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Being under the weather / 体調不良

 結局その日、ライアンが戻ることはなかった。

 アマンドがラミントン領の天幕まで、磁器の製作者を呼びにいくと、なぜかラグナルも共にやってきた。

 結果として領主まで呼びつけることになって、非常に居たたまれない。

 今回のラグナルは領主としての公式訪問の最中なので、文官や騎士がぞろぞろついてくるのだ。


「リン、慌ただしい気配がしておりましたが、問題はありませんか?」

「大丈夫です。なんだかわからないのですが、お呼び立てをしてしまって、申し訳ありません」


 思ったよりも改善点が少なかったことを伝え、細工の繊細さとデザインのすばらしさを褒めると、思いもよらず領主同席となったことで、リンよりも緊張の見えた製作者は、ほっと息をついた。


 家に戻る時も騎士が付き従い、そして家の前後の扉に歩哨が立つ物々しさだ。

 ライアンが来たらいろいろ聞かなくてはと待ち構えていたが、夜、側近達と共にやってきたライアンの顔色の悪さに、そんな気が吹っ飛んだ。


「ライアン、大丈夫ですか!とにかく、座ってください」


 一番近い応接間に入って、長椅子に座らせた。ふと触れた手は、氷のように冷たい。

 普通に動いているようだが、座る際に若干眉間を寄せており、どこかおかしいのが見て取れる。


「大丈夫だ。シルフを使いすぎて、力のバランスが悪いだけだ」

「力の使いすぎですか?」


 『聞き耳』を立て続けに使い、風の力が身体に飽和しているらしい。

 普段と違うライアンのこの様子では、よっぽどの超過だったのではないだろうか。

 

「薬はないんですか?」

「少し休めば治る。不足を補うのは楽だが、過剰を抜くのは難しいのだ。シルフを払えば一気に力が出ていくが、さすがに今日はシルフを酷使し過ぎだ」


 身体もそのせいで冷えているらしく、シュトレンはブルダルーに温まるスープを頼みにいった。

 リンは、とりあえず待ち時間にと、プーアル熟茶を入れた。冬至の祝祭料理に出した茶で、口あたりもソフトで、身体を温めるはずだ。


「これはいいな。負担にならずに、頭痛が和らいできたようだ」


 お替わりを注文するライアンのカップに、せっせとプーアル茶を注ぐ。

 

「ライアン、それで、今日何があったのかを説明してもらえますか?」

「リン様、とりあえず私から」


 少し落ち着き、ショウガスープを飲んでいるライアンに尋ねると、フログナルドが代わって説明を始めてくれた。


「リン様が今日お会いになった者が、他国の諜報官だった可能性があるのです」

「は?……ど、どの人でしょう。天幕に来たお客さんですか?まさか、ラミントンの細工師さんではないですよね?」

「今朝ほど、ご一緒に歩いてこられた男です」


 リンは思わず、後ろに控えていたアマンドを振り返った。

 アマンドも驚いて、胸を押さえ、目を見開いている。


「でも、おかしな素振りはなかったですよね?」

「ええ」


 アマンドも、それにコクコクと頷いている。


「あの人は病気のお父さんがいて、ここのところ毎日、聖域参拝に来ていた方ですよ」

「毎日ですと?!」


 フログナルドがそれに勢い込んで確認する。


「ええ。私が見ただけで、今日で三回か四回目で、いつも大石の前で、真剣に加護を祈ってましたよ?」

「やはりこちらを見張っていたのでしょうか」


 フログナルドが、ライアンを見て言った。


「聖域参拝の者に紛れれば、警戒もされにくいな」


 ライアンは匙を置き、スープの皿を向こう側へ押しやると、リンを見て言った。


「ロクムが情報収集をした際に、あの男を見かけたそうだ。アレは各国を周っているし、諜報官らしき者を見かけることも多いらしい。すぐにそうと気づいたが、その時は問題ないと片付けた」


 国が商人を雇い、諜報活動をすることもあれば、逆に商人を装うことも多くて、全くよくあることだ。商人はうまくすると、王宮の裏側にだって招かれ、社交では得られない情報を得ることができる。

 実際どの国も、どの領も同じようにやっているのだ。


「それからも、大市の屋台や天幕、街の遊興施設で、何度か見かけたそうだ。……情報収集の場は結局、諜報官も商人も同じようだな」

「問題ができたんですか?」

「ああ。諜報官のわりに物慣れない様子もあり、聞き出すことも偏っていて、なんの役に立つのかと思っていたらしい。それで終わるはずだったが、今日、リンと一緒に歩いてくるのを見た」


 貴族と商談をするような裕福な商人の姿から、一転して職人のような恰好をしてリンの隣を歩いてきた男を見て、リン自身が目的かもしれないと、ライアンにその情報を伝えてきた。

 ライアンは今日一日、ロクムが男を見かけた場所へ赴き、『聞き耳』を立て続けに使ったのだ。何度も連続して使うだけでも厳しいが、屋台や興行の天幕、公衆浴場のような人の出入りの激しい場所で会話を拾うのは、かなりの集中が必要で、シルフの力を身体に取り込みすぎていた。


「あの男が気にしていたのが、森、聖域、薬、酒、賢者、それからリンだ」

「私?!」

「ああ。ロクムに言わせても、この大市で発表となったウィスタントンの新商品に驚いて、リンを探るのはおかしくないそうだ。実際にロクムもそうしたと。それで最初は不思議に思わなかったようだな」


 あっさりと言ってくれるが、不特定多数に探られる不愉快さに、リンは思い切り顔をしかめた。


「今日、何を話したか、詳しく覚えているか?これ以上『聞き耳』は使えぬのだ」

「大したことのない話だったんですけど……」


 リンはアマンドと補い合いながら、思い出しつつ会話を再現していった。


「父親の病は、火の気が強いのが原因と言ったのか」

「実際には、『父と慕っている者』ですけどね」

「ライアン様、それでは火の力が強い、術師の不調なのでしょうか」

「いや、シムネル、それでは、我が国の者が諜報をしていることになってしまう。森への侵入といい、国外の者で間違いないと思うのだが」


 ライアンは側近達と、さまざまな憶測を話している。


「あの、どうして火の気が多いのが、病の原因になるんですか?加護ですよね?一時的な不調じゃないんですか?」

「精霊術の学校では自身の体調管理について、最初に習う事らしいが、リンには伝えてなかったか」

「リン様は加護のバランスもよろしいようですし」


 ライアンはそういうと簡単な説明をしてくれた。


「病というよりは、加護のある者に起こりやすい症状だと思うのだが。精霊の力を使いすぎると、誰もが一時的に不調となる。力が不足し疲労を感じる、もしくは衰弱することもあれば、過剰に力を取り込みすぎて、コントロールできずに身を損ねることもある」

「不足も、過剰も、両方あるんですね」

「ああ。術による。不足を補うのは簡単で、適した薬草も薬もある。ただ、過剰を抜くのは難しいのだ」


 難易度の高い術は、その力が動く度合いが大きく、術師の負担になるので誰もができるわけではない。特に身体に力を取り込む術は、度が過ぎると大変なことになる。


「力を放出する術を使えればいいが、不調の上に、更に体力が削られる。恐らくその病を得た者は、日頃から火の力が非常に強い者なのだろうが、詳しくはわからぬ。相反する水の気を得て、バランスを取っているのだろうが」


 術師には決して珍しいことではないらしい。

 リンも知っておくべきだろう。詳しくは、落ち着いたらきちんと説明すると言って、ライアン達は塔へと戻っていった。

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