The first meeting / 最初の会議
突然現れたアルドラは、帰る時も突然だった。
さ、船の城門まで送っておくれ、と城門の開門時刻に、家の戸口に現れた。これからウェイ川を船で下って、海路でアルドラの島まで戻るという。連絡するよ、いつでもおいで、とオグと、ライアンの代わりにシムネルを引き連れて乗船していった。
「シムネルさんを代わりにやって、良かったんでしょうか」
「仕方ないな。私達はこれから館だろう?」
「……本当はシムネルさんも一緒に館、のはずでしたよね。島までいくんでしょうか」
「さて。シムネルは私やオグと違って気が利くと、アルドラに気に入られたのだから、良いであろう。災難を避けたければ、シロを見習うといいのだ」
「シロ?そういえば、ずっと夜遅くしか姿を見ていません、ね」
「本能だな。アレは賢い。連れて行かれては、たまらんだろうからな」
前回見舞いで入った館の棟とは違い、執務室が集まる表棟は、人も多く、騒めきが聞こえてくる。
リンとライアンが会議のある一室に入ると、そこにはすでに十名ほどが集まっていた。
「あ、エクレールさん。え、師匠も、ダックワーズさんもいますね」
「エクレールはオグの代理だろう」
ライアンがテーブルの上座に座ると、皆が着席した。
リンの席はライアンの隣だ。
館の文官らしき人間が立ち上がった。
「それでは本日は、春からの薬草の栽培、また商品の開発についての話し合いを始めたいと思います。参加者は、ライアン様、発案者のリン様、商業、薬事、ハンターズギルドそれぞれの代表として、トゥイル、マドレーヌ、エクレール。現在、西の城門外で難民のまとめを行っておりますトライフル。トライフルはエストーラ公国の文官でございました。それから、薬草の入手について詳しい『金熊亭』のダックワーズ、付き添いとして、ウィスタントン公爵家料理長ブルダルー。館の文官は五名が担当しております。……あの、シムネルは本日は欠席、で進めてよろしいでしょうか」
ライアンがうなずき、先を促した。
「リン様よりご提案いただいた、本領での新たなる生産品として、薬草茶、ブラシ、薬草を使った石鹸にクリーム、それから蜜蝋の生産、養蜂といいましたか、がございます。まず、ブラシから」
「商業ギルドのトゥイルより、ご報告申し上げます」
トゥイルは商業ギルドで、特に春と秋の大市を担当していて、まだ若いが、その分このような新規の案件にもうまく対応する、と抜擢されたのだそうだ。
「ブラシに関しましては、春の大市から販売できるよう、木工職人とハンターが協力してあたっております。材料も問題ございません。また、特別なご意匠を入れた一点物の製品は、受注生産となります。ブラシの一つ、洋服のホコリを払うブラシですが、木工職人よりコニファーの木を使用すると、防虫にも良いのではと意見がでております。『レーチェ』にて試したところ、好評で、店での販売をしたいと、すでに注文が入っております」
「薬事ギルドのマドレーヌでございます。ブラシに関しましては、薬事ギルド内でも販売をしたく思います。美容に関心のある女性にも、それから後ほどご報告しますが、男性のヘアトニック用にもいいかと存じます」
「いいだろう。洋服ブラシについては、館と工房にも納品を頼みたい。すべてのブラシの柄には、この地でしか咲かない、五枚の花弁のフォレスト・アネモネの意匠が入っているはずだ。リンの花でもあるが、この地で再出発をするボスク工房に与えた印章で、模造を防ぐ。リン、どうだ?」
リンが、さすがレーチェさん、素早いなあと思っていると、ライアンから突然意見を求められた。
どうだ、もなにも、すべて整っていると思う。
「いいと思います。あの、ヘアトニックを合わせて使うなら、フォレスト・ボアの毛じゃなくて、ウッド・ピンのブラシもいいと思うので、またクグロフさんにお伝えしておきます」
「まだ、ブラシの案があるとはな……」
「アレンジですよ。新しいものじゃないです」
「まあ、良い。じゃあ、次だ」
リンが商品会議に参加するのは初めてだ。半分以上は初めて顔を見る者だが、発案者が来たということで、一斉にメモを取っている。
「次はそれでは、薬事ギルドから、石鹸について」
「はい。薬事ギルドでは、リン様からいただいたサンプルの検証をすすめ、同じように石鹸を作成し、ギルド内、館、騎士宿舎、街の各所に配り、感想を求めました。大変好評で、いくつかはぜひ定番化を、との要望がでております。初年度は薬草の生産を考えても、要望の多い石鹸に絞って生産するのがいいと思います。皆さまの前に、その薬草のサンプルと、要望のある石鹸のリストを配りましたので、ご覧ください」
