Lin’s drawing / リンのデッサン
アマンドに、会合の出席者が到着したと知らされ、ライアンとリンは応接室に向かうべく立ち上がった。シムネルもメモをまとめ、後に続く。
「細かな温度調整は、精霊石を作りながらになるな」
「そうですね」
「リン、それ以外の道具だが、どれを優先して作る?」
ライアンに聞かれて、リンは状況を考えた。
特にクグロフの負担が大きい。
ウィスタントンの庇護下にあるクグロフには、ウィスタントンが最初の注文を出すべきといわれ、リンは家具の注文を出している。というよりも、ライアンがリンの家具を依頼していた。
ライアンの部屋も、領主一家も自分の意匠の入った家具は一通り持っており、持っていないのがリンだけだったのだ。
大市で他の注文も入っていると聞いている。自分の家具はいつになってもいいけれど、優先順位を決めたほうがいいだろう。
グノームじゃないのだから、お願いして、パパっと力で作るようなわけにはいかない。
「夏の社交に間に合わせたいのは、扇子でしょうか。他は秋でもいいですし」
応接室には、レーチェ、クグロフがいた。レーチェの後ろには針子が控え、手には布の束を抱えている。それを置けるように、シュトレンが小テーブルを動かしていた。
ライアンとリンが部屋に入ると、皆が礼をとった。
「あれ?ラミントンの担当の方も、今日お越しになりますか?」
「ああ、船の到着が昼前だそうだ。話しているうちに来るだろう」
リンとライアンが座ると、皆もそれぞれの席に着き、さっそく話し合いだ。
アマンドが紅茶を入れてくれる。
「大市が終わったばかりで、すまない。夏から秋に向けての新商品の提案があって、集まってもらったのだ」
ライアンがリンにうなずいて、まず扇子の説明からすることになった。
「まず、夏の社交までにあったらいいなと思うものが、扇子です。夏に涼を得る道具なんですけれど、特に、女性の装飾品としてもいいと思います」
リンは扇子の絵を描きながら、説明する。絵だと、紙がつながっている様子とか、折りたたむ様子を見せるのが難しい。
「このように木の骨があって、この部分がまとめる要です。ここに今回いただいた、レースや紙を貼るんですけど、わかりにくいですかね……」
絵を見ながら考えこんでいるクグロフを眺め、リンはもう一枚の紙を蛇腹に折ってみせた。
蛇腹の端をまとめて押さえ、反対側を閉じたり開いたりして、イメージを伝える。
「紙と布の部分はこういう風につながっていて、閉じて持ち、開いて扇ぐんですけど」
「わかります。すべて重ねて閉じるには、この部分が薄くて、真っすぐな骨がいるんですね」
クグロフがさっと描いた扇子は、リンの描いた棒が並んでいるような絵より、ずっと美しかった。
「なんか絵からして、私のと全然違いますね……」
自分では下手なつもりはなかったが、比べてみると、線の一本からして全く違う。
絵を見比べてがっかりしているリンに、皆が口元を緩めないようにしていた。シムネルに至っては、横を向き、肩が震えていて、笑っているのが丸わかりだ。
リンはジロリとシムネルを睨んだ。
「木の種類や、大きさなどのお好みはありますか?」
「女性が持つものなので、重く、武骨にならなければ。木はお任せします」
レーチェが、後ろの針子からレースを受け取って確認する。
「レースの部分は、このお預かりしているレースから出せばいいのですね?」
「ええ。柄が美しく出るようにカットして欲しいです。あと、扇子の要の部分から、タッセルを下げてもきれいですよ。衣装の色に合わせたりして」
「まあ!素敵だわ。このレース部分は他の布でもいいのでしょう?」
「ええ。ドレスに合わせた布でも、あと紙に絵を描いてもいいんですよ。私の分は紙にしようと思っていて」
リンは自分のフォレスト・アネモネ柄の小さなレースを手にとりながら言う。
「そのレースを使わぬのか」
「ええ。たぶん、私のレースはちょっと高さが足りないので。私も紙の方が慣れていますし。レースは他で使用します」
「わかった。では、クグロフ、これが夏までの最優先だが、できそうか」
「問題ありません。最初の一本までに、細かな調整が必要ですが、それが決まれば、後は皆で手分けしてできますので」
「では、その次の精霊石と組み合わせる物だが、リン、これの説明を」
『温風石』と『涼風石』は、ヒーターとクーラーになるのだ。ヒーターは床に、クーラーは上の方に設置すると説明し、次にヘアドライヤーの形を描くと、ライアンがその紙をひょいと手に取った。
「リン、これはあまり美しくない」
「そうはいっても、ドライヤーは他の形を見たことがないです」
リンの描いたのは、よくある、手で持つタイプのドライヤーの形だが、ライアンは気に入らないらしい。
