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Handmade cosmetics with the elements / 手作りコスメと精霊術

「難民の多くはエストーラからの農民ですが、細工師のように手に職を付けたものもおり、こちらが館で作成されたリストです」

「どこかの土地に移動するにしても、春まではこのままだ。冬を越えられるように十分な手配を。父上より難民の件は任せていただいたが、北の工作員が紛れていないか注意をせよ、とのことだ。エストーラの二の舞になる。トライフルにも注意を促せ」


 現皇帝になり急速に領土を大きくしたシュージュリーは、西では反乱が起き始めたというのに、東ではまだ侵略、拡大を続け、すでに皇帝の意思が隅々まで行き渡っていないように見えた。

 国境線への警戒と増える難民の対応に、ライアンとシムネルが工房で執務にあたっていると、廊下にパタパタと足音がする。さらに軽い足音が続くのはシロだ。こうして行ったり来たりするのは、風呂の水汲み以来だが、今度は一体なんだ、とシムネルに声をかけさせた。


「リン様、一体何をされているのですか?」


 ひょい、と顔をだしたリンは長く白いエプロンをかけ、使用人の恰好をして、作ってもらったばかりのオークの籠になにやら入れて運んでいた。


「そのような恰好をして、今度は何を始めたんだ?」

「この格好は、向こうの服はダメだって、アマンドさんがこれしか許してくれなかったからです。オークの灰がたまって昨日灰汁を作ってもらったので、今日は外で石鹸を作ろうと思って」


 リンだって、メイドさん? コスプレ? と、ちょっと思ったが、意外と似合っているじゃないか、と思っていたのだが。


「石鹸?普段使っているのではダメなのか?」


 リンはうなずいた。いつもの石鹸は香りが苦手で、やっと一つを使い切った。


「もしかして、このために硬い木を探していたのか」

「だから本当に、オークを切るほどのことではない、大したことない用途だったんです。でもユール・ログの灰もあるし、暖炉の木は大抵硬いというから、作ってみようかなと」

「外は寒い。工房でやれ」


 煮詰めるのに長時間かかる、と言ったら、なおさら中でやれ、ついでに精霊術の練習だ、と工房の中での作業になった。


「ライアン、執務はいいんですか?」

「どうせ隣にいる。シムネルはシムネルで仕事を抱えている。必要なら声がかかる」


 灰汁、カレンデュラ、カモミールをそれぞれオリーブオイルに漬けておいたもの、塩、卵、アップルビネガーを運びこみ、手順をライアンに説明した。


「えーと、灰汁を煮詰めてから、温めたオイルに入れながら混ぜると、固まってくるんです。固まり足りなかったら、塩を小スプーンに一杯加えます」

「どのぐらいの時間煮詰めるのだ」

「この桶一杯の灰汁が、このカップ一杯ぐらいになるまで、です。そのぐらいになったら、卵を浮かべて、卵が浮けばちょうどいい濃度のはずです」

「卵で濃度を測るのか。このビネガーは?」

「濃い灰汁が肌に付くと火傷する可能性があるんです。ビネガーは灰汁の中和ができるから、念のためです。だからライアンも肌や服に付かないように、気をつけてください。特に髪に跳ねないようにしてくださいね」


 髪はともかく、そんな危ないものを使って大丈夫なのか、と後ろで心配気に見つめるライアンに気づかず、リンは鍋に灰汁をそうっと入れていく。


「私もこの作り方は初めてなんです。向こうではもっと簡単にできる粉が売ってましたから。でもネットで見たから、これでいいはずなんですけど」

「ネットとは?」

「うーんと、本ではないですけど、いろいろ情報を得られる、うーん、やっぱり本だと思ってください」


 ライアンは自分の腕から加護石を外し、リンに渡した。

 石はオークの枝を模したブレスレットになっている。


「ライアンも加護石をブレスレットに加工したんですね」

「とりあえず、それを使え。点火だ。火の石を触って。インフラマラエ」

「インフラマラエ」


 リンは初めて素直に火がついたことに、感動した。


「もう、火打石いらないですね!」

「そんなわけがあるか。両方使えずにどうする。次だ。煮詰めるには、やはり火なんだが、サラマンダーは一番制御が難しい。下手な術師の言うことは聞かぬし、適当なコマンドをだしたら、煮詰めて全部蒸発させる。まず、モディス カレスコ」

「昨日、ドレスを真っ白にして灰を集めたのだから、蒸発は困ります。サラマンダー、お願いカップ一杯分は残してください。モディ……」


 言い始めた瞬間に火が強まり、水面が跳ねて蒸発をはじめ、鍋にはカップ一杯の灰汁が残った。


「サラマンダーだけではなく、すべての精霊が手伝ったように見えたが」

「……祝詞がいらないのは、便利ですね。それに本当はこれ、煮詰めるのに数刻かかるはずなんです。ありがとう」

「身体をくねらせて、喜んでいるな。一応、祝詞は勉強してくれ」

「卵も無事に浮いたので、次です。温めた油に灰汁を少しずつ加えながら、ひたすら混ぜる、です。これは様子を見たいので、大変ですけど手作業にします」


 カモミールを漬けたオイルを濾して使うことにした。枝を束ねた泡だて器を使い、弱火でひたすら混ぜる。灰汁を入れては混ぜ、塩も一つまみ入れた。やっぱり混ぜるのは精霊にお願いするべきだったか、と思い始めたところで、緑白い液が重くなりはじめた。


「これは、この間持って行った薬草花だろう?オイルに漬けたのか」

「ええ、もう三週間ぐらいたちますね。もともとはこのオイルでクリームとリップバームを作ろうと思ったんですよ。乾燥に効くんです。石鹸は普通のオリーブオイルでも良かったんですけど、どうせならカモミールにしたら、香りがいいかなと思って」


