女様だもの。大事にされるよね?
「それは、私がお答えしましょう」
さっきまではいなかった、シューゼットさんがいつの間にかユージンさんの後ろに来ていた。
「でも、その前に、ルイ様は湯あみと着替えをお願いします。その方が落ち着けるでしょう。今夜は、神殿も静かに過ごしますから・・・」
**********
シューゼットさんが軽くパンパンと手を打つと、部屋の隅にあるドアが開き5人程の女性たちが入って来た。同じような白いロングワンピースを着ている。侍女さんのように見えた。
「ルイ様、彼女たちに任せてお寛ぎください」
そう促されて、私は彼女たちについて隣の部屋に入った。
そこは浴室兼更衣室になっていた。寝室とは違う明るい光の照明が、辺りを煌々と照らしている。ここも大理石でできていて白く輝いている。滑らかな表面に、細かな彫刻が彫られている。こんな浴室見たこと無い。着替えを手伝うという彼女たちに抗えず、裸に剥かれるとたっぷりの湯船に入れられた。足を延ばしても向こうに付くことも無い。10人くらいで入っても問題ない広さだ。
張り詰めていた緊張が、ほぐれていくのが判った。
「このお湯、すごくいい香り・・・」
独り言のようにこぼれた。少し、トロっとしたような肌触りの良い香りのお湯。何か入浴剤の様なものが入っているのかな?そう思ったところ、
「えっ?このお湯には、まだ何も入れていませんわ。ルイ様のお好みを伺ってから、入れようとしていたのですから」
そう答えた侍女さんは、沢山の色とりどりの液体が入ったガラス瓶の箱を持っていた。ガラス瓶には花や草の絵が描かれたラベルが貼ってあった。
「でも、凄く良い香りがしますよ?私の好きなロータスリリーの香りです。それにお湯もトロっとしていて肌がしっとりしそうですけど」
侍女さん達が、湯船に手を突っ込み一掬いして鼻を近づけたり、手や腕にお湯を馴染ませたりした。
「本当です!良い香りがするし、湯も変わっていますわ!何が起こったのでしょう?」
侍女さん達も驚いています。まあ、誰かがやってくれたのでしょうが。そろそろ、湯船から出て身体も髪も洗いたいですが・・・さすがに、私の様子を見た侍女さん達は、お喋りを止めると私の手を引いて浴槽の脇にあるベッドに寝かせようとします。が、
「いえ!自分で洗えますから!お気遣いなく!大丈夫ですから!」
と言っても聞いてもらえませんでした。結構抵抗しましたよ?ハイ。
今まで私が施術する側だったから、この体勢はとても久し振り。髪を洗って貰い、身体も洗って貰う。至れり尽くせりのお姫様になったみたい。
でも、私が目指していたのは、その上をいくサービスであり技術だった。もう、エステティシャンになることは出来ないのかな・・・
入浴が終わって、化粧室で髪を乾かす。大きな鏡の前で髪を梳かして貰う。これもまたいい香りの香油を浸けられてなぜか温風の出るブラシで丹念に梳かされる。これは、もしかしなくても魔法のドライヤー兼ブラシですか?今まで見たことの無い自分史上最高の艶やかさです。これはスゴイわ。と感心していると、侍女さんが着替えを持ってきてくれた。
「ルイ様、ドレスはどのような物がお好みでしょうか?」
「えっと、こちらではコルセットとかするんですか?できればしなくても着られる物が良いんですけど」
さすがに、コルセットなんかしたこと無いですから。とにかく今は、着ていて楽な服がイイデス。できればロングドレスとかより歩きやすい長さにして頂きたいです。すると侍女さんは数着の中から、白いドレスを選び出しました。
「こちらはいかがでしょうか?」
そのドレスは、白地で織りが凝ったAラインのドレスだった。スクエアネックにフレンチ・スリーブのシンプルな型で、丈もくるぶしより少し上で歩きやすそうに見える。
(ちょっと、制服に似たイメージだわ。)
「それでお願いします」
ドレスを着つけても貰い、髪型をどうしようかと侍女さん達が相談している。仕事中は、会社の方針もあってずっと ≪夜会巻き≫ に結っていた。背中の真ん中位まで伸ばしてあるので結うのは大変だったけど、ボリュームも出て似合っていたと思う。
「あの、自分でやっても良いですか?」
鏡越しに、侍女さん達に聞いてみる。多分大丈夫。洗う前にとっておいたコームもヘアピンもあるし。この艶やかさだったら、凄く綺麗に決まりそうだもの。
侍女さんに無理を言って、ブラシを貸してもらうと慣れた手つきで結い上げる。仕事では無いから少し顔の横に遊びの髪束を残した。そして見えないようにコームとヘアピンで止めると綺麗な夜会巻きができた。
「なんてお上手なのでしょう。それにとってもお似合いですわ。さっきよりも華やかな感じですわ」
こんな状況でも褒められると嬉しい。やっぱり女子は幾つになっても、何処に行っても女子なのだ。
「そうですわ、ルイ様、これもお使いになりますか?」
そう言って、侍女さんの一人が真珠のついたピンを持ってきてくれた。私は5つ受け取ると髪の巻き上げ部分に均等に差し込んでみた。ぐっとフォーマル度が上がってドレスともバランスが良いと思う。
「ありがとうございます」
私はにっこりと笑いかけた。でも、今の私はスッピンなんですよ。さて、どうする?
**********
そう言えば、侍女さん達はあまり化粧をしているようには見えない。もっとも、西洋人風の堀の深い顔立ちに青や緑の瞳、髪だって金髪に栗色の髪色だし。お肌が奇麗なのでメイクの必要が無いのかしら?それともこの世界にメイクという概念が無い?
(でも、私はそういう訳にはいかないでしょう)
「そうだ!!キャリーケース!!」
そうですよ。副賞のエステ&メイクBOXのキャリーケース。異世界まで付いて来てくれた可愛いヤツがいるじゃないですか!?
まだ中は見てないけど、絶対使えるはず!!!
誤字脱字は気づき次第修正します。
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