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Blending herbal teas / 薬草茶のブレンド

 ブルダルーに付き合ってもらって、リンはこの領特産のベリーをいくつか選び、買いこんできた。もちろん思い切り季節はずれで、ドライフルーツだ。

 これから薬草茶のブレンドを試したいと思っている。次の会議までにある程度決まれば、薬草の栽培、場所、人員に変化がでるかもしれない。


 シムネルがおらず、執務がなかなか終わらない様子のライアンの工房を、借りるかどうかリンは迷った。キッチンはこれからブルダルーが使うが、工房は空いている。ライアン様も休憩していい頃ですので、どうぞ邪魔してください、とシュトレンに言われ、借りることにした。


「ライアン、薬草茶を試したいので工房を使ってもいいですか?」

「ああ、かまわぬ。必要な薬草があったら言ってくれ。……何を抱えている?」

「この間ギルドでもらった薬草サンプルと、今日買ってきたドライベリーです。じゃあ、借りますね」


 リンが考えている薬草茶は、まず三種類。

 女性向け、リラックス・安眠にいいカモミールベースのもの。男性向け、デイタイム・仕事の集中にいいローズマリーベースのもの。男女両方を対象にした、スパイシーでセンシュアルなもの、の三種だ。


 カモミールとローズマリーは、それだけでもいいけれど、この領独自の何かを加えたいと思っている。それでいて、あまり値段も上げたくない。難しい。


 まず、リンの知らない薬草を、それ単体で味わってみることにした。


「クリムゾン・ビーは、花の色がでて真っ赤、と。うわ、香りは柑橘系なのにすっごく甘い。さすが蜜を取る花ってことね。トルネッラは……。苦っ!なんだこれ。うぇぇ、口に残る。オーティーは、うーん……。これは草だね。青臭い。ハニーミントは……」


 薬事ギルドでもらったリストを眺め、ひとつひとつのメモを取りながら試していく。

 最初に決まりそうなのは、カモミールベースだった。カモミールに、ハニーミントを加える。 

 このミントはその花が蜜を取るのに適している、とリストにあったものだ。この領のミントは葉が丸くて、香りも柔らかい。ペパーミントのような爽快さを求める者が多く、市では人気がない。でも葉に甘みがあって、カモミールと合わせても、甘く爽やかなブレンドになりそうだ。


「カモミールは、これで良さそう。1:1の分量でいいよね。ローズマリーには、オーティーを入れたいけど、味がなあ。思いっきり草って感じなんだよねえ」


 もう少し何か加えたいけれど、思いつかない。

 一番おいしそうな、スパイス・センシュアルティーを先に試すことにした。

 


「シナモン、クローヴ、クリムゾン・ビーは確定。これで色は赤いでしょ。これにベリーを足して、乾燥リンゴはなしかなあ。難しいよねえ。官能的なのって、南国の花とかが多いから」


 リンがスパイスを使い始めたころから、執務室までシナモンの香りが届きはじめた。リンがブツブツと呟いている声も聞こえる。そろそろ休憩をしてもいいだろうと、ライアンは気になる隣室に足を向けた。


「いい香りだが、できたのか?」

「ひとつは。女性向けのリラックス&ベッドタイム用のカモミールが。ライアンも試しますか?」

「ああ」

「すべてのお茶に、この領だけで採れるっていう薬草を入れたいんです」

「独自性か?」

「そうですね、カモミールだけでもいいんですよ。でも、この領だけのものを入れて、効果もあって、おいしくて、そんなに高くならなければ、他の領にもたくさん売れないかな、と」

「随分、よくばりだな」


 ライアンはふっと、笑った。


「だが、領としてはありがたい。それに、おいしいな。落ち着くいい香りだ」

「でしょう?お茶はね、効果もですけど、まずは何より、おいしくないと!」


 薬じゃないですからね。じゃないと飲みたくならないでしょう?と、リンは自分のこだわりを伝えた。


「それで、今、官能のスパイス&センシュアルを試しているんですけどね、いろいろ試したら、わからなくなってきて。今度、師匠かダックワーズさんに試してもらおうかな、と」


