Return of Simnel / シムネルの帰領
シムネルが王都より帰領した。
早速報告を受けるため、ライアンはフログナルド、シムネルと共に工房の執務室に入り、少しバツの悪そうな顔をした。机上には片付かなかった書類の束があり、シムネルの視線がその山にチラリと飛び、眉を上げたのが見えた。
「アルドラの相手は疲れただろう。ご苦労だった。オグは一緒に戻ったのか?」
「いえ、島まで供をされて行きましたので、まだもう少し先かと」
「アレは面倒見がいい。アルドラの気に入りだ。……報告を」
「では、まずフィニステラ、それからべウィックハムとの面会結果から」
途中で精霊術師ギルドへの探りという追加が入ったが、もともとシムネルはアルドラに付き添うついでに、王都で南部の薬草生産領地と面会し、大市への来領予定を確認することになっていたのだ。
フィニステラは現領主が先王の側近で、十数年前に王領だったフィニステラを下賜された。その直後に隣国から技術者を招きオリーブの生産を始め、最近では隣国にも負けぬ、大変品質の良い油も採れるようになっている。
べウィックハムは薬草で有名で、この国の薬の生産はこの地の薬草に頼るものも多い。
「フィニステラ領の方へは、アルドラ様も茶の木について知りたいと、同席されました。オリーブの栽培をはじめた同時期に、高額の茶が我が国にも輸入され始め、これにいち早く目をつけた御領主が、茶の木の栽培も行うよう指示したそうです。ですがこちらはうまくいかず、オリーブのみが拡大したようです」
「うまくいかなかった理由は?」
「不明だそうで、アルドラ様が島に戻ってから御領主様に面会する、とのことでした。オリーブ油もフィニステラから他領にでる多くは、最高級の食用油だそうです。食用とそうでない物とでは値段がかなり違うので、需要に合うならそちらの検討もしてはどうか、ということでした。フィニステラでは、オリーブ油が灯りにも利用されるようでした。大市に担当者が参ります」
「興味深い。べウィックハムは?」
「薬草について商談したいためという理由で、大市への来領予定を尋ねましたところ、なんと御領主様の御次男様に取次ぎがされておりました」
「ほう」
ライアンの側近とはいえ、文官同士の予定確認に領主一族がでてくることはない。
「べウィックハム伯爵の御子息はお二人ですが、ともに精霊の加護を持っていて、御次男様の加護は土です。それもあり、薬草栽培の責任者だということでした。まだ成人したばかりでお若いですが、領を盛り立てようという真摯なご様子が見て取れました。ご本人が大市に来領されるかもしれません。御長男様は精霊術師だということで、どこでギルドとつながりがあるかわからず、詳しい事は話しませんでした」
突然船に乗せられた、急な王都への派遣と面談だったにもかかわらず、シムネルは多くの情報を得てきていた。
「次に、精霊術師ギルドからの、リン様の照会の件です。ギルドは『突然現れた、賢者工房に住む者』に対して、いぶかしんではおりましたが、それ以上のことはなかった様子です。アルドラ様が話を聞いて、その、直接回答に来たと、ギルドに乗り込みまして」
状況が簡単に想像できて、ライアンは眉間を押さえた。
「アルドラがでたら、話がこじれたのではないか?」
「今回はそれほどのことはなく、話をしている裏で『聞き耳』を使ってくださるのが目的で」
『聞き耳』は、例えば過去の密談の場にシルフがいた場合、そのシルフに遡って話を再現させることができる。力のある風の術師がいれば密談の前にシルフを払うが、『聞き耳』ができる者も今では多くいないので、警戒されることは滅多にない。領主会談の際に、念を入れてシルフを払っておくぐらいだ。
「後ろ暗いもうけ話は数多くしていたようですが、誘拐といったような大それたことは話していなかったようです。リン様が黒髪であることも、会合まで知らなかった様子で、それを聞いて興味を失ったようではありました」
「なるほどな」
「アルドラ様が『ライアンだっていい歳の男なのだから、妙齢の女性を住まわせるのも、まあ普通だろう?』と発言され、それで納得されたのかと」
「話をこじらせて、いや、曲げているではないか」
「いえ、ライアン様、安全面を考えますと、そのように思われた方が得策かと。私からも森のご報告を」
フログナルドは、あれ以来一か月、昼夜隔てなく、騎士とハンターによる森の巡回を強化していた。
「新たな侵入は防げているように思いますが、すでにご報告したとおり、過去の侵入の焚火跡は、古いものも含め合計で二十近くとなりました」
「ああ、聞いている」
「場所もバラバラですが、一番奥まで入り、焚火跡を多く見つけた騎士の意見です。彼が見つけた痕跡は、すべて水の側で、オークの古木の近くだったと。奥は大木が多くなりますから、続けて見つかったのだと思われます」
その騎士も最初は気づかなかったが、最後はオークと水を探したら痕跡が見つかり、確信したのだという。
「なんだと?」
「それを受けて、初期に見つけた森の手前側の跡を確かめると、確かにそのとおりでした」
「オークとは、ドルーを探しているのだろうか。聖域めあての侵入か?」
「わかりません。ただ、この地の者は冬至に集まる聖域の位置を知っております。入れないだけで、中が見えないわけではありません。聖域に立ち入れないことを知らない者でしょうか」
「聖域に入り、火を焚こうとしているのか。だが、それでも目的がわからぬ」
一歩前進したようで、やはり不可解な話だった。入れたとして、一体聖域に何の用があるというのか。精霊との対話か、破壊行為か。
「そのような状況ですから、リン様が聖域に入れる者と知れるよりは、ライアン様の庇護を受けている女性として認識されている方が、まだ御身が安全かと思われます」
「しかし、フログナルド、それではリンの名誉が」
「邪推に腹立たしいお気持ちは十分わかりますが、実際ここに住み、保護されておられるのは変わりません。どうか安全を最優先に」
そこにリンが、シムネルさんが戻られたと聞いたのでと、お茶を持って入ってきた。
「薬草茶ですけど、新作です。味がいいと、これでお墨付きをいただきました。仕事の集中を高めますので、ぜひ」
リンが試していた、ローズマリーベースのお茶だった。
「決まったのか?」
「ええ、グノーム・コラジェで風味がぐんと良くなりました。カモミールもいいと言われましたので、よかったら持って帰って、寝る前に試してください。ラブミー・ポーションは、ダックワーズさんが来て、今、厨房で試しているところです。やっぱり、さすがなんですよ。二人で飲んだ後の身体の熱さも検討していて、すっごいものができそうです。これは寝所に三日は籠れそうな感じですから、楽しみにしていてください」
「三日は困る。二日にしてくれ」
それじゃ、書類がんばってくださいね、とリンは戻っていった。
ライアンの大きなため息が落ちた。
フログナルドとシムネル、二人のなんとも言えない視線が気になる。
「……ライアン様、私のいない少しの間に、いつからリン様は怪しげな薬にまで、手を出されるようになったんでしょう」
「シムネル、リンは今いろいろと大事な単語を抜かして話していたが、きちんと説明する。そうすればなんの問題もないことがわかる。最初の会議からだから、説明に少し時間がかかるが、聞くか?」
「ええ。……ここまで書類がたまった理由が、わかりそうですから」
「私も知りたいです。ライアン様、失礼ながら、リン様のあのご様子ですと、外聞はあまりお気になさらずとも良いようにも感じますが」
リンのあの感性で名前を付けるのを、即刻やめさせなければ、とライアンは思った。





