Expectation / 期待
会議を終え、部屋を出る前に、リンとライアンは文官に声をかけられた。
「実は、館に届いた他領からの贈り物の中に、リン様宛の物が含まれておりまして……」
「私宛、ですか?」
リンは心当たりがなく、首を捻った。
「ラミントンか、ベウィックハムからだろうか」
「いえ、そうではございません」
「ラミントンだったら、直接、海老を頂きましたよ?」
ラグナルが帰る前に、また海老をドーンと置いて行ったのだ。伏せっていたリンのために、ブルダルーは海老団子を作り、スープにしてくれていた。
「リン、あの海老は贈り物じゃなくて、土産だ。女性への贈り物に魚介はない」
大抵は、その地方特産の布地に糸、貴石をつかった宝石箱や、陶器の置物といった小物が贈られることが多いという。
「私、海老で良かったです。次も海老がいいです」
リンは真顔で答えた。
隣室へ案内されると、テーブルの上に、布地、壷、木箱などがずらりと並んでいる。
「こちらが目録でございます」
「ん?」
ライアンはそれを眺め、目を瞬いた。
「どうしたんですか?」
「いや、布などもあるのだが。……どうやら贈り物の主流が変わったらしい」
そういって、目録をリンに渡す。
そこには、あちこちの領から、海塩、塩漬けの何かの実、乾燥きのこ、その地方独特の薬草、油など、食品もずらりと挙げられていた。
「食品が多いみたいですけど。贈り主は知らない人からですよ?」
「あの、リン様は天幕に出ておられましたし、他領の者の間でも、開発に携わっていると噂がございました」
「あちこちで調べられたってことですか」
リンはため息をつく。
「ですからその、贈り物というよりは、リン様になにか新商品を作って欲しいといった、期待が含まれているのではと思います」
文官はすまなそうに言った。
「そういうことか」
「それなら、良かったです。調べた上で、そんなに食い意地が張っているように見えたのかと」
「それは、間違っていないな」
失礼なことを言うライアンに、リンは口を尖らせ、嫌な顔をしてみせた。否定はしていない。
「おいしく頂けそうなので、食材は嬉しいですけど、何か商品を作らないといけないんでしょうか」
「その必要はない。そのような話なら、正式な依頼をするのが筋だ。これはまあ、知っておいてくれ、といった意味合いだろう。贈り主は北の領地が多いが、気持ちはわからなくもない」
「私もそのように思います」
気が楽になり、目録を眺めながら一つ一つ確認していくと、贈り物らしい贈り物、布があった。
「これはまた、美しいレースですね。すごく目が細かい」
目録を見ると、大、小二つのレース編みが贈られている。
「贈り主のブラマンジェ領って、ウィスタントンから近いですよね?」
「ああ。すぐ南だな。これはブラマンジェ子爵領の特産だ。これ一枚の大きさを編むのに、ひと月かかる」
ライアンが手に取った布は、ハンカチより少し大きい程度である。
「あ!大きいのは違いますが、小さいのは、ちゃんとフォレスト・アネモネの意匠になってます」
「こちらはカリソン様が、リン様のためにご注文されたとか」
「ご領主夫人が?」
「はい。子爵領からは、『大きいサイズをご注文いただいておりますが、製作が一年がかりとなります。今回お納めする物は、リン様の御意匠ではございませんが、ご容赦ください』とのことです」
容赦するもなにも、細い糸を使い、複雑で繊細な模様が編み出されたレースは素敵で、うっとりする程である。
「そうか、母上が。この夏に使えるように、頼んでくださったみたいだな。リン、ブラマンジェ領は、母上の実家だ」
「あの、御礼を申し上げたいです。このレースもですけど、大市で、ティーセットも貸して下さったので」
領主夫人との面会は、すぐに叶えられた。
「リン、来てくださって嬉しいわ。ちょうどシュゼットと、お茶をしていたところだったのよ?」
