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Long way to tea / お茶までの遠い道のり

 ハンターズギルドで出迎えたライアンとオグは、着替えたリンにちょっと目を見張った。


「サイズの合うのがあったか」

「悪くないな」


 すかさずエクレールの抗議が入った。


「ライアン様、オグ! 全くあなたがたときたら、相変わらずですね。女性が新しい衣装に着替えて披露したのですよ。美しい、かわいいとほめ称えろとは申しませんが、せめて似合うというのが紳士の礼儀です」


 この三人の力関係が分かった気がする。




 工房に戻るとシュトレンが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。リン様、この国の衣装も大変よくお似合いになられますね。他にも『レーチェ』からいろいろ届いておりますよ」


 リンはライアンをちらりとみて、そうか、これが紳士の礼儀か、と思った。


「館からも届いているか?」


 その視線を気まずそうに流しながら、ライアンは気を取り直し、部屋に入っていく。


「はい。アマンドが下働きと料理人を連れてまいりました。料理人はここの設備を確かめて、材料を置いて一度館に戻りました。必要なものを持って夕方に戻る予定です。アマンド達も今リネン類の補充に外へ出ております」

「わかった。リン、アマンドはシュトレンの妻で、リンの侍女にどうかと思っている」

「あの! 私、向こうでは貴族でもなくて、使用人や料理人のいる生活をしたことはないんです。ずっと一人暮らしでしたし。ここの生活に早く馴染むようにしますし、一人でも大丈夫ですから」


 使用人のいる生活なんて、とても慣れないだろうと思う。


「ここには下働きの者が掃除に入るぐらいで、人が常駐していない。慣れぬ場所で一人は大変なのではないか?」

「あれ?でもここ、女性が、奥様かお嬢様かな、が、いらっしゃるのでは?」

「なにを言っている。私は独身で、女性を住まわせたことはない」


 ライアンは片眉を器用にあげた。


「私の泊まったお部屋、女の子向けのかわいい色合いの部屋だったのですけど」

「ああ。……あそこは前にここに住んでいた師匠の、アルドラの趣味だな」

「リン様、こちらの生活に慣れるまで、使用人を置かれた方がいいと思います。アルドラ様がお住まいの時も静かな暮らしをお望みで、メイドは数日に一度、館から通っておりました。料理人は置いておりませんでしたね。食事は『金熊亭』でされておりましたから」

「アルドラは使用人こそ置かなかったが、その分の雑用は私が小間使いのようなものだったぞ」


 ライアンは思い出して、ため息をつきながら言う。


「この家の裏には使用人用の棟がございますので、そちらを整えれば私もアマンドと一緒に移ってくることもできます。……本当は館か塔でお世話をするのが一番いいのでしょうが、人の出入りが多くて、リン様も落ち着かないでしょう。それに塔の方は、騎士は男ばかりですから」


 リンは慌てた。

 館なんて、あんなお城に住むことになったら緊張してしまう。


「いえ、この家を貸していただけるだけで十分です。皆さんに通っていただくのも、大変だと思うのですが」

「そこは気にせずとも良い。皆、慣れている。ただ、安全のためにも慣れるまでは人を置いてほしい。使用人の棟だったら、別に住んでいるのと同じようなものだろう?」

「そうですけど……」


 窮屈そうだが、生活力のないリンは、スポンサー兼保護者にそう言われたらしょうがない。

 この世界の生活だって知らないのだ。


「わかりました。確かに最初はだれかに教えていただくのがいいですね。よろしくお願いします」


「かしこまりました。……ライアン様、リン様、アマンドが戻るまで、お茶でもいかがですか?」


 お茶を飲むのは大賛成だ。いつだってお茶の時間はいい。

 おいしい一杯ですべての問題が解決していくと、よく言われるではないか。


「お茶だったら私に入れさせてください。たくさん持っているんです。厨房も見たいですし、お湯の沸かし方も慣れたいですし」

「確か、荷物のほとんどが茶だと言っていたな。そんなにあるのか?」

「ええ、小量だけの茶葉もあるんですけど、二十種類近くは持っているはずです」

「二十だと?リンの持っている量もすごいが、そんなに多くの茶が存在するとは……。この領に商人が持ってきたもので、私が知るのは三つだな」


 三種類か。すべてが昨夜のような紅茶だろうか。

 ここでお茶はまだ一般的じゃないのかもしれない。


「ありますよ。お茶の品種、採れる土地、作り方によって違いがでて、数千種類の違うお茶があると言われているんですから」

「数千だと……。リンのいた場所は、そんなに茶を飲む世界なのか」

「私が実際に試しただけでも数百はあります。お茶は、お酒のように嗜好品と言われていて、それぞれの違いを味わって楽しむ方は多いですね。お酒を好きな方も、いろいろ比べて楽しむでしょう?おんなじです」


