魔王「だって勇者が来ないから……」
「ついにここまで来たな」
「ああ、そうだな」
魔王城の入り口で、勇者とその仲間が何やらしみじみと話していた。
魔王城の入り口のはずなのに、とてものんびり話していた。
「魔王退治の依頼を王から仰せつかって、もう十年も経つのか……」
「お前魔王退治を一番後回しにしてたもんな」
本来ならば遅くて一年程でこなされるはずだった勇者による魔王退治は、勇者が寄り道に寄り道を重ねた事で十年の月日を経ても達成されていなかった。
その間勇者が何をしていたかと言えば、農家から頼まれた畑を荒らす獣を退治をしたり、誕生日が近い女の子のために狭く暗い森から野いちごを取ってきたり、関所で怪我をして動けなくなった冒険者が気がかりすぎて何も言われていないのに薬草から回復薬を作って渡しに戻ったり……まあつまり、人の依頼を聞きまくっていた。
あまりにゆっくり進む、魔王退治というより人助けな旅は仲間との出会いと別れを繰り返して今に至る。
多くの人と出会ったが、ここまで着いてきてくれたのはたった一人であった。
飲み屋で出会って一緒に朝まで歌い続けて次の日二日酔いと喉の痛みを共有した、盾持ちのあんちゃんである。
あまりの気の合いっぷりに魔王退治に着いてきた中々のハートの持ち主だ。
普通、飲み仲間が出来た!とはなってもそこから旅の仲間にはならないと思うのだ。それが魔王退治の旅ならなおのこと。
勇者の幼なじみも最初は旅に着いてきていた。だが、三年目くらいで故郷の村に帰って仲の良かった別の幼なじみと結婚した。とても平和そうだった。
勇者も結婚式に参加し、誰よりも泣いた。ついでに新居を建てていった。
新居を建てるついでに村のボロボロになった家々を直して来たので、そのために半年ほど村に留まった。
途中で離脱した者の中には魔法使いの少女もいたのだが、彼女は旅の途中で魔力が完全に底を尽き、魔法が撃てなくなってしまったので国に帰っていった。
今はパン屋に就職して毎日美味しいパンを焼いている。
彼女の焼くパンは絶品だし、彼女自身も「私の天職はパン屋だったんだ!」と言っているのでこれで良かったのだろう。
旅に欠かせない存在、回復役との出会いもあった。
海辺の小さな教会で出会った心優しいシスターと共に教会を狙う魔物を討ち果たし、教会と中で怯える孤児達を守り抜いた思い出。
あの時は「お、これはシスターが仲間に加わる流れかな?」などと思ったりもしたが、シスターは孤児達が心配だからと旅については来なかった。
そう。出会ってはいたが、仲間にはならなかった。
それでも勇者は度々孤児達と遊びに教会に赴いていたが。
そもそも大人がシスターだけの教会で孤児を残して旅に参加する訳はなかった。
その他の仲間たちも旅に加わったが月日が流れるうちに個人的な理由もしくは家的な理由で離脱して行った。
残ったのは盾持ちのあんちゃんだけである。が、寄り道に寄り道を重ねた旅でその寄り道のほぼ全てに着いてきた盾持ちのあんちゃんはとても強くなっており、普通に勇者も強かったので旅に支障はなかった。
問題と言えば、この旅が魔王退治の旅から人助けの旅にすり変わっていることくらいである。
だがそれも今日まで。勇者はやっと魔王城まで来たのだから。
「これさ、四天王的な奴らと戦ってる時にかつての仲間が颯爽と現れる胸熱展開ねぇかな?お前の幼なじみとか」
「あいつ第二子が産まれて幸せの絶頂期だから絶対来ないよ。てか来させないよ?」
「おめでたじゃねぇか。祝いに行こうぜ」
「当然。これ終わったら行こう」
ゆるゆる話しながら魔王城内を進むが、どこかおかしい。
魔王城のはずなのに、魔物がほとんど居ないのだ。
居たとしても勇者を見た瞬間に逃げる者ばかり。
