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An audience / 謁見

 会議が終わり、リンはライアンと別れ、アマンドに別室に連れていかれた。

 これから、はじめて領主に謁見することになる。


「さ、リン様。こちらで謁見用のドレスにお着替えくださいませ」


 周囲を数名の女性に囲まれて、服を脱がされる。


「まあ、これは新芽のような緑が春らしいこと。刺繍も細かくて、さすがレーチェですわね、腕がいいわ」


 地の色は淡い緑で、立ち襟から裾までと袖口に、複数の色で花が刺繍されたドレスだ。冬至の祝祭用に着た衣装より、さらに袖が長く、裾を後ろへ引いた形だ。

 ドレスにやわらかな色合いの花が咲き、見ている分にはとてもかわいいが、リンはこんな色は着たことがないし、着こなす自信も全くない。

 これと比べたら、派手だと思った祝祭のドレスの方が、全然地味だ。色合いも、形も、なにもかも。


「あの、これを私が着るんですか?……今日はネイビーブルーじゃないんですね」

「ええ。こちらは春夏用に、と仕立てたのですよ。精霊の色で花を入れている途中でリン様の花が決まって、慌てて白のフォレスト・アネモネを足したそうでございます」


 レーチェはリン様に似合う色を良く知っておりますね、お美しいですわ、と、アマンドは嬉しそうだ。


「本日のために、特別『レーチェ』から借りてまいりましたが、これはまだ仕上がっておりませんので、この後店に戻す予定になっております」

「これでまだ仕上がってないんですか?」

「ええ、もう少し花を足すようでございます。途中なのですが、謁見用のドレスはまだこれしかできておりませず、申し訳ございません」

「いえ、これで十分です」


 着替えを終え、待合場所となっている部屋に入ると、ライアンが額を押さえ、疲れたような顔で座っていた。


「ライアン、どうしました?」


 リンを見ると立ち上がり、首を横に振る。


「いや、なんでもない。セバスチャンとシュトレンから、館の様子を聞いて、少々疲れただけだ。……それは、新しいドレスか?色はリンの肌を引き立てるようだが、少し花が足りず、寂しい気がするが」

「ライアン様、申し訳ございません。こちらは未完成で、この後刺し足す予定になっております。レーチェも、白のフォレスト・アネモネが花となったのであれば、次回より、もう少し濃い色のドレスを、と申しております」

