Tasting / 試食会
第二厨房の近くには、ガーデンパーティーの際に座って休めるサロン部屋があり、そこを通って庭にでられる。
今日は晴れ空が気持ちよく、少し暖かいので、試食のテーブルは庭に設置してあった。咲く花の数も増えてきていて、これが大市の終わる頃になると、様々な花が一斉に、鮮やかに咲き乱れるそうだ。
ライアン達と屋外にでると、そこには思ってもみない顔が並んでいた。
謁見の予定はなかったはずなのに。
リンは途端にカチリと固まり、慌てて礼をとった。
「リン、久しぶりだ。こちらへ。席はタブレットとライアンの間でよかろう」
楕円形のテーブルには、領主、その隣に領主夫人、タブレットと並び、次がリンで、ライアンとなる。ライアンの向こうはロクムだ。
「今日はリンと御一緒できて嬉しいわ。晩餐会では見かけなかったから、淋しかったのよ」
領主のもう一つの隣席に座ったシュゼットが言う。そして、さらにその隣に座る顔には見覚えがあった。一昨日天幕に来た、王都の貴族、キアニーではないだろうか。
キアニーはリンが驚いたように自分を見つめるのに、苦笑して、それから背すじを伸ばした。
「すまないね、リン。私はライアンの兄で、ギモーブという。会いたくて、シュゼットと同じ手を使ってしまった。騙すようなつもりはなかったのだが、申し訳ない」
リンは名乗られ、あっけにとられていたが、さらに頭まで下げられて、慌てた。
「いえ、大丈夫です。こちらこそ、ご挨拶が遅れて……。お会いできて光栄です」
「そうかい?ほっとしたよ」
ライアンの方へチラリと視線をやったギモーブは、並べてみると領主に雰囲気の似た顔で、やさしく笑った。
ギモーブの隣には、その妻のケスターネが座っていた。こちらも初対面だ。
領主一族が座に着くことを、ライアンはわざとリンに黙っていたに違いない。さすがにこの場では怒れないので、ライアンをジーっと見るが、全く気にしてないようだ。
その上、シブーストと名乗った男が長兄で、普段は王都に住んでいると付け加えられた。ケインと名乗った男の本名はフロランタンといい、ライアンやシュゼットのいとこで、シュゼットの婚約者だという。
名前も違うし、もたらされた情報にリンの頭はくらくらしてきた。
「私、またきちんとご挨拶できませんでしたよ。……ミドルネーム、流行っているんですかね」
ぼやくリンに、これ以上はないはずだ、すべて出てきたからなと、ライアンがあっさり言う。
そこに、係がパンを配りはじめ、最初の皿がそれに続いた。
皆がリンに注目する。
「本日は、ターメリックやガーリック、それからバニラという新しい食材を使う試食会になります。最初は、ラミントン領のミディ貝『皇帝』のオイル漬けです。一つには、ガーリックを加えてあります。添えてあるグリーンサラダのソースには、ターメリックを使いました」
リンは皆がナイフを入れるのを、そっと眺める。ガーリックは食欲を誘う香りだと思うけれど、女性は苦手かもしれない。
「おお、これは前に食べた物と違うな。これがガーリックの香りであろうか」
「リン、おいしいわ」
「くせはございますが、これはまた違った味わいで、おいしいですわ」
「父上、バターの代わりに、このオイルをパンにつけるのもおいしいのですよ」
「酒が飲みたくなる味だな」
隣に座るタブレットも、その領主一族の感想に耳を澄ませているが、好意的な評価だろう。
リンもほっとして、一口食べる。やっぱりガーリック入りは、その香りがたまらない。
「リン、このピリっと辛いのがターメリックなのかしら」
サラダをつつきながら、シュゼットが聞いた。サラダのドレッシングは、レモン果汁、オリーブオイル、ターメリック、ピメント、塩、こしょうで、きれいな黄色をしている。
「いえ、辛いのは『サラマンダーの怒り』ですね」
「『サラマンダーの怒り』とはなんだ?」
タブレットがリンに聞く。
「ピメントの、この国での通称だそうですよ」
「そうか。我が国では、ピメントに二種類の呼び方があるのだ。一つは『恋の情熱の実』」
「おお、それはよくわかるぞ。恋は熱く燃え盛るからな。なあ、カリソン」
