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The second meeting / 二回目の会議

 翌日の午後には、館で二回目の会議が開かれた。


「あ、ライアン、オグさんが戻られてますよ。おかえりなさい」

「おう、リン、ライアン。……今朝やっと着いたばかりだぞ。なのにエクレールにそのまま引っ張って来られた。向こうの報告はまた今度な」


 今日の会議は一回目の会議参加者に加えて、オグとシムネルが入るようだ。


「忙しい中、会議を前倒しにして、すまない。緊急案件が持ち上がった。だが、まず予定していた事項からいこう」

「かしこまりました、ライアン様。それでは商業ギルドから」


 トゥイルが立ち上がる。


「今年は大市に、領の場所として、例年の倍の広さを確保しております。商業ギルドのすぐ前で、必要であればギルド内の会議室へ移動して、商談となります」

「部屋の確保は、多めに頼む」

「はい。製品ですが、ブラシは細工者も慣れ、数が揃ってきております。石鹸、クリーム、薬草茶などは、その場で個人への販売は可能ですが、大きな数となる場合、受注生産でお願いします。大市までにできる限り揃え、期間中の在庫管理に留意します」


 ここで薬事ギルドのマドレーヌが文官に指示し、お茶のカップが配られた。

 それぞれの前に三つずつ並ぶ。


「前回の会議の後に、リン様が作成され、ご提案いただいた薬草茶です。どれにもこの領でしか採れない薬草が使われているのが特徴です。資料の二ページ目に、使用している薬草のリストがございますが、領の機密文書となりますので、取り扱いにご注意下さい。……リン様、ご説明をお願いしても、よろしいですか?」


 リンは立ち上がり、まずここにいる皆に理解してもらい、広めてもらえるように真摯に話した。


「どれも、薬効がシンプルに伝わるように考えました。ですが、薬効、薬草というと薬を思い出し、苦い、まずいと敬遠されるかもしれません。薬と違うのは、このお茶がおいしいということ、毎日飲んでも問題なく楽しめる、という点です。皆さんにはそこを一番に伝えて、お茶を生活に取り入れる習慣を広めていただきたいです。結果的に、それが販売量の増加につながります」


 この会議の参加者は、皆熱心だ。メモを取り、考え込む。


「左が、リラックス&ベッドタイムです。蜂蜜を入れなくても甘味を感じるかと思います。香りでリラックスしていただいて、安眠を誘うのが目的です。女性向けの風味ですが、もちろん男性がダメというわけではないですよ?」


 それぞれが説明を聞きながら、香りを嗅ぎ、カップに口をつけている。

 その顔が、ふっとほころぶのが、リンには見て取れた。


「次が、ワーク&デイタイムです。すっきりと目が覚めるような、爽やかな緑の香りのブレンドで、仕事の開始時や休憩時に、集中して、やる気を出すのにいいかと思います。男性向けでしょうか」


 リンはさっとライアンに視線を投げてから、続けた。


「最後、男女両方が対象の、ラブ&センシュアル、です。温かな赤みの強い色合い、フルーティでスパイスの効いたブレンドで、身体の内から温めます。これは食感にもこだわって、喉をとろりと落ちていきます。秋、冬に特に人気がでるかと」


 ライアンがリストを見ながら聞く。


「リン、結局ジンジャーを加えたんだな?」

「ええ。師匠とダックワーズさんに風味の調整にご協力いただきました。お腹に入った時に、ジンジャーがあると熱がでます。あと、クリムゾン・ビーも、甘味のあるのは花ですが、葉の方が香りが強いとのことで、葉も足しています」


 今度の名前は怒られないよね?とリンは、ほっと息をついた。


「わかった。シムネル、原料の価格調査にそれも加えてくれ。じゃあ、次は栽培関連事項」


 館の調達担当の文官が立ち上がり、報告する。


「はい。グノーム・コラジェ、ヴァルスミア・ベリーは、これらの採集を例年依頼する村がありますので、そちらに引き続き依頼します。春の大市での受注を見て調整しますが、例年より五割程度の増量を考えて、予算を組んでおります」


