The tower of Ardora / アルドラの塔
ライアンがクグロフの工房を訪ねるというので、お茶を終えたリンとアルドラも同行することになった。
最初は緊張してアルドラを迎えていたリンだったが、最近の授業はどちらかというとお茶会の様相を呈してきている。
アルドラは紅茶だけでなく、烏龍茶も気に入り、お茶好き同士でつい話が盛り上がる。でも話は恋バナでもゴシップでもなく、この国の建国王のことや、精霊の姿に、加護石の扱い方、といったところだ。まあ若干、興味深い、過去の王や賢者達のゴシップもあるといえなくもないが。
「おう、ばあさん、まだ生きてたか」
「女性に対する態度のなってなさは、相変わらずだね、オグ。おかしいね、そろそろ美しい精霊から学んでもいい頃だろうに」
「っくく」
思わず吹き出してしまった。ついさっき、オグの精霊の話をきいたばかりだ。
ライアンもアルドラも、姿形は違っても、精霊は人型で見えているらしい。アルドラに見える精霊にはシッポや、羽が付いていたりするらしいけれど。オグには最初、精霊はぼんやりとした人型に見えていたけれど、思春期の頃から、綺麗でセクシーな女性にしか見えなくなって、うろたえまくりだったとか。いったい何があってそうなったのか、ぜひ聞いてみたい。
だからリンの光のオーブも、そのうち見え方が変わるかもしれないよ、と言われ、楽しみにしている。
「大丈夫ですよ。ハンターズギルドには、エクレールさんっていう、美しくて有能な女性がいますから、厳しく指導されているみたいですよ」
「リン、余計なことを言うんじゃねえ」
「おや、それはぜひ挨拶に行かないとならないねえ。かわいい不肖の弟子が迷惑をかけているんだ」
「くそっ。エクレールとばあさんのコンビなんて、最悪じゃねえか。勝てる要素がどこにもねえよ」
そんな口をききながらも、オグはアルドラの腕を取り、ライアンは後ろから腰をそっと支え、ゆっくりと歩いて行く。
工房になっているアルドラの塔はすぐそこだが、雪が積もっているので滑るのだ。
塔では一階の手前に、クグロフとその師匠、ガレットが工房を構え、裏側の小川に近い方を金細工工房にしたようだ。二階にはタペストリー職人が入っている。金細工の方には炉を整えている最中らしく、職人が入って作業をしていた。
木工工房には、クグロフとガレット、それからヴァルスミアの木工職人も数名集まっており、一斉に頭を下げた。
細かい細工ができなくなったとはいえ、王侯貴族の顧客を数多く持っていた一流の職人のガレットだ。誰も敵わぬその知識と技術を、ぜひ後輩に残して欲しい、と、ヴァルスミアの職人が請うて、ここで講習が定期的に開かれている。
ガレットも快諾し、エクレールがその申し出に喜んで調整をしていた。
「おお、これは、大賢者様、久しぶりにお姿を拝見できて嬉しく思います。ご健勝のご様子でなによりです」
ヴァルスミアの職人で、一番年かさの者が、ほおを緩ませる。
「なに、ライアンに呼ばれてね。久しぶりに弟子達の様子を見に来てみたんだよ」
「大賢者様ということは、もしかして、この塔の……」
「ああ、クグロフ。壊したアルドラだ」
「壊したのは城壁のほうだよ。塔はこうして無事だろう?……ふうん。なんだね、ライアン、気になっていたのは、コレかい?」
アルドラは、クグロフの腰のあたりにすいっと手を伸ばし、ポンポンっと手を跳ね上げた。
「グノームだね。木工の職人かい?土の加護があるのなら、ちょうどいいね」
「アルドラ、クグロフ達は、元はエストーラ大公のお抱えの職人でした。先日、リンの加護石のブレスレットが納品された時に、ふらふらとグノームがテーブルに飛びのって覗き込んでいたので、気にはなっていたのですよ。フォレスト・アネモネの意匠なので、それにつられたのかと思ったのですが。やはり加護のようですね」
「エストーラかい。美しい装飾で有名な細工をする国だね。精霊が好んでもおかしくないよ」
「あの、私に精霊の加護があるとは、聞いたことはございませんが」
クグロフは首を捻っている。
「エストーラでは、この国のように、精霊の加護を確かめたりはしないであろう?知らなくとも無理はない」
「それは、赤い帽子の小せえ人でごぜえますか?」
突然ガレットが尋ねた。
「赤い帽子でしたら、工房の出来上がった家具の側でたまに見かけるが、トットゥでごぜえますよ」
「おや、エストーラでは、グノームをトットゥというのかい。やっぱり年の功だね。ライアン、オグ、わかったろう?年寄りは敬うもんだよ」
エストーラでは職人が森で時々、赤い帽子の小人に木や石の在りかを教えられることもあったという。
「あの、トットゥの加護があるとしたら、私は何をしたらいいんでしょう」
「いや、特別なことは何もする必要はないよ。精霊は綺麗なものが好きだからね。これまでも、さりげなく作業を手伝ってくれていたんだろうよ。思い当たることはないかい?職人なのだから、その存在に感謝して、これからも精進して、美しいものを作ればそれでいいんだよ」
「グノームが喜ぶであろうから、後程、土の加護石を届けよう」
「ライアンは、本当に甘いねえ。さ、ちょっとコレを借りようかね」
アルドラはクグロフの腰の辺りにいるらしきグノームを、人差し指でチョイチョイと呼びつけた。
「さ、働いておくれ。トゥルリス インデュレスコ アリクァントゥム ムーリ フェネストラ サペリーレ」
ボムッという音とともに、塔がギシギシと鳴り、上からパラパラとホコリが落ちてきた。
もともと塔は要塞で、窓が小さくて薄暗かった。そこに明かり取りの小さな窓がいくつか開き、工房に光が差し込む。
「数十年前のことでも、自分のやったことは責任を取らないとねえ。さ、固めてもおいたから、これで崩れる心配もないだろうよ」
グノームを自由に操るアルドラの貫禄ある姿に、リンは、ああ、これが大賢者と呼ばれる精霊術師なのかと理解した。
とてもライアンの髪の毛を引っ張っていたずらをする、グノームと一緒だとは思えない。アルドラの側に、ピシっと一列に並んで待機する精霊の姿が見えるようだ。
もし自分にも精霊の姿が見えるようになったら、どんな様子を見せてくれるのだろうか。今日ほど、精霊の姿が見えないのを、リンは残念に思ったことはなかった。
じいちゃん、ばあちゃんがこんなに出てくる話にするつもりなかったはずなのに。