だが勇者はそんな事は気にしない。
さっさと終わらせて故郷の村に赴き、幼なじみの子供を愛でるのだ。
そもそもここまで放置した魔王退治に今更重い腰を上げたのは、去年ついに王様からお呼び出しを食らったからである。
九年ぶりに王城に入り、そこで王様から厳かにお言葉を頂戴していたのだが、そこに小さなお姫様が乱入してきて雰囲気は完全に緩んだものになった。
この小さなお姫様は、王様の孫である。
魔王を倒した暁には嫁に取らせるとか言っていた姫様は流石に別の国の王子と結婚し、可愛らしい女の子を出産した。
じじさまーと駆け寄ってくる小さなお姫様はとても可愛かった。
「おー、よしよし……で、だ勇者よ。この子にもいい加減魔王退治の逸話を聞かせたいでな。退治して来てくれ」
「でも王様、なんかここ数年めっちゃ平和じゃないですか。もう良いのでは?」
「いやそうなんだけどね?お主国の小さな問題をほぼ全て解決してくれたじゃん?その褒美も取らせたいんだけど、いっちばん最初の魔王退治だけ終わってないから、流石にそれが終わらないと褒美あげられないのよ。だから行ってきてよ」
「え、褒美くれるんすか。別にいいのに……」
「貰えるものは貰っといてよ」
「うーん、まあ、流石に放置しすぎて忘れかけてたし、いい加減退治しに行きますか」
「忘れてたんだ?旅の代名詞忘れてたんだ?」
と、こんな感じに王様とゆるっゆるの会話をして勇者は魔王退治の重い腰を上げた。……のだが、やっぱりそこから寄り道して一年かかった。
勇者曰く、ここまで放置した魔王退治は今更少しくらい遅れても問題ないが、川の氾濫で壊れた橋やら魔物に荒らされる畑やらは今解決しないといけない事である。
確かにそうだがそうじゃない。
この勇者、勇者の自覚があるかと言われれば多分ない。
だが、今目の前にあるのは魔王の間への扉。
ここを開ければ魔王が座しているはずである。
遂にここまで来たか、と流石の勇者も少しばかり鼓動が速くなるのを感じた。
「なあ、帰ったら何がしたい?」
「それ死亡フラグってやつじゃない?大丈夫?」
「やりたい事とかあった方が生にしがみつけるだろ?」
「うーん……そうだ、店を開こう!」
魔王の間の前で始まった緩い会話は、中々の盛り上がりを見せた。
「店?」
「うん。人助けの店!俺めっちゃ金持ってるじゃん?」
「そうだな。依頼の報酬やら魔物のドロップやらでめっちゃあるな」
「多分国の宝物庫ばりにあるんだよね。だから人をちゃんと雇って、人助けの店を開く!」
「良いじゃねえか。俺も置いてくれよ」
「やったー!従業員確保ー!」
忘れてはいけない。ここは魔王城、魔王の間の前。
勇者はいい加減にするべきである。
勢いよく拳を突き上げた勇者は、その勢いのまま扉を開いた。
そこには魔王の玉座……だけがあった。
魔王が居ない。
「……あれ?」
「おい、玉座の上になんかあるぞ」
盾持ちのあんちゃんが何かに気付き、玉座に近づいて行く。
そこには一枚のメッセージカードが置いてあった。
少し古くなっているそれに綴られている文字は、
『勇者が来なすぎてエタったので異世界行きます。ぐっばい´ω`)ノ』
「「えー……」」
「エタるってこれで使い方合ってんのか?」
「いや、それよりこれ、王様になんて言おうか」
「そのまま言うしかないだろ?」
「そうだね……これ持っていこうか」
勇者はメッセージカードを手に魔王城を後にした。
思い返せば、世界が平和になった数年前、あの頃に魔王は別の世界に行ったのだろう。
これを王様に見せたらなんて言うか、などと話しながら国に帰る途中、勇者はやはり寄り道をするので国に着くまで二か月かかった。
RPGゲームしてるとサブクエとかやりまくって中々本編進まなかったりしますよね。