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Lolo / ローロ

 リンは初依頼を出すため、朝からハンターズギルドへと足を運んだ。

 今までもブルダルーと一緒に、森での採集を頼んだことがあるし、商品開発の過程で、間接的にハンター達に依頼が出されて、お世話になったことは多かった。

 でも、リンが個人的に採集依頼を出すのは、今日が初めてだ。

 理由は簡単で、どうにも忙しくて時間がなかった。

 まだ、レシピも全部できていないし、館へ行く予定もあるのだ。

 収穫の季節がまさに始まろうとしているベリーが欲しいし、オーティーも、もっと欲しい。自分で森へ入って見つける楽しみがなくなるけれど、そこは諦めるしかない。

 こういう簡単な採集は、ハンター見習いの子達への依頼になる。実際に、リンよりずっと、森のどこへ行けばいいのか、子供達は詳しいのだ。


 ギルドへ入ると、人がそれほどいなかった。

 依頼掲示板の方をチラリと見ると、スペステラ村のローロの後ろ姿が見えた。

 大市の後で顔を見ていなかったので、リンは近寄って声をかけた。


「ローロ、久しぶり。依頼を探しているの?」


 熱心に掲示板を見ていたローロは振り返った。


「リンさん、おはようございます。そう。探しているんだけど……」

「いいのがない?」

「うん。今週はハンターが南の方へ行っているから、それを知って依頼が少ないんだよね」

「そうなんだ。……私、採集の依頼を出しに来たんだけど、ローロ、興味ある?」

「やる!」


 内容も聞かずに、やる、と言い切ったローロに慌てた。


「え、ちょっと待って。説明するから」

「リンさんの依頼でしょ?やるよ。それに、今、ちょっとお金が欲しいんだ」


 リンは嬉しかった。

 最初に会った時は、警戒してか、ほとんど口をきいてくれなかったローロが、リンの依頼だからやると言ってくれたのだ。


「事情があるのかな?じゃあ、まず依頼を出して、受け付けてもらってくるね」


 依頼の受付窓口には、顔見知りのギルド職員が座っていた。


「おはようございます。あれ、今日はご依頼ですか?」


 ハンターズギルドへ来る時は、いつもギルド長室へ案内されていたリンだ。


「はい。初依頼です。採集なんですけれど」

「では、こちらにご記入いただけますか?」


 渡された紙には、依頼者名、依頼内容、報酬などを書き込むようになっている。

 名前と、採集依頼、採集希望品種などを書いて、受付の職員に確認した。


「あの、この採集の報酬は、どのぐらいが適当なものでしょうか」

「そうですね。毒があるような危ない品種ではないので、見習いにもできますね。時間給か、収穫物の買い取りかで設定できますが、ギルドでご提案するのはその組み合わせですね」


 説明されたのは、基本は収穫物の買い取りだが、少額の時間給も払うやり方だ。

 これだとハンターや見習いが採集に行き、たとえ依頼品が見つからなくても少しの収入になるので、依頼を受けやすい。依頼する側も、高額な時間給を払って、収穫物が少なくて困ることもない。依頼者と受注者の双方にいいやり方だ。


「それでお願いします。あ、ローロが受注してくれるんですけれど」


 リンは後ろに立っていた、ローロの腕を取って、受付前までひっぱった。


「指名依頼ということでしょうか。若干の指名料がかかりますが」

「それでお願いします」

「時間はどのぐらいで設定しましょう」

「ん?どうだろう。半日とか、一日かな?」


 リンは横に立つローロに確認した。

 ローロはリンの書いた依頼書をさっと眺めた。


「リンさん、この採集だと森の奥までは行かないし、半日も取ったら持ちきれないよ。四刻で十分だと思うけど」

「そう」

「希望する量も最初にちゃんと決めておかなくちゃ。たくさん取ってきて、全部買い取らないといけなくなったら、困るでしょ」

「そ、そうだね」

 

 リンの依頼はけっこう穴だらけだったようだ。

 時間と買い取り量の上限を決めておけば、その上限に達して早く切り上げても、時間給を丸々もらえて、他の仕事を入れられる。もしハンターが、結果的に多くの時間を費やしても、あらかじめ決めた時間給しかもらえない。