領主はうんうんと、うなずいている。
そこでタブレットがニヤリと笑った。
「もう一つが『浮気の翌朝の妻』だ」
テーブルの者すべてが吹き出した。どちらも熱さが、サラマンダー級らしい。
次は、シロップ&ターメリック チキンだ。
鶏を塩、胡椒、ガーリック、ターメリック、ヴァルスミア・シロップ、レモン、オイルのタレでマリネして、それを更にかけながらグリルしてある。鶏肉の上に、薄く切ったニンジン、赤かぶ、フレッシュなハーブのサラダが散らしてあり、色もきれいだ。少し焦げ目が付いているのも、またいい。
熱々の状態でサービスされているので、甘いシロップと香ばしいガーリックの香りが強く立ち上る。
ゴクンと鳴ったのは、自分の喉か、それとも隣だろうか。
ナイフとフォークを入れて、タレで琥珀色の艶がある一切れを、口に放り込む。
「あ、このソースには、ガーリックとターメリックの両方が使ってあります。あと、ヴァルスミア・シロップも蜂蜜の代わりに入れました」
皆がうなずくが、今度は食べるのに忙しそうだ。そうだろう、リンも説明を忘れていたぐらいだから。
「ガーリックの香りとはすごいものだな」
隣のライアンがポツリとつぶやく。
「ええ。香りも添えるし、味も引き立てるし。私の国は夏、とても暑くて、食欲のない時に香味野菜は助かりました。食欲をそそりますよね」
皆が満足したところで、最後がデザートだ。
とうとうバニラの登場である。
「最後のデザートですが、砂糖の島から来たバニラを使ってあります」
厨房から庭に出る両開きの扉が、いっぱいまで開かれた。
よし、行け、という声が聞こえるとともに、一斉に配膳係が、精一杯の早歩きでテーブルに向かってくる。
スフレである。
どうしても、スフレをやってみたい。テーブルが近いこの機会にどうしても、という料理人の強い希望で、デザートは、パン窯から出したての、バニラ・スフレになったのである。
「ふわふわの、バニラ・スフレというデザートです。しぼんでしまうので、すぐに食べてください」
リンもスプーンを持って待ち構える。
成功だ。小型の鋳物鍋に、きれいに立ち上がっている。
熱々のスフレを口に入れる。バニラのまあるく甘い香り、ふんわりとした軽い口当たり、最高である。しゅわりと溶けて、後に残るのはヴァルスミア・シロップの優しさだろうか。
「まあ、これは軽くて、この間のムースのようね?でも、温かくておいしいわ」
「本当においしいこと。香りも甘くて魅力的だわ。これがバニラなのね」
「口の中でなくなってしまうのが、残念な程ですわ。いい香りですこと」
女性陣が口々に褒め、絶賛しているのを見ながら、さっさと食べ終わったリンは、お茶の用意に先にサロンに入った。シュトレンがすでにティーセットを用意してくれている。ライアンの館の執務室に置いてある、ネパールの紅茶 Dhankutaである。お茶のお供には、ドライフルーツ入りのバニラクッキーと、シナモンのメレンゲクッキーを、ブルダルーが用意してくれた。
テーブルから揃って移動してきて、それぞれ、ゆったりとサロンにくつろぐ。
「あら、このクッキーにもバニラの香りがするのね?」
「リン、他にもバニラのデザートはあるのかしら。スフレはとても美味しかったのだけれど、お茶会には向かないのでしょう?」
領主夫人の注文に、リンは考える。
「スフレは本当に難しいのです。クッキーやムースにも、バニラは使えます。あとは、濃厚なクリームブリュレに、とろとろのプリンや生キャラメルクリームも美味しいですし。また厨房にレシピをお届けしますね」
リンは自分の食べたい物をどんどん挙げていく。
それをじっと聞いていたロクムが顔を上げ、カップを持ち上げて言った。
「本当にいろいろなレシピをお持ちなのですね。それに、このお茶にも大変驚きました。この品質のお茶は、クナーファ商会でも扱っておりません」
「スパイスのレシピも持っているのではないか?これは、シナモンだろう?」
タブレットもメレンゲクッキーを摘まんで言う。
ロクムが姿勢を正した。
「リン様、バニラのレシピを教えていただくことは可能でしょうか。使用方法があるのとないのでは、広がり方が大違いなのです」
