Walsmire 2 / ヴァルスミア 2
お腹が落ち着いてくると、リンはとたんに今後のことが気になり始めた。
これからどうすれば良いのか。
しばらく工房に置いてくれるようなことを言っていたが、本当だろうか。
家族が亡くなって以来、自活できるようにずっとがんばってきた。一人には慣れているとはいっても、ここは全く知らない世界だ。
異世界じゃなくとも、違う国の集落に、何も持たずに置いて行かれて、さあ今日からここで生活しなさいって言われたらどうなるか。
住むところがあり、言葉が通じるだけでも、かなり幸運だったのかも知れない。
まずはここで、自分に何ができるか探すことかな、と真剣に考えていると、ライアンから声がかかった。
「リン、この後だが、ハンターズギルドに行く。この街に滞在するには、いずれかのギルドに登録をして身分証明をしておかないと、不審者とみなされる」
「わかりました」
精霊術師のマントをはおり、ハンターには見えないリンに、シムネルはライアンに疑問を投げかけた。
「精霊術師か、他のギルドでなくて良いのですか」
「とりあえず今は登録ができさえすればいい。リンはこの辺りでは目立ちやすい。ハンターズギルドなら『異国から流れてきた、この街に来たばかりのハンター見習い』で、多少他と違ってもごまかしやすい」
あの工房に滞在する、賢者見習いらしき、ドルーの加護がある客人の少女。
その価値を知らない者はおらず、確かにすぐに中央が気づくだろう。どんな面倒が降ってくるかわからない。
ライアン様の懸念はそこか、とシムネルは思いなおした。
「あの……。街に出る前にいくつかお聞きしたいことと、お願いがあるのですが」
「聞こう」
「ひとつめは、昨夜からドルーの加護とおっしゃっていますが、ドルー様はどうしてそんなことができるのでしょう。ライアン様のような精霊術師なのですか?」
ライアンはわずかに目を見開き、驚きを少し表情にだした。
「……ドルーときいて、わからない者がいるとは考えていなかった。ドルーは森の賢者といわれる、オークの木の精霊だ。この国の建国に力を貸した精霊で、建国神話になっている。……ああ、君は私にもドルーにも、敬称をつけなくて良い。精霊が認めた、聖域に入れる者だからな」
サラリと口にされたライアンの言葉に、周囲はそれぞれ違った意味で驚愕した。
「精霊?あのサンタのおじいちゃんが!?でも私、昨日姿が見えましたよ。人間のようでしたが」
「聖域に入れる者がでたとは、では本当に……」
「おじいちゃん……。あのドルー様がおじいちゃん」
大賢者の後にライアンが聖域に入れて以来、他に入れるものがいたことはなく、その意味にフログナルドは絶句し、シムネルは横でブツブツと言っている。
「サンタが何かわからないが、ドルーは精霊の中では唯一、誰にでも見える。人の中にあり、人に見られることを良しとしている精霊だ」
「精霊は皆、ドルーのように人型なのですか?」
「私には、精霊は手のひらに乗るぐらいの人型をとって見える。人によっては動物の型であったり、光のオーブのようなものが、フワフワと舞っているように見えるらしい」
「光のオーブ。それでですね! ライアン様の……ライアンの髪がキラキラ光ってきれいなのは。面白い光の反射をしていると思っていましたが、精霊が周囲にいるからなんですねえ」
敬称はナシと言ったはずだが、と、にらまれ、リンは言いなおした。
リンの物言いに少し顔を赤くしたライアンの顔の周りを見つめながら、続ける。
「髪の周囲に、今もいくつかの光が揺れていますよ」
「良かったですね、ライアン様、髪を美しいと言ってくれる娘がいて。ライアン様の髪は精霊のお気に入りなんですよ。髪を切っても、うっかり触っても街中でいろいろひっくり返ります」
街中ひっくり返るとは何事だろうか。
シムネルに後で詳しく聞きたい。
「シムネル、余計なことを言うな」
ライアンの眉間にしわが寄った。
「……えーと、ライアンの髪の話がききたかったのではなくて、そう、精霊術師とはどういう仕事なんでしょう。騎士隊の一員で、騎士が部下になるような仕事ですか?」
「そういえば、精霊術師としか言っていなかったな。領のことは説明しなかったか」
「ライアン様、さすがにそれは最初にお伝えしておきませんと……」
今度はフログナルドから突っ込みが入った。
「ここはウィスタントン公爵が領主として治める、ウィスタントン領の領都、ヴァルスミアです。ライアン様のお名前はライアン・キース ウィスタントン。ライアン様は、御領主である公爵殿下の御三男になります」
侍従がいて、本人や周囲の態度から、貴族かも知れないと感じていたけれど、領主の家族だとは思わなかった。
「上に兄が二人、下に妹が一人いるから、私は自由にさせてもらっている。父、兄と共に、民を守り、治めるのが仕事だ。私の場合は精霊術師としての力を使って、領地経営の一端を担っているというのが近いだろう」
「それでは精霊術師というのはなんでしょう」
「簡単に言うのは難しいが……。精霊術師というのは精霊の加護があり、その力を借りて、様々な現象をひき起こすことのできる能力のある者だ。ただ、それには術師は毎回、かなりの力を使う。精霊の力を研究し、魔法陣などで補って、その力を術師以外にも使える形に変化させることも、仕事の一つにある」
リンはため息をついた。
「自分の今までの生活と違いすぎて、理解が難しいです」
「ここに生活していれば、少しずつわかってくる。今朝、水の石を使っただろう? あれも術師の作った精霊道具だ」
水の精霊オンディーヌの力を借りて、石に水を貯めて使えるようにしてある道具だという。
今朝ノンヌは普通に『水の石』と口にしていた。
本当にこの国では、精霊や精霊道具のあることが、日常なのだろう。
「あとは質問というより、お願いなのですけど」
リンは恥ずかしそうに続けた。
「ここで生活するのにお金がないんです。あと、着替えもほとんどなくて。あの荷物のほとんどはお茶なんです。いいお茶が今年は見つかって!それが売れればいいんですけど……。あの、いろいろ足りないと思うので、ご迷惑ばかりなのですが、あの、お茶とか興味ないですよね?」
知らない人にお金を借りたいとも言いにくく、支離滅裂になってしまった。
「工房に住むための物がないので、もともと揃える予定であったから心配せずとも良い。服もこちらにあった物が必要だと思っていた。……とりあえずハンターズギルドに移動しよう。約束はすでにとりつけてある」