閑話:Kouglof Bosque / クグロフ ボスク
前話、11日午前3時頃、若干単語を修正しました。内容は変わりません。
ああ、ようやく仕上がった。私の今の腕ではこれが精一杯だ。
これがこのウィスタントンでの、初めての作となる。
国を離れ苦境に喘いでいた私達に、偏見なく仕事をくださったリン様に、相応しい出来となっているとよいのだが。
ライアン様にいただいた新しい工房から、リン様の暮らす家は目の前だ。はやる気持ちを抑えて、品物を丁寧に木箱に入れて包む。
こちらを一人で訪れるのは初めてだ。
緊張しながら入ったリン様の家で、なぜかいきなり、お湯の入った水盤を差し出された。
「風邪が流行っております。こちらでまず、手を洗ってくださいね。予防は大事です」
薬草の香りがすっとして、気分が落ち着いた。これで大丈夫だ。
応接室では、ライアン様が苦笑をされていた。
「いきなりの手洗いで驚いたであろう?私は喉まで洗わされる。さすがに客人には、お茶にして出すようにいったが」
リン様が出してくださったのは、先ほどの薬草に、レモンと蜂蜜の入った薬草茶だった。
「ご依頼をいただいていたブレスレットと、ブラシができあがりましたので、お持ち致しました」
まだ少し震える冷たい手で木箱を取り出し、蓋を開け、リン様の前に置いた。
「まず、こちらが加護石のブレスレットになります」
リン様の花である、フォレスト・アネモネをかたどったブレスレットは、手首を一周半するように、金でできた花の茎が巻き付くようにしてある。先端に咲く花部分には、森で見つけた白と青の貴石を釉薬に溶かして焼き付け、一つの花の中心には、光を醸し出す浄化石を据えた。加護石はユラユラと揺れるように、並んでブレスレットに通してあり、動かすことができる。花弁が風に揺れるように、自然に見えるように苦労したが、気に入っていただけると良いのだが。
リン様は息を飲み、じっと見つめた後、手首に通された。手首を返しながら、揺れる加護石を手に取り、じっくりと検分されている。
「とても綺麗ですね。あの、この色のついた花と葉は、エナメルですか?」
「ご存知でございましたか。金に、釉薬に溶かした貴石を焼き付けて、色を付けております。この森沿いの南側に、いい石が見つかりました。花は白で、花弁の裏側にほんの少し青を入れております。葉の緑はヴァルスミアの職人で、いくつか石を持っている方がいて、譲っていただきました」
「加護石にも穴を開けないで、細い茎と葉が絡んで、支えるように加工してくださったんですね。ライアン、見てください。とても素敵に作っていただきました」
そういって、リン様はライアン様の前にすっと手を差し出した。
ライアン様も加護の石、ひとつひとつを手に取ってご覧になっている。
「これは本当に美しく、繊細に仕上がっているな。見事だ」
「工房の炉がまだ整っておりませず、オグ様に火の加護で温度を上げていただき、作ることができました」
「あの、私、こんなに豪華で、素敵なアクセサリーを身につけるのが初めてで、嬉しいです。似合っているといいんだけど。大事に使わせていただきます」
リン様は、はにかんで笑われ、ペコリと頭を下げた。
「こちらこそ、ヴァルスミアでの工房の初仕事に、晴れがましいご依頼をいただきました。ありがとうございます。あと、こちらがブラシになります。こちらがリン様で、こちらがライアン様のものになります」
「私のもあるのか?」
「はい。リン様からご依頼をいただきました」
このブラシは、貴石を砕いて貼りつけ、金と貴石で模様を描いている。
こちらも長くお使いいただける品となっているだろう。
リン様はフォレスト・アネモネ、ライアン様の意匠は御自身の木であるオークだ。
「ライアンのブラシも、いただいたオークの木で作りました。それからライアンの髪は柔らかいので、豚毛にしてもらったのです。これでブラッシングすると、髪にツヤがでるんですよ。絶対精霊が喜びます」
「ほう。それではこれは、この工房に置いておくことにしよう。君が使うことが多いだろう」
「自分で結ぶ気が全くありませんね?」
「精霊のためだからな」
オグ様曰く、まだお二人はご婚約をされてはいない、とのことだったが、相変わらず仲睦まじくやり取りをされているように見える。
この後結局、リン様の御依頼で、御領主様とその御家族にも、残りのオークでブラシをお作りすることとなった。
リン様の時には丁寧にご意見をおっしゃったライアン様が、とたんに意匠はなんでも良いとおっしゃる。
「御領主様になんでも良いは、ダメに決まってます」
全くもってその通りでございます、リン様。
この冬は、ヴァルスミアの職人とも協力して、ブラシを作ることになるだろう。
リン様がおっしゃった薬草を用意して、風邪などひかぬように努めねば。