 薬事ギルドのマドレーヌが付け足した。


「ヴァルスミア・ベリーは、十割。例年の倍を見込んでくださいませ」

「そこまでになりますでしょうか」

「はい。……倍で足りるかどうか。館、の分も確保しないとなりませんので」

「……ああ、そうでございますね」


 ライアンに多くの視線が集まる。いたたまれない沈黙が続いた。


「……配慮に感謝する。注意するよう、伝えておく」

「えー、続けます。オーティーとハニーミントについては、栽培なしです。オーティーは触れると痛みがあるので、森へ行く子供達のために毎年ハンターズギルドで刈り取り、捨てているのを買い取ります。ハニーミントは近郊に群生地があり、そこで対応します。育てると増えすぎて大変なことになるそうです」


 ライアンがリストを睨む。


「ローズマリーについては、南のべウィックハムに、ダックワーズの家族と面会予定だ。そうすると、トライフルらに頼んで栽培するのは、クリムゾン・ビー、カモミールとなるか」

「まだ少し寒いので、薬事ギルドの温室で種をまき、苗まで管理する予定です」

「あの、すみません。できれば工房の温室にも、少し種が欲しいです」


 工房の温室は、ライアンは館の温室を使うし、管理ができない、と空っぽだった。せっかくだから、リンも苗をもらって裏庭で育ててみたい。


「わかった。手配を頼む。栽培予定地だが、領主直轄地に村を作り、トライフル達に順に移住してもらう予定だ。詳細を」


 難民受け入れの担当文官が立ち上がる。


「はい、予定地はヴァルスミアの森沿いで、ここより東に半刻足らずです。三十年程前までは小村があったそうですが、当時の街道から遠く、穀物の栽培にもさほど向かず、廃村となったようです。予定地の側にはハニーミント群生地があり、養蜂もこちらを考えています」


 トライフルに発言のバトンが渡される。


「家の建設に合わせ、雪解け後、何段階かにわけて入植し、三か月で完了予定です。ヴァルスミアに工房を持つ細工師三名は、城壁内に居住を考えております」


 それ以外にも、良質の羊毛を生産していた土地出身の牧畜経験者は、領内の山岳牧畜村に移住予定。針子、鍛治、大工などの仕事がヴァルスミアで見つかりそうな者もいて、難民の一部の生活にも変化があるようだ。


