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New Village / 新しい村

 バーチの芽吹きの勢いは、話に聞いていたとおりだった。

 そろそろ樹液採取も終わりかと思った後、二日のうちに、ほとんどの木が一斉に芽吹き、柔らかい緑に色づいた梢が空を覆っていた。

 水桶を括り付けたハンター達は、大慌てで桶を回収し、穴をふさいで回る。


「グノーム、インヴェニエート!(グノーム、探せ!)ドチェビトノス (教えてくれ。)オブセクロ(頼むぞ。)


 少しでも樹液が流れ続けていると大変だ。オグと数名の土の精霊術師が森に入り、グノームの力を借りながら、一本一本に漏れがないか確認をしていく。


「どうもありがとうございました。来年も甘い蜜をよろしくお願いします。おいしくいただきました」


 リンもその確認に一緒に行き、ライアンに約束したとおり、バーチに頭を下げて回った。


「来年、しっかり準備すれば、さらに収穫が見込めそうだよな」

「水桶が揃えば、なんとでもなりまさあ。良いやり方も今年でわかりやしたから」


 オグもハンター達もやり遂げた達成感と、来年の見込みに嬉しそうだ。




「リン、そろそろ行くみたいだぞ」

 

 早朝から森を歩き回り、昼食後のお茶をゆっくり楽しんでいるところに、オグが声をかけた。

 ライアンの都合がつき、午後から視察に出るという。

 行先は、難民の一部がすでに移住第一弾となって向かった、薬草栽培予定地だ。

 若干足は重いが、今晩お風呂に塩でも入れて、もみほぐそうと思いながら立ち上がった。


 アルドラの塔の脇から、森の縁に沿って東に歩く。西の門から外にでた時の街道とは違い、大して広くもない道が続いている。

 森の木は黄緑色の帽子をかぶり、道沿いには、黄色や青い小花がところどころ群れて咲いている。小川のせせらぎに、ピーユピーユと鳴く鳥の声が聞こえてくる。

 雪のない、色のある春の景色を楽しみながら歩き始め、すぐにきつくなった。

 森の木を一本一本確かめながら歩いていた時と違って、二人の歩くペースが速すぎる。

 先を歩くオグとライアンが振り返った。


「リン、ちっと遅えよ」

「そのペースで歩くと、日が暮れるまでに帰ってこれぬぞ」

「身長差がありすぎるんです」

「それだけではない気がするが」


 三十センチ以上は背の高さが違うのだから、当然一歩の間隔が違う。

 二人が若干ペースを落としてくれ、リンはそれに必死について行く。

 こちらの人間の、半刻もかかりません、は、リンの一刻は優にかかる距離だとわかった。


 入植地に着くと、すでに数軒の平屋が建ち、今も建設中のものがいくつもあり、木の香がしている

 トライフルが迎えてくれた。


「これは皆さま、ようこそお越しくださいました」

「問題はないか?」

「順調でございます。水場も再整備で使えるようになりましたので、早く移動が可能になりました」


 もともと廃村だった村の跡地の再利用だ。残っていた水場や家の土台等を、うまく利用して建設を早めているらしい。


「最初に移動したのは、農民の家族連ればかりで、今、農地の準備をしております。ご案内します」


 かなり広い土地だった。十名近くの者が広がって作業している。

 土地を耕す者、農地を並んで歩きながら、抱えた木箱から何かをまいている者もいる。

 子供も小さい石を拾って、外に投げ出している。


「あれは何の種をまいているんですか?カモミールは苗ですよね?」

「種まきはあと数週間先になります。あれは土に灰を混ぜ入れて、準備をしているのですよ」

「リン、あれがユールログの灰だ。あのようにして今年の豊作を祈る」

「エストーラでも同じようにしておりました。冬の間、灰を集めておくのです。実際に野菜は甘くなり、良く実ります」


 そのままハニーミントの群生地を見に行くため、森に沿って流れる小川の方へ案内される。


「昨日は薬事ギルドの方が、土の精霊術師と来てくださいました。大きい石の移動や、土地の掘り起こしをしてくださり、大変助かりました。放棄地でしたから、鍬が深く通らず、時間がかかっていると報告しましたら、すぐに対応してくださいまして。……こちらです」


 小川の向こう岸から森までの土地が、一面ハニーミントに覆われるという。


「小川があるので、こちら側には生えないらしいのですが、その分、川に沿ってかなり先までがミントの帯になるそうです」

「ああ、エクレールがハンターを連れて、見に来ていたろ?蜂の巣箱の設置場所を検討していたぞ」

「水場があって、採集の森からも、領都からも近いので、移住先としてこれほど良い条件のところはまずありません」

「穀物の出来はあまり良くないと聞いているが、大丈夫だろうか」

「北と比べてもそこまで酷くはございません。薬草には問題ないそうですし、街が近いので、それほど暮らしに問題もでないでしょう。家の建設を急いでいますが、その後は薬草加工の工房を建てる予定となっているようです」


 引っ越しが完了するまで、トライフルは西門の外と村を、行ったり来たりとなるようだ。

 大市も始まりますし、しばらくは皆忙しくなります、と言いながらトライフルは笑顔だ。


「ライアン様、リン様、厚かましいお願いですが、新村の名前を付けてはいただけないでしょうか」

「エストーラに縁の名前にするのではないのか?」

「いえ、シュージュリーの者もおりますし、ここはフォルテリアスですから。どうか良い名前をいただければ」


 二人で考え込む。

 薬草や石鹸のような名前がいいだろうか。


「リンに名前を考えさせるのは、どうも悪手のような気がするが」


 ライアンはとても失礼だ。


「サヴォンやハーブのどこが悪いのですか」

「白いからシロだの、官能のラブアンドパッションだの、どこかいつもおかしいだろう?」

「官能のラブアンドパッションは、言った覚えがないですけど」


 ブレンドの出来に舞い上がったテンションの時だから、よく覚えていない。


「……スペステラではどうだろうか」

「スぺステラ、でございますか?」

「ああ。古語で『希望の地』という意味がある。新しく造られる土地には良いとは思うが」

「なんで古語なんですか?」

「ヴァルスミアも古語だぞ。『森の海』という意味がある。……リン、さてはあの古語のリストを、まだ半分も読んでいないな?ヴァルスミアは最初の方にあるぞ」


 意味を聞けば、確かに新生活を始めるトライフル達に贈るのに、ぴったりの名前だと思う。

 サヴォンやハーブより全然いい。


 しかし思わぬところで、古語をさぼっていたことがバレてしまった。


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