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閑話:Unpredictable works of Simnel / シムネルの思いもよらぬ仕事

 数日前のことだったか、リン様と聖域から戻られたライアン様が、私を呼ばれた。

 リン様の国の術具『スマホ』にある、茶の木の絵を写すように、という指示だった。アルドラ様が、南で茶の木を探すにあたって、写し絵があった方がいいだろうという。


 そうか。茶の木が見つかったのか。

 この領には存在しないとドルー様から伝えられたライアン様は、明らかにがっかりされたご様子だったが、国内で見つかったのだとしたら喜ばしいことだ。

 ライアン様はお茶の時間を楽しみにされている。今まで気晴らしの時間などなかったライアン様のこの変化は、側近一同大変嬉しい。

 私はこっそりと書類の量を調整し、フログナルドはそっと馬車のスピードを上げ、シュトレンはお茶の用意をリン様に渡し、このひと時をできる限り確保している。


 本来なら館の絵師を手配するのだが、『スマホ』は滅多な者には見せられないという。少しだが絵の嗜みがある私に、ということだった。最初はなんという無茶振りだと思ったが、差し出された『スマホ』は、今までに見たことがないもので、怖がる者もいるだろう。雷の術具だというが、内側の光が雷の力を閉じ込めているのだろうか。光だけで、あの凄まじい音は閉じ込めていないようだ。触ってもバリバリとはいわない。


「これで大丈夫だと思うんですけど、この葉と花が一緒にあるのが、わかりやすいと思います。この中の雷の力が消えたら、真っ黒になります。二度と見られなくなりますので、手早く描いていただいた方がいいです。あともう少し。いつ消えてもおかしくありません」


 そういってリン様はじっと『スマホ』を見た。




 それ以来、どうもライアン様のご様子が落ち着かれない。

 このようなことは、リン様が来るまではなかったことだ。


 アルドラ様が講義にいらしたと同時に立ち上がる。


「シムネル、二人の講義の様子を見てくる」

「ライアン様、この薬事ギルドからの報告書に目を通していただきませんと、会議に間に合いません。昨日も同席されましたし、本日はアルドラ様にお任せすればよろしいのでは」

「戻ったら必ず見る」


 リン様の居間には入りにくいと、わざわざ一階の応接室に場所を移させて、講義に同席している。自分もリンの師匠であるし、たまには様子を見なければというが、本当に突然どうしたのだろうか。


「ライアン様、それでは例の茶の木の絵が描きあがりましたので、私もお渡ししたいので、ご一緒してよろしいでしょうか」


 入室してすぐに、ライアン様の落ち着きのない原因が見て取れた。


「それでね、リン、島に新しくきた料理人がね、おいしいスープを作るんだよ。野菜と魚のスープなんだけどね、おかしいんだ、魚が入っていないのに、魚の味がするんだよ」

「わかります、わかります。出汁ですね。おいしいですよね」

「ああ、リンにも食べさせたいねえ。他にもね、磯には両手がハサミになっている、殻をかぶった青いのがいるんだよ。これがね、焼くと赤くなるんだ」

「え、手がハサミ?カニかな?青いカニ?どうしよう。濃厚なミソと、プリプリでジューシーな身。焼きガニ、大好きなんです」

「そうだろう?家中に香ばしい香りが広がるから、すぐわかるんだ」


 危険です、ライアン様。これはつわものです。

 私はアルドラ様が引っ越された後にライアン様の側近についたので、アルドラ様をよく知らない、だが、強敵だ。

 すでに講義ではなく、島の披露、いや、リン様を誘惑にかかっている。リン様の弱点を見事に突いているところが、巧妙だ。

 そうか。これが大賢者か。

 ライアン様は眉間にしわを寄せて、その様子を眺めている。

 ダメですよ、ライアン様、反撃しませんと!奪われますよ!


「リン様、確か甘いデザートが好きだと、おっしゃっていましたよね?このヴァルスミアの森はベリーの宝庫なんですよ。ここでしか取れないのも数種類あるんです。肉料理のソースにも、ブルダルーが使っているでしょう?森で摘んでそのまま食べるのはもちろん、フレッシュベリーでパイにすると、並んだベリーの丸い粒が貴石の様で美しいですし、甘酸っぱくて、最高ですよ」

「六、七月が旬ですよね。楽しみです」

「おや、ライアン、今日は側近まで連れて、私の講義の邪魔かい?」


 アルドラ様が顎をくいっと上げて、私を見た。


「アルドラ、すでに講義ではなかったように思いますが。シムネルがリンの『スマホ』から、茶の木の絵を写しましたので、それを届けに」


 私はアルドラ様に絵を差し出した。それから、リン様にも。


「え……。シムネルさん、これも描いてくださったんですか?」

「はい。私の拙い筆で申し訳ありませんが、ライアン様から、こちらがご家族の絵だとうかがいましたので。雷の力がなくなる前に、せめて」


 リン様は静かにそれをご覧になり、一言ポツリと御礼を言われた。それで十分だった。


「シムネルっていうのかい?気が利くねえ、弟子達と大違いだよ。ライアンにお前さんが付いているのは、心強いだろうよ」





 今日は館で会議のはずで、朝、リン様を迎えに工房へ向かったのだが。


「おや、シムネルも一緒かい?ちょうどいいね。風が足りなかったところだよ。オグと一緒についておいで。ライアンは、はずせない会議だというんでねえ」


 ライアン様はそっと視線を外し、オグは私の肩をポンッと叩いた。


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