Apprentice elementalist / 精霊術師見習い
リンの講義を終えて、ライアンは少々反省した。
精霊術師見習いが最初に学ぶようなことを、リンに教えてやれていなかった。
ライアン自身も普通の見習いのように、学んで来てはいない。何せ、師匠はアルドラだったのだ。
最初にアルドラから古語のリストを渡され、覚えるように言われた。アルドラの塔の掃除をすることで、シルフやグノームの使い方を覚え、ウェイ川のほとりで、何も使わずに魚を獲るように言われ、オンディーヌに頼んだ。
ある時は、いきなり南の山岳地帯に連れていかれた。グノーム・コラジェの一番太い根を探すには、葉の裏に隠れているグノームに聞くように言われ、二日間、オグと葉をめくり続けた。結局グノームは隠れていないという結論になったが、グノーム・コラジェがどういう場所に生えるかと、陽当たりで成長が全然違うことを学んだ。
当時はオグと二人、ブツブツと文句をいっていたが、今思えば遊ぶように学んでいた。
ライアンが術師の体調管理について、きちんと学んだのも、王都の士官学院へ進み、精霊術学校の授業を取ったときだった。それまでは、なぜアルドラにコロコロ草を追いかけさせられたのか、わからなかった。
リンはきっと、どれが力を放出する術で、どれが引き入れなのかも気にせずに使っているだろう。
ライアンもそうだったからだ。使いすぎを滅多に感じないから、大雑把な力の使い方をする。
力が強くない者は、自分の限界をきちんと見極め、繊細で丁寧に力を使うのだ。
「聞いてみるか……」
ライアンは先日作った加護石の入った小さな木箱を持ち、精霊術師ギルドへと向かった。
明日はギルドで、精霊術師見習いの加護石授与の式典がある。それにリンを伴うつもりでいた。
精霊術師ギルドはマーケットプレイスにあるが、商業ギルドやハンターズギルドとは反対側に位置している。
出迎えた精霊術師は、初老の男性で、襟元に緑のラインの入った黄色の術師マントを羽織っている。ウィスタントンの精霊術師ギルド、ギルド長のブリーニである。
ギルド長室の椅子に落ち着くと、ライアンは加護石の木箱をテーブルに置いた。
「授与の加護石を持ってきた」
「ライアン様ご自身でお届けいただくとは、ありがとうございます」
ブリーニは力のある術師で、若い頃は、アルドラと一緒の戦場にいたこともある精霊術師だ。『土の檻』という祝詞は、彼が戦場で使いはじめたという。その縁で、ブリーニは戦後、ウィスタントンに落ち着いた。
「話をしたいことがあったのだ。授与式に、リンを同伴する」
「……とうとう、賢者見習いとされるのですかな?」
「登録については、まだ決め兼ねている。明日はまず見学だ」
「どちらにしても、リン様の登録には、アルドラ様の立ち合いがいるでしょうな」
「ああ。聞きたいのは、リンの術師としての教育のことだ。私はアルドラから習ったから、一般の基礎のやり方を知らぬ。リンのためには、その、他の術師から基礎を学んだ方がいいのかと思ったのだが」
ブリーニは、ライアンの小さい頃から知っている。
ライアンが賢者としての公務について十年近くたつ。その責務を堂々と果たしているライアンが、珍しく迷うような顔をしていた。
「一般のやり方が、必ずしもリン様の力に見合うとは限りませんでしょう。アルドラ様のやり方でも、ライアン様にオグ様と、これ以上ないほど立派な術師が二人も育ったのですからな」
ライアンとオグは二人でよく走り回り、いたずらをしては、アルドラに罰という名の新たな課題をもらっていたことを、ブリーニは懐かしく思い出していた。そうやって二人はグングンと伸びていったのだ。
ブリーニはライアンに力強くうなずくと言った。
「いくらでもお手伝いはできますからな。明日、お会いできるのが楽しみです」
そして加護石授与の日、リンは悩んだ末に、精霊術師のマントではなくドレスを着た。色はネイビーブルーで、リンの花がコサージュとなって飾られている。
ブラマンジェ領からもらったフォレスト・アネモネ柄の小さいレースを使い、ヘッドドレスが作られていた。ドレスに付けられたのと同じ、花の立体的なコサージュも添えられていて、ゴージャスで美しい仕上がりだ。
儀式用の精霊術師のマントを纏ったライアンにエスコートされ、初めて精霊術師ギルドに足を踏み入れる。途中で、今日の式典の内容を知らされた。