ドライヤーは機能が大事で、リンは美しさを考えたことはなかった。
「温風がでて、重くなくて、熱くなければ、形はなんでもいいですけど」
シルフ飛伝を使える道具が、シルフをイメージした形となっているように、ああいう像を作らないとダメなのだろうか。ならばサラマンダーの形だろうか、と、火トカゲが口から火を吐くイメージが、リンの脳裏に浮かぶ。
「あ、像にするのなら、シロの像がいいです。シロの首輪に石をつけて、それを動かすと、口からぐあーっと温風がでるとか?」
ドライヤーの絵の横に、ちょこんと座るシロの絵を描く。口を開けてワンと吠えている犬のようだけれど、これはシロだ。シロのつもりだ。
ライアンはじっと絵を見ると、その意見を無視することに決めたらしく、クグロフに向き直った。
「クグロフ。形はまた、後ほど相談だ。石だけの販売もできるから、急がぬ」
「かしこまりました」
それからラミントンの担当者が来るまで、扇子はどのぐらいの大きさがいいのか、誰のものを依頼されているのか、紙製はどんな感じにするのか、と細かな点を詰めていると、ラミントンの担当者が到着した。
「ライアン、リン、また来てしまいました」
ついこの間帰ったばかりの、ラグナルが同行している。苦笑するライアンと、え、と固まったリンに、隣に立っていたオグが言った。
「『船門』からギルドまで、呼び出し連絡が来たんだよ。全く領主のくせにフラフラと来やがって」
「リンの新商品なら、私も知りたいです。ウィスタントンだと、日帰りできますから」
「じゃあ、今日は日帰りだな?」
「いえ、兄上、せっかくですから泊めてください」
兄上にも会えますし、チャンスは逃しませんと、ラグナルは笑っている。
シュトレンとアマンドが、椅子を動かし、慌てて席を整え、お茶を入れ替える。
「ええと、じゃあ、ラミントン領に磁器を注文したいのですが、お茶会用の三段プレートなんです」
リンがイメージしているのは、アフタヌーンティ用の、三段になっているケーキスタンドだ。
これもベルのような絵を描き、手で高さを示しながら、その形を伝える。
「三段のスタンドは金か銀にして、真ん中にお皿を置ける輪を作って、その上にお皿をのせるんです。一番上が小さい皿、下段の皿が大きくなるように」
「ティーセットの注文はよくありますが、こういう形を見るのは初めてです。高さがあると目立ちますし、華やかで、お茶会でも話題になりそうですね」
ラグナルがラミントンの磁器担当者を見て言う。
描いたスタンドに薔薇の花や鳥を描き加えながら、リンは続けた。
「ええ。このスタンドと皿の装飾を合わせると、さらに美しいと思います。もう一つ、別の形もあるのですけれど、多分これが一番簡単だと思います」
木工細工ではないけれど、大丈夫だろうかとクグロフを見ると、大丈夫です、とうなずいてくれた。
「リンの花で皿を作ればいいのでしょうか」
「私もいずれは欲しいですが、夏の社交用なので、まず、ご領主夫人の花がいいと思うんですけれど」
ライアンもその言葉に、同意した。
「いつも頼む薔薇のモチーフがある。スタンドは金で、デザインはクグロフとガレットに任せて置けば、問題ないだろう」
リンの絵をチラリと見ながら言うのが癪に障る。リンだって美しいかどうかはわかるのだ。ただ、それを描き表せないだけで。
この後はそれぞれの担当が詳細を詰めていくことになる。
ラミントンの担当者は、簡単に会いにくいので、この場でクグロフと大きさやデザインを話し合うらしい。ラグナルも、婚約者のグラッセのためにケーキスタンドを用意するようで、後の方でいいから、と注文を出している。
「あ、この夏の社交用に、もう一つ、レースの扇子を作るんですけれど、グラッセさんの分もお作りしますか?」
今度はクグロフが描いた扇子の絵を見せながら、ラグナルに説明した。この夏は、領主夫人を始め、数名が、ブラマンジェ領のレースを使った扇子を持つことになるだろう。
ラグナルは少し考えて、首を横に振った。
「将来的には欲しいですが、秋の婚礼が済むまでは、グラッセはあまり目立たない方がいいんです。悔しいですが、男爵令嬢の立場で、公爵夫人や令嬢方と同じものを使うと、うるさく言う者もおりますから」
「面倒だよなあ。妬みってヤツは」
オグが顔をしかめる。
リンもそれを聞くと、不安になった。
「あー、じゃあ、私もやめたほうがいいかもしれないですね。扇いで涼をとるのにもいいですから、紙で作ろうと思ったんですけど」
蛇腹に折った紙で、ヒラヒラと扇いで見せた。
「発案者だから、いいんじゃねえか?」
「リンが作るのだから、いいだろう」
「それでは、同じようにグラッセにも紙でお願いします」
ライアンとオグの勧めもあり、そのまま作ることになった。