「それでは時間は四刻で、量はどうされますか?」

「今日はたくさん必要なので、取れただけすべて、ちゃんと買い取ります!」


 受付嬢は二人の様子に笑って、依頼を受理した。

 リンはとりあえず持ってきた銀貨一枚を、デポジットとしてギルドに預ける。

 ローロがぎょっとしていたから、たぶん多かったのかもしれない。


 登録が済み、一緒にギルドを後にして、森へ行くのに、二人並んで歩き始めた。


「ねえ。ローロ、聞いてもいい?お金、必要なの?」

「……少しだけ、あればいいんだ」

「大市でもらったお金だと、足りなかった?」


 ローロは『金熊亭』の屋台を毎日手伝っていた。見習いでも、結構な収入になったはずだ。


「大市の稼ぎは、村の子はみんな、トライフルさんに渡したよ。水車になるんだ」

「そっか」

「リンさんの依頼は、また何かつくるの?」

「そうだね。お菓子や料理のレシピをつくりたいかな」

「菓子か……」


 しばらく二人は無言で歩いたあと、ローロがためらいがちに聞いた。


「リンさんは、菓子をもらうと嬉しい?」

「そうだね。甘いのはやっぱり嬉しいよね」

「そっか」


 また無言で考えながら歩くローロに、今度はリンが聞く。


「どうした?ローロもお菓子が欲しいの?」

「俺じゃなくて……」


 そういって口ごもるローロに、リンはピンときた。

 夏至だ。恋の季節だ。

 なんだかちょっと、ワクワクしてきたかもしれない。


「プレゼントを考えているの?」


 ローロはコクリとうなずいた。


「夏至の祝祭に、何を渡したらいいか、わからなくて」


 話を聞くと、夏至の祝祭には、小さなプレゼントを贈ることが多いらしい。

 告白の時、恋人になってから、それから家族としての贈り物まで、気持ちを贈り合うようだ。

 去年は森の花を摘んで、贈ったのだという。


「今年も花は贈るんだ。他のヤツは、髪留めとか、櫛とか選んでる。でも、俺、買えないから」

「花だけでも、十分嬉しいと思うけど」

「でも、屋台で一緒に働いてから、みんなに人気なんだ。俺だけじゃないんだよ」


 『金熊亭』のタタンは、どうやらハンター見習いの子供達に人気のようだ。

 他の子供達は、街の周囲の大人から、お小遣いになるような仕事をもらっているようだが、ローロにはそれができなかった。


「そっか。負けたくないか」


 ローロはコクリとうなずいた。


「じゃあさ、お菓子にする?一緒に作って、それをあげる?」

「菓子って、甘いだろ?シロップや、砂糖がいるだろ?買えないよ」

「んー、そこはさ、ローロがその分、採集を頑張ってくれたら、その報酬にしてもいいよ?採集依頼は、これ一回じゃないから」


 砂糖は十分にあるので、そのぐらいあげてもいいのだが、仕事をして稼ぐつもりのローロに報酬としてオファーした。

 菓子の魅力と、リンからの甘い申し出に、この契約を受けるのがいいのか、ローロは悩んでいる。


「他の材料は、俺でも手に入る?」

「たぶんなんとかなると思うよ。じゃあ、今日はちょっと、やって見よう?それから決めてもいいんだし」


 そう言って、驚くローロの腕をつかんで、森に入らずに、家に入っていった。

 ちょっと厨房を使います、と出迎えたシュトレンに言って、そのまま階段を上がっていく。


「ちょっと、リンさん、採集は?」

「ん?今日の夕方でも、明日の早朝でもいいよ?とりあえず、作ってみようよ。美味しくなかったら、あげたいと思わないかもしれないでしょ?」

「……リンさんが作るの、みんな美味しいって言ってたよ」

「そう?ありがと」


 リンはローロの手を放すと、厨房の棚の辺りをごそごそと漁り始めた。

 バター、ヴァルスミア・シュガー、卵一個、小麦粉、それから乾燥したオーティーの束を取り出した。

 