「王都で学校に通う生徒は、最終学年の一年間、学校を離れて研修にでる。その一年が終わるのだ。ギルド内で研修の成果が発表されていて、まず修了式がある。今秋からウィスタントンで研修を希望する学生も、それを見に来ているはずだ。その後、やはり今秋から見習いとなる子供達への、加護石授与の式典となる。新規見習いの子供達とこれから研修に入る学生は、ここで成人間際の先輩の、見習い期間の修了に立ちあうのだ」
「卒業式ということですか?」
「いや、卒業式は、来週、王都の精霊術学校で行われる。ここでは研修修了発表という感じだな」
加護石授与の式典を同日にして、子供達に先輩の姿を見せるのは、ああなりたい、という目標にするためだ。
王都の卒業式は見に行けないが、地元なら参列できるという学生の家族もいる。
「ライアンも昔、研修をしたんですか?」
「ああ。私は士官学院だったから、騎士として送られた。まあ、研修先はここなので、結局はアルドラにこき使われる毎日だった。一応、精霊術を使った新しい防具を成果として披露したが」
「皆さん、自領に戻って研修なんですね」
「ほとんどがそうだ。だが、将来王都勤めを希望する者は王都に残っていたし、他領で研修を希望する者も、少ないがいた。オグもアルドラの元へ戻ってきていたな。研修で伝手ができて、そのまま将来の職場になることが多い」
初めて入る精霊術師ギルドは、一階の奥にグレートホールがあって、ハンターズギルドに似ていた。
ライアンとホールに入ると、一斉に皆が礼をとる。
学生の研修が終わる頃には、すでに職場が決まっていることが多く、将来の上司である精霊術師や文官、騎士なども訪れたりする。けっこうにぎやかだった。
「楽にしてくれ」
声をかけて、ライアンは研修を終える学生の、成果発表を眺めて歩いた。
学生たちが研修先でつくった、薬、精霊道具、武具なども展示されている。
自分の発表の側に立ち、訪れる先生方や来賓に緊張し、つっかえながら説明している姿はほほえましい。
複数での共同発表も多かった。
それぞれ火と風の加護を持つ学生達は、鍛治工房で使われる精霊道具を改良する案をだして、最小のシルフとサラマンダーの力で、最大の効果がでるような魔法陣を発表している。
水と風の加護を持つ三名は、畑で広範囲に水を飛ばせる精霊道具の構想を発表し、リンも欲しいと思った。今も製作中のもので、ライアンは魔法陣の助言をしている。
「違う加護の学生が協力して発表するんですね」
「卒業して違う職場に分かれると、なかなか機会がない。あの散水の精霊道具の三名は、館で研修していた。冬に薬草の畑ができる話を聞いて考えたのだそうだ。このまま館で勤めるようだし、今後も一緒に作業ができる。スペステラ村でテストするのではないか?」
「へー、新しい、頼もしい人材ですね」
しばらくホール内はにぎやかだったが、奥につくられた檀上から、シルフ拡声で声が響いた。
「研修の修了式、並びに加護石授与の式典を行います。どうぞご着席ください」
壇の方へと向かうと、リンはギルド長のブリーニに紹介された。
「リン、ギルド長のブリーニだ。アルドラの旧友で、私も幼い時から世話になっている」
「リン様、どうぞよろしくお願いいたします。大賢者様の旧友とは、恐れ多いですよ。こちらこそお世話になりっぱなしなのですから」
「リンです。どうぞよろしくお願いいたします」
怖いイメージがあった精霊術師ギルドのギルド長だが、にこやかに笑う姿に、警戒は抱かなかった。
檀上中央には、ギルド長やギルド幹部が座るようになっている。
ライアンがその脇の来賓席に着き、その横にリンが並ぶのを見て、ギルド幹部達が腰を下ろした。
壇の下には、上から見て右側に、研修の学生が並び、左には、加護石をもらう子供達がいる。それぞれ十名もいないようだ。着ている衣装が違うので、平民の子も何名かいるように見える。
後ろにはそれぞれの家族も来ているのだろう、参列者も多く立ち並んでいた。
研修の修了式は、一人一人の名前が呼ばれ、檀上に上がり、ギルド長から修了の証として、小さな木箱をもらっていた。
リンは声を潜めて、隣のライアンに聞く。
「あれは、何が入っているんですか?」
「ウィスタントンでは、修了証としてマントを留めるタッセルを渡している。騎士も、文官も、術師も、形は全く違うが、マントを羽織るからな」
そういえば、騎士は赤で、館の文官は緑で、精霊術師は白といった違いはあるけれど、皆タッセルでマントを留めている。あの色には意味があったのか、と今更ながら思う。ライアンやリンのタッセルは金銀だ。
コクリとうなずいていると、タッセルをもらった学生がライアンの前に跪いた。
