Tea party in the Sanctuary / 聖域でのお茶会
せっかくここまで来たのだから、ドルーに挨拶に行こうかね、次はいつになるかわからないから、とアルドラが言い出し、ライアンとリンが付き添って聖域に向かった。
「リン、それはガレットに作ってもらった籠だろう?そんな持ち手のものがあったか?」
「あと一つ小さいのが作れるぐらいのオークが残っているというので、蓋をつけてピクニックバスケットにしてもらったんです。春になったら森でお茶が飲めるかな、と思って。まさか、こんなに早く使うとは思いませんでしたが」
「まさか、その中身は茶か?」
「お茶もブラシも入っていますよ。ドルーにもいただいたオークがどうなったかを見せたいですし」
「リンは聖域でもお茶をするのかい?」
さすがにアルドラも驚いたようだ。
「茶を持ち込むのは初めてですが、聖域を休憩所にはしておりますね。ドルーも喜んでおられるようですし」
「なんだねえ。そんなことを聞くと、ドルーの顔を見るのが楽しみだよ」
「おや、アルドラ。しばらく見なんだが、健勝か?」
「ええ、ドルー、おかげさまで。南は暖かいですからね、身体が楽ですよ。聖域も変わりないようですね、あそこでなぜかオークの中にいる娘以外は」
リンは、お邪魔します、と、さっさとドルーの木の洞に入って、お茶の支度をしている。
「お茶が入りましたから、どうぞ中へいらしてください。詰めれば全員入れると思います」
リンから声がかかると、ドルーはとたんに顔をほころばせた。
「おお、そうかの。ここで茶を飲むのは初めてじゃのう。馳走になるとしようか」
「なんですねえ。サラマンダーだけでなく、そんなにデレデレとしたドルーを拝見するのは、初めてですよ。イキイキとして、水の巡りが前より良くなったんじゃありませんか?」
「ほ、ほ、リンが来て以来、楽しいのう。だいたい、誰が我とここで、一緒に茶をしようと思うかの?」
「さあ、ドルー、アルドラ、参りましょう。リンが待っておりますから」
リンは三人を張り出した木の根に座らせ、自分は毛布を下に敷いて、正座した。
「リン、詰めればこちらに座れるが」
「大丈夫です。日本人ですから」
日本人だとなぜ大丈夫なのか、は、リン本人にしかわからないだろう。
リンが今日選んだお茶は プーアル生茶 易武 一九七八年生産の散茶だ。
「ライアンはもうこのお茶と同じものを試したのですけれど、ちょっと変わった風味のお茶ですよ」
四十年前のお茶は、円やかで優しく、身体にすっと染み渡る。熟成でほとんど溶けたタンニンは、口の中でわずかに震えるように残るだけだ。
「これは森の木の香りじゃのう。我にも身近な香りじゃが、この辺にはない木のようじゃな」
「カンファーという木の様な香り、といわれているんです。多分南方の木だと思います」
「祝祭の晩餐で飲んだものに似ているが、これはまた素晴らしいな。透き通った味わいだ」
「ええ。同じプーアル茶です。これは四十年前のお茶ですよ。もともとの茶葉も素晴らしいものだったはずですけど、丁寧にお茶に作られて、今までずっといい環境で保管されて、やっとここまで熟成したんです。この前の旅で見つけて大喜びしたんですよ」
ここまでクリアーで、高貴な香りをだせるお茶は、プーアル茶でも滅多にありません、とリンは目を細めて飲んでいる。
「こんなに柔らかいのに、力のあるお茶だねえ。大地の力が漲るようなお茶だよ。いいものを飲ませてもらった。熟成したお茶なんてねえ」
「時という職人の力がいるんですよ。人間の力だけでは、ダメなんです」
ドルーやアルドラを思い描いてお茶を選んだら、年月を経て、時に磨かれたこの茶を選んでいた。
「リン、もしカップがあと一つあれば、もう一杯をそこに置いてほしい。ドルーが飲んでいるせいか、先ほどから精霊に覗き込まれて、茶を狙われている」
光がライアンの周りをふよふよとしているのは、そのせいか。
狙われるのはドルーでもアルドラでもなく、やはりライアンのカップなんだね、と思いながら、精進だよ、がんばれ、と手助けに一杯を床に差し出す。
「お茶で思い出したが、アルドラ、確かフィニステラに移るといっておったのう」
「ええ。フィニステラ領の離れ島を、一つ褒美にもらいまして、のんびり過ごしておりますよ」
「それなら、リンが探す、茶の木が近くにないかね?ここにはないのじゃよ。前に探した時は、フィニステラだとシルフが伝えてきたが」
リンはピクリとして、顔をあげた。
