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Tutor and 4 flowers tea / 先生と四つの花のお茶

いつも読んでくださって、ありがとうございます。ブックマークも評価も感謝しております。

書いては「面白くない」と何度もグルグルしていますので、励みになっております。

少しでもお楽しみいただければ、嬉しいです。

 ヴァルスミアで風邪が流行っているらしい。

 外にでれば、あちこちでコホコホ、ケホケホと聞こえてくる。咳止めのシロップもあるけれど高いので、風邪などすぐ治る、とそのままだ。安静にできるならいいけれど、木こりも冬が一番忙しいし、ハンターも狩猟シーズンだから、コホコホ言いながら働いて、どんどん感染が広がっている。 


 かかる前に予防する、ひどくなる前に治す、と、ライアンをはじめ、この家への来訪者には、リンがタイムを入れたお湯を差し出し、手洗いとうがいをさせている。タイム入りの石鹸まで作ってしまった。

 ライアンは最初、執務に入る前にうがいを、と渡したカップに驚いていたが、今では喉がすっきりする、楽になる、と塔でも館でもやっているらしい。ブラシを納品にきたクグロフにも、『金熊亭』のノンヌにも、薬事ギルドにも伝えて、広めている。


 今日も家に来たオグに、タイムにレモンと蜂蜜を加えたハーブティをだした。


「レモンや蜂蜜も、風邪にも喉にもいいんですが、高いですからね」

「去年の春先に、一番蜜蜂を探すのがうまかったじいさんが、亡くなってな。この冬は特に値が上がったんだよ。タイムは昔からこの辺で採れて、薬草でも安く手に入るから、この方法はありがたいよ」


 リンの社交儀礼の先生も同じ風邪にかかり、先週は休講だった。

 オグは、あさっては授業があると、伝えに来てくれたのだ。

 

 講義の朝、支度を済ませ、お茶の課題用の茶葉を用意していると、ライアンが呼んでいるという。

 難しい顔をしたライアンが女性と応接室にいた。振り返った顔を見ると、先生の侍女で、丁寧に挨拶をされた。


「リン、今日の君の講義は、中止となった」

「先生のお加減が良くないのでしょうか?もうだいぶ長いですが」


 リンは眉をひそめて、顔を見知っている侍女の女性に問いかけた。

 もう二週間だ。気管支炎とか肺炎とか、風邪よりひどくなっているんじゃないだろうか。


「いや、喉の腫れが少し残り、咳が軽くでる程度にまでは落ち着いて、快方に向かっている。ただ完治してないので、今、外に出るのは早いだろう。もともと身体が丈夫ではないのだ」


 ライアンから先生の詳しい病状の説明をされ、なぜ?と思っていると、苦笑して侍女をみている。


「リン、君の先生は、どうやら私の妹が務めているようだ。シュゼットという」


 何を言っているのだろう。


「は? え、でも名前が違いますよ。ケイトリン先生です」

「ミドルネームだ。ウィスタントンの家では、ミドルネームをKで始まる名前にする。キース、ケイトリン、カイザー、ケンドン」

「えーと、なぜ、妹さんが私の先生に。あの、ちゃんとご挨拶してません。失礼をしたかも。どうしよう」

「失礼をしたのはシュゼットの方だ。周囲にも内緒で無理を通したらしい。今日も講義に出かけようとしていて、さすがに止めてくれ、と私に来た」


 館へ向かうというライアンに、用意していたお茶をお見舞いに渡し、他にも何かあったほうがいいのか、と考えてると、一緒に行くか、と言う。


「え、突然それはダメです。心の準備が!領主様に生活のお世話になっている御礼もしていないのは、気にはなっていますけど、でも準備が要ります!挨拶の練習もしないと!」

「ほう。そう考えているなら、そのうち機会をつくろう。今日は無理だ。面会の予約をしておらぬ。シュゼットの部屋へ顔を出すだけだ。それなら緊張もしないだろう?」


 いや、それでも十分緊張する。

 侍女の女性からも、シュゼットが講義を休んだことを大変気にしている、と言われた。一刻見舞いに顔を出すだけ、領主謁見はなし、と約束され、リンは家の前で待っていたウィスタントン家の紋が入った馬車に乗った。街の中はそこまで広くもないので、馬車は初めてだ。シロまで飛び乗る。最近シロは甘えているのか、リンが家から一歩でも外に出る時は、裏庭でもついてくるのだ。


