A fitting / 仮縫い
リンはアマンドと一緒に『レーチェ』に向かっていた。
夏のドレスの仮縫いをしましょうと言われ、今日は、第五班、リンの衣装製作班の会合である。
アマンドは、リンの使う、ヘッドドレスやリボン、貴石のピンなどの小物を収めた木箱を抱えていて、ドレスと合わせることになっていた。
「こういう仮縫いをするのは、初めてですね」
「王都での社交がございますから、レーチェもぴったりとお身体に合わせたいのでございましょう」
ライアンからも、王都で精霊術師見習いとして、リンの披露があるかもしれないと言われ、レーチェは張り切っていた。
「……それは太れませんね」
「少しぐらいふくよかになられても、レーチェも王都へ参りますから、お直しができますよ」
それは危険な誘惑だと思うべきか、安心して食べられると喜ぶべきか、少し考えてしまった。
『レーチェ』へ入ると、店内にはいつもより女の子が多くて、ひそひそ、さわさわとした声が響いていた。
アマンドが店員に補充のリネンを注文している間、どうぞこちらへ、とリンは別室に案内され、待っているとレーチェがやってきた。
「リン、お待たせをしてごめんなさいね」
「いえ、お客様がいっぱいでしたね」
「夏至が近いから、特に、ね」
「……夏至になにかあるんですか?」
夏至の祝祭は、結婚前の男女の出会いの時だという。
冬至と同じように大事な日で、家から離れている人は里帰りをするし、どこの街や村でも大篝火を焚き、周囲で踊ったりして祝うらしい。
「そういえば、クリムゾン・ビーの花で、恋占いをするって聞きました」
「そうなのよ。リン、よく知っているわね。相手は自分を思っているか、いないか、夏至に告白をするか、されるか、結構真剣よ。それにやっぱり、そういう日は綺麗に装いたいでしょう?」
レーチェはそう言って、チャーミングなウィンクを投げた。
「それで新しい服を買いにくるんですか?」
「服というより、リボンやピンの小物が多いかしら。今年はね、『シルフィーのブラ』が出ているのよ」
「えっ!ブラですか?……でも、あれ、全員サイズを測ったんですか?」
「それがね、違うのよ」
館のメイドに、薬事ギルドの職員、大市に来た貴族などから、『レーチェ』にはたくさんのブラの注文が入った。当然すべてサイズを測ってから作るのだが、多くの女性を測ると、似たようなサイズが多いこともわかり、それでいくつか既製品を作って見たのだそうだ。
同じサイズで、形もシンプルにして、使う布も少ないから、女の子達が買えない値段ではないらしい。
「女の子達の間でどんどん話が広がって、ここ数日あんな感じなの。今度注意して見てみるといいわ。女の子のシルエットが、だいぶ変わっているはずよ」
「すごいですねえ」
「皆が綺麗になったって喜んでいて、嬉しいわ。リンありがとう」
忙しすぎて、今まで倉庫だった部屋を裁縫室に変え、スペステラ村から新たにお針子を雇ったらしい。
「それでね、今年は王都にも行くことになったのよ」
「聞きました!……まさか、それもブラのため?」
「ええ。ほら、ウィスタントンの大市までは来ないけれど、王都の社交には出るっていう貴族のご婦人方がいらっしゃるでしょう?サイズを測らないといけないから、出向くの。この間はラミントン領にも行ってきたのよ。御領主様の御婚約者のグラッセ様に、リンが宣伝してくださったのでしょう?」
リンに、心当たりはなかった。
「私、グラッセさんには、お会いしたことないんですけど……」
「あら。『スパイスの国』の長様からも注文が入ったのよ?『リンの作ったブラとやらを注文したい』とおっしゃったから、てっきりそうだと思ったのだけれど。あちらには伺えないから、長様に測り方をお教えして、サイズが届くことになっているの」
タブレットに話をした覚えもないリンは首をひねった。
「私ではないですけど、館のご領主夫人から話が伝わったのではないでしょうか」
「そうかもしれないわね」
王都へ出向くことで、それ以上の注文が入ることも期待していた。
レーチェの腕の見せ所である。
話しているうちに、アマンドも買い物が終わったようで、お針子の女性と一緒に部屋に入って来た。
「今日は三着のドレスを合わせてみたいの」
「三着も?」
「夏用には、もっとできているのよ?この三着は、一番フォーマルなドレスね」
「頑張ります……」
差し出された三着は、紺、白、ピンクのドレスだった。
紺のドレスから試着する。
アンダードレスもすべて、薄手の夏用のものに替えられた。
光沢のある紺のドレスに、白いフォレスト・アネモネが、刺繍とコサージュでドレス一面に飾られている。袖は腕を一か所、絞るようなスタイルになっていて、二の腕はぴったりで、手首に向かってヒラヒラとフレアスリーブになっている。