「あ、あるんですか?! お茶が? 手に入るんでしょうか」
この領では存在しないと言われた茶の木が、アルドラのところに、南にはあるのだろうか。
「さて。お茶は好きだが、茶の木を見たことがなくてね。シルフがあるというなら、あるのだろうが、私の島にあるかねえ。フィニステラで茶を作っているとは、聞いたことはないがね」
「あの、もし野生のままの木だったら、白い花が咲くのです。ここにはないですが、家に写真が、いえ、あの、絵があるのでお見せします」
もしお茶を作っていなくても、茶の木があるなら、生育も可能な環境ということだ。この国では無理だと思っていたが、それがわかっただけでもリンにとっては大ニュースだ。
若干興奮気味で、再度お茶をついでいると、アルドラがリンをじっと見て、静かに言った。
「リン、私が呼ばれてここに来たのはね、たった一つをリンに教えるかどうか、見極めるためなんだよ。毎日の授業は、大した事を話していないだろう?ライアンにだって十分教えられる」
確かにその通りだった。過去にオンディーヌに恋した賢者の話とか、茶のみ話として聞くだけで、本当にお茶会のようだった。
「ライアンの様子を見ても、ドルーや精霊との交流を見ても、それをリンに教えても問題ないと思うんだよ」
アルドラは両脇に座るドルーとライアンを見て、二人がうなずくのを確認した。
「ここは聖域で、立ち入れる者が限られている。人が精霊と交流し、声を届けやすい場だ。神聖な場だろう?でもね、聖域でしか作れない石は、実は加護石と浄化石だけなんだよ」
「二つだけ、ですか?」
「ああ。浄化石は、もとは偶然できたものでね。火も水も、風や土だって自浄の力があって、月の光の浄化力を取り込む必要はないんだ。ただ、できた石が素晴らしくてね、同じものができるように、祝詞を考えた過去の賢者がいたんだ。精霊にしたら、月の光で遊んでいるぐらいのものだよ。最も大事なのは加護石だ。精霊が人間に加護の力を与えるために、精霊の人間への好意でつくられたものだよ」
精霊の好意、とリンは自分の加護石を見つめた。
「ライアンが、これは基本で、至高の石だと」
「その通りだね。リンはちょっと違うけどね、普通はこの聖域以外で、精霊に声を届けるには、加護の石が必要なんだ。加護の力が強い術者なら、無くてもできるが、疲れがひどくて、まあしないね。この国は建国からして精霊の加護をいただいているから、加護の石が作られず、精霊に声が届かなくなったら、恐慌をきたす。わかるかい?」
「わかります。だから聖域に入れる精霊術師は特別で、必要なんですね」
「そのとおりだよ。じゃあ、ここからが本題だ」
アルドラは一度目をつぶり、それからゆっくりと言った。
「すべての物は対でつくられる。精霊が我々に加護石を与え、この国の建国に力を貸したなら、それを奪い去る物も、当然与えられた。今から教えるのはね、加護を願う祝詞とは正反対の、この聖域に入れる者だけに口伝で伝わる、滅びの呪文だよ」
滅びの呪文? それって……。
「あの、あの、滅びの呪文って、もしかして、バ、から始まる三音ですか?!」
少し勢いづいて言うリンに、リン以外の三名が、そろってあっけにとられ、目を瞬いた。
「滅びの呪文が三音だって?そんな危ないモノなわけ、ないじゃないか。寝言で言ったら、目も覚めずに、そのまま終いになるだろう?」
「……そうですか」
なんだ。違うのか、と、少しがっかりするリンだった。
「滅びるときは、何が起こるんでしょう」
「知らないねえ。まだ、一度も使われたことがないからね」
滅びの呪文の伝授という重々しく、過去の賢者たちすべてが、身の引き締まる思いをした場が、リンのおかしな一言で明るくなった。
「さ、この呪文はね、加護石四つをすべて使うんだ。だから聖域に入れる者だけが知り、使えるんだよ。最初から最後まで、間違わずに言わないとダメなんだ。今から後ろの半分を教える。明日は前の半分。つなげなければ口からだしても、何も起こらないからね」
一度も使われないままで、次代に知識として残すために口伝されていく呪文。それは、覚えられる人は少ないんじゃないか、というぐらい長かった。
登場人物年齢の高い作品ですが、今後ともよろしくお願いします。
ドルーを入れた平均年齢は考えたくもありません。
アルドラはこういいますが、個人的には三音の滅びの呪文には、何の文句もありません。
40秒で支度をするぐらい好きな作品です。





