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Ryan in a bad mood / 不機嫌なライアン

「それで、リン。一体、何があったのだ」


 リンは現在、ライアンの不機嫌そうな顔を前にして、ウィスタントンの天幕に据えられた長椅子に座っている。

 

 午前中は良かったのだ。

 昨日チクチクと縫った小袋を持って、早速、薬事ギルドの人たちに相談していた。このような袋を添えたら、ティーポットが家になくても、薬草茶を楽しめるのではないか。

 袋に使っている布も安い物だし、大市の期間に試してみましょう、と、すぐに一人が布を求めにいった。

 マドレーヌも針子を手配して、実際に小袋を縫うのは、ヴァルスミアとスペステラ村の女性にお願いすることになりそうだ。

 紐を長くして取り出しやすくしようとか、ワンポイントでカモミールの花などの刺繍を入れたらどうか、などと盛り上がっていたのだ。


 そこに思いもよらなかった爆弾が、ウィスタントンの天幕に届いた。


「は?私宛てですか?」

「はい、ウィスタントンのリン様宛となっております」


 天幕の奥の、応接テーブルに並べられた品に、困惑するしかなかった。

 小さな木箱には、アーモンドに蜜を絡めた菓子に、金柑のような小さな果実の砂糖漬け、薔薇とスミレの花びらの砂糖漬けといった、甘くて可愛らしいお菓子が、綺麗に並んでいた。その横には装飾が美しい磁器の壷に入った紅茶に、ピンクやオレンジの色が愛らしい花束。

 突然そんな贈り物が、リン宛に届いたのだ。困惑するしかない。


 配達人は届けに来ただけである。

 周囲に促されて、とりあえず受け取り状にサインをして、添えられたカードを開いた。


「『愛しいリン

   ご助言に感謝するとともに、この出会いを喜んで

          クナーファ商会 副会長 ロクム・クナーファ』」


 簡易な文章で、なんとか読み取れた内容を理解したくない。

 側にいたマドレーヌに、ポンとカードを渡す。


「クナーファ商会からでございますか」

「やっぱりそうですよね」


 ああ、なんて迷惑なことを、それが最初に思ったことだった。

 男性からプレゼントをもらい、嬉しい、じゃなく、迷惑と思うところが、恋愛方面に若干残念なリンである。


「これ、返品するわけにいきませんよね」

「ええ、もう受け取ってしまいましたし。クナーファ商会は名だたる大商会ですが、リン様はお付き合いが?」

「そうですね。昨日、二分間ぐらいのお付き合いでしょうか」


 そこにライアンが、フィニステラ領との商談を終えて、商業ギルドから戻ってきた。

 シムネルと商業ギルドのトゥイルも一緒だ。

 リンが届くのを待っていた、十数年前にお茶の栽培を試していた文官の記録を手にしている。


「皆で集まってどうしたのだ」


 そういって応接テーブルに広げられた、菓子を見る。


「なんかいきなり届きました。返品したいですけど、無理ですよね」


 リンはマドレーヌからカードを受け取り、そのままライアンに見せた。

 さっと目を通したライアンは、無言でリンに座るように促した。


「それで、リン。一体、何があったのだ。なぜロクム・クナーファが、君にこのような物を贈るのだ」


 リンはため息をついた。自分の方が理由を知りたいぐらいだ。


「知りませんよ。本人に聞いてください。昨日、ほんの数分話しただけなんですよ。全然、愛しい、じゃありません」

「冒頭の愛しいは、親愛なる、で、手紙の決まり文句だ。それより、ここにある助言とはなんだ」


 リンは昨日天幕を訪ねた事、そこで交わされた言葉、最後にお茶について言ったこと、を説明した。


「たぶん、そんな会話だったと思うんですけど」

「それで助言か」

「お茶がダメになるのを放っては置けなかったんです。作る人は懸命に世話をして、作ったんですから」


 周囲にいる者がうんうんとうなずく。皆、自らバーチの樹液を採取したり、薬草茶をブレンドしたりしている者ばかりだ。


「わかった。それで相手は、リンの事をすでに知っていたのだな?」

「ええ。あなたが開発者でしょう、って」

「クナーファ商会は情報収集に長けておりますね。大商会なだけあります」


 シムネルが言った。

 トゥイルもうなずく。


「ロクム・クナーファは商会の跡取りです。常に各国にある支店を移動していて、まだ若いですが、商品の見極めも商売のセンスも、他の兄弟より優れているというのが、もっぱらの噂です。大市にも、過去に何度か家族と共に来ておりますね」

