オスカー・シャロンの魔道工房 短編 バレンタイン特別編「カイマンの手作りタルト」
オスカー・シャロンの魔道工房 短編(※二次創作です)
バレンタイン特別編「カイマンの手作りタルト」
※こちらの作品はたぐまにさんの「オスカー・シャロンの魔道工房」( https://ncode.syosetu.com/n8850dx/ )の二次創作です。重大なネタバレ等はありませんが、なるべくなら本編の第二章終盤〜閑章くらいまで読み進めると人物関係等が分かりやすいと思います。
「ばれんたいん?」
「そうです、明日はバレンタインデー。日頃の感謝を込めて、お菓子を贈る日なんです」
オスカー・シャロンの魔道工房。そのカウンターで店番をしていたシャロンが回復薬茶が入った瓶を手渡す。その相手は黒剣の異名を持つ気鋭の冒険者、またはこのガムレルの町とその一帯を治めるリーズナル家の次男坊、しかしてこの店の中では店主の友人であるカイマンだ。
「いつも済まない、代金はちょうどだ。……そういった風習は聞いたことが無いが……ああ、だからさっき彼女からお菓子の差し入れがあったのか」
カイマンが後ろを振り返ると、そこにはいつもの常連客に手作りお菓子を配っているアーシャがいた。バスケットいっぱいに焼き菓子を入れており、しきりに味の感想を聞いて周っていた。
「アーシャさんはすっかり張り切っちゃって……今朝から色んなお菓子を作ってはお客さんに味見をしてもらっているんです。オスカー様に美味しいものをプレゼントするんだって」
「なるほど、そういう事か」
常連からの感想をたどたどしいながらもメモへと書き込むアーシャ。しかし、味や食感、見た目など様々な情報を聞いている顔は真剣そのものだ。
「……。ふむ、そういう事なら……済まないが私はこれで失礼するよ、少し用事を思い出したものでね。オスカーにもよろしく伝えておいてくないか」
と、カイマンは工房の奥へと視線を向ける。そちらからは何か金属を叩いて加工するような音が漏れ聞こえている。
「分かりました。それとカイマンさんからも言ってくださいよ、あんまり根を詰めすぎるなって」
「ハハハ、善処してみよう。しかし、君たち家族が言っても駄目だったんなら、私では役に立たないのではないかな?」
「いえ、時にはカイマンさんだからこそオスカーさんも耳を傾けるという事もあります」
「そういうものか? ……それではまた来るよ」
「はい、ありがとうございました。またのご来店を」
カイマンは買ったばかりの回復薬茶が入った革袋を手に店を後にする。扉を出ると、柔らかい陽光が彼の代名詞でもある剣を黒光りに反射させた。
「さて、久しぶりにアレを作ってみるかな」
翌日、カイマンは自宅の厨房に立っていた。綺麗に手を洗い、普段着の上からはメイドたちに無理やり着せられたフリフリエプロンが。鍛え上げられた大胸筋や上腕二頭筋とのバランスは取れていないが、とにかく料理をすることに問題はない。
昨日のリーズナル邸へと戻る道すがら、いくつかの雑貨店や市場に立ち寄って購入した材料を取りだす。小麦粉に新鮮な卵と牛乳、バターにきめ細かい砂糖。数種類の果物は季節の物を選び、さらにリーズナル邸の庭で育てられた摘みたてで香りの良いハーブ。材料と調理器具をそれぞれ調理台に置いていくとそれなりの場所を取ってしまったが、もともと広い厨房なので問題はない。
「まずはタルトの生地からだったな」
カイマンは頭の中でレシピを思い出しつつ、ボウルへとバターを入れていった。
「……ねぇ、どう思う?」
「女性への贈り物」
「坊ちゃんが急に食べたくなった」
「私達を労う為」
厨房の入り口では何やら中を伺う影が。その正体はこのリーズナル邸を陰に支えるメイド隊の面々だった。
「……今日は特に誰かの誕生日でも無かった筈」
冷静に判断するリュカ。
「突然どうしたのでしょう?」
主の行動に心当たりがないフランキス。
「やっぱり女性ですよ。殿方が急にお菓子を作り始めるなんて、女性への贈り物しか考えられません」
先ほどからしきりに女性関係を疑うエディト。
「そうは言っても、カイマン坊ちゃんは……その、あまりそういった特定の女性がいないのでは?」
「いえいえ、普段から見慣れているので忘れがちですが、カイマン様はかなりの美形。私達が与り知らぬ所ではきっと凄いことになっているはずです。きっと。そりゃあもう夜な夜な凄い事に」
「あなた、自分の主人をなんだと思っているの」
ルゥナーが呆れた様子でエディトを小突く。
「……いえ、その可能性はありますね。カイマン坊ちゃんはここ最近、冒険者としての頭角を現しだしたと聞き及んでいます。であれば必然、任務で女性の冒険者と同行する事もあるでしょうし、訪れた近隣の町での交友も広がります。それに魔物や蛮族に襲われそうになった女性を助けて仲良くなったりと、その手の出来事には事欠かないはずです」
逆に、魔物に襲われている所を一人の女性に助けてもらった事は流石にメイド達も知らなかったようだ。
「なるほど、だからこれまでのお見合いもあまり気乗りしていらっしゃらないのね!」
フランキスの意見にフムフムと頷く一同。好き放題に言われている当の本人はそんな事など露知らず、お菓子作りもいつの間にか最期の工程である果物の盛り付けに入っている。
「……! 皆さん静かに、アレを見てください。タルト台が三つあります」
「それは……つまり!」
「三人の女性に……!?」