「ああ、同様にスパイスのレシピもあると嬉しい。クナーファ商会がスパイスを一手に扱ってくれているからな」
ロクムとタブレットに乞われて、リンは、どうしようかとライアンの顔を見た。
「クナーファ商会とは、新商品の取り扱いと輸送協力でも合意したのだ。シロップのレシピも加えて、作りやすい物がいくつかあれば違うと思うが」
「リン、もしレシピを提供してくれるなら、ウィスタントン使用の物すべてとは言えぬが、リンが使う分ぐらいのスパイスなら、喜んで無料で提供しよう」
タブレットの提案は大変魅力的だ。リンは一気にやる気になった。
「クナーファ商会では、さすがに輸送費を考えると無料とは申せないのですが、そうですね。リン様が欲しいと言われている物を、できる限りお探しすることに致しましょう」
「それはすごいな。リン、クナーファが行かない国はないと言われているぞ」
ロクムの提案に、タブレットが後押しをする。
リンの目がまん丸になった。この間のリストで、ないと言われた、カカオやココナツ油、それにいつか、お米や、醤油などの大豆製品も見つかるかもしれない。
「リストとレシピ、すぐ作ります!」
館からの退出は、皆で一緒だった。それぞれの天幕に戻るのだ。大市の期間は馬車では動けず、お付きや護衛も入れて徒歩である。
前を話しながら歩く、ライアンにタブレット、それからロクムの三人には、女性の視線がさっと集まってくる。通り過ぎた後に振り返る者も多い。一人一人でも目立つのに、それが三人まとまっているのだ。
リンは、さらに数歩下がって歩いた。
「リン、何をしている」
「いえ、ライアン、どうぞ気にせずに行ってください」
そう伝えたのに、ライアンがスタスタと、リンの元まで戻ってくる。
「警備もあるし、あまり離れるのではない」
「だって、一緒に歩いたら目立つじゃないですか」
タブレットが視線を向けた女性からは、キャーという声まで上がっている。
「すごいですね。さすが奥さんが五人いるだけあります」
「アレの場合は、国の長として、政治的バランスをとるために、しょうがない部分もあるのだ」
リンはピタリと足を止めた。
「国の長?って、国王ってことですか?それも聞いてませんよ!友人としか……」
ライアンの幼馴染や友人は、そういえば領主一族や王族でおかしくないのだと気づく。よりにもよって、国王の目をシロと一緒だと発言してしまった。
「先に教えてくださいよ。後から知るのは心臓に悪いです」
他に失言はなかったかと、タブレットを見ながら今日の会話を思い出す。
後ろをついて歩こうとする女性を、護衛が留めている。
「視線どころか、女性本人も引き連れて歩くんですね。華やかというか、モテるのは政治的バランスだけじゃない気がしますが」
「昔からあんな感じだな。……そうだ、リン、私の魅力とはなんだろうか」
「は?」
「タブレットやロクムは、自信と余裕があって、それが女性には魅力なのだろうという話になったのだ。シムネルが、私の魅力はリンに聞け、と言うのだ」
シムネルにひどい丸投げをされた気がした。
「うーん、ライアンの魅力ですか……」
「ないか」
「そうじゃないですよ。ライアンにはあの二人にない魅力が、たくさんあるに決まってます。そうですねえ」
改めて考えると、すんなりと一言ででてこなかった。
「ライアンは美人ですし」
「それは男に対する褒め言葉だろうか」
「美人がダメなら、端整といっても良いですよ。それに、あの二人だけじゃなく、ライアンもしっかり責任を果たして、誠実に民のことを考えて、頼もしいですよね。賢者としても、領主一族としても」
「ふむ」
ライアンの顔がちょっと嬉し気になっている気がする。
「それになんといっても、ライアンは可愛いですね。そうだ、これだ」
今度はライアンの足がピタリと止まった。
「か、かわ?リン、それは絶対に男に対する褒め言葉ではないだろう」
「いいえー、いっちばん褒めてますよ」
男性にかわいいは、まずかっただろうか。
次にライアンの魅力を聞かれた時のために、しっかりと答えられるよう意識しておかねばと思った。