 そういいながら、リンは木の型にチーズを絞るリネンの布を敷いて、そこに鍋から石鹸を移し始めた。


「これで完成です。けど、これからあと数週間はおいて、中まで乾燥させないと使えません」


 ライアンがまた、手首の加護石を触る。


「ふむ。シッカ サト ケレリテル」


 一瞬で色が変わった。


「今のは風ですか?やっぱり便利ですね、精霊術。古語がんばるしかないのか。……じゃあ、もうこれでできあがりです。もしよかったら、ライアンも使ってください。フローラルですけど、香りがきつくないから、男性でも大丈夫だと思うんですけど」


 リンが切り分けた石鹸は、ほのかに甘い、でもさっぱりとしたカモミールの香りがする。


「これぐらい気にならないだろう。試してみよう」

「もし気に入ったら、今度ローズマリーとかミントの爽やかな香りで、男性向け石鹸をつくりますから」


 リンの作業は手早い。さっさと鍋を洗いながら続ける。


「ライアン、すみません、執務の邪魔はしないので、この後も工房を借りてもいいですか?石鹸に四刻はかかる予定だったのに、一刻もかからずに終わりましたから、ついでにクリームとリップグロスを作っちゃいます。これは時間がかからないので」


 石鹸に四刻もかける予定だったとは。

 若干呆れながらも、構わぬ。必要なものがあったら言うように、とリンを残してライアンは執務に戻った。




 それからリンは、一度外にでて何かを持って戻ると、カシャカシャと音を立てながら作業を続けた。これは熱いから近寄っちゃだめよ、と、シロにいう声が聞こえる。一度だけ執務室に顔をだし、アルカネットを少しください。これ、毒性はないですよね?と尋ね、工房に戻っていく。


「ライアン様、リン様を手伝っていらしても、こちらは大丈夫ですが」


 執務机からはリン様の姿が見えませんから、気になるのでしょう?と、シムネルは笑みを浮かべている。音がするたびに、ライアンがチラリと工房へ目を向けていたのを、気づいていたようだ。

 できた、という声がして、ライアンは気まずさをごまかし、素早く立ち上がり、確認してくると工房へ足を向けた。


「クリームはカレンデュラのオイルに、蜜蝋を溶かして、ローズウォーターを少しずつ入れながら混ぜ合わせただけです。リップグロスは、同じオイルと蜜蝋に、アルカネットを入れて、赤の色を付けてみたんです」


 どちらの薬草花もライアンが使う時は精霊術で濃縮し、薬となる。カレンデュラは戦場で兵士の傷を治す軟膏とされ、カモミールは胃痛薬だ。それを濃縮せず、油に漬けただけで使っている。


「濃縮したほうが、効果は高くなるが」

「でもそれだと花が大量にいるでしょう?これは薬じゃなくて化粧品ですから、これで十分ですよ。精霊術師じゃなくてもつくれますし。クリームは男性も女性もないですから、ライアンもどうぞ試してください。洗髪の後、リンスも使ったでしょう?ライアンの髪、櫛通りとツヤが良くなって、束ねやすくなりました」

「ああ。アップルビネガーにローズマリーを入れたものだったか? シュトレンに渡されたが」


 リンは家のあちこちから小さな磁器を集めたようで、それに出来上がったものをせっせと詰めていく。


「私、アマンドさんやエクレールさんにも使ってもらって、良いようだったら、石鹸やクリームを難民の女性に作ってもらって、薬事ギルドで売れないかなと思ったんです。オリーブオイルも、蜜蝋も高いですけど、難しいでしょうか」

「そんなことを考えていたのか」

「最初は自分の分を作ろうと思っただけですよ。でも、これでも毎日何かできないか考えているんですよ。お茶はまだ売れないですし、これ売ったら難民の人にも少し仕事になるかな、とか」

「リン、方法はいくらでもある。リンが依頼して販売するほどの数をつくるなら、原料ももっと調達してからになるし、量により値段の交渉も可能だ。春から薬草茶と合わせて、薬草の栽培もありえる。どちらにしても準備なくできることではないし、急ぐことはない」


 ライアンだったら、薬事ギルドを通じて、難民にも仕事を振ることが可能だ。リン個人の商売でないのなら、原料や人員の手配は、領が調整するべき部分でもある。最も難しいのは、新たな仕事を創造する部分だが、そこをリンが事もなげにやってのけている。

 リンはすでにブラシを作り、検証中の薬草茶の案をだし、今度はこれだ。


「石鹸は普通のオリーブオイルでもいいし、男性向けにも作れると言っただろう?他にも工夫して作りようがあるのではないか?」

「そうですね、いろいろありましたよ。石鹸にクレイが入って洗浄力を上げてあったり、塩の粒とかクルミの殻でスクラブになってるのも、ロバやヤギのミルクで肌が滑らかになるのもありました。どれだけ配合するのがいいか、作り方がわからないですが」

「冬の間はどちらにしても動きはない。大地も眠っている。冬はその()()()()、を試したらどうだ。……それにしても、よく考えつくものだ。館でも薬事ギルドでも、女性は常に美容にいい、新しい何かを試している気がするが」


 ふと見ると、リンは話しながらさっさと工房を片付け終わって、鏡も紅筆もないのに、リップグロスを指にとって付けていた。


「リン、こちらへ」


 はみ出た部分をそっと指で拭う。

 執務室のシムネルは、ライアンがリンの顎を持ち上げたと同時に、静かに外へでていった。


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