リストには領内で生産可能な薬草、国内から調達のもの、国外のスパイスとわけて書いてある。また、定番化の要望がある石鹸がリストアップされていた。薬草サンプルには、リンが知らないものも並んでいる。
「えーと、まず石鹸の使い心地で、しっとりと、さっぱりで分ける。薬草で定番が三種類、カモミール、タイム&ローズマリー&ミントのミックス、アップル&スパイス、ですか」
「はい。あと、ご領主様夫人、カリソン様の花である薔薇は、花びらを入れた特注品として、生産が決定しております」
「アップル&スパイスも、通年、定番にするんですか?冬限定ではなく?」
「はい。実はこちらが男女両方からの一番人気で、館からも、街からもぜひ定番にという、強い要望がございまして」
「そうですか」
スパイスは高いけど、いいのだろうか。
「領内で生産が難しいのは、このリストだと、ローズマリーとスパイスだな。どのように考えている?」
「ローズマリーはヘアトニックにも使用予定でございまして、領内で生産が可能か試し、または国内で調達を考えております。スパイスは国外しかございません」
「その件で、私、ブルダルーよりご報告を。ここにいるダックワーズの故郷は、薬草を料理へ使用をするほど、生産が盛んです。ダックワーズの兄弟も、薬草の生産、販売をしており、毎年大市には来領しております。この領で現在生産されていない、オリーブ、ローズマリー、ソージ、マロウなどの生産について、意見を求め、会合を、と思っております」
「あの、ダックワーズさん、国にはラベンダーなんかもありますか?」
ダックワーズが頷いた。
「……あると、思います」
「それもあったら、欲しいですね。女性向けの石鹸、クリームの定番に確実になります」
マドレーヌがせっせとメモを取っている。
「スパイスは価格が高くなるだろう?それでも定番か?」
「それでも、という大きな需要がございます」
次はクリームとヘアトニックについてだった。
「クリームは女性に人気の高い、カモミール、アップル&スパイスで考えております。ヘアトニックはローズマリーにミント、それからこの領でよく採れるオーティーを加えますと育毛効果が高く、特に騎士様からの要望が高いので、石鹸と合わせて男性向けシリーズに、と」
ライアンは毎回リンに意見を言うように促す。
「定番はこれでいいと思います。それ以外に特注とか、季節限定の何かを小量で試して、好評なら定番化すればいいかと」
「さて、薬草茶はどうだ」
「こちらもタイム、カモミール、ミントなどが蜂蜜を入れれば好評でしたが、もとよりお茶を飲むという習慣がないので、石鹸などと比べますと、誰もが楽しめるという感じでもないようでした」
「……やはり、そうですか」
お茶は難しいのでは、と思っていたとおりの結果だ。一番広まって欲しいのは、お茶なんだけど、とリンがため息をついていると、ライアンが横から、ポンと背中を叩く。
「急がずに、少量から試せばいい」
「そうですね……」
「じゃあ、最後に、蜜蝋と蜂蜜だが、どうだ」
「はい、ハンターズギルドで、過去に蜜蝋、蜂蜜を採取した者に声をかけました。近くリン様との会合を予定しております。また、目の前にある薬草のサンプルの中で、タイム、クリムゾン・ビー、ミントの花には、よく蜜蜂が集まるとのことでしたので、薬草の生産と合わせても面白いと思います」
リンは初めて見るクリムゾン・ビーという、真っ赤な花の香りをかいでみる。甘くて、すっきり柑橘系だ。知らない薬草も複数ある。あとで、ライアンにそれぞれ薬効を尋ねようと思いながら見て、ふと、思いついた。
「石鹸では、センシュアルで、官能的なのが人気ですよね。薬草茶でそういうテーマのがあったら、お茶でも人気がでるでしょうか?」
室内の空気がざわりと動いた。
「……恐らく、一番人気になるかと存じます」
「わかりました。少し考えます」
「栽培については、領内で場所を選定中だ。適した場所があり、希望があれば各村にも割り振るが、すでに農地として使われていることも多い。現在城壁外にいる難民に協力してもらい、任せていくことになると思われる。トライフルと、後程調整して欲しい。以上だ」
こうしてリンの最初の会議が終わった。





