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A scent of allure / 魅惑の香り

 館でまだ用があるというアマンド達を残し、リンは馬車に乗り込んだ。

 ライアンの前に座り、ふぅ、とため息がこぼれてしまう。


「リン、会議に謁見と続いたが、疲れたか?」

「大丈夫です。緊張はしましたけど、参加して良かったです。私は一人で店をやっていましたから、こういう会議は初めてでした。話し合いで、いくつか私自身の課題もできましたし」

「薬草茶か」

「そうですね。お茶が日常にないのはわかっていましたけど、そこを広げたいです。風邪の予防にタイム、が案外広まったので、同じように薬効を考えて、うまく伝えればいいのかなと。石鹸に合わせたシリーズから考えます。同じ薬草を使って」


 仕事はじめに、集中力アップのローズマリーとか、ベッドタイムにリラックスして安眠のカモミールとか、考えられるはずだ。美肌にいいとか、美容系も女性に人気がでそうだ。身体の内側と外側からダブルケアという感じで、いけるだろうか。


「なるほどな」

「薬草茶を広めるためにも、できるだけ領内で採れそうな薬草を使ってと思うんですけど、アップル&スパイスは、どうしても無理ですよね」

「薬草は、ギルドが作ったリストが良くまとまっていたな。スパイスはどうやっても輸入が頼りだ。スパイスの輸出に力を入れた国で、大市には必ず商人と国の高官が揃ってやってくる。今年、もう少し交渉できればよいのだが」

「スパイスを使うとしても少量にするか、他のもので代用して、風味良くセンシュアルに仕上げるっていうのが課題です。高価でも需要があるのなら、試したいですから」


 ライアンはマドレーヌから聞いてはいるが、アップル&スパイスの石鹸が、街の試用では、公衆浴場で男女ともに大人気だったらしい。新婚カップル用にどうか、と言っていたリンには、少し伝え辛い。


「スパイスの、あー、例の、男性への効果がだいぶあったようだ」

「え!石鹸で?香りだけで、そこまで?」

「試した者の中に、まるで十代の頃に戻ったようだ、と喜び、二日間寝所に籠り、でてこなかった者がいる、と」

 

 こちらも言いにくい話だった。

 そう、セバスチャンから聞いてきたばかりだ。気に入って頻繁にそればかりを使っているので、すぐになくなると思われるので、至急在庫を追加したいと。


「えーと、それは新婚カップルの方、ではないですよね?」

「上は三十に近い子供がすでにいるな」

「それは、なんと言っていいか……。おめでとう?」


 リンは、黙ってじっくりと何かを考えこんでいる。


「リン、何を考えている」

「えー、使用上の注意に、仕事休みの前日にお使いください、といれるべきかどうかに悩んでいます」

「それは一例で、極端な例であるとは思うが」


 極端な例だが、影響力のある者だから周囲に知れ渡り、その効果は本当か、と皆が騒ぐのだ。


「そうですよね。ライアンはあの香り、試してみました?」

「いや、まだだ。試すには風呂を広くしないと」

「ん?石鹸を試すには、今のお風呂でも使えますよね?」

「そ、そうだな……。リンは、試したのか?」

「アップル&スパイスですか?私、もともと、あの香りが好きなんですよ。あれに蜂蜜を加えた、もう少し甘めの香りの、アップル&シナモン&ハニーっていう、ボディクリームとキャンドルを冬には使っていたぐらいで」

「クリームに、キャンドルもあるのか」

「ええ。だから石鹸もすぐ試したんですけどね。ダメでした」

「……ダメとは、何がダメだったのだ」


 誰かと使って効果がなかったのだろうか。いや、誰とだ。そんな報告はどこからも上がって来ていないが。


「シロがくしゃみをして、近寄ってくれないんです。イームズの鼻にはキツイらしくて」


 だから残念ですけど、もう使えません、というリンに、ライアンは残念に思うべきか、安心すべきか迷った。


「そうか。シロが……。リンが使えないのなら、館で少し在庫を置きたいそうなのだが、もらってもいいだろうか」

「ええ、もちろんいいですよ。本当に気に入ってくださったんですねえ」


 今日もその礼を言いたくて、うずうずしていたらしいのを、なんとかごまかし、切り上げて帰ってきたのだ。


「ああ。喜ばれるものができて、良かったな」

「マドレーヌさんが、クリームも同じシリーズで考えているって、言っていたじゃないですか。その、二日間寝所に籠られた方は、大丈夫でしょうか」

「大丈夫、とは?」

「ボディクリームとか、リップクリームって、蜜蝋が入って、たぶんもっと甘く、スパイシーでおいしそうな香りになるんですよ。で、石鹸と違って洗い流さないので、嗅覚にガツンと訴えるんですよね。温まった肌から、よりふんわり香りが立つんですけど。……想像してみてください、好きな人の肌から、誘惑の甘い香りが漂ってくるのを」

「まずいな」

「クリームを使って、肌も唇もツルツル、プルプルってなるんですよ。視覚にも、触覚にも影響ありますよね。石鹸で二日だったら、クリームはもっと効果があって大変かな、と」

「まずいな。三日はまずい」


 セバスチャンに怒られる未来しか見えない。


「むこうで女性向けの本で読んだんです。研究で、ラベンダーとシナモン・アップルパイって、男性に対して、香りの魅惑効果が高いんですって。だから、そういう香り以外のクリームを使えばいいかもしれません」

「ラベンダーは君がダックワーズに確認していたものだな?そんな危ない効果のものを頼んだのか」

「危なくないですよ!リラックス効果も、スキンケア効果もあって、素晴らしい花なんです。肉料理とかにはあまり使わないから、ダックワーズさんの薬草の中にはなかったんです。でも、あれは女性もうっとりする香りで、たぶん一番人気になるはずですから」


 あれならフローラルで、シロも大丈夫かもしれない、とリンはラベンダーを楽しみにしているらしい。目の前に座り、あれこれ考えているリンを眺め、ライアンは、そんな魅了の香りを纏ったリンの、自分への効果は大丈夫なのだろうかと悩ましく思った。

 とりあえず父からはできる限り隠すべきだろうが、報告のあがる領主に、いったいどこまで秘密にできるものか。

 香りだけで、ここまで人を悩ませる力があるとは、ライアンは改めて薬草の効果を思い知った。

私が読んだものには、男性に効果のある香りはラベンダーとパンプキンパイのミックスとありました。ほとんど同じぐらい効果があるのが、シナモン・ロールで、次がバニラ。話に合わせ、パンプキンパイじゃなく、アップル・シナモンパイになりました。(試したことはありません)

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