「館にシロが行って、大丈夫ですか」

「喜ぶだろう」


 街から館へは、城門を二か所潜った。

 一つ目の門を抜け、二つ目の門まで、二重にめぐらされた城壁の間をぐるりと周ると、小さめの門が現れた。


「ここがシュゼットの部屋に一番近い。家族門だ」


 街を取り囲むのと同じ城壁は、高く厚く、武骨で、いかにも要塞な感じがするが、中の館は城壁から比べると、色も白く、どこか優美だ。


「城壁と館はずいぶんイメージが違いますね」

「城壁は古い時代からのものが、補強されてそのままだ。館は、父上がこちらに来た頃から建て増しされているから、つい最近だ。こちらだ」


 館というのに人気がなく静かな棟を歩き、侍女にシュゼットの応接間に招き入れられた。

 壁は小さなスミレの花束模様の壁紙で、部屋全体が薄いモーブ色でまとめられていた。想像していたより大人っぽい上品な部屋だ。リンの部屋の方が、よっぽどピンクで女の子らしい。


「リン、講義を休んでしまって、本当にごめんなさいね。今日は行きたかったのだけれど」

「いえ、先生。お加減はいかがでしょうか」

「シュゼット、まずリンに偽名を使ったことを謝るべきだろう?オグとエクレールまで巻き込んで講師などして。侍女にも心配をかけたのだぞ。このお転婆め」

「兄様、偽名だなんて。ミドルネームですわ。兄様にバレないようにと、少し細工をしましたけれど。リンにお会いしたかったのですもの。でも、私、風邪を引くまでは、これでも講義はがんばりましたのよ。ねえ、リン」


 リンの前では常に優美なレディとして振舞っていた『ケイトリン先生』は、ライアンの前では、かわいらしいわがままを言う妹だ。


 シュゼットのお見舞いに持ってきたお茶を、リンがメイドに手本を見せながら、入れることになった。


 今日選んだのは、白茶をベースにしたジャスミン茶だ。白い毛で覆われたシルバーニードルと呼ばれる、真っすぐで細長い茶葉を使っている。

 白茶だから沸騰したお湯でいれられると困る。館でも上手く入れられるように、茶葉をポットに入れ、最初にポットの四分の一量の冷水を入れてから、沸騰したお湯を注いでもらうことにした。これで自然に温度が下がるだろう。

 このジャスミン茶は、一キロの茶葉に香りをつけるのに、合計十キロのジャスミンの花を使ったものだ。茶葉を敷き広げ、その上にジャスミンの花を振りかける。花は萎れると香りが悪くなるので、萎れてきたら新しい花と取り換え、それを十回。手間も時間もかかるが、これが昔ながらの製法だ。

 白茶はそれ自体の香りが強くないので、ジャスミンの香りが際立つ。合成の香料を使われた、キツイ香りのお茶と違って、咲き誇るジャスミンの庭に立っているかのような、華やかで、エレガントなお茶だ。


 いつも館で飲んでいるであろう紅茶とは違うが、気に入ってくれるだろうか。


「これは何かの花の香りなのかしら。お茶の香りではないわ。色も透明なのね」

「ほう、これはまた。このように香りのある茶は、初めてだな」

「これはジャスミンという花で香りをつけた茶なのです。南方の花ですので、この辺りでは咲かないのではないかと思います」

「おいしいわ。口に花を含んだようね。渋くもないのね」

「リンの茶はいつも渋くはない」

「兄様ったら、いつもこのようにおいしいものを飲んでいらして、ずるいわ。ねえ、リン、あのタイムのうがいも、蜂蜜をいれたお茶も、リンがライアン兄様に教えてくれたのでしょう?ありがとう。喉が楽になって、何よりまずくないのですもの。私がいつも飲まされる喉と咳の薬は、酸っぱくて、苦くって、とってもまずいのよ」


