Test at the manor / 館での検証
スペステラ村から戻った夕方には、リンはオーティーの葉を摘んできてレシピを考えていた。
さっと茹でると、青臭さと、えぐみがなくなり、ほうれん草とブロッコリーを足して二で割ったような味で、悪くない。調理したら、チクチクと刺すこともない。
早速ブルダルーに頼み、茹でた葉をバターで炒め、夕飯のつけ合わせで出してもらうと、ライアンも気に入ったようだ。
「ね、案外おいしいでしょう?薬草茶のブレンドの時に、これは草だ、って思った風味がないんですよ」
「薬草はそのまま乾燥するから、全く違うのだろうな」
「えぐみが強いからですよね。水に四半刻さらしてから、乾燥してもらうだけで、変わると思うんですけど」
「マドレーヌに言って、試してもらうと良い。効果が変わるようなら難しいだろうが、レシピに使いたいのだろう?」
「ええ。きれいな緑ですし、乾燥して保存できるなら試してみたいです。冬には緑の野菜が少ないでしょう?こう、保存できる何かがあればいいと思っていたので」
ライアンは、怪しい、と言うような顔をした。
「リンの『何かを試す』は、大抵、大ごとになる。予め言ってくれ」
「はあい、わかってますよ」
そして次の日、また外出となった。
今度は館でクーラーとヒーター、つまり『涼風石』と『温風石』の検証である。
四種類の大きさの石を、広さの違う部屋で試すため、部屋数のある館で検証することになっていた。
「大市の前後って、いつもこんなに忙しいんですか?雪に閉じ込められた冬が、ウソみたいというか、あののんびりさ加減が懐かしいというか」
「まあ、こんな感じだ。そんなことを思えるのも、今だけだぞ。王都にいる間に、秋の気配を感じるだろう。今度は、急いで冬支度を考えるようになる。それから二か月で雪が降り始めるからな」
夏から一気に冬を考えるなんて、ここの秋は短いようだ。
「え、初雪はいつ頃ですか?」
「毎年、秋の大市の間に、一度は降る」
「『温風石』を完成させないとダメですね」
「まず『涼風石』からだ」
例年以上に忙しくなっているのは、リンの開発があるからだが、ライアンは言わなかった。
館の本館では、文官と精霊術師によって、様々な準備が済んでいた。
この間研修が終わった精霊術師見習いと、秋から研修を始める学生が、この検証に参加するようで、ずらりと並んでの挨拶を受けた。
「本日の検証を経て、新しい精霊道具として登録されることになるだろう。国の将来を担う術師である君たちに、良い経験となることを願う。今日は頑張ってくれ」
検証に使うための馬車が、本館の前庭に四台並んでいる。
内容と手順を書いた紙を渡された。どういう検証をするか、ライアンと叩き台を作ったが、それを基に文官と術師が仕上げたようだ。
参加する全員に予め配られ、間違いのないように確認されている。
「検証は、まずこの馬車と、執務室、会議室で同時に行って、後で、謁見の間とグレートホールで試す」
「執務室や謁見の間なんて、使ってもいいんですか?」
「滅多に入れぬ場所だから、学生は楽しいだろう?どこの城でも似たような大きさだから、目安として都合がいいのだ。父上と我々兄弟の執務室で、ちょうど数も合う。父上達には、今日は別所での執務をお願いしてある」
領主まで執務室から追い出されてしまったらしい。
精霊術師ギルドのギルド長、ブリーニがやってきた。
「ライアン様、見習いは文官と組ませましたが、よろしいですか?」
「ああ。謁見の間とグレートホール以外の部屋に、それぞれ四名を頼む。検証、記録係としての三名と、私への連絡用に『飛伝』のできる風の術師を一名。馬車は人を減らしても良いだろう。指示は、私が『拡声』で出す」
「かしこまりました」
ライアンは作ってきた精霊石をブリーニに渡した。
まだ収める容器ができていないので、木の台に窪みがあって、そこに卵型の精霊石を並べて置けるようになっているだけだった。
今日の検証は、極小、小、中、大の『涼風石』と『温風石』を使用する。
高温度の環境での『涼風石』、低温度での『温風石・凧揚げ(強)』、低温度での『温風石・そよ風(弱)』、高温度での『送風』、心地良いと感じる温度での『送風』、と、五つの状況での温度変化を試すことになっている。
文官にもらった内容の紙を見ると、条件を揃えるため、精霊石や樹脂を置く場所まで指定されていた。
