番外:王都にて
コミックス9月18日発売です!
『#お茶屋さんは賢者見習い 2』
漫画:九堂絹 原作:巴里の黒猫 キャラ原案:日下コウ
https://fwcomicsalter.jp/comics/ochaya/
よろしくお願いいたします。
夏の王都。
リンは昨年同様、ウィスタントン家と共に離宮に滞在している。
もちろん今年もライアンと一緒だ。
王都には長いこと顔を見せていなかったライアンだが、今年は最初から訪問が予定されていた。
間もなく、王太子であるフロランタンと妹のシュゼットの結婚式が執り行われる。
賢者として、家族として、参列しないなどと言うことはありえない。
もちろんリンも。
「このパフェとやらはおいしいねえ。フルーツはみずみずしいし、コーンフレークとやらはサクサクして食感が変わって面白いし、なんとも豪華なアイスクリームじゃないか。今年はこれが人気なんだろう?」
リンとライアンは『薬の石』を作るため、王宮にあるアルドラの工房に来ている。
今年も『盗賊の薬』が作られたのだが、昨年と違って『龍の鱗』は必要なかったようで、ベウィックハムの精霊術師が作成したらしい。
『盗賊の薬』以外に今年はあと三種類の手に入りにくい薬が選ばれ、同じように石に閉じ込めることになったらしい。作ってから一週間で薬効が消えるものもあるらしく、それは確かに『薬の石』にするべきだろう。
その作業が終わってすぐ、リンはフルーツパフェをアルドラに披露した。
「人気といってもこれが出せるのはお茶会だけですけどね。広場の天幕ではさすがに面倒なんで、あちらは昨年と同じような感じです。あ、でも、グラスに氷と果汁を入れてその上にアイスクリームを載せたクリームジュースも出してます。グラス製品やこの柄の長いスプーンを作ったので、まあちょうど良くて」
「それもおいしそうだね」
「パフェは温かいお茶と飲むのがいいでしょう? でも、天幕だと冷たい果汁とアイスがぴったりなんですよ」
去年ほどじゃないけど暑いですよね、とリンは前庭を眺めた。
その前庭にはライアンが立っている。
作業が