See you again / また会いましょう
最後に続いたアクシデントで、リンの周辺は若干乱れていたが、春の大市は例年通り閉幕した。
花火大会のようだと思った。
最後にスターマインで盛り上がって、ドンっと大玉が揚がる。後はその余韻が残っているような、一気に目が覚めたような、ふわりとした気分で家に帰る。
初めて参加したリンだから、そう思うのかもしれない。周囲を見ても、淡々と、慣れた様子でやるべきことをしているようだ。街中では、ハンターが天幕の解体や荷運びを手伝い、鍛えた屈強な身体を見せつけている。商業ギルドと街道につながる城門は、急ぎ帰路に就きたい出店者で、どこも長い列ができていた。新規で仕入れた商品を、戻っていち早く売るのだ。
リンは早朝から、ライアンと一緒に『船門』へ見送りに来ていた。
大市からは、まず各国、各領の代表者が帰っていく。国王や領主が来ていたら、もちろん一番に優先される。
最初は朝一の船でラミントンへ帰るラグナルだった。
「リン、ラミントンへも遊びにきてください。グラッセも楽しみにしています」
「ありがとうございます。ぜひ」
『船門』には警備として、オグが来ており、こっそりと別れに立ち会っていた。
こっそりなのだが、領主の周囲にいるラミントン領の者にはバレバレだ。皆がオグの前で丁寧に挨拶をして船に乗り込んでいくので、オグは苦笑している。ラグナルはその様子を見て、満面の笑みである。
「じゃあ、兄上、また」
今回もラグナルは、気軽に帰っていった。
隣領は、距離も、心も近いのである。
一隻が出るたびに、次の一隻が空いた場所に入る。渋滞となってはいても、トラブルもなく動いているようだ。
ベウィックハム領のクラフティが、ライアンに最敬礼をして、いざ船に乗り込もうとしていた時に、後ろで騒々しい声が上がった。
「まあ、伯爵子息のために、侯爵令嬢の私を待たせるなんて、不手際ですわね!」
声を聴くだけで渋い顔になってしまう、クレマだった。
乗船の際に当然序列は考慮されるのだが、もう荷積みが終わった、ベウィックハム領の雇った船が岸に着いている。これをまず出航させなければ、どうにもならない。
続けて、早く椅子を用意するようにと、鋭く告げる声まで聞こえてくる。
「厳重抗議しても、まーったく変わらないみたいですね」
リンは面倒くさいのが嫌で、すっと後ろに下がると、オグの後ろにコソコソと隠れた。顔も見たくない、声も聞きたくない人っているものだ。
ライアンは問題ないから乗船するようにと、クラフティを船に向かわせ、自分はため息をついてパネトーネ侯爵の元へ向かった。令嬢はともかく、領主がいるのだ。領主一族として立ち会っているライアンが、挨拶をしないわけにもいかない。
「パネトーネ侯、大市へのご来領、ありがとうございました」
「これは賢者殿、この度は大変世話になった。それに不束な娘が、貴領に対して大変失礼な発言をしたようだ」
クレマはともかく、パネトーネ侯爵への抗議はきっちり効いているようだった。
ウィスタントンと『スパイスの国』から二重に抗議があったのだ。新商品が注目され、大市の開催会場であるウィスタントン。スパイス供給を一手に握る『スパイスの国』。この双方から睨まれることは、領として絶対に避けなければならなかった。
そこにリンに対する侮辱への謝罪は一切ない。リンは正式に賢者見習いとして登録されておらず、またライアンの配偶者でもない。ラミントン領のグラッセのように、たとえ男爵令嬢で領主の婚約者であっても、正式に婚姻が結ばれるまでは、周囲に尊重されないこともあるのだ。
リンがウィスタントンでどれだけ重要視されていて、どのように国や領の益となる製品を考えても、公には平民で、異国の娘という立場でしかなかった。
どんなに腹だたしくとも、それが抗議をしにくい現状で、パネトーネ侯爵も、リンへの暴言は全く気にしていなかった。