「リン、皆の準備ができるまで、時計を見せよう。今日使うのは水時計だが、日時計が外にある」
本館前に日時計が設置されているというが、リンは今までに見た覚えがなかったので首を捻る。
その日時計は壁の上方に、絵画のように描かれていた。
四角く、真白い石に、金の日光のような冠をかぶった女神がいる。その女神の持つ棒が日時計の指針となっており、この影で時間を示す。
よく見ると、その指針にも彫刻がなされているようで、影は葉の形を作っていた。時刻以外に、影の長さで月も表せるようで、六月を指している。
『陽の光はすべて平等に輝く』と刻まれている、装飾的で、美しい時計だ。
「壁についている日時計は初めてみました。……四半刻までわかるんですね。それに私、時刻の刻みは、等間隔なものだとばかり思っていました。」
「等間隔だと、この日時計は合わないな。きちんと調整がされている。夜間は、中の水時計を使う。今日使うのはそちらだ」
本館に入ってすぐのエントランスホールの壁際に、水時計はあった。
こちらは多分、水のオンディーヌの像ではないだろうか。髪が腰を覆うような女性が横座りしていて、両手を前方に差し出し、「水の石」を支えている。膝の前には水を受ける石の鉢があり、中には目盛りが刻まれていた。
こちらに刻まれた文言は『時はすべてを明らかにする』だった。
「この『時計の石』は、一滴ずつ、均等な間隔で、水が落ちるようになっている。この水盤だと、まる一日水を受けても大丈夫なものだ。水の術師が管理している」
「じゃあ、外が曇って、日時計が使えなくても大丈夫ですね」
「ああ。一冬に一回は、この水が凍ることがあって、日時計も使えぬような時は、王城までシルフを飛ばして時刻を確認するのだ」
リンは水盤の目盛りを、興味深そうに数えている。
「工房にも水時計があるのだが、リンに見せたことはないな」
「水時計なんて、ありましたっけ」
「ああ。普段は鐘の音で十分だから使ってはいない。執務室の窓際に、小型で、似たような像があるのだが」
そう言われれば、あったような気がしなくもない。石も持っておらず、水盤も設置されていないので、飾りの彫像だと思って、見過ごしていた気がする。
「帰ったら見せてください」
時計を検分していると、文官が、部屋の準備が整ったと告げた。
ライアンは、青いマントを羽織った術師に、一度水時計を止め、下の水盤を検証用の物に置き換えるように言った。
「時計を止めてもいいんですか?」
「ああ。城壁正面の騎士詰め所にも、鐘楼用の同じ時計がある」
ライアンは『シルフ拡声』で指示を出し始めた。
「まず確認だ。温度管理の樹脂はピンク色で、準備が整っていると思う。これより『涼風石』のテストとなるが、樹脂がピンク色でない部屋、『涼風石』と樹脂の所定の場所がわからぬ部屋は、今、私にシルフを飛ばしてくれ」
シルフは飛んでこない。大丈夫のようだ。
「『涼風石』の使用を開始すると、部屋の温度が下がり、樹脂の色が変わる。私が時間経過を『拡声』で案内する。その度に、数か所に置いてある樹脂の色を記録して欲しい。どれか一つでも黄色に変わったら、私にシルフを飛ばすこと。寒くなるが、マントで調節して、私の停止の合図までは続けてくれ。では、準備。……『涼風石』検証開始」
同時に水の術師が『時計の石』を起動させ、オンディーヌの手の間から、ポタリ、ポタリと、水が時を刻み始める。
今度の受け皿は細長いガラス製で、細かな目盛りがついていた。短時間を測るようにできているのだと思う。
ライアンは水時計の目盛りを見ながら、時間の経過を案内し始めた。
「1」
恐らく分刻みでわかるような目盛りなのだと思う。
「2」
経過の案内が、十二を超えたところで、馬車からシルフが飛んできた。
大型の『涼風石』を使った馬車は、さすがに温度変化が大きいようだ。
三十まで案内したところで、停止の合図を出した。
「次は『温風石』だが、樹脂の色を透明にしてから始める。今から文官が、各部屋に特別な風の石を配る。温度を透明にまで下げてくれ。……冷え込みが辛かったら、交代で、外に出てかまわない」
ライアンがそう言ったとたんに馬車の扉が開き、前庭を見ると、出てきたのはギルド長のブリーニだった。
「おお、寒かった。よく効く道具ですな」
「ご自身で参加されていたのですか」
「なに、面白そうでしたからな。シルフ担当です。しかし、馬車での大型サイズはきつかったですぞ」
