表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/275

A philosopher as a star / 賢者はアイドル

「リン様、今日もこのまま裏から出られたほうが、よろしゅうございますよ」


 裏庭に作った畑で、日課の水やりをしていると、表の確認に行ったアマンドが戻ってきた。

 大市もすでに半ばとなったが、各地からの出店も数が一層増えている。それを目当てにヴァルスミアを訪れる者も多い。

 家の辺りは出店もなく静かだったのだが、人が増えるにつれ、森の前まで聖域参拝に来る者も多くなった。

 森の前で跪いてドルーに挨拶をし、そこにある大石の窪みに、少々の小銭を入れていく。ユール・ログの切りだしの時には、パンや酒瓶を載せていた、テーブル代わりの石だ。そして森の塔前に立つ騎士に、「どうぞ森の維持にお使いください」と、挨拶をして去っていく。

 誠に整然とした参拝だが、ライアンがいるとちょっと違う。

 工房や塔から出たとたんに、「白銀の髪よ」、「賢者様だ」とささやく声が聞こえ、遠巻きに囲まれ、チラチラと見られる。ライアンは慣れていて、無表情でそれにひとつ頷き、スタスタとシムネルを従えて去って行くが、中にはライアンの移動に合わせて、ウィスタントンの天幕まで付いていく者もいる。ヴァルスミアの人は丁寧に挨拶をしても、そんなことはしないので驚きだ。


 賢者とはアイドルだったのだ。


 ライアンは見目麗しく、端正で、目の保養になるのは確かだ。リンの保養にもしっかりなっている。精霊術師のネイビーブルーのマントを纏えば、凛としてストイックな感じがあるし、貴族の衣服の時は華やかだ。女性がヒソヒソ、きゃあきゃあと声を押し殺しながら付いて行くのはわかるけれど、男性も混じって、話しかけたそうにしている。

 この家が賢者の工房だということは知られているので、ライアンだけではなく、シムネルやアマンドが外にでても視線が飛んでくる。目立つので、人がいる時は裏から出ているのだ。森での採集も、最近では早朝にしている。


「シロ、行くよー」


 裏庭の隅で穴掘りに励んでいたシロを呼び、天幕に出勤した。


 すでに天幕の雰囲気は慌ただしく、数名が商台をのぞいていた。

 早朝に、大きな船が到着したらしい。

 それで森の前も渋滞気味だったのか、と、すぐに試飲用のお茶を用意しはじめた。


「リン様、リラックスの試飲は、ございますか?」

「できていますよ」


 三つのお茶のシリーズは、裏では「リラックス」、「ワーク」、「ラブ」と呼ばれるようになっていた。ウィスタントン石鹸も同様だ。


「ラブが足りません」

「ラブの補充に行ってまいります」


 そんな言葉が飛び交っている。

 そうそう、ラブは大事だよね、とリンは笑いをこらえながら、裏から足りない石鹸を持ち、商台へ説明に向かった。


「リン様、お昼はもう済んでおりますか?」


 お昼過ぎに、ライアンと商談のためにギルドへ行っていたシムネルが、天幕に戻ってきた。


「ええ、戻ったばかりです」

「ちょうど良かった。これからライアン様が、ベウィックハム領の担当者を連れてまいりますので、お願いします」


 ここ数日、同じような商談が多くなっている。最初か最後にここで商品を見て、そして味わってもらうと、話が早く進むらしい。

 今日は「薬のベウィックハム」と呼ばれる、薬草栽培で有名な南の領地との商談だったはずだが、薬草の買い付けは、うまくいったのだろうか。

 リンが薔薇のティーセットを用意しながら待っていると、ライアンが数名の客人を連れて現れた。まだ若い男性がその中心にいるが、騎士を伴っていることといい、着ている衣装の袖の長さを見ても、文官ではなく上位貴族だと思う。

 シムネルさん、これは聞いてないよ~、と心の中で思いながら、皆と一緒に慌てて腰を落とした。


「頭を上げて構わぬ」


 ライアンは、ベウィックハム領の者を椅子に案内し、リンの手を取って頭を上げさせる。


「クラフティ殿、この場のシルフを払わせてもらうが、よろしいか」

「は、はい。かまいません」

 

 若者は口を引き締めて、真っすぐに椅子に座り、若干緊張しているようだ。ライアンの問いに、はっとして返事をした。

 ライアンはいつものように『風の壁』で囲むと、シルフを払った。

 『シルフ払い』は誰の目にも風の姿が見えるので、見ていて楽しい術だ。ライアンを中心にして、緑の風がすぅっと渦を巻き、『風の壁』の外まで下がっていく。これを使うと『飛伝』が来ても届かないので、自分で常に注意を払うか、外にシルフの見える風の術者を立たせておく必要がある。

 ベウィックハム領の者は、初めて見る『シルフ払い』に、息を凝らし、見回している。ウィスタントンの者は、この短期間に見慣れたようだ。


 リンは薬草茶の中から、ローズマリーの入った「ワーク」を選んで、配っていった。このローズマリーはベウィックハムから来ているはずである。


「クラフティ殿、紹介しておこう。リンという。薬草を使用した商品の開発者だ」

「リン、ベウィックハム伯爵の御次男でクラフティ殿だ。成人となられた昨年より、薬草栽培の任に当たっておられる」


 成人ということは、十七歳だっけ。というより、ここにも御領主様の御子息がいた。ホントこれは聞いてないよ~、と、また頭を下げると、ライアンの横に座るように促された。


「リン、それでは話が進まぬ。……とりあえず商談は済んだのだ。ただ、今後のことを考えても、できれば薬草の栽培で、ベウィックハム領とも協力体制が組めればと思っている」


