The teachings of Ardora / アルドラの教え
次の日から、リンはさっそくアルドラの教えを受けることになった。
場所は家の三階の、リンの居間だ。
「おや、内装を全く変えてなかったんだね。十年前と同じだよ。きれいだろう?この壁に花が咲き乱れるように描いてもらったんだが、壁はさすがに引っ越しに持って行けなくてねえ」
そうか、やっぱりこの階の赤とピンクの部屋は、アルドラの趣味だったのか。
いきなりどこかの掃除からはじまるのかも、と、リンは使用人の恰好にエプロンを着け参加したが、そんなことはなかった。
「精霊術師のマントは持ってないのかい?じゃあ、作っておくんだね。色は紺だよ。ああ、その恰好ならついでに、お茶を入れてくれないかい?」
そういって、お茶を楽しみながらの授業になったのだ。
「今日は何から話そうかねえ。リン、古語と祝詞はね、これからもライアンと学んでいくんだ。どうやっても覚えるには時間がかかる。私がここにいる間にはできないからね。必要なくとも、他の術師との違いを見せないために、必ず使うんだよ。愚かなことだが、人は他と違うものに恐怖したり、嫉妬したり、なにかとやっかいだからねえ」
そういえば、『金熊亭』の足湯に石鹸、タイムの薬草茶は、リンが教えたっていうのは本当かい?と、まずリンについての質問からはじまった。
「さすがに長旅で膝と腰がかなり痛んだが、あの足湯でだいぶ楽になったよ。リンは国では、薬師だったのかね?」
「いえ、本業はお茶屋さんです。でも、私の国は、興味あることを簡単に勉強しやすい環境にあって、それで調べたというか。ここにないものも多くあるので、それを作っただけなんですけど」
「学べる余裕があるのは、国が平和で、豊かな証拠だねえ。そうかい。どうりでお茶がおいしいわけだ。歳をとってからの楽しみは、火の側とお茶だからねえ。それならリンは精霊術を学んで、薬草や茶の方で使おうとしているのかい?」
リンに向けられたのは、答えに悩む質問だった。
「どういったらいいか。……私が知っていて、できることは、石鹸も薬草茶も、精霊の力がなくても実現可能なんです。私の国では精霊術師がいなかったので、そうじゃない方法が発達しました。精霊術がそれに代わることで、生活がより便利で豊かになればいいと思いますけど、私には必須のものではないんです」
躊躇いながら、リンはゆっくりと、考えを口にする。精霊術を否定しているように、聞こえていないといいのだけれど。
「そのせいか、自分が術師や薬師になるのかということも、正直あやふやなんです。……ライアンは、精霊術師としても、領民や国策とかを常に考えていますけど、私はそこまでは、まだ」
「ふうん、面白いねえ。リンはもう精霊術師として知るべき、大事なことの一つを、もう知っているようだね。ライアンが領政だ、国策だって考えるのは、まあしょうがないんだ。このやっかいな髪の色で生まれた時から、賢者誕生だといわれ、国のために生きることを定められたようなものだからね。アレはまた、そういう立場の生まれで、生真面目だから、余計にね」
アルドラはそういいながら、自分の耳の横に落ちた、一筋の白銀の髪をつまんで見せた。
「賢者は聖域に入れる術師、ってことですよね。皆、同じ髪の色なんですか?それで生まれた時から、すぐわかるんですね」
「少なくとも、ここ数百年は白銀の髪だというよ。精霊が好む色に生まれるとも、建国の初代王が白銀の髪であったとも言われているが、それもどうかね。リンの髪は黒いだろう?」
生まれた時から誰にもそうと認識され、生きる道が決まっているのは、どんなものだろう。考えてもリンには実感がわかない。生まれたときから決まった道か、とつい声を漏らしてしまった。
「そうだねえ。四大精霊の加護を持って生まれたら、この国で他の生き方は許されないだろうねえ。オグも三つの加護を持ったが、それも滅多にあるもんじゃない。精霊術師ギルドとだいぶやり合っていたが、結局最後は嫌気がさして、卒業資格を取らずにハンターになったよ。そのせいで家も勘当さ。まあ、その方がオグは自由で良かったんだろうけどね」
「どうも精霊術師ギルドというのが、よくわからないです。ライアンも学校への入学を拒否されたと聞きましたし」
「ふふふ。まあ、それは私の、とばっちりでもあるのさ。オグだけじゃなく、私もだいぶギルドのお偉方とやりあってね。また小うるさい、権力志向の貴族のジジイどもの集まりでさ。不可能な夢をみてるんだよ。賢者なら、聖域ならできるであろう、それが役目であろう、と、自分の欲望の実現に、人も精霊も使おうとするんでね!」
アルドラが口喧嘩をしているところが、容易く想像できてしまう。これは喧嘩相手も大変だっただろう。
「リン、いいかい。精霊術師がまず知るべきことはね、精霊術は必須でも、万能でもないってことなんだよ。リンはもう知っているだろう?人の力でできることを、精霊の力を借りて、少し便利にしているのが精霊術だよ。人間にできないことは、精霊術を使ってもできないんだ。不治の病を治したり、死んだ者を生き返らせたり、時間を巻き戻したり、できないだろう?それは天の神が司るからね。精霊が手を出すべきことじゃないんだよ」
この国でもそれをわかってない者も多いんだけどねえ、とアルドラはため息をついた。そんなのが精霊術師ギルドの上にいるのが、おかしいのさと、ひとしきり憤慨する。
「精霊の加護を持ち、加護のある精霊との対話の方法を学び、必要なら力を借りるのが精霊術師さ。本来、そこに学校も卒業資格もいらないんだよ。昔はギルドも、学校もなかったんだ。それが、権威の象徴と利益とやらのために、精霊術師のレベルを保つだの、術師の管理だの、さまざまな理由をつけて学校に通わせるんだ」
ああ、少し興奮して喉がかわいたよ。おいしいお茶をもう一杯もらいたいねえ、とそんな様子でアルドラの授業は始まったのだった。