ライアンは立ち上がると、一人一人の学生に、研修の感想や今後の予定を質問し、激励の声をかけていた。学生は一様に緊張し、頬を紅潮させている。
リンもそっと立ち、少し後ろでその様子を眺めていた。
加護石の授与式になると、雰囲気がぐっと可愛らしくなった。
子供達の中には、頭の位置が他の子よりも低い、幼い子も多い。名前を呼ばれると子供には少し高めの階段を数段上って、檀上に上がってくる。口を引き結んで加護石を受け取ると、先輩方のようにライアンの前に跪いて、声をかけてもらっていた。中には、まだうまく跪けない子もいるが、一生懸命なのが伝わってくる。
「リンお姉ちゃん」
終わりの方で加護石をもらった女の子が、跪けず、ぺしゃりとそこにしゃがみこんで、リンに声をかけた。
バーチの樹液採取で、橇を押していた子供達の中にいた子だ。確かローロが大市の時にも連れていて、スペステラ村に移住した難民の子の中にいたはずだ。
リンもその子の前に腰を落とした。
「加護石をいただいたの?」
「うん。水のご加護なの。マドレーヌ様が、加護石をもらって勉強しなさいって、おっしゃったの」
「そう。私も勉強しているから、一緒にがんばろうね」
「はい。またね」
女の子はリンに手を振って降りて行った。
「スペステラの子でしたよ」
「針子見習いになる予定だったから、親は加護に戸惑っていたが、マドレーヌが説得したらしい。薬事ギルドにいる精霊術師の元で、基礎を学ぶそうだ」
「そうですか」
話しているうちに授与式は終わったが、最後にマーケットプレイスで、精霊術の披露があるという。
学生や参列者がグレートホールから退出した後に続いて、ギルドの入り口へと向かった。
市の立っていない広場に学生たちはすでに降りていて、先ほどより多くの見物人も集まっているようだ。
リンは精霊術師ギルドの入り口に、ライアンと二人で立った。
案内の声をシルフが響かせる。
「ただいまより、マーケットプレイスにて、精霊術師見習いの、研修修了披露を行います」
しばらくして、すぅっと風が起こったかと思うと、マーケットプレイスに色とりどりの花びらが舞い上がり、ヒラヒラと頭上から落ちてきた。うわあ、と思ってみていると、今度は水が高低の差をつけて、噴水のように沸き上がった。揺れ踊る水の間で、火花がパッ、パッと光る。
見物客の間から歓声と拍手が沸き、リンも一生懸命手を叩いた。
薬に武器、精霊道具など、現実的に必要なものではなく、人に披露するために精霊術が使われることは滅多にない。
「今年は、土の研修修了者がいないのだ。他の三つだけだな」
「土の加護持ちの場合、何を披露するんでしょう」
「土人形が歩きまわることが多い。オグは三つの中で、土の加護が一番強くて、やはり土人形を披露した。アルドラの人形が、王都の精霊術師ギルドのギルド長の人形を追いかけ回し、傑作だったぞ。まあ、誰かわかる者は少なかったが」
それはちょっと見てみたかったかもしれない。
「私の国にもああいう噴水があったり、花火という、空に大きく火花で絵を描くのがありましたよ」
「ほう」
学生のデモンストレーションが終わると、ギルド長がライアンにうなずいた。
ライアンは火の加護石に触れると、精霊術を使った。
「フィーニクス エクセウト」
火の鳥が現れ、大きな羽で、長い尾を揺らしながら広場の空を飛び回る。火花がキラキラと落ち、人に当たる前に消えていく。
「空に絵を描くのは、こんな感じか?」
「いえ、ちょっと違いますけれど、これも綺麗ですね」
「リンもやってみるか?今なら私がやったと思われるから大丈夫だぞ」
リンはライアンの後ろに隠れて、火の加護石を握った。
ボソリと呟くと、火の鳥の横にシロの姿が現れ、鳥を追いかけて遊ぶように跳ねまわる。
ライアンはリンに顔を近づけて、ささやく。
「リン、これはハナビではないだろう」
「え、花火がいいんですか?夜空の方が、綺麗なんですけど。……ちょっと待ってください。んーと、サラマンダー、お願い。火花を上に打ち上げて、パーンという音とともに、空に美しい花が広がるようにしてください。色は、黄色や赤とかがいいかな」
すうっと線を描いて、空に上がる火花を皆が見つめている。音がして、空に花が描かれた。リンのイメージしたものとは大分違うが、五枚花弁のフォレスト・アネモネである。
青空をバックに次々と咲く花に、うわーっという歓声が上がった。
大喜びのサラマンダーは、リンのリクエストに見事にこたえて、がんばった。