「ええと、クッキーにしようと思うんだけど、この中で、ローロが手に入れにくいのは、砂糖かな?」

「うん。あと、白い小麦はちょっと難しいかも」

「じゃあ、それも報酬にしてもいいよ。後は平気?」

「うん。卵は一個でいいの?それなら、村でも鶏を飼っているから」


 それは知らなかった。

 村に行った時も、鶏小屋は見学しなかったなあと、思う。

 話しながら、リンは材料を量り始めた。バターと砂糖は同量ずつにして、粉はその倍だ。


「俺が春にもらった鶏もいるんだよ。俺のはひよこだったから、まだ産めないけど、最初に言っておけば、一個ぐらいもらえる」

「ひよこをもらったの?」

「春先の大風で、氷が降ったでしょ?近くの村の鶏小屋が壊れて、直したんだ。報酬以外に、御礼だって。卵を産む雌鶏をくれるなんて、優しいよね」

「へー。ローロの鶏が産めるようになるのは、いつ?」


 ローロは不思議そうな顔をした。


「夏の終わりじゃないかなあ。……リンさん、ずっと街に住んでたの?鶏を飼ったことないんだね」

「うん。バターも手にはいる?」

「西の村でクリームをもらえると思うから、大丈夫」

「ということは、まさか、ローロが自分でバターをつくるの?」

「うん。……リンさん、もしかして、バターも作らない?」


 家で使うバターは、館の厨房から他の食材と一緒に届けられていたから、リンは作ったことがなかった。


「うん。作り方、知らないかも」


 ローロは、今度は目を丸くした。

 食卓のバター作りは、大抵どこの村でも女性が担当して、子供が手伝うことだ。

 シロップや砂糖など、皆が知らない物を作り出すリンが、そんな基本的なことを知らないのが、ローロには不思議だった。

 

「今度、教えてね」

「わかった」


 ローロは、乾燥したオーティーの葉を持ち上げて、匂いを嗅いでいる。


「リンさん、これも使うの?……菓子に入れて、おいしいかなあ」


 チクチク痛い草で、食べ物に困った時は食べるけれど、特別美味しいものではなかった。ハンターズギルドで何度も刈って、まとめて捨てられていたものだ。

 商品に使うからと、村の乾燥室に大量にあるが、ハンターズギルドから届けられたときは、刈られたばかりの青臭い匂いがしていた。


「大丈夫。おいしくするよ。ローロ、じゃあそれ、すり潰して」


 リンはローロの手に、乳鉢とオーティーの葉を押し付けて、自分は小麦粉を振るった。次に、ボウルにバターを入れ、ヴァルスミア・シュガーを加えて、白っぽくなるまで混ぜる。

 ローロがボウルに鼻を近づけて、クンクンと嗅ぐ。


「この砂糖ね、いい香りがするでしょ?春に採ってもらった樹液からできているんだけど、そこに、バニラっていう、南の島から来た豆の殻を入れてあるの。使い終った殻でいいんだよ」

「うん。なんか違うね。甘い」


 卵黄を加えたところで腕が痛くなり、ローロにバトンタッチして、さらに混ぜてもらう。


「うん。いい感じかな」


 リンは振るった小麦粉をローロの持つボウルに加えて、さっくりと混ぜていった。できた生地を三つに分けて、そのうちの一つに、パウダー状になったオーティーの葉を加える。


「緑になったよ……」

「うん。これでいいんだよ。ここで少し、半刻ぐらい冷やすよ」


 リンは生地を四角くまとめて、チーズクロスに包んで、小型冷室に突っ込んだ。

 オーティーで緑になった生地を見て、どこか不安そうなローロに、どうせだったら味見しようよと、似たような材料を混ぜ合わせ始めた。


「んーと、ベリーは昨日食べちゃったな」

「少しでいいなら、すぐそこの木陰に、赤い熊苺(ベアベリー)があるよ。けっこう甘いやつ」

「熊苺?」

「うん。大きいから、熊苺」

「すぐ近くだったら、採ってきてくれる?」


 わかった、と軽く請け合って、ローロは出て行った。

 ここでは森が庭のようだと、くすっと笑うと、リンは温めた鉄板に、薄く生地を広げてクレープを焼き始めた。


 ボウルにクリームとヴァルスミア・シュガーを入れ、泡立ての段階になって、リンはやっとシルフを思い出したらしい。


「シルフ、ヴェルベラブント(クリームを) ウスクエ クレピト(泡立てて) オブセクロ(お願い)……やっぱり、これが速いよね」

 

