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Country of spices / スパイスの国

 大陸ではもっぱら『スパイスの国』と呼ばれる国にも、当然しっかりとした名前がある。大陸よりだいぶ南にある、大きな四つの島から成る国だ。それぞれの島に(オサ)がいて、その長の家名を繋げて国名としている。現在はタヒーナ タブラレア カシ タルム国というが、とにかく長いのだ。

 どこかの島で長が取って代れば、国名の一部が変わる。四家で最も強い家がどこか、というパワーバランスでも、国名に家名があがる順番が変わってくる。間違えると非常に面倒なことになるのが、想像できるだろう。

 そんなことから、大陸ではいつしかこっそり、でも今ではけっこう堂々と『スパイスの国』と呼んでいる。

 ここ数代は、常にタヒーナ家が一番強く、この家長が国の代表として大市にやってくる。今回も、そのタヒーナ家の若き長、タブレット・タヒーナが来領しており、その商談は館の一室で行われた。

 ライアンはシムネルと、館の文官を数名揃えて参加していたが、一通りの商談が終わり、それぞれの文官を下がらせて、一息ついたところだった。


 タブレット・タヒーナはライアンとそう変わらぬ年齢だが、すでに五年以上を長として務めていた。淡い褐色の肌に金の髪、そして青と黄金色のオッドアイが印象的な青年だ。幼い頃から父と共にやって来ていたタブレットなので、ライアンもよく知っており、来領の度に非公式に酒を酌み交わす仲でもある。


「今回、貴領よりスパイスの増量希望と聞いて、どうなることかと思ってはいたが、うまく調整ができそうだな」

「ええ。我が領に貴国の需要に見合う商品があり、幸いでした」


 二人で目を合わせて、ニヤリと笑う。


 国際取引では金貨、もしくは金や銀そのものが使われるが、取引相手に相応の商品があれば、物々交換が優先されている。『スパイスの国』がウィスタントンから欲しがるのは、水の浄化石、薬、水の石、貴石ぐらいだった。

 毛皮は暑すぎて需要はなく、木材も遠すぎて輸送に問題がある。水の浄化石は国の取引となるし、水の石はどの領でもオファーされる。今まではウィスタントン独自のものといえば、薬と貴石が取引項目として挙がるぐらいだった。スパイスを増量で欲しいとなると、どれだけの金貨支払いとなるのか、というのがウィスタントンの懸念だったのだ。

 それが今回は違った。


「ライアン、『冷し石』は本当に助かる。いくつか特定の大きさでも作って欲しいが、大丈夫だろうか。『温め石』も、島によっては薪となる木が少なく、苦労が多かったのだ。これで皆が温かい食事を取りやすくなる」

「特注も受けるので、大丈夫だ。今回は民の生活の一助となるものができたと思っている」

「ああ、それから個人的に土産が欲しい。公衆浴場で使っていた、あのスパイスの石鹸と茶は面白い。あと貴石を飾りにしたブラシを五つほど、妻達に贈りたい」


 ライアンは眉を上げ、タブレットの顔をまじまじと見た。


「タブレット、いつ公衆浴場へ行ったのだ。いや、それより、また妻が増えたのか。昨年は三名だったと思ったが」

「お?妻は他の長の家からで、三名のままだな。これ以上増やすのは、家の関係上問題となるので無理だ。だから後は愛妾としている。どうしても、と頼まれたら、嫌とは言えぬだろう?」


 婚姻は政治的な側面もあるようだが、この男はとにかくモテるのだ。長としての力量があり、十分な金もある。館のメイド達に言わせると、口元がセクシーで、あの目で見られるとフラフラとしてしまう、らしい。そういうメイドを賓客に近づけないよう、セバスチャンが配置に苦慮していた。


「其方、女性に対しては相変わらずだな」

「お前といい、オグといい、北の国の人間はどうしてそう、カチカチに固いのだ。服を多く着るせいか?南は男も女もオープンで、ホットだぞ。スパイスの輸入を今年は増量するのだ。もっと使え。そしたらきっと溶けるぞ。スパイスは身体もだが、心も温めるのでな」

「『スパイスの国』の代表らしい言葉だな、記憶に留めておこう」

 

 タブレットは、ああ、そうしろ、と頷いている。

 二人で立ち上がって、ドアへと向かう。


「ああ、ライアン、お前がさっき言っていた、ガーリックとターメリックだが、どのぐらい必要なのだ。ガーリックは匂いが強くて、大陸では好まれるかわからんぞ。ターメリックは、ほら、これだ。料理でも布でも染色に使うが、また新商品でも出すのか?」


 タブレットは、腰に巻いた鮮やかな黄色のサッシュを触って見せた。


「いや、欲しいスパイスのリストを書いた者は、料理に使うと言っていたぞ。ガーリックは香味野菜で、多くの食材と合わせておいしく、スタミナが付くと言っていた。ターメリックは酒を飲む人間に良いらしい」