 ティーカップを手にとり、クラフティにも勧めながら続ける。


「ウィスタントンでは、すでに薬以外への薬草の使用を始めている。実際に見てもらった方が早いだろうと思い、お連れしたのだ」

「薬以外への薬草の使用というのは、我が領でも前例がありません」


 少しためらいながら続けた。


「その、精霊術学校でも、術師がいて薬にするからこそ、薬草の薬効を最大限に活かせるし、薬草の価値をより高めると習ったものですから、どうもその考えが頭にあるのです。文官の方より事前にお話をいただいた時も、それで直ぐの回答ができずにおりました」

「リン、クラフティ殿は土の精霊術師でもある。私と同様に、それを領のために使っておられるのだ」

「いえ、あの、術師としての腕はさほどではないのです。賢者様に、いえ、ライアン殿にその様に言っていただける程ではなくて、あの」


 クラフティは焦ったようにお茶を飲みほした。リンよりもコチコチだ。

 ライアンは苦笑する。


「そのように謙遜されずとも良い。其方の側にいるグノームは落ち着いている。良い術師なのだろう」

「あ、ありがとうございます。あの、賢者様にそのように言っていただけて、光栄です。お会いできるのを楽しみにしておりました!この度発表となった精霊石も、また素晴らしくて……」


 真っ赤な顔をしている。これは、バリバリの賢者ファンかもしれない。

 そうか、ライアンの後を付いて歩いている男性は、精霊術師なのかもしれないと、リンは思った。憧れのヒーローに会ったようなものなのだろう。


「昼には『金熊亭』の薬草入りソーセージを届けてもらい、それも味わっていただいたのだ」

「そうですか。じゃあ、ここではデザートに致しましょう。お茶は普通の紅茶に入れ替えますね」


 今日はデザートの新作があるのだ。

 ブルダルーと館の料理人と、何回か失敗しながらつくった、「カモミールとハニーミント入り ふわふわシフォンケーキ」である。

 材料が簡単で、リンでも覚えていた。卵が三つ、砂糖と小麦粉が90gずつ、油と牛乳で90gだ。

「卵白の泡立てはツノが立って、曲がるぐらい」「それは、山ヤギのツノぐらいだろうか」という珍妙な問答から始まったが、館の料理人は今、ふわふわの泡立てにハマっているのだ。

 今までのタルトやケーキよりも軽やかで、新しい流行となり始めていて、この間の晩餐会で、ムースの評判も大変良かったらしい。


「こちらも薬草の入ったケーキです。薬草もですけれど、ウィスタントンで採れた材料ばかりで作ってあるんです」


 油も最初はオリーブオイルを使い、その後、料理人がすべてウィスタントンの物にしたいと、バターに変えて、何度も試したのだ。バターのコクが足され、しっとりしているけれど、それでもふんわりと仕上がった。


「新作か」


 恐らく精霊用なのだろう、ライアンは最初にほんの一口を皿の脇に切り分けてから、そのフワフワを口に入れた。


「ええ、ライアン。館の料理人が何回も試しておりました」

「甘いだけではなく、爽やかな香りがしておりますね。カモミールでしょうか」

「そうです。それ以外にウィスタントン産の薬草も入っています。この風味も薬草の持ち味です。お茶にすればリラックスできるのですよ」


 薬事ギルドのマドレーヌも付け加えた。


「薬効を考えれば、もちろん精霊術師ギルドのおっしゃるとおり、薬にすれば最大になります。ですが、カモミールはクリームにもしておりますが、肌への薬効が穏やかにあるのが確認されております。初夏には今年の収穫ができますので、フローラルウォーターなども試す予定です。私どもは、これらの商品に薬草の広がりを感じたのです」


 クラフティも、それからベウィックハム領の者達も、そこに並べられた石鹸、クリーム、ヘアトニック、お茶といった目新しい商品を手に取り、眺めた。そして、商台で石鹸の香りを嗅ぎながら、楽しそうに選ぶ人の顔も。自領の薬事ギルドで、こんなに楽しく選んでいる者はいるだろうか。

 

「よくわかりました。ベウィックハム領も今後、薬草の栽培面でご協力できればと思います。ライアン殿のおっしゃった、薬の購入ができない民のためにもというお話にも、共感致しました。それに、薬草の持つ可能性を、私達が狭めてはいけないと思います」


 クラフティは真っすぐにライアンを見て言った。緑の目がキラキラとしている。

 ライアンが立ち上がり、握手の手を差し出した。


「協力体制が組めれば、双方の領地にとり、何よりフォルテリアスの民にとって、益となるのではないかと思う」

「はい。どうぞよろしくお願いいたします、賢者様」


 後ろでぶんぶんと振られているシッポが見えるようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MFブックス様より「お茶屋さんは賢者見習い 3」が11月25日に発売となります。

お茶屋さんは賢者見習い 3 書影
どうぞよろしくお願いします!

MFブックス様公式
KADOKAWA様公式

巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