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At the manor / 館で

短いですが。

 薬事ギルドでの話し合いの次の日、ライアンはリンに石鹸を持たされ、館に向かっていた。


「館に行かれるなら、石鹸のサンプルを持って行ってください。ここでは使い切れないですし、館の人にも使っていただいて、感想を聞きたいです。あの、失礼じゃなかったら、ご領主様ご家族にもどうぞ」

「昨日、ギルドに持って行った以外に、まだこんなにあったのだな」

「ええ。あと、これ、昨日の午前中に工房でつくって、持って行くのを忘れた最新作です。リンゴの皮に、シナモン、クローブ、ジンジャーを少し加えました。甘酸っぱくて、スパイシーで、ちょっとセンシュアルで、カップル向けにいいかと思うんですけど」


 甘いシナモン・アップルなんて、石鹸やクリームの定番の香りだろう。


「センシュアルだと?」

「ユール・ログでも、カップルに子宝に恵まれるようにバーチの木を配るのでしょう?スパイス使用なんで原価は高くなりますけど、こういう、ちょっと官能的なのがあっても、新婚カップル用のプレゼントにいいかなって。そうじゃなくても、この石鹸、おいしそうな香りなんですよ」


 口にしたくなる香りを手にのせて近づけられ、ライアンは、わかった、それも持って行く、と足早に立ち去った。





「ライアン、リンの作った石鹸の披露はいいが、本人は、連れてきていないのか?」

「ええ。本日は文官との会合の後で、母上に石鹸を、と立ち寄ったまで。父上との面会予約は取っておりませんでしたから」


 それなのに、なぜここに領主がいるのだろう。

 執務はどうした。もしや兄上に押し付けてきたのではないだろうか、と父を眺める。


「面会予約などと、リンが館に来るのなら、時間ぐらいなんとでもする。だいたいシュゼットには会いに来たのであろう?私に何も言わず帰りおって」

「お父様、それは私がリンの先生でしたから、お見舞いに来てくださったのですよ?」

「ミドルネームまで使ったのだろう?……もう、私はその手は使えないであろうな」

「父上は領主なのですから、偽名などつかわず、堂々とリンにお会いになってください」


 ライアンは助けを求めて、この父を唯一操縦できる、素晴らしい女性の顔を見る。


「シュトロイゼル様、ご覧になって?リンが私達にと持たせてくれた石鹸は、どれも素晴らしい香りですのよ?ほら、これなど、薔薇の花びらが入って、色もピンクのマーブルになって美しいこと」

「ああ、カリソン。薔薇は貴女の花でもあるね。どのように綺麗な薔薇も貴女の美しさにはかなわないが、その花の香りが貴女の肌に移るのも、また楽しみだ」


 さすがだ。もう父はリンとの面会のことは忘れてくれたようだ。


「ライアン兄様、リンはこれを使って、感想が欲しいといっていたのでしょう?私はどれにしようかしら。兄様はどれをお使いになっているの?」

「私はまだ、カモミールだけだな。タイムも工房の手洗いにあるが。女性には、母上と同じ薔薇か、レモンなどが良いのではないか?あとそれが、新作のりんごとスパイスの香りだそうだ」

「まあ、冬のパイのような香りなのね?」

「ああ、カップル向けにいいのでは、と作ったらしい」

「なぜカップル向けなのだ?」

「『甘酸っぱくて、スパイシーで、官能的』だそうです。確かシナモンとジンジャーには、そのような内なる情動を高める効果があるとか」

「ほう。ライアンは、もうリンとその石鹸を使ったのか?」

「使っておりません。だいたいそれは今朝渡された、新作です。リンも使っていないでしょう」

「そうか。……それならカリソン、私と貴女で使って、リンに感想を言わねばならないであろう。リンゴの香りを纏った貴女の肌も、きっと食べたくなるほど魅惑的であろうな」


 いつものことだが、人目もはばからず、もう領主は最愛の妻の手に口づけそうだ。

 リンの手の上にあったこの石鹸を、口にしたくなる香りだと思った自分は、確かに父と同じ血が流れているのだな、とライアンは愕然とした。


 そろそろ母がこの父を止めてくれればいいのだが。


「シュトロイゼル様ったら、子供達の前でそのように。恥ずかしいですわ」

「まあ、お父様、私の下に弟か妹ができるのではないかしら」

「男が最愛の妻の肌を愛で、褒めるのを、どこであれ躊躇うわけがないであろう?なあ、ライアン、リンの肌も、アラバスタのごとき白さだと聞いたぞ。愛で甲斐があるであろう」

「アラバスタ?……リンの肌はあのように不健康に白くありません。もっと艶やかで、滑らかな象牙のよう「ライアン様」」


 ライアンにはシュトレンという、絶妙なストッパーがいた。


「とにかく、私とリンは、そのように不適切な関係ではありません」

「何をいまさら言っておる。リンの花を聖域に咲く、フォレスト・アネモネにまでしたのであろう?」

「それがなんの関係があるのです?精霊が喜ぶ花なのですから、リンにはちょうどいいのです」

「『華やかで、それでいて慎ましやかで可憐で、森の春を象徴するような花』なのであろう?リンは」

「……父上、スパイはオグですか?それともシュトレンですか?」


 戻ったらしっかりと確認しなくては。


「ああ、とにかく近いうちに面会予約をとれ。話だけでなく、早く会いたいものだ」


ライアンパパが脳内にいると、眠れなくて。

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