 リンにとっては、もう嗜好品どころか、生活必需品。

 好きが高じて仕事にまでなってしまった。


「その、君が持っている茶を、少し飲ませてはもらえないだろうか。私の知る茶とどんな違いがあるのか試してみたい。その分の代金はきちんと払おう」

「お金は結構ですよ。さすがにライアンからお金を取るわけにはいきません。お茶を楽しんでいただければ、それで十分です。ここに保護してくださっている御礼です」


 居住空間である二階にあがる。

 二階には居間、食事室、厨房、寝室、浴室などが並び、ライアンが工房で徹夜した時などに、ここで休憩をとるらしい。

 厨房を見せてもらった。

 石壁の大きな暖炉がかまどとして使われるのだろう。横に広く、鍋や薬缶をいくつも吊り下げられるようになっている。

 暖炉の脇にはパンが焼けるような小さい窯。

 壁際には水の樽が置かれていた。洗い場もしっかりあるのに水道が引かれてないのは、街中共同水場が近くて、その上、水の石などもあるからだろうか。

 部屋の真ん中の大きな木のテーブルには、料理人が持ってきた食材の籠がいくつか置いてある。


「館の料理人が数名、シーズンに入ったからと数日前に森に入りまして。熟成がいい感じなのでお二人にぜひ召し上がっていただきたい、と持ってまいりました」


 そうシュトレンが話すのをきいて、リンは、ひょいと、かごに掛かった布をめくった。


「うぇぇぇええ!」


ライアンの後ろに隠れるぐらいまで、後ずさる。


 シーズンとは、狩猟シーズンのことか。

 頭から足まで、羽毛もすべてついたままの鳥が二羽、かごに首を曲げて、ちょこんと入っている。心づもりをせずにご対面は心臓に悪い。

 ああ、野鳥って熟成させるのもあるんだっけ……。


「申し訳ありません、リン様。『白首』はお嫌いでしたか?」

「いえ、大好きです!食べたことないですけど、たぶん。ただ、私の国では肉は切り分けられて売られているのがほとんどで、こんな風に、その、丸ごと頭まで揃ったのを近くで見たことがなかったんです。ごめんなさい、あの、大丈夫です。自分で毟れるかはやってみないとわかりませんが、食べるのは楽しみです」


 リンは大いに焦った。


「ああ、それでしたら驚かれるでしょうね。さあ、お湯を沸かしましょう」


 シュトレンがさりげなく、布を戻してくれた。

 

 水の入った樽は二つあり、水の石と水場からくまれた森の水に分けられている。


「精霊術によっては水を使い分けるので、この家には常に両方置いてございます。薬缶や鍋はこの棚に。薪は暖炉の下です。どちらの水にしましょうか」


 気になっていた、水の石だ。

 水の石は、ボタンのようにぎゅっと押さえて離すと水がでてくるという、便利道具である。石から水が滴るというあまりの不思議さに、何度も押して、離して、と繰り返してしまった。

 両方試させてもらうと、森の水が最高だった。

 ほのかに甘くて、柔らかみがある。

 水の石も悪くはないが、くせも味わいもないというか、どこか物足りない。


「これ!この森の水にします。さすが精霊のいる森というべきか!おいしいですね。これでお茶をいれたらきっと違います!」

「そのように違ってくるものか?」

「飲み比べたらわかります。お茶の葉が心だとしたら、水は身体です。水で味わいが変わるので、とっても大事ですよ」


 リンは水に大興奮だ。

 次にフリントという火打石の使い方を教えてもらい、暖炉の前にしゃがみ込む。

 左手に石と一緒に握り込んだ布の端切れに火花を飛ばすのだが、何度やっても全く火花が飛ばず、火がつきそうにない。


「これ、湿気ていませんか?」

「そんなわけがあるか。シュトレンは火花を飛ばせただろう?もう一回強く打ってみろ」


 そういわれて、思い切り打った。

 大きな火花がリンに向かって飛んできて、思わず尻餅をつく。


「ああ、リン様、他の者が火をつけますから、練習して危なげなくできるまでは、お一人の時は絶対に火打石を使わないでください」

「鳥が毟れない、火打石も難しければ、一人暮らしは当分無理ではないか?」

 

 もっともな意見かもしれない。

 お茶の一杯までが遠かった。


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