ライアンと領主夫人のサロンへ入っていくと、シュゼットもいて、揃って笑顔で迎えられた。花が咲き誇るかのような鮮やかさのある二人だ。
飲んでいるお茶は、リンが以前に持ってきた、川紅毛尖だった。薔薇やスミレの花びらの砂糖がけを思い起こさせる風味で、甘くフェミニンな、ぴったりのお茶である。お茶菓子は、小ぶりで風味の違うクッキーが並んでいる。
リンが丁寧にお礼を述べると、領主夫人はなんでもない事のように言った。
「ブラマンジェでは、女の子が年頃になると、レースを編み始めるの。結婚の時にそれをベールにするのですよ。夏場の日除けとしても使いやすいですし、リンの意匠のものは、注文してありますから、来年の夏には間にあうでしょう」
「リン、私も、ショールをいくつか持っているのよ。毎年、新しいレースが届くので、どう使うか悩むの。リンのは、どのようにするの?」
シュゼットに問われて、リンはじっと考える。そうはいっても、あまり服飾には興味のないリンだ。
「そうですね。大きいのは『レーチェ』で相談してみます。小さいのは、夏ですし、ハンカチか、扇子にでもしようと思います」
「センスとは何かしら」
現物がなく説明するのは難しい。骨があって、ここにレースや紙をつけて、このように開閉ができてと、絵を書きながら説明する。
「お母さま、これなら新しくて、美しくて、夏の社交でお披露目するのに良いのではないかしら?」
聞けば、今日はシュゼットと夏の王都での、社交の段取りをしていたという。
料理は、テーブルウェアはどれにするか、いつ、どこで、誰を招待するのか、茶菓をどうするか、と、細部にわたって検討する。
ムースが話題になったように、貴族でもトップクラスの公爵夫人が始めることは、衣装であれ、料理であれ、注目されて気が抜けないのだとか。
「リン、ムースを小さめの容器で、ティータイムに出しても、変じゃないかしら?」
領主夫人が確認するように言う。
「大丈夫だと思います。もし、ガラスの小さな容器があったら、夏だと上にフルーツを乗せたりすると、涼し気で、見た目も綺麗だと思います」
「まあ、それは素敵ね。上に乗せるフルーツを、ご招待する領の特産にしたら、喜ばれるでしょう」
自領の特産、他領の特産、好みや季節、見た目も考えて、相手に喜ばれるように考えながら手配する。
「おもてなしの準備って、大変なのですねえ」
貴族のお茶会という名の、噂話会場だと思っていて、悪いことをしたと思う。
「本当にそうなのよ。お母さまはお上手なのだけれど、私はまだまだ苦手なの。社交の失敗は、そのシーズン中、ずっと噂になってしまうわ」
シュゼットはため息をついている。
いや、やっぱり噂話会場らしい。
「あの、夏向きのデザートとか、もう少しレシピを出しましょうか」
すでにバニラを使ったブリュレや、プリンのレシピは渡してあるが、まだできそうな気がする。
「ええ!リンのデザートはおいしいもの。他にもあるの?」
シュゼットは瞳をキラキラと輝かせて、リンにねだった。
「多分、ライアンに手伝ってもらえば、なんとかなると思います」
「私か?」
女性同士の会話に口を挟まず、無難に、大人しくお茶を飲んでいたライアンが、突然のことにびくりとした。
「ええ。バニラも砂糖もあるし、乳製品がおいしい時期で、シルフの攪拌が使えたら、やらない理由はありません」
「なにかわからぬが、ブルダルーではなく私、ということは、精霊道具だろうな」
「そうです。でも、多分すぐできます。あと、もちろん師匠の協力も要ります」
お茶があって、おいしいお菓子がたくさん並んでといった、豪華なお茶会を考え、リンはニマニマとしだした。
「あ、あとラミントン領の協力も要るかなあ?」
「わかった。すべて先に説明してくれ」
ライアンの迅速さに皆が順応したように、リンの突拍子もない様子に、ライアンもしっかりと慣れていた。





