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Gathering information / 情報収集

 ロクム・クナーファは夕方、マーケットプレイスから少し外れた、屋台の集まるエリアに向かった。

 その周囲に数軒の酒場があるが、どの店も大市の期間は食べ物の持ち込みを許可している。普段この辺りでは見かけない物も多いのだ。領の者も観光客も、屋台でつまみになるような物を買って、店に入って酒を注文する。

 ロクムは屋台でラミントン領の焼き貝を頼むと、すぐ後ろにある酒場の店外席に座った。ロクムを目で追っていた給仕の女性が、飛んでくる。


「春ビールの、弱い方を頼む」


 焼き貝には、先週食べた時と違って、サントレナ産らしいレモンが添えられていた。屋台で勧められたとおりにレモンを絞ると、磯の香りが弱まり、さっぱりと食べられた。

 これはいくつでも入りそうだ、と思いながら、周囲の会話に聞き耳を立てる。

 目の前の屋台で、焼き貝を買い求める男達がいる。


「毎年、春の大市が楽しみだ。コレが食べられるからな」

「この時期のミディの貝は最高だからね。兄さん、貝が好きなら、ラミントンの天幕に行きなよ。オイル漬けが売り出されたからよ。あれもなかなかよ」

「へえ。それは食べたことねえな」

「ああ、できたばっかりよ。ほら、この小型の冷室ができたろう? これに入れたら、一週間は大丈夫だよ」

「『冷し石』ってやつだろ? 本当に冷えてんのかい?」


 男達は貝が焼きあがるまで、今度は『冷し石』の値段やら、便利さを屋台の者と話していたが、貝を手にすると、空いている席を見つけて酒場の中に入っていった。


 ラミントン領か。初週に見て回った時は、オイル漬けなどはなかったが。また見にいくべきだな、とロクムは思いながら、全く酔えそうもない弱いビールを流しこんだ。

 添えられはじめたレモンといい、新商品といい、ラミントンにはいい文官が揃っているのか。考えつく者がいて、それを承認し、実行するのを良しとする上がいるということだ。

 そういう土地は、商人として面白く、また話しやすいものだ。確か領主が継がれたばかりのはずだが、これから良く変化していく領地だろう。

 注目すべきだな、と、ラミントンの天幕にいた文官の顔を思い出しながら、前の屋台にある小型冷室を眺める。


 あの冷室だってそうだ。

 大市の前日にこの領の文官によって配られた『温め石』も、面白いことを考えたと思った。この場で試しに使わせるとは、いい戦略だと感心していたら、この短期間に今度は『冷し石』が発表となった。『温め石』以上に重要なのは間違いない。商品としてもだが、商会の船や荷馬車には必須の道具となるだろう。

 商会の商談はすでに申し込んであるが、特注の大きさと合わせ、いくつの石を押さえるべきだろうか、と思考にふける。


 同じ給仕が近づいてきた。

 またか、と思った。大商会を動かしているからなのか、堂々とした姿に色気があると、ロクムはよく女性に声をかけられる。


「ねえ、貝の他にも、何か()()()が必要じゃないかねえ?」


 なにかを期待する熱っぽい目を流されるが、気づかぬ振りをして小銭を渡した。

 あいにく、まだ重要な仕事中だ。


「そうだな。ウィスタントンの屋台で、何か買ってきてくれるか」

「あいよ」


 女はため息をついて、前の広場に出て行った。


 ウィスタントンの甘味料に慌てたのも、この近くの店で食べていた時だった。

 大陸で甘味料ができたという情報は、砂糖の輸入を一手に引き受けるクナーファ商会にとって、決して見逃せぬものだった。

 食べるのもそこそこに、ウィスタントンの天幕に向い、見つけた新商品の数々。ウィスタントン産だという、砂糖もしっかりとあった。スパイス等の輸入品を使った商品まで並んでいる。今までのウィスタントン産の商品と全く違う品揃えに、ロクムは自分の内に驚きを押し殺すようにしたが、成功していただろうか。