「馬車は極小で良さそうですね。もっとも、今の気温は、何もなくてちょうどいいんですけど」
リンは肩をすくめた。
「本当にそうですな」
ライアンは話を聞きながら、文官が集めてきた経過記録を眺めている。
「石と部屋のサイズが合っていない場合は除くとして、思ったよりも冷え過ぎてはいないようだ。それにセンスのように風を動かすのも機能して、部屋全体で温度に変化がある」
「風と風の組み合わせにして良かったですね。『冷し石』と違うので、あまり冷えすぎるのは身体に悪いですよ。外との温度差があるほど、身体はだるく感じるし、体調は崩れます」
「そうか。ではこれで良さそうだ」
工房で試した時、首振り機能のように、風を左右に広げるのには苦労した。
リンが手で扇いでみせて、「こういう風」に風を出して欲しい、と言えば、シルフはその通りにできる。
だが、魔法陣に刻むのに、「こういう風」という古語では当然動かない。色々な風の状態を古語で刻んだが、上下が滅茶苦茶だったり、うねうねと渦を巻く風がでて、書類が舞い上がるばかりだった。とても部屋では使えない。
結局、「センスのように風が動く」という、新しい風の状態を刻んだのだった。
「今、配られている特別な風の石は、何の風が刻まれておりますかな?」
馬車に緑の石を差し入れている文官を見て、風の術師でもあるブリーニがライアンに尋ねる。
「……あれは、登録がまだ済んでいないので、内緒にしてください。『冬至の月夜』という、リンが考えた新しい祝詞で、『凍り石』の精霊道具に使います」
「ほう、それは拝見するのが楽しみですな」
ブリーニはいそいそと、冷え過ぎている馬車に戻っていった。
リンもライアンの横から、最初の検証結果を眺める。
「今日の検証で、結果が出そうですか?」
「ああ。ただ、ヴァルスミアだと外気温が低いので、『涼風石』は兄上に頼んで、王都でも一度、同じ検証をしてもらった方がいいかもしれぬ」
リンが結果の一部分を指した。
「あ、ここ。サイズをしっかり合わせないと、やっぱり冷えすぎますね。馬車とか、ぐんぐん温度が下がっています」
「ある程度まで冷やして、温度を維持できればいいのだが」
「私の国では、温度が下がると、『涼風』から『送風』に切り替わっていましたから、そこで『送風』にすれば、ちょうど良いかもしれません」
「それは、自動的に切り替わるのか?人が替えるのではなく?」
「自動的に感知して、調節していましたね。雷の力でしょうか」
ライアンは悔しそうな顔した。
「……それは私にはできぬな。雷を使ってみたいものだ」
纏めてあるライアンの髪が、引っ張られたようにピンと張り、揺れている。
「ライアン、精霊が怒っていますよ。今、開発している道具だって、精霊が頑張ってくれているじゃないですか」
「ああ。それは確かだ」
「雷の便利さも、たぶん良い事ばかりじゃないんですよ。得る物も多いですけど、その分、自分でできないことも増えたというか。自分の能力以上の力を使って、それに慣れ過ぎた感じですかね。だからといって、雷のない生活は考えられませんでしたけど」
「そういうものか」
リンは自分で言っていて、ふと思った。
最近、精霊術を使う機会が増え、電気のように、その状態が当たり前になってしまったかもしれない。ほとんどの人は精霊の力を使えないのに。
「ライアンは、精霊の力を使う時、こう、力を使っていいのか、不安に思ったことはありませんか?」
「精霊の力を恐れている、ということか?」
「恐れているとは違う気がします。……力を当たり前に使う状態に慣れるのが怖いのかも。自分の能力以上の力を使っているというか、他人に使えない、強大な力を使っているというか」
「そのために、精霊術師は正しく力を使い、制御できるように訓練に励むのだが。それに、術師によって限界は違うから、自分の能力以上の力を使うことはない。……リンは、精霊の力を突然得て、それが強いものだったから、戸惑うのかもしれぬな」
「ライアンにとっては、精霊の力を使うのが日常ですもんね」
「ああ。常に身の回りに精霊がいて、私が力を使えなくなったら、国家的問題だ」
「ふふっ。それもまた極端ですよね」
リンはこの先、どうするのがいいのだろうと思った。
とりあえず、精霊術を使っても、それを使わない生活があることを、常に忘れないようにしようと思った。