「夏のドレスは、袖丈も少し短くなるの。それでこうやって袖をリボンで縛るのが、今年の流行になるはずよ」
「流行に毎年合わせるのは大変ですね」
「そうでもないわ。ご領主夫人、カリソン様が毎年新しい形のドレスを着るので、それが流行になるの。今年はこれね。後は、今作っている、センスかしら」
流行になるというより、流行をつくっている、と、レーチェはサラリと言う。
前後左右、あちこちから眺められ、余っている部分を調整され、立っても座っても美しく見えるように針で留められる。
ヘッドドレスは、新しいブラマンジェ領のレースのものを合わせるようだ。フォレスト・アネモネの模様も、コサージュも、ドレスと同じものだ。
頭の後ろで、アマンドとレーチェが、髪のねじり方とまとめ方を相談している。
リンはぼうっと座っているだけだ。
「これで良さそうですわね。リン様、大変お似合いになりますよ」
次の二着は、とても目立つものだった。色からして、白とピンクだ。白といってもアイボリーホワイトといった感じで、レースと同じように薄いクリーム色をしている。ピンクはパウダーピンクで、これも柔らかい色だ。
白のドレスから袖を通した。このドレスには、上半身とスカートの下部分に、ブラマンジェ領の大きいレースを取り付けるようにするらしい。ボレロのような形で仮留めされているレースも羽織ってみる。
レースの花と鳥の模様と、半円を描いて続く縁のカーブが綺麗に見えるように考えられている。何度見ても、豪華で美しいレースで、人目を集めるのは間違いないと思えた。
「このレースをピンクのドレスに付けるか、白にするかで迷っているんです」
レーチェが頬に手を当てて、二つのドレスを前に考えこんでいる。
アマンドもレースを手にとって、ピンクのドレスにも当てて、見比べている。
「リン様は、どちらがお好きですか?」
「どちらも綺麗だとは思いますけど、あの、白いドレスは、結婚するみたいじゃないですか?」
三人で見つめ合う。
「私の国では、結婚する時ぐらいしか、白のドレスを着ないんですけど……」
ついでにいえば、パウダーピンクのドレスも結婚式で着るような感じだ。
もっといえば、ドレスを着る機会もリンには、ほとんどなかった。
「これでベールをかぶられたら、婚礼に向かわれてもいいかもしれませんわ」
「あら、それなら白は、本番に取って置いたほうがいいかしら?」
「それでしたら、このレースはピンクのドレスに付けましょう。ピンクもリン様にお似合いになりますから。白は他の色を足してもいいかもしれませんね」
二人でどんどんと決められていく。
リンはそっとため息をついた。
レーチェのドレスと、ブラマンジェ領のレースの宣伝だと思って、夏を乗り切ろうと思った。
お針子の女性がドレスを片付けはじめ、アマンドも小物類を木箱に入れ始めた。
「リン、レースが少し余るのだけれど、何か使いたいものがあるかしら?」
レースのカフェカーテンが思い浮かんだが、繊細すぎるレースだし、そこまでの大きさもない。
「えーと、アンダードレスの手首の所に付けたら、ドレスの袖口からレースが見えて綺麗かもしれません。私、レースの付いたのは、下着ぐらいしか持っていなかったかも」
「ブラのこと?」
「ブラもですけれど、スリップとかキャミソールって呼ばれていたんですけど、こう、胸の辺りとか、裾の辺りが幅広くレースになっているのがあったんです」
ちょっと待って、とレーチェが紙を取り出す。
それにリンは描いてみせた。
「まあ、こんなにレースを使うの。……でも、腕も脚も出すのね。どうかしら」
「長くしてもいいと思います。でも、夏や暑い国では、短いのもいいかもしれないですよ?」
「婚礼の夜とか、特別な機会なら、いいかしら」
ブライダルランジェリーというか、勝負下着ってやつだろうか。
リンの描いた絵は全然勝負していないけれど、こちらでは十分に大勝負っていう感じかもしれない。
「そういうのが私の国にもありました。魅了するための特別な下着というか。ここがすべてレースとか、こっちがリボンになっていて、ほどけたり」
「あら、それだと前が開いてしまわないかしら?」
「……それが目的だと思いますよ」
レーチェがじっとリンを見つめた。
「わ、私は持っていなかったですよ? こういうの、必要なかったですから!」
「まあ! じゃあ、必要な時のために作らなくてはダメだわ」
「予定ないですから!」
さあ、他にもどんなものがあったのか教えて、と目を輝かせるレーチェに、リンはあと数枚の絵を描いた
誤字報告をいただきました。ありがとうございました。





