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4. 聖女は静かに眠る

サブタイトルを修正しました。

 待っていたと言われた。



 聖女パトリシア様は、白いシーツに埋まってしまうくらい小柄なお婆ちゃんだった。何歳ぐらいなんだろうか。随分お年であるというのは判るけど。


『ルイ。よく来てくれました』


 頭の中に優しく響く声は、私だけに聞こえるのだろうか、二人には聞こえているのかな?そっとシューゼットさんの方を見ると、静かに頷いてくれた。良かった聞こえているんだ。


「これも、パトリシア様の聖女の力なのですね」


声に出さなくても、頭の中に直接話しかけられる不思議な力。


『ごめんなさいね。もう、声を出すことができないのです・・・』


 済まなそうに、目を伏せてほんの少し唇を動かしたように見えた。パトリシア様の命の火はとても小さくなっているのかもしれない。


「いいえ、無理をなさらないで下さい」


 できる限り静かに、誠意を込めて話しかける。雰囲気的に、何だかパトリシア様にどうしてこっちに呼んだのか?とか、どうして私を選んだのか?と詰め寄って聞ける状況には思えない。彼女の手を握り締めながら私は考えてしまった。


「パトリシア様、ルイ様が貴方にお伺いしたいことがあるそうです」


 ええっ!シューレットさん、この状況で聞けというの!?いやいやいや、いくら私でも空気を読みますよ!瀕死のお婆ちゃんに問いただすようなことできませんよ!!と、ドギマギ、アワアワしてると再び柔らかな声が響いた。


『ルイ。貴方をこちらに呼んだのは私が望んだ世界で、一番()()()()が強かったからなの』


 そこまで言うとパトリシア様の思念というか、言葉というか、感情というか、形容しがたい()()()()()()()()が握り合った掌から流れてきた。




 それは、パトリシア様の記憶の断片(カケラ)だった。




 赤毛の髪を小さく結わえた若い女性がいた。白いワンピースを着て、頭には小さく白いキャップのような物を被っている。熱いくらいのスポットライトや沢山の人達、大きな黒いカメラ?が見える。映画撮影?でも、ずいぶん昔の撮影現場のように思える。彼女は薄い本を持って、ライトの当たっている方向を食い入るように見ている。上気した頬が高揚した気持ちを表しているようだ。しばらくすると、彼女は誰かに呼ばれたように顔を上げた。そしてライトの当たっている場所に慌てて走って行った。


(映画撮影の現場みたい。看護師の格好だったかしら・・・昔のシネマのよう・・・)


 診察台に横たわった男性の腕に包帯を巻く彼女がいた。優しい目で、兵士の格好をした若い男性を見ている。慣れた手つきで包帯を器用に巻いていると、男性が何かしゃべった。すると彼女は驚いたように目を上げたが、にっこりと慈愛の籠った瞳で彼を見つめて一言答えたように見えた。


(兵士役と看護師役みたい。外国の戦時中の話のようだわ)


 その場面の後すぐに、ヒロインのような女性が兵士役に駆け寄ってきて、彼女はすぐにセットから消えてしまった。


(赤髪の看護師役をしていたのが、パトリシア様なんだ。女優さんだったんだ)


『シューレット、ユージン、ルイと二人だけにしてちょうだい』


 パトリシア様の声が響くと、シューレットさんは、でも!と言いかけました。が、くっと何かを堪えたように目を瞑りました。


「・・・わかりました。ルイ様、パトリシア様をよろしくお願いします。私達は扉の外に控えていますので、何かございましたら直ぐお知らせください」


 シューレットさんとユージンさんは一礼すると静かに部屋を出ていきました。見送る私は二人が出て行ったのを認めるとパトリシア様に話しかけました。


「パトリシア様は、前の世界で女優さんだったのですね?」


『ずいぶん昔のことです』


「あの映画は、どんなお話だったのですか?」


『あれは、私のデビュー映画なの。でもね、ほんのチョイ役の看護師の役だったのよ。戦争に引き裂かれた恋人同士のお話。私は、主演男優の兵士が怪我をして運び込まれた野戦病院の看護師役だったの』


「そうなのですね?セリフありましたよね?何て言ってたんですか?」


『あの時、兵士役の彼がアドリブを言ったのよ。本当はセリフなんて一言も無かったの』


「えっ!?そうなんですか?とってもいい雰囲気でしたけど」


『彼がね、≪僕の怪我は治るかな?≫って聞いてきたのよ。だから、≪大丈夫よ。安心して≫って答えたの。いきなりのアドリブにびっくりしてしまったけど、多分、人気俳優から若手女優へのプレゼントだったのよ・・・』


 随分と粋なことをする俳優さんだ。そう言えば、あの兵士役の俳優さんは、どこかで見たことがあるかもしれない。もう今は亡くなってしまっている伝説級の俳優さん。


 パトリシア様は、昔話ができることが嬉しそうだった。そうだよね。何十年も昔のことかもしれないけど、同じ世界から来た私には多分沢山通じることがあるから。





『ルイ。私は貴方に伝えなければなりません・・・・。聖女についてです』



 パトリシア様が、ゆっくりと私に伝えてくれる。言葉が頭に優しく響いてくる。

 聖女は、次代の聖女を召喚するために多くの聖なる力を使う。そのタイミングはこの世界の全能神から啓示という形で知らされる。


 啓示を受けた聖女は、次代の聖女を指名して召喚できるというのだ。そして ≪自らの為だけに聖なる力を使うこと≫ をたった一度だけ神から許されるという。



 パトリシア様が、次代の聖女を選ぶ条件はたった一つ、()()()()が強いことだった。


 そして、たった一度だけ許される聖女の力は、パトリシア様をあのレセプションの会場に出現させたのだった。それは、彼女の望みが ≪元の世界で、女優として華やかな世界を見て見たかった≫ という切なくて、熾火のように燻ぶっていた願いだったからだ。



 なぜなら、パトリシア様はあの看護師役の衣装のまま、この世界に召喚されたのだった。彼女は少し寂しそうな顔をして、あのアドリブが生かされたのか、あの映画が上映されたかも分からないと言った。


『輝かしいあの場面で、私は有名なハリウッド女優になっていたの。なんて我が儘な願いなのでしょう。そう思ったけれど、私はとても嬉しかった。だって、叶うことの無かった夢の場面でしたから。でもね、そこで貴方を見つけたの』



「私を見つけた?」



『そうです。貴方の()()()()が眩く光り輝いていたのです。そして、貴方の両手からは癒しの聖なる力が強く感じられました。だから、私は・・・・・』


「パトリシア様?大丈夫ですか?」


『・・・ル・・・イ・・・』


「パトリシア様、しっかりして下さい! 誰か! シューレットさん!ユージンさん!誰か来てください!」


 パトリシア様の言葉が途切れ、瞼が閉じられようとしている様子に、私の大きな声が響いた。すると、寝台(ベッド)の周りに青い魔法陣が出現し、シューレットさんとユージンさんが現れた。


「「パトリシア様!!」」


 二人の悲痛な声がパトリシア様の名を呼ぶ。私はほとんど力の入っていない彼女の手を握り締める。すると私達三人の声が聞こえたのか、うっすらと目を開けたパトリシア様がはっきりと声に出して言った。





「・・・ルイ、この世界をお願いね・・・・そして、ごめんなさい・・・」




 私が召喚されたこの日、パトリシア様は聖女の人生に幕を閉じられた。


誤字脱字はまとめて修正します。

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