「私は父親にしか、会ったことがないようだな」

「それで早速リン様に目を付けたのが、さすがというところでしょうか」

「大市が始まって、真っ先に、商談の打診もございましたよね」


 周囲のクナーファ評を耳に入れながら、認めたくない思いでいっぱいだ。

 そのリサーチ力も、商会の利を考えた迅速な行動も、商人としてはすごいと思うのだ。ただ、それが自分に向けられたのでなければ、だ。


「リン。クナーファはどのような感じだったのだ」

「えーと、二十代かな。黒髪で褐色の肌で、目力があって」

「違う。容姿の話じゃない」

「うーん?自信に溢れた感じですかね。大商会を動かしているような。こういう『付け届け』でもわかるじゃないですか」

「付け届け、か?」

「ですよね?」


 シムネルがリンの意見にうなずいた。


「確かに女性への贈り物、というよりは、付け届けっていう感じですね。個人名ではなく、クナーファ商会 副会長と記名してありますし」

「あー、贈っているものは女性が喜ぶ甘味に茶、花ですが、まあ、今後の取引を期待した、付け届けと言えなくもないですね」


 トゥイルも賛同した。


「ですよね?私としては、探られて気分は良くないです。それが商会として必要なのだとわかっても」


 リンはお茶の壷を開けて覗き込み、香りを嗅いだ。


「これ、返せないなら、せっかくですから皆で飲みませんか?お菓子もたくさんありますし。あ、花は水に入れておきます」


 リンはさっさと立ち上がって、お茶の用意をし始めた。

 シムネルがその様子をみて、ひそひそとライアンにささやく。


「ライアン様、大丈夫ですよ。リン様、付け届けと思っていますから」

「シムネル、うるさいぞ。実際、付け届けなのだろう?」

「そこは贈った本人に聞く以外、真相はわからないと思いますが。どちらの意味もあると思いますよ。全く素早いですよねえ」


 感心したように言うシムネルを、ライアンは睨む。

 昨日、リンはあのまま家に帰るのではなかったのか。それなのに寄り道なぞするから、変なモノをひっかけてくるのだ。だいたいシロが一緒で、どうしてそのようなことになったのだ、とライアンの思考は流れていく。八つ当たりだ。


 リンは領主夫人のティーセットに、試飲用のセットも出して、皆の分のお茶を入れ、菓子の箱を差し出して配っている。


「ライアンもどうぞ。甘そうですけどね」


 そう言うと、リンは自分も小さな果実の砂糖漬けを口に入れた。

 ゴロゴロと実を動かし、頬を丸く膨らませたまま話す。


「あ、それで、王都の夏の大市には、お茶の生産国が毎年出店するらしいですよ」

「行きたいのか」

「そうですねえ。大変じゃなければ行ってみたいかなあ。……あ、これ、中がシロップ状になってる。無茶苦茶甘い」


 口の甘味を流すように紅茶を飲むリンを見ながら、ライアンは自分の前に置かれた菓子箱から、砂糖の少ない薔薇の花びらを選んで、一枚摘まんだ。

 だが、これも甘かった。

 眉を寄せながら、脇にある明るい色合いの花束に目をやる。幾重にも重なる花びらが丸く愛らしい形の花だ。


「……リンの花までは調べられなかったようだな」


 リンはふふっと笑った。


「調べられても、あの花を摘めるのはライアンしかいませんよね?」


 リンの花を決めた過去の自分を、心の中で褒めることにした。


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