「そうか。わかった」


 三か月前、ライアンは「似合っている」の一言がいえなかったのに、ドレスに意見が言えるなんて驚きだ。

 そうか。これも精進、精進か、とリンが思っていると、ライアンが左腕を曲げて差し出した。

 エスコートだ。

 シュゼットに習った通り、と歩き方に気を付けて、リンは執事に案内されるまま、ライアンに引かれ、長い廊下をついて行く。

 頭の中は、謁見時のあいさつの文言で一杯だ。


「セバスチャン、面会は謁見の間ではなく、家族棟になったのか?」

「はい、公爵様が、リン様がごゆっくり、気兼ねをなさらないように、と」

「もとより長居をする予定はない。……それならば、わざわざ着替える必要もなかったと思うが」

「それは女性陣が、せっかくですからドレスを、と張り切りまして、私には止められません」

「執務は兄上が執っておられるのだろうか?」

「はい。本日、公爵様は朝からそわそわと落ち着かれませず」


 兄と義姉にはブラシを贈れるように持ってきているが、ここ最近、なにかと負担のかかっているらしい兄には、好みの強い酒も添えておこう、とライアンは思った。



 領主との面会が行われる家族室に入ると、すでに領主、領主夫人、シュゼットが揃って待っていた。数歩近づいて、その場で立ち止まる。

 リンの顔は緊張でこわばっていたが、シュゼットを見て、講義を思い出しながら、ゆっくりと膝を折った。

 さあ、挨拶を、と息を飲んだところで声がかかる。


「リン、よく来た。この日を待ちかねておったぞ。ここは家族室で、そのようにかしこまらずとも良い。さあ、ライアン、早くリンをこちらへ」


 昨夜、一生懸命考えて練習した挨拶と御礼が、リンの口からでることはなかった。

 シュゼットに招かれ、同じ長椅子に腰を下ろす。


「あ、あの、せめて御礼を。リンと申します。いつもお世話になり、本当にありがとうございます」

「なに、世話になっているのはこちらであろう。領の産業への関与、難民への手助け、感謝しておる。大変よい品を作ってくれ、感激したぞ」

「父上、本日もリンは、発案したブラシを献上に持ってきております」


 セバスチャンが皆の前に、ブラシが載ったトレイを置く。


「父上と兄上のものには、それぞれの木の意匠を、母上とシュゼットには、その花を入れております」

「本当だわ。ありがとう、リン。スミレがかわいらしいこと。これでリンのように艶のある髪になるかしら。ライアン兄様もブラシを使い始めたのでしょう?羨ましく思っていたの」

「美しくできておりますこと。薔薇も、これは『カリソン』をわざわざ入れてくださったのね?ありがとう」


  領主夫人はすみれ色の瞳でリンを見ると、見惚れるような笑顔でゆったりと礼を言った。シュゼットはその瞳の色以外、美しいプラチナブロンドといい、華やかな笑顔といい、とても母親に似ていた。ライアンもどちらかというと、顔立ちは母親似だろうか。瞳は父親に似ているような気がする。領主は濃い色合いの金髪に、緑にも見える青の瞳が、力強く輝いている美丈夫だ。

 どちらにしても、リンがほうと息をつくような美しい一家である。


「ああ、カリソン。これは確かに貴女の名前を冠した薔薇だね。麗しい姿に、馥郁たる香りは、まさに貴女そのもので、貴女に出会った時を思い出すよ。リン、薔薇園から私の前に現れたカリソンは、正しく薔薇の精そのものだったのだよ。ついに私にも精霊が見えるようになったのかと感激して」


 片手は隣に座る妻の手をとり、頭を振り、思いだしながら話す領主に、リンはあっけにとられた。


「お父様、その話はまた後日ゆっくりした方がいいと思うわ。お母様の素晴らしさは、簡単には言い尽くせないでしょうから」

「確かにそのとおりだ、シュゼット。そうだ、薔薇といえば、リン、今日は会議であったろう?今日は、石鹸は持ってきていないのか?定番はどれになった?」

「父上、定番についてはまた後程ご報告を。そういえば、薔薇の花びらの入った石鹸は、生産が決まったようですが、あれは母上限定の製品とされますか?」

「『カリソン』の薔薇を使ったものは、他への販売は禁止する。カリソンは私だけの花であり、他の者が触れるのは許さぬ。だが、薔薇の種類は数多くあろう。どの者にも特別な花があり、他の薔薇を愛でたい者もおるであろう。生産を許可する。ああ、素晴らしい石鹸であった、特に」


 微妙な言い回しに、リンが、ん?と首をかしげる。


「父上、今日はもう一つ、リンより献上品がございます」

「ん?石鹸か?」


 セバスチャンが、もうひとつのトレイを置く。

 神々しい水の石だ。

 初めてみる者は、澄んで輝く、ありえない大きさの貴石を、茫然と見つめている。


「ライアン、これはいったい……」

「リンが聖域で作りました水の石です。誰もが水を使えるようには設定してありませんが、貴石として、領の宝としては十分かと」

「十分どころか、このようなものができるとは……」


 領主があごをさすりながら、考え込む。


「他言無用に願います」

「わかった」


 ライアンが立ち上がり、リンに手を差し出した。


「なんだ。もう行くのか?」

「もともと謁見のみの予定でおりましたから」

「リン、また今度ゆっくりと話したいものだ。カリソンもシュゼットも待っておる。気兼ねせず、参るがよい」


 お辞儀をして、アマンドと着替えに退出する際、後ろでライアンを呼び止める、領主の声が聞こえた。


「ライアン、精霊術ギルドより、問い合わせの文がまいっておる」

「この領の?」

「いや、王都からだ。冬至の祝祭辺りに見かけたようだ。耳の長い者がいるようだな」

「……シムネルがちょうど向かっております。探らせましょう」

「十分注意せよ」


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