 出来上がったホイップクリームにベリーを入れて、クレープで包むつもりだ。

 本当に近くだったのだろう。両手一杯に大きなベリーを採って、ローロはすぐに戻ってきた。


「下の水場で洗ってきたよ」

「おお、ありがと」


 チーズクロスで水気を拭いて、クリームのボウルに放りこんだ。

 きれいな緑色をしたクレープを皿に広げて、そこに熊苺入りのクリームをポンと落とすと、クリームが見えるように、クレープをたたんだ。


「さ、座って」

「思ったより、きれいかも」


 緑の生地に、白のクリームと赤のベリーが確かに映える。

 ローロには、緑だけより抵抗がないようだ。


「思ったより、おいしいはずだよ。さあ、食べて」


 リンは率先して、クレープを口に入れた。

 緑色はきれいに出たけれど、オーティーの風味は全く気にならない。ホイップクリームも熊苺も甘いし、クリームで円やかな味になる。

 これなら今作っている、クッキーも大丈夫だろう。

 ローロを見ると、一口食べて目を丸くし、自分の皿をマジマジと見下ろした。


「甘くておいしい。オーティーだって、わかんないね」

「でしょ?今、作っているお菓子も美味しくなるよ。大丈夫」


 クレープを数枚ずつ、ペロリと平らげると、クッキーづくりに戻った。

 三つのうち、白の一つは他で使うので脇においておく。

 残りの緑と白の生地を、それぞれ二つずつにわけ、細長い四角に形を作った。

 白の横に緑を並べ、その緑の上に白、と交互に並べて積むと、チェックのクッキーになる。

 端の方を少し切って、ローロに見せる。


「ね、緑と白のチェックできれいでしょ?」

「うん、びっくりした」

「これをね、もう一回包んで、小型冷室に入れるよ。で、残りの一個も形をつくっちゃおう」


 残りの白い生地は薄く延ばして、二人で考える。


「本当は、同じ形に抜ける型があると、簡単なんだけど、ナイフでちょっとやって見ようか」


 リンは、生地にナイフを当てて、五枚の丸い花びらをした、花の形に生地を切り抜いてみた。


「やっぱり難しいかな」

「やってみる」


 リンが作った花を見ながら、すっすっと、ローロが花をかたどる。

 花びらの大きさも均一で、けっこう上手だ。リンの作った花より、形が整っている。


「……ローロ、うまいね」

「ほんと?」


 二人で並んで、真剣に生地を切り抜く。

 リンは、花びらの先端に、小さくV字の切れ込みを入れた。


「リンさん、その花は何?」

「……こういう花、見たことないかな」

「うーん、ないと思うけど」

「そっか。これはね、桜っていう花。私の国では、よく見たんだけど」

「きれいだった?」

「うん。たくさん咲くと、空に浮かぶピンクの雲みたいだった」


 生地をほとんど切り抜くと、残りはまとめて、丸い形にした。

 小型冷室から出したチェックのクッキーも、ローロが厚さを揃えて切っていく。

 リンはそういえば、と、思い出した。

 ローロが目指しているのは「料理のできるハンター」だった。それとも「ハンターのできる料理人」だったか。


 油を薄く引いた鉄板に、綺麗に並べ、サラマンダーが温めたオーブンに入れた。


「あと少しで、できあがり」

「リンさん、楽しかった。本番の時もまた手伝ってくれる?」

「うん。じゃあ、後でまた、ハンターズギルドに契約にいってくるから。ギルドに報酬の砂糖を預ければいいのかなあ」


 砂糖を預けられたらギルドは困るかもしれないと、エクレールに相談することにした。


「俺、採集がんばるよ」

「うん。たくさん必要になるから、思い切り集めてもらって大丈夫。報酬分なんて、きっとすぐだよ」


 王都の社交で使うかもしれないから、量が必要になると聞いたローロは、口をあんぐりと開けた。



本日で投稿から、三か月目でした。

お読みいただいている皆さんに、感謝です。本当にありがとうございます。

ブックマーク、評価、感想、どれもとても嬉しいです。

それから、誤字報告もとても助かっております。というか、たくさんあって、すみません。

何回も見直しているんですけど、いっつもすり抜けています。


今後ともどうぞよろしくお願い致します。


(おかしいなあ。三か月ぐらいで書き終わっているつもりだったのに……)

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