「三股……! なんて事……?!」
戦々恐々とするメイド達。まさか自分が仕えている主人が女性関係にだらしなかったなんて……。いや、あの顔立ちなら仕方ないのか、と半分くらいは納得しかけている。しかし、どうしたものか。あくまで彼女たちはメイドの身。主人の女性関係を諫めるのは少々気が引けてしまう。
「おや、こんなところで何をしているのかな?」
と、突然、美青年の声が。とっくに盛り付けは終わっていたようだ。
「済まないが、なにか包める物は無いかな? 作る事ばかり考えていてうっかり忘れていたんだ」
「はい、今すぐお持ちいたします」
今までの会話を聞かれてはいないようだが、心臓に悪い。だからといってそんな様子はおくびにも出さず、フランキスは自然な所作でトレーを探しに行った。残された者たちはどこか居心地が悪そうにしているが、カイマンにはその理由を知る由もない。
「出掛けて行きましたね」
「しかも鼻歌交じり」
「でも、持って行ったのは一つだけです。残りは厨房に置かれたまま」
「いったいどういう事でしょう……ちょっと私尾行してき」
「こら、いい加減にしなさい。さすがにこれ以上の詮索は止めて仕事にもどりますよ。カイマン坊ちゃんがどのような交友関係を持とうと、我々は主にお仕えするだけです」
毅然とした口調でフランキスは他のメイドを窘める。それに従うではないが、皆は仕方ないとばかりにそれぞれ本来の仕事に戻っていった。
しかし、彼女の心の内では一体誰に持って行ったのか、どうして三つも同じものを作ったのかなどなど興味津々、あとでカイマンにそれとなく聞き出すにはどうしたら良いかを仕事中しきりに考えていた。
「おー、旨そうやん。どしたん? このフルーツタルト」
「お帰りアーニャ。さっきカイマンが来て、いきなりコレを置いていったんだ。どういう風の吹き回しなんだか。というかデケェ」
「お姉ちゃん、外から帰ったら手を洗ってうがいをするの。じゃないと食べさせてあげないの」
「はやく~」
食卓にはラシュが今か今かとヨダレを垂らしつつ待っている。そして何故かアーシャはいつもより不機嫌なようだ。
「おー、分かった分かった。……なぁなぁシャロちゃん。なしてウチの妹は機嫌が悪いん?」
「あー、えっとですね。話すと長いのですが」
シャロンによると、アーシャはバレンタインという日なので腕によりをかけて手作りのお菓子をオスカーにプレゼントしよう画策していたところ、何の前触れも無くカイマンがそれはもう見事なフルーツタルトを持ってきたのだ。その出来栄え、キラキラと輝くような季節の果物、フワリと香るハーブと一流の菓子職人並みの一品を前に打ちひしがれた、という事らしい。
「……もしかして、このタルト、あのカイ君が作ったん?!」
「ええ、全て手作りだそうです。人は見かけによらないといいますが、カイマンさんがお菓子作り得意だったなんて」
「アーねーちゃん、まだ~?」
「ピェピー?」
待ちきれないラシュと頭上の定位置にいるらっぴーが催促する。
「ごめんなー、すぐ行くわー。ところで、そのばれんたいんいうのはなんなん? みんなでお菓子を食べる日?」
「ちょっと違いますね。バレンタインとは女性が日ごろお世話になっている男性へチョコレートやお菓子をプレゼントする日なんです。……というのは世間的な建前で、本当は意中の相手に私を食べて(はぁと)という意味でお菓子を渡す日なんですよ」
「んなっ?! そ、そんな日やったんか?! ばれんたいんいうんは!」
「そうそう、今夜はいつもより早くオスカーさんと寝室へ向かいますが特に深い意味はありません。ありませんよ?」
アーニャはすっかり顔を真っ赤にしてしまって、尻尾は一直線にピンと立つ。そんな様子を見てシャロンは意味ありげに微笑むだけだった。
「オスカーの驚いた顔、あれが見れるなら作った甲斐があったな」
自宅へと帰るカイマン。その表情は一仕事をやりきったという感じで、普段の美青年が余計にキラキラしている。もしこの場にオスカーがいれば毒舌の一つでも吐く程に。
「さて、帰ったら親父殿やメイドの皆にも食べてもらおうかな。そういえば、帰り際にアーシャちゃんが言っていた、来年は負けないの、とはどういう意味なんだろうか……?」
妙な対抗心を燃やされている事を知らないカイマンの頭上には疑問符がいくつも浮いている。
「何にしても、日ごろからの感謝を形で表せるとはいい行事だ。アーシャちゃんの言う通り、来年も我が友の為に作ってやるとしよう」
普段から家柄や肩書を気にせず一人の人間として付き合ってくれる友人の為ならば、この程度の事は苦にならない。憎まれ口を叩かれることも多いが、それだけ本心で向き合ってくれているのだろう。それになんだかんだでカイマンが困っていれば損得抜きに友人だからと助けてくれる。
「フフ、私は果報者だな」
改めてかけがえのない友人の大切さを噛みしめるカイマンであった。
※カイマンのお菓子作りが上手い、メイド達の口調や性格といった設定はこの短編のみの設定です。
もし面白いと思われた方は是非、本家のオスシャロを読んで見てくださいね! それと本家の方や作者さんのTwitter等でこの短編の設定や否定的な感想等を押し付けるはご遠慮下さい。この短編の責任は私、strifeにあります。
それでは最後に、「オスカー・シャロンの魔道工房」という素晴らしい作品を書いてくださっているたぐまにさんに感謝! ありがとうございます!