「お父様、私、ライアン様のお顔が見たかっただけですのよ?それなのに場をわきまえない者がいて、身分と立場を、教えて差し上げただけですのに」
ライアンの空気が途端にピリリとしたのを感じた侯爵が、慌てて娘を止める。
「クレマ、いい加減にしなさい。賢者殿、申し訳ない。ご寵愛のある方にこのような……」
ライアンの愛妾を非難すれば、ただ関係が悪化するだけだ。妻として寵を得たいのなら、愛妾にも寛容となることを教えなくてはと、全くナナメの方向でパネトーネ侯爵は考えていた。
クレマの腕をつかみ、なんとかライアンに一礼をすると、まだ荷積みの終わっていない船に、人足をかき分け、逃げるように乗船していった。
「すげーな、あれ」
「私、グラッセさんが打ちのめしたかった気持ち、よくわかりましたもん」
オグとリンは顔をしかめ、影でコソコソとこの様子をうかがっていた。
ライアンはよく眉間のシワだけで済ませられるよねと、二人で感心していた。
『スパイスの国』の御一行が帰る時は、ひと際にぎやかだった。
クナーファ商会が仕立てた船へと乗るのだが、そのクナーファの船はウェイ川のずっと上流まで連なっているのだ。
「まさかこの船、全部クナーファ商会の荷ですか?」
つま先立ち、船団を遠くまで眺めようとするリンの口はポカリと開き、目は真ん丸だ。
「うちの荷だけではありませんよ。運搬を頼まれたものもございますから」
ロクムはなんでもないように答えた。
クナーファは有名な大商会なので、どの領も国も安心して、積み荷を預けている。下手をすれば、小国よりも裕福な商会で、誤魔化しも、逃げる心配もない。
黒の染料で行先の書かれた木箱や袋が、帳簿で品名と数を確認され、どんどんと積み込まれてゆく。
「この船でラミントンの港まで行き、大船に荷を積みなおして、海を行くのですよ。今回はウィスタントン領のおかげで、通常よりも多い船団になりましたね」
シロップの樽が嵩張るらしい。
文官に指示をだしていたタブレットがやってきた。
「リン、充実した大市だった。礼を言う。ライアンと『スパイスの国』にも来てくれ。我が国も良い場所だ」
「はい。いつかお邪魔したいです」
「その前に、夏の大市か?リンも王都へは来るのか?」
さあ、どうだろうと、リンはライアンを見上げた。
「……まだ、決めてはいないが、参加も選択肢の一つにある」
「そうか。では、王都で会えるかもな」
「毎年すべての大市に参加するんですか?」
「ああ。社交もあるし、我が国のような島国は、大陸への輸出で経済が成り立っている。大事な長としての役目だ。年の半分近くは海外だな」
これでもなかなか忙しいのだと言いながら、楽しそうに笑っている。
「リン様、もし王都にいらっしゃるようであれば、よろしければ茶の生産国の者をご紹介しましょう」
ロクムのその言葉に飛び上がった。
「いいんですか!」
「私は商人です。良いものが増えそうであるのなら、全く問題がありません」
「ああ、これでお茶が!」
リンはこぶしを握り締め、ライアン、絶対参加したいです、と完全に行く気になっている。
全く商人は手ごわい、とライアンは吐息をもらす。それ以上に、リンが単純でコロコロと動かされているのだが。
「それでは、また会おう」
「またご連絡致します」
タブレットとロクムはそう言って、ウィスタントンを後にした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今日で、投稿をはじめてちょうど二か月でした。
どうしていきなり長編を書き始めてしまったんだろうと思うこと、しばしばあります。
書けば書くほど難しく思えるし、読み返せば、修正したくなります。(実際、内容を変えず直したりしています)
もっと面白く修正したいですが、とりあえず最初に自分で決めたとおり、まずは最後まで丁寧に書こうと思います。
たまに更新が飛ぶことがありますが、そういう時は、展開に苦悩してのたうち回っていると思ってくださいませ。
今後ともよろしくお願いいたします。





