The men in a bad mood / 不機嫌な男たち
「書類は昨日届いており、協議したが問題はないようだ。許可しよう。二日後の朝、登録担当が来たらすぐに処理させる」
その男、王都の精霊術師ギルド ギルド長のクロスタータは、風の術師に命じて、その言葉をウィスタントンにいる賢者まで送らせた。
王都の精霊術師ギルドは、本部とも呼ばれ、各地にあるギルドをまとめる役割もある。
ここはその本部内にある会議室だ。
数名の男達が『水と風の冷し石』の件で詰めている。
風の術師もそれ以上の人数が待機していた。ウィスタントンは遠く、賢者でもなければ、とても一名の術師が何度もシルフを送受できるような距離ではないのだ。
クロスタータは自分も風の加護を持つ術師であるが、最初にライアンからの連絡を受けて以来、自分でシルフは送らない。
一度でも送れば力の消耗が激しく、疲れが酷い。シルフを送っている若い術師を眺め、自分の老いと力の衰えに悄然とした。
だが、自分の疲弊や衰えを、人に気づかせるわけにはいかなかった。
今シルフを送った術師に、返事が戻ったようだ。
「賢者様からの御返事です。『迅速な登録、感謝する。二日後から大市で周知させるので、各領のギルドへ通知を願いたい』とのことです」
「ご苦労であった。シルフ担当は下がって良い。明日はゆっくりと休んでくれ。明後日には、また各領への通知で協力をしてもらわねばならん」
待機していた風の術師は一礼して、ほっとしたように部屋をでていき、後にはギルドの幹部のみが残った。
「全く。賢者は自分に力があるものだから、こちらの術師の負担を全く考えてはおらぬ」
「本当でございますね、クロスタータ様。新しい精霊道具の登録には、もっと時間をかけても、全く問題ないものを」
時間をかけるなら、本来文書のやり取りで済み、協議や連絡も『シルフ飛伝』で取り合う必要などないのだ。
「ウィスタントンは常に勝手なことばかり。聖域の賢者は、国の精霊術師であるぞ。それなのに、ギルドを尊重するどころか、ないがしろにし、負担をかけるばかりではないか」
「昔のように、賢者を王都に置き、必要な時に聖域に向かわせるのが良いのだ。監視にも都合が良いであろう」
ここぞとばかりに、全くこの場に関係のない、日ごろの不満を漏らす。
つい先ごろ、大賢者とやり合ったばかりだ。
「まあまあ、皆さま。新しい精霊道具の登録は、ギルドにとっても、よろしいではありませんか。『温め石』に『冷し石』、どちらも日々使えるもの。間違いなく注文が増えるでしょう」
「そうだな。ギルドの良い収入となるであろう。大市でウィスタントンが勝手に広めるのであろうから、こちらの手間も少ない。楽なものだ」
気持ちの落ち着かぬ一人が、さらに言い募った。
「クロスタータ様、でも大市より届いたもう一つの報告は、納得できかねます。貴重な薬草を、薬効の少ないまま、美容製品や薬草茶にするなど」
「そうですな。薬の方が薬草よりも高く売れるのですし、一体薬事ギルドも何を考えているのか。大人しく術師の作った薬を販売しておればいいものを」
「薬ならば精霊術師が作り、術師の収入となります。精霊術を使われた商品が販売されれば、ギルドの収入にもなるのですぞ」
薬草茶や石鹸では、精霊術が使われず、ギルドの収入とはならない。
精霊術を使った武器や、聖域で作られる水の浄化石は、国が販売数を厳しく制限、管理している。
薬は管理されておらず、薬の売れる数が増えれば、それだけギルドの収入になるのだ。
新しく発表された製品に、どの程度の薬効があるかわからぬが、薬が売れなくなったらどうするのか、と、そこまで考えた。
「どのような薬草を使っているか、術師より報告はあったであろうか?」
「いえ、クロスタータ様。原料の公開はされておりません。ですが、ウィスタントンの薬草を使っていると、喧伝がされているそうです」
「別の術師は、スパイスやローズマリーの香りがすると言っておりますので、すべてがウィスタントン産ではないのではないか、と申しております」
「スパイスか。薬効がかなりありそうではないか。全く面倒ばかりだ」
クロスタータは眉間をもんだ。
「クロスタータ様。私の下に、二つ加護の術師がおりますが、薬草で有名なベウィックハム伯領の領主長男です。ローズマリーはここからでているでしょう。うまく探らせましょう」
「ベウィックハムか。……そうだな。頼む」
「クラフティは在室しているか」
その男、ベウィックハム伯領にいる領主の長男 グラニタは、久しぶりに城の本館に顔を出し、出迎えた執事に弟の所在を訪ねた。
「グラニタ様。……申し訳ございません。クラフティ様はこちらにおられませんが、お約束があったのでございましょうか」
「兄が弟に会いにくるのに、約束を取りつけろと申すか。アイツはすでに、領主になったつもりではあるまいな」
「いえ、もちろんそうではございません。クラフティ様は、薬草の件で、ウィスタントン領の大市に出かけられております。お戻りはまだ先になるかと」
「大市だと?そのようなものに、わざわざ自分で出かけずとも、文官が行っておるだろうに。クラフティは精霊もうまく扱えぬが、人も同様に使えぬのではないか?」
グラニタは、領主である自分の父も、そうやって自ら領の商品を宣伝し、顔を繋ぎ、自領を盛り上げてきたことを知らない。クラフティは父のやってきた通りに、やろうとしているだけである。
「グラニタ様。ご足労をかけて申し訳ございません。クラフティ様のお戻りの日が判明しだい、ご連絡差し上げますので」
「仕方あるまいな。頼んだぞ」
緑の精霊術師のマントをひるがえして、グラニタは外へでていった。
全くうまくいかない。
王都の本部ギルド幹部より、わざわざ連絡が入り、久しぶりに不愉快な弟の顔を見てやろうと足を運べば、肝心の弟は外出ときた。
さっさと片付けて、王都に報告をしたかったものを。
「ヴェントゥム チルクムダートス」
ビュンっと風の刃を走らせ、城の花壇に並ぶ花や枝を、滅茶苦茶に切り落とす。
本当に不愉快だ。
弟は加護一つしかなく、自分は二つだ。
今日のように王都のギルドからの覚えも良く、期待されており、精霊術師の力も自分の方が上だ。
それなのに、なぜ長男の自分ではなく、一つの加護しか持たぬ弟が、次期領主扱いなのだろうか。
自分の加護が火と風で、弟が土だからか。確かに土の方が、農作物の栽培には向いているが、それだけだ。
この領に弟より利益をもたらせば、何か変わるのか。
「だいたいアイツは、グノームもうまく扱えぬではないか。土の改良もさせぬ。成長の促進もできぬ」
地に落ちた草木を踏みながら歩いて行く。
それなのに、なぜ――――――。
結局いつものその問いにたどり着くが、答える者はなかった。
 