 なぜ、官能のスパイス&センシュアルで、二人の名前がでるのか。それにその怪しげなネーミングは何なんだ、と若干思いつつ、ライアンは尋ねた。


「なぜ、ブルダルーと、ダックワーズなんだ?」

「薬草に詳しいし、二人とも料理人ですから、味を見極めるのに優れています。私、薬草茶も少し売っていましたけど、自分でブレンドしたことはないんです。茶葉が専門で」

「私も、試してもいいか?」

「もちろんお願いします。これが最後ので、一番いいと思うんですけど。シナモン、クローブ、クリムゾン・ビー、オーティー、ヴァルスミア・ベリーの実と葉、です」


 フルーティーで甘く、スパイシーな香りが脳を刺激しながら、液体が喉をなでるように、とろりと滑り落ちていく。食感までも官能的だ。効果はともかく、十分な仕上がりだった。


「おいしいと思うが、これではダメなのか?」

「混ぜ合わせる分量をどうしたらいいかな、と決めかねているところです」

「これには、ずいぶんな種類を混ぜたんだな」

「ふふふ。効果を保ちつつ、スパイスを減らして、薬草にできないかを考えたんです。オーティーは活力アップにいいってきいて。それに森で邪魔にされるぐらい生えてるから、栽培する必要がないと」

「ああ。よく研究されている薬草で、疲労回復の薬にもなっている。クリムゾン・ビーとヴァルスミア・ベリーは?」

「クリムゾン・ビーは香りも、味も強くていいですね。このお茶のベースとして考えています。あと、色も赤が綺麗にでて、センシュアルっていう感じがします。それに花びらがたくさんあるでしょう?夏至の頃に、女の子がこの花で恋占いをするんですって」


 ライアンは聞いたことがない話だ。


「恋占い?」

「男性はしないですよね。好き、嫌い、好きって、一枚ずつ花びらをちぎっていくんですよ。最後に一枚残ったのが、相手の自分への気持ちっていう占いです。そういう花が、このお茶に入っているのもいいかなって。なんといってもラブ&パッションのポーションですからね」

「ほう」


 先ほどからなぜリンは、このお茶に珍妙な名前ばかりつけるのだろう。


「ヴァルスミア・ベリーは、実のほうは風味と見た目ですね。赤が綺麗で、甘く、とろりとした食感になります。で、葉はスパイシーさがでるので。あと、その、葉には高揚させる効果があると、薬事ギルドで教えてもらったので、風味も薬効もジンジャーの代わりにいいかな、と」

「葉か?根だったら確かに、濃縮して薬になっているが。滋養強壮だな」

「あ、農村の風習だというから、ライアンは知らないのかも。ヴァルスミア・ベリーって、数枚の葉をわざとつけたまま売っているんだそうですよ。夏至の頃って、結婚式も多いのでしょう?新婚カップルが、それこそ、えー、初夜の床で葉を噛みしめるそうです。緊張をほどいて、気分を高揚させるんですって」

「……それは、知らなかった」

「根ほど強い効果じゃないし、お茶ならいいのでは?って、薬事ギルドで教えてもらいました。ヴァルスミア・ベリーやクリムゾン・ビーの、そういう豆知識が聞けておもしろかったです」


 葉だけだと辛みがあるから、ベリーも一緒に食べさせ合い、この領の初夜の香りはヴァルスミア・ベリーだという。


「ローズマリーは、どうするのだ?」

「悩んでいるところです。男性向けで、テーマは、朝の一杯、仕事に集中って感じにしたいんです。オーティーを加えたいけれど、風味が青臭くて」


 ライアンはしばらく考え、工房の引き出しから白い薬草花を一つ取り出した。


「これはどうだろう。この領内、山地の方で採れるグノーム・コラジェだ。大きな葉がついていて、グノームが裏に隠れるといわれている。これを入れると、たぶん騎士あたりが喜ぶ」

「香りも強く、いいですね。騎士に効くんですか?」

「疲労回復や傷などにも効くんだが、香りで気分が引き締まり、勇気がでるといわれている。昔は戦いに向かう前に、騎士が女性から贈られた花だ。無事を祈って待つ、という意味があった」

「ライアンも、そういう豆知識を持っているんですね」

「女性向けのは知らないが。……ああ、葉の裏にグノームは隠れていなかったぞ。オグと探したが」


 ライアンはこれで少し、ブルダルーや薬事ギルドに負けずに、リンの役に立てた気がした。


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