 ライアンは、「これは二つとも需要がでるはず。皆、お酒好きだし」と、リンがブツブツ言っていたことを思い出す。


「ほう。その者は我が国の人間でもないのに、詳しいな。ガーリックは確かに精がつく。だが、ターメリックが、なぜ酒を飲む人間にいいのだ?」

「詳しくは聞かなかったが、どのぐらいの量が必要かと合わせて、確認しておく」

「なあ、料理に使うっていうことは、館の料理人なのだろう?詳しく聞いてみたいが、面会はできぬか?」


 ライアンはタブレットをリンに会わせるのか、と一瞬躊躇した。そのためらいを、タブレットは見逃さなかった。


「女だな?その料理人は、女なのだな?」

「違う。料理人ではない」

「女なのは、確かなのだな。お前の愛妾か!……ライアン、心配するな。人の女に手を出すほど、不自由はしておらぬ」


 タブレットはニヤニヤ顔で、ライアンの肩にポンと手を置く。


「そのようなことは心配しておらぬ。タブレット、離せ。……それに、リンは私の女というわけではない。弟子のようなもので……」

「ほう、リンというのか。お前の女じゃないなら、会ってもかまわぬだろう?」

「……何のためにだ」

「スパイスに詳しそうだからだよ。国の主要産物で、私はこれでも長だぞ。お前が同席するならいいだろう?」


 確かにそうだ。いつもふざけたようなことを言っているが、若くして長についても、どこからも反発が起きなかったぐらい、有能で、辣腕な国のトップだ。

 ライアンはしっかりと自分の頭を冷やした。


「非公式で良いなら、予定を合わせるように手配をしよう」

「頼む。……お前の女を紹介されるのは、初めてだな」


 ライアンがジロリとにらんでも、タブレットはまだニヤニヤと口元をゆるめて、気にしないままだ。

 有能で、辣腕で、手に負えない、魅力的なやつ。それがライアンとオグのタブレット評だ。それでもオグと三人、なぜか妙に居心地が良く、お互いに大市での再会を楽しみにしている。


 二人が廊下にでると、シムネルと共に、黒髪で褐色の肌をした一人の男が待っていた。タブレットの文官の一人だろうか。丁寧に頭を下げたその男に、タブレットが声をかけた。

 

「ロクム、どうした」


 ライアンは、ハッとして見た。ロクム・クナーファ。リンに菓子と花を贈った大商人だった。リンの言った通り、確かに自信のあるような顔をしている。こちらも凄腕で有名だったか。


「はい。ライアン様が探していらっしゃるものに、心あたりがございます。……お初にお目にかかります。クナーファ商会のロクム・クナーファと申します。先ほどおっしゃっていた『バニラ』ですが、恐らく当商会で仕入れましたばかりの『バニラ豆』のことではないかと思います」


 バニラもリンの書いた「欲しいスパイスリスト」の中にあったものだ。


「そうか」

「あまり知る者がいないのです。ですので、その使用方法も、ぜひご教示いただければと思いまして」

「私もそれは聞いたことがない。ロクム、どのような物なのだ?」

「砂糖の仕入れ先の島に咲く、美しい花なのです。使うのはその実なのですが、現地ではミルクに入れているようです。サフランのように高価ですが、とても魅力的な甘い香りをしています。ですが、なかなか使う人間がおりませんで」

「デザートに使いたいと言っておったが」


 リンに聞けば、嬉々として教えてくれるだろう。食べたいデザートリストまで、作っていたようなのだから。

 ライアンは今度こそ、大きなため息をついた。


「わかった。タブレットが会う時に、一緒に同席できるように手配しよう」

「同じ者か!」

「ありがとうございます。リン様にも、よろしくお伝えくださいませ」


 タブレットとロクムは、どうしてお前がリンを知っているのだと、言い合いながら去っていった。

 シムネルと一緒に、ライアンも館内の執務室へ足を向ける。


「ライアン様。お疲れさまでした。今のご様子では、タブレット様もリン様にご興味が?」

「スパイスについて聞きたいそうだ。アレも長だからな、断りはできぬ」

「ロクム殿も、あのリストがリン様の要望だとわかっていた様でした」

「同席して会わせるのが、一番問題がないと判断した」


 それぞれが国や大商会を率いており、その在り方に責任を持ち、発展のために尽くしている。その立場と重責を知っていて、断れる要望ではなかった。

 タブレット達が去った方から、きゃあという悲鳴がここまで聞こえる。どうせまた、メイドに視線を投げたのではないだろうか。


「タブレット様は、相変わらず華やかなようでございますね」

「妻に愛妾二名が加わって、五名になっていた。準備する進物の数を訂正しておいてくれ。あと、ブラシの特別注文がある」

「かしこまりました。あのお二人は、特に女性から人気があるようでございますから」

「ロクムもそうなのか」

「ええ。タブレット様には、さすがに女性の方から声をかけられませんが、ロクム殿の方には、街でも声をかける者は多いそうで。ご容姿も魅力的ですが、お二人とも成している事への自信と余裕があり、女性には頼もしく見えるのでしょう」

「自信と余裕か。リンもロクムのことを、自信に溢れていると評していたな」


 ライアンは考えこんだ。


「ライアン様、なにかお悩みの様ですが、ライアン様には、ライアン様の魅力がございますからね?」

「……私の魅力とはなんだ、シムネル」


 この主からそんな事を聞かれる日が来るとは、思ってもいなかったシムネルは困った。


「そうですね。そのような大事な事は、リン様に伺うのが一番かと存じますが」


 すみません、リン様。あとはお願い致します、と、シムネルは心でそっと謝罪し、リンに丸投げした。


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[一言] シムネルさん 鈍感×2に対して、無謀です。
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