 ウィスタントンは、フォルテリアス国内で、いろんな意味で特別視される場所だ。国の礎で、聖域がある土地。商人にとっては、王都以外に、唯一大市の開催を許されている場所としても重要だ。

 『賢者』と呼ばれる精霊術師が住まう土地でもあり、『温め石』などの精霊道具は、いかにもウィスタントンらしい商品だろう。今代の賢者は領主の息子だから、領が力をいれるのもよくわかる。

 だが、精霊石ではない新商品が、これほど一気にでてきたのはどういうことか。

 商談までに十分な情報を仕入れておくべきだと、遅めの時期に会合を申し入れた。

 

 数日、今のように座って飲んでいるだけで、ウィスタントンの情報がロクムの耳に入ってきた。

 難民がさらに増えたこと。見習いさんと呼ばれる、異国の術師の少女が滞在していること、初日に皆を驚かせた白い狼に、リンという名のハンター見習いがシロップの指導をしたらしいこと。新しい村が建設されていて、景気がいいこと。

 そんな欠片を繋ぎ合せて、どうやら北の難民の少女らしいと見当をつけたその人物に、興味を覚えていたら、本人が目の前に現れたのだ。

 北方出身の難民のようにも見えず、そして本当に少女だったことにまず驚いた。真っすぐに開発者は貴女かと聞いてしまったら、言葉を失い、驚愕を顔いっぱいに表していた。気分を害したのか、商人は生産現場を知らないでしょうね、とまで言われてしまった。

 商人としては当たり前のことをしていると思うが、見も知らぬ人間が自分のことを知っているのは、怖かったのではないだろうか。お詫びも兼ねて、恐らく好みなのだろうと、商会で一番いい紅茶に、女性に好まれやすい甘い砂糖菓子と花を贈ったが、無事に受け取ってもらえたようだった。

 恐らくウィスタントンの変化に彼女が関わっているのだろうが、取引に障りがないよう、商談までにさらなる情報が欲しいところだ。


 ロクムが二杯目のビールを注文していると、近くに同じように情報を集めているらしき、フォルテリアスの商人の声が聞こえて来た。

 すでにだいぶ酔ったようなハンター達に、ビールを差し出している。


「一人での商談成功祝いも、なんですからね、どうぞぜひ、もう一杯。……それで、三月は森で忙しかったのですね」

「おうよ。ヒック。だいたい暇な月なんだがなあ、今年は見習いさんのおかげで、ヒック、毎日ずっと森よ」

「そうだよなあ、大市でもたっぷり飲める軍資金になって、ありがてえよなあ」

「森のどの辺りまで行かれたんですか?」

「森か?おう、森の恵み、バンザ~イ。ヒック。ドルー様に感謝を~」


 だいぶいい感じに酔いが回っていて、すでに三回目ぐらいの乾杯が聞こえてきている。


「そういやあ、あれから俺たちの命の水は、まだできねえのかね」

「おや、命の水なんて、あるのですね。さすがはヴァルスミア、聖域のある森だ」

「おう。見習いさんがなあ、ヒック、教えてくれるのよ。ドルー様がいるからなあ。水はうめえよ。命の水は~、ヒック。もっとうめえ」

「美しき女神も楽しみにするぐれえだもんなあ」

「そうですか、見習いなのにすごいですね。命の水なら、私もぜひ飲みたいものです。さあ、もう一杯」


 ハンター達の命の水とは、酒でも造っているのだろうか。

 それにしても、おかしな商人だ。そんなに酔い潰したら、欲しい情報もでてこないだろうにと、それとなくそちらを眺める。

 締まった身体つきの男が、ハンターに酒を注いでいる。恰好はフォルテリアス商人だが、どこか不自然な気がする。顔も見おぼえのある者ではないようだ。表情も口調も柔らかくしているが、目つきはしっかりと冷めていた。

 珍しいことではない。

 恐らく、どこかの国の諜報官だろうと見当をつけ、ロクムはまた広場に顔を向けた。

 

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