 スプルースという針葉樹の芽、アンテナリアの花、コルツフットの花、エキナセアの根、プロポリなどを濃縮したシロップは、大変高価な薬だが、多少甘味をつけてもごまかせないほど、まずいのだとか。


「スプルースはあの酸味が効くのだ。プロポリも有効だと、侍医が言っただろう?シュゼットは油断すると、誰よりも風邪が長引くのだから、しょうがないのだ」


 もう治ったから、今日は飲みたくない。タイムと蜂蜜で十分だと、顔をしかめて言う妹に、甘い兄の顔をして窘めるライアンを見て、クスリと笑った。


「先生、のどに効いて、先生にぴったりのお茶をもう一つ作りましょうか?」


 館にも工房と同じような薬草があるというので、ブルーマロウ、マーシュマロウ、ポピー、ヴァイオレットの花を持ってきてもらった。

 ポットに大きなスプーン一杯ずつの花びらを入れて、少し考え、ブルーマロウを足す。沸騰したお湯を注いで、10分程しっかり待った。


「先生、さあどうぞ。『四つの花のハーブティ』ですよ」

「まあ!綺麗な青紫色だわ!花の色なの?」

「ええ、透明で綺麗な色でしょう?ガラスのポットがあれば、ポットの中に花びらが見えて、より美しいですよ。レモンと蜂蜜を入れてください。まずは、レモンからどうぞ」


 レモンを入れると同時に、青紫の透明な水色が、ピンクにさーっと変化した。

 いつ見ても魔法のようだ。

 シュゼットが息を飲んで見つめ、周りをキョロキョロと見まわす。


「どうしてかしら?……精霊がいたずらをしたのでは、ないわよね?」

「このブルーマロウの花がレモンを入れると、青からピンクになるんです。今回は他の花も入れたから、ちょっと紫がかっていましたけど。ブルーマロウだけで試しても青色が綺麗だと思いますよ。さあ、蜂蜜もいれてどうぞ」

「おいしいわ!苦くない!こんなに綺麗で楽しいのに、喉にいいお茶なの?」


 ライアンが甘い顔になるはずだ。シュゼットは楽しそうに笑い、先生から歳相応の女の子に見えて、とてもかわいい。


「ええ。喉が痛いとき、咳がでる時にいいお茶です。でも薬ではないですから、お医者様がこれではなく、薬を必要だと言われたら、薬を飲んでくださいね」

「リン、本当にありがとう。ジャスミンのお茶も、このお茶も、とても嬉しいわ。私のことは、どうぞシュゼットと呼んで」


 帰り道の馬車の中、リンは、久しぶりにお茶屋らしい仕事をして、懐かしく思った。若干、エルボリストリー(注 後書きに記載)の様ではあったが。

 誰かに合うお茶を勧め、入れ方の指導をして、なにより喜んでもらえた。やはり楽しい。


「あの『四つの花のハーブティ』は、薬事ギルドには伝えなかったのだな」

「伝えてもいいんですけれど、あれは高価になるでしょう?お茶を楽しめる貴族の方でないと。タイムの方が安いし、皆が使いやすいですから」

「春から薬草の栽培も、視野に入れて考えている」

「ありがとうございます。今度また薬事ギルドに行くでしょう?少しずつ、役に立っているというか、前進している気がして嬉しいです」


 お茶屋さんへの道はまだ遠いけれど。


注:エルボリストリー(herboristerie)  ヨーロッパに良くある、ハーブ・薬草専門の薬局のような所です。

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