Lady’s shopping / 女性の買い物
エクレールに続くと、あわせてギルド内の案内をしてくれる。
「二階はさっきのギルド長室と、あとは講義室よ。講義が人気で少しずつ参加者が増えてね。どんどんギルド長が小さい部屋に移っているの」
朝と夕方にしか授業がないらしく、今は静まり返っている部屋の前を通り一階へ降りた。
すべてがグレートホールと呼ばれる、大広間にまとまっているらしい。
ホールは吹き抜けで、こげ茶の梁の並ぶ天井が高くに見え、広い部屋だがここも人が少なくがらんとしている。
「日中は静かね。朝と夕方のハンターが来る時間が一番混雑するの。で、あそこが掲示板。狩猟シーズンと獲物の情報、依頼掲示板に、最後が講義の内容と時間のカレンダーね。ちょっとのぞいて見る?」
「いえ、あー、私、この国の字が読めないので。どちらかというと読み書きの講座が気になります」
「まあ! それなら、ちょっと待って。これが今月の講座表よ。もうあと一週間で今年の講座はおしまいだけど。来月は儀式の準備で、ギルドも先生方も忙しいのでお休みなの。こっちが来年一月の講座予定。ライアン様とどうするか相談してちょうだい」
最低限の読み書きはできるようになりたかった。
せめて『金熊亭』の壁に書いてあるメニューや、このチラシぐらいは読めるようになりたい。
必要なものは何かしら、と聞かれたので、とにかく何にも持っていないとリンは答えた。
「服も靴も、下着もないです。このマントも借り物で、暖かいものが必要ですし。この国にあったもので、動きやすいものがあれば」
すべてお任せするのが一番だろう。
まだ若いけれど品揃えと腕が良い、と評判の仕立屋が、中央広場から一本入った通りにあるという。店内にはいくつか服も掛けられているが、カウンター後ろの天井まである棚には巻かれた布地が積んである。
既製品も見本として置いているけれど、ほとんどの人が布を買って自分で縫うか、体に合わせて仕立ててもらうのが普通らしい。
個室に案内され、エクレールとこの店のオーナーだというレーチェの二人がかりでの採寸となった。
「これは動きやすそうだけれど、ハンターの服なのかしら?」
「いえ。レーチェさん。普通の服、まあ、どちらかというと農作業に向いているでしょうか」
「とっても変わった形と生地ね。でも、縫製はしっかりしてるわ。ん~、でも、このプルオーバーは身体にあっていないんじゃないかしら」
レーチェはジーンズを触り、ぶかっとしているセーターを少し引っ張り、眺めている。
「あら、きれいな染めね。まあ、これはどうなっているの? この部分で胸を支えているのかしら。見て、エクレール」
「いいわね。刺繍も細かくてとっても素敵だわ」
二人が今、惚れ惚れとみているのは、リンのブラだ。
こちらにはないらしく、前からも後ろからも眺めている。
「ん? ここはヒモで結ばないの? どうやって…… まあ! 伸びるのね」
「あっ。ダメです。そこは引っ張ると中が見えますぅ」
脱がされるにつれ、興奮していく二人を抑える術は、リンにはなかった。
まあ! あら! と、きゃあきゃあ言われ、あちこちポフポフと触られる。
エクレールぐらいあったら、触ってもフワフワで気持ちいいかもしれないのだけれど。
「……布が少なくて、この時期には冷えないかしら」
「夏場にはいいかもしれないわよね。今度、この形のものを作ってみようかしら」
なんだかぐったりと疲れて、採寸は終了した。
「うちの店は既製服も少し置くようにしているけれど、リンの場合は作ったほうがいいわね。サイズに合わせると大人のものからは選べないわ」
リンのサイズは子供服になってしまうときっぱりと言われ、愕然とした。
今日は少しだけあるサンプルから選び、ほとんどは急ぎ扱いで仕立ててくれるという。
デコルテの部分が丸く開いた、足首まで隠れるシンプルな長いドレスが一般的らしい。長さには慣れないけれど、スカートが膨らんでいるわけでもなく、Aラインに近くて違和感がない。
袖口がちょっと長くて、手の甲が隠れるのは体型の差なのか。
子供服なのに胸がぴったりなのは、どういうことだろうか。せめてこのサイズは成人少し前ぐらいの子供用であってほしい。
オーバードレス、白のアンダードレス、暖かいマント、フード付きのケープ、下着、レースがヒラヒラのナイトドレス、長靴下。とにかく選んで、着替えて、生地をかけて眺められ、小物と布を合わせてまた変えてと、こんなに着替えたのは初めてだった。
最後は服と合わせたいからと、二軒先の靴工房からも職人を呼び靴もブーツも見繕った。
靴工房の職人はスニーカーのヒモをほどき、靴底を叩き、曲げ、真剣な目であちこちの角度から見ている。
ぜひ売って欲しいといわれたが、それしかないので今は差し上げるのは難しいと伝えた。
白のアンダードレスの上にマスタードカラーのオーバードレスを着ると、襟元と袖口から白がのぞく。腰にはネイビーブルーの模様入りの、ドレスと同じマスタードカラーの組みひもを結ぶ。その上に肩からはネイビーブルーの膝丈のケープを羽織る。
靴はできあがるまでスニーカーだ。どうせスカートで見えないので問題ないだろう。
「ああ、本当に楽しかったわ! 出来上がりを楽しみにしていて。また来てね」
買ったばかりの一着を着て、笑顔のレーチェに送り出され、次に向かったのは薬事ギルドだ。
薬事ギルドはハンターズギルドほど大きくなく、こぢんまりとしていた。
扉を開け中に入ると、ハーブや花の香りに、土が混じった生薬のような香りが漂っている。
ハンターズギルドは男性の姿が多かったが、ここは女性が多くゆったりとした雰囲気がある。
通りにつながる扉を閉めると街の喧騒から遠のいた。
カウンターには秤、すり鉢、ガラス瓶がいくつも並んでいる。水の石らしき青い石が入った瓶もある。後ろの棚にも引き出しと瓶がいっぱいだ。
見ているだけでもワクワクしてくるけれど、何を売っているかがさっぱりわからない。
おススメ通りに、冬の乾燥にいいというローズウォーターと『ベティのクリーム』というクリームに石鹸を買った。
「とりあえずこれでいいかしら。住まいのものは館から手配されてるっておっしゃってたし」
「エクレールさん、ありがとうございました。自分ではきっとどうしていいかわからなかったから」
「どういたしまして、リン。気にしないで。私の方こそありがとう。とっても楽しかったわ。『不足なくすべて』揃えていいなんていうショッピング、なかなかできないものね」
エクレールも笑顔で気にしないように言ってくれる。
確かにリンもオーダーメイドのショッピングなんてはじめてだ。
薬事ギルドも棚や瓶を見ているだけでも楽しかった。
「ギルドに戻りましょう、リン。ライアン様がお待ちかねだわ、きっと」