「本当に感謝しております」


 トライフルは深々と頭を下げた。


「短期間での手配、皆、ご苦労だった。……では、緊急案件の方に移る」


 シムネルが、小さなカップにスプーンが入ったものを参加者に回していく。


「少しずつ手にとって、味わってみてくれ。リンの提案で造られた。ヴァルスミアの森で採れる甘味料、バーチの樹液を煮詰めた、バーチシロップだ」


 甘味料と聞いて、すでに知っている数名を除き、全員の顔が驚きに固まった。

 商業ギルドのトゥイルが、興奮気味に頭を振りながら言う。


「甘味料とは、これはまた……。砂糖はもちろん、蜂蜜の値も上がっております。これがどれだけの価値となるのか、予想もつきません」


 現在の蜂蜜、砂糖の取引価格の話が交わされるが、リンには価格が大きくなると特にわかりにくい。

 リンの基準は『金熊亭』ランチ、銅貨二枚、だ。

 眉をひそめて、ランチ何回分かを考えているリンを見て、ブルダルーがわかりやすく助言をする。


「リン嬢ちゃま、蜂蜜は現在、水桶一杯、牛の小さいのが一頭じゃ」

「え、牛?豚じゃなくて、牛?」

「豚なら大きいのが二頭かの。砂糖なら、もっとじゃ。一バーチで牛一頭ぐらいじゃな」


 水桶一杯、牛一頭。

 水桶一杯、豚二頭。

 リンの頭の中で、牛と豚がぐるぐると回った。


「リン、……リン!採取と製造方法を簡単に教えてやってくれ」


 リンが伝えると、皆が途端にオタオタとし始めた。


「え、今からですか?」

「たったの三週間ですか?!」

「水桶がヴァルスミアにいくつあるんだ……?ええと、騎士の炊き出しの鍋が、塔にあるか」

「一体、どれだけの量がこの期間に取れるか、百分の一と言うことは……」

「人手が足りるのか?」


 エクレールが立ち上がった。


「皆さま、落ち着いてください。……まず、人員はハンターズギルドで、すでに見積もっております。三月は動物も妊娠中で、狩猟禁止期間。ハンターも大市までが最も暇な時期で、近郊の農村にビール目当てに、ビール仕込みの手伝いに行くぐらいです。ハンターと、それからクグロフさんの方で、ブラシなどの製造にかかわってない方を、交代で出していただくことになっています」

「エクレール、オグが不在の時に手配助かった。忙しい時期に予定外のことだが、うまくいけば利益は大きい。後は用具の確保だな」


 文官達が、必要になりそうな用具を書き出している。


「あの、もっと前にお伝えできなくて、すみません。でも、シロップだけじゃなくて、お酒にもできますし、たぶん砂糖にもなるし、この期間にたくさん採取していただきたいです」


 今度こそ、ライアンを含めて、リン以外が完全に動きを止めた。


「……酒?」

「砂糖だと?」


 真っ先にライアンが動き始めた。


「リン、相変わらず心臓に悪い発言ばかりだな」

「失礼ですよ、ライアン。そんなに柔な心臓をしてませんよね?」


 額を押さえたライアンが、とりあえず知っていることを話すように促す。


「まず、酒から」

「お酒は販売されているのを見ただけです。バーチ・ミードっていうのと、バーチワイン、バーチの蒸留酒が売っていました。蒸留酒はすっごく高かった記憶があります」

「蒸留酒か。確かに高く売れそうだな」

「ライアン様、シュージュリーからの難民リストに、すでに引退していましたが、蒸留酒造りが生業だった者がおりました。原料は穀物だったかと思いますが」

「北の酒は有名だったな。最近手に入りにくくなった。トライフル、その者からできれば近日中に話を聞きたい。ミードは蜂蜜の代わりと考えれば、できそうだ」


 すべてを酒にされるのは困る。リンはミードは嫌いじゃないが、蒸留酒は強すぎて飲めない。


「あの、全部酒にしちゃわないでくださいね。シロップも楽しみですし、師匠に料理に使えないか試して欲しいし、砂糖もやってみたいですから」

「そうだ。次、砂糖だ。価格の違いもあるが、シロップと違い、輸送の重さも軽減される。さ、こちらも話してくれ」


 誰もが真剣にリンを見つめている。砂糖の持つ破壊力は大きい。

 

「バーチの砂糖を見たことはないんです。でも、メイプルはシロップを煮詰めて、砂糖ができていました。同じように試したいので、酒ばかりは困ります。……うん、ハンターの人達にこう言えばいいですよ。シロップを造るが、もし採取が増えれば酒も造れるかもしれないって。そしたらお酒の分ぐらい余分にがんばってくれますよ。ビールが欲しくて、ビール造りに行っちゃうんでしょ?」


 オグが大きなため息をついた。


「リン、そんなことを言ったら、街中大変なことになるぞ」

「でも、他の麦とか野菜が原料の砂糖は、私、作り方を知らないんです。これなら私でも作れそうだから、原料は確保したいです」


 ライアンは今度こそ、頭を抱えた。


「あれ?」

「……頭が痛い。リン、その『他の原料』の話は、この後ゆっくり工房で聞こう」


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