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The apothecary's guild / 薬事ギルド

 森への侵入者があってから、しばらくライアンは忙しかった。

 翌日から騎士とハンターが入れ替わりで巡回し、さらにいくつかの野営跡が見つかっていた。それもハンターが滅多にいかないような森の奥ということで、誰が、何の目的で、ヴァルスミアの森を徘徊していたのかは判明しなかった。


 その間、ライアンの精霊術の授業もお休みで、リンは復習がてら、違う種類の石鹸をつくった。『金熊亭』のノンヌと一緒に、宿屋の方で使えるように、ラードを使い、タイムを入れた石鹸もつくってみた。

 それで少々作りすぎたのだ。

 森の塔からも灰を集め、春以降の生産のために試作、などと言いつつ、楽しく作ってしまった。いくら置いておけるといっても、一人がいったいいくつの石鹸を使うというのだろう。社交儀礼の授業がお休みだった間に作ったものと合わせたら、すごい数だ。


「いろいろ試せとはいったが、さすがに、これは多すぎるな。春までに使いきれないだろう」

「ええ、少々、反省してます。案外面白かったのと、灰汁を作ったら使わなきゃな、と思って」


 それでも作ったからこそ、わかったことがあったのだ。今日、リンは薬事ギルドに出来上がった石鹸を持って行き、相談しようと思っていた。

 

 薬事ギルドには、初日以降も、森で採集したギィを売ったり、スパイスを買いに足を運んだことはあった。アマンドや師匠に付き添ってもらい、というより、リンがオマケにくっついて、買い物の様子を見学したのだ。今日は初めてギルドマスターとの面会だ。


 紹介されたヴァルスミアの薬事ギルドのマスターは、マドレーヌという、優しい笑顔の女性だった。


「リン様、お話はライアン様からうかがっておりましたが、お会いできて光栄です。先日すでに、石鹸とクリーム、リップグロス、でしたか、サンプルをいただいておりましたが、こちらも素晴らしいものでした」


 実際にマドレーヌも、試したギルドの女性も驚いたのだ。

 石鹸はカモミールの香りが優しく、保湿力があった。その上、他にも種類ができるだろう、という。クリームとリップグロスは、肌馴染みも良く、冬の寒さで荒れた肌の乾燥もしっとりと落ち着いて、その効果は素晴らしかった。使われている材料が高価であることも聞いたが、薬に使っている薬草花をこのように使うとは、マドレーヌは思いもしなかった。

 開発者が最近噂を聞く、新しい賢者見習いの方だと知り、納得したものだ。


「リン様のお名前をつけた製品として、登録販売ができるかと存じます」


 なぜこちらの人は、すぐにリンの名前を付けたがるのだろうか。


「私の名ではなくて、薬草石鹸とか、蜜蝋クリームとか、そういうのではダメなのでしょうか」

「製品登録の時に、その登録者の名前を使うのが一般的ですね。例えば『ベティのクリーム』ですが、あれは、ラードにカウスリップ、スターチがベースとなっています。同じ配合で作られると、登録者に利益が入るようになっているのです。今回も、蜜蝋を入れるという今までになかった配合ですので、新規登録をすることになるでしょう。それに賢者見習いのリン様のお名前をつけると、影響力もでて、また売れ行きも違ってくるかと」

「賢者ではなく、本業はお茶屋さんで……」


 もう言ってもしかたがないことかもしれない。

 お茶は今売れないし、お茶屋さんのクリームや石鹸なんて、誰が買うだろう。

 いや、確かお茶エキス配合クリームとかあったよね、と、考えがあさっての方向に飛び始めた。

 ライアンの声に引き戻される。


「リン、君はどうしたい」

「自分の名前をつけるのは恥ずかしいです。利益についても、私個人ではなくて、原料の栽培や、次の開発とかに回せるようにしたいです。ライアンもそう考えているのでしょう?」


 お茶屋さんの時は自分で買い付けて、自分で売って、もっと小規模でシンプルだった。でもすでに、リン個人でできることから離れている。そしてライアンは、常に領の発展、民の生活、国策までを考えている人だ。


「そうだな。リンがすでに大店を持ち、原料調達や販売に、十分な資金や人手があるなら違っただろうが。難民の生活まで考えているとなると、領としての対応になる。薬事ギルドだけではなく、館の文官に、商業ギルドも恐らくかかわるだろう。協議をまかせてもらってもいいか」

「お願いします」


 それからリンは、少し多くなっちゃったのですけど、と作った石鹸を見せた。


「半分は、オリーブオイルにラードも混ぜて使っています。ラードの方が硬くて、使い心地もさっぱりした仕上がりになりました。でも薬草を漬け込んで、香りや成分を移しやすいのはオリーブオイルで、混ぜてみたんです」


 タイムに、レモンの皮、ローズマリーとミント、スプルースの枝がすっきりした香りで、これは薔薇、と次々と籠からでてくる石鹸に、マドレーヌの目が丸くなる。


「驚きました。ここまで数多いとは」

「ええ。組み合わせで無数に」

「オイルも薬草も、数多くございますしね」

「そうなんです。美肌効果に、乾燥や老化防止。私の国ではこのローズマリーとミントは、血行を促進して、髪の成長にいいと言われたんですよ。液状のトニックにしたら、薄毛に悩む男性にいいかもしれません」

「それは本当か」

「……ライアンには必要ないと思いますよ。えーと、とりあえず今は。もしかして、ご領主様用ですか?」

「いや、父上も大丈夫だろう。一般の男性の声を代弁しただけだ。これも検証だな」

 

 リンは失敗作も見せて、薬事ギルドの協力をお願いした。

 一人では、もう知識も技術も追いつかない。


「ロバやヤギのミルク入り石鹸もありましたが、本当は白くなるはずが、なぜかオレンジになりました。原因がわかりません。私の国のことで、他にも知っていることはお話できますが、詳しくはないのです。あの、本業はお茶屋さんなので……」


 マドレーヌには、なぜライアンが薬事ギルドの協力が必要と言ったのかが、よくわかった。すでに検証を依頼された薬草茶のことといい、薬草の栽培の件、新規製品開発、と確かにリン一人では難しい。薬事ギルドでも専任の体制を整えなくては、間に合わないだろう。


「もしかして、同様に、クリームも複数できるのではないですか?」

「はい。原材料次第ですけど、石鹸もクリームも、しっとり、さっぱり、敏感肌用、といった具合に何種類か選べればいいなと思います。それで値段の高い蜜蝋も、もう少し何とかできないかなと」

「確かに蜜蝋は希少なものですから、クリームに使うには高価で、誰もが使えるものとはならないでしょう。ですが、高価でも女性はこういった美容の新製品にはなにかと敏感で、興味を持たれる方は多いと思いますよ」


 誰もが使えないだろうことはわかる。それでも少しでも安くなればいいと思う。

 甘い蜂蜜も、しっとりクリームも、たまのご褒美に買えるようなら、それが生活の潤いになる。


「この辺で一番蜜蜂を探すのが上手な方が、亡くなったと聞きました。それで蜂蜜が高いと。あの、たぶん養蜂をしてないんですよね?」

「蜜蜂は巣を見つけて籠に捕獲し、採集しているが」

「それだと蜜蝋を取るには、巣を壊しませんか?」

「蜜蝋は巣にあるから、どうしてもそうなるな」

「あの、私の国では、蜜蜂を籠に入れるのではなくて、箱の中に板を何枚も入れたものを使っていました。巣を完全に壊さずに、蜂蜜も蜜蝋も、たぶんプロポリも取れていたんです。蜂はそこに戻ってくるので、毎年新たに蜜蜂を探さなくていいのだと思います。そのことも蜂に詳しい方とお話してみたいのです。私も、そういうやり方があるとは知っていても、自分ではやったことがないので」

 

 リンがまた、この国にはない知識を披露している。


「それもネットという、本で学んだのか」

「いえ、これはテレビで見て、えーと、シルフと雷が協力して、遠くに声だけじゃなく、絵も伝えてくれる感じでしょうか」

「また、雷の力か。天の神の眷属を使うのであれば、絵も届けることができよう」


 ニホンの精霊術師は、この国では考えもしない方法をとる。それがリンの知識になっているのだと、ライアンは羨ましくも思う。


「私も見たいものだが、リンならもしかして、雷も協力して、自ら落ちてくれるのではないだろうか」

「無理です。落ちたら困ります。それで、私もテレビで方法を見ただけなので、詳しい方とお話した方がいいんです」


 すでに十分驚いているが、どんどん新たな知識がリンからこぼれてくるのが、ライアンには新鮮だった。次は何に驚かされるのだろう。


 自国の賢者も知らない知識を話し、自己の利益ではなく、領の生産までを考えるリンは、こうして立派に賢者見習いとして、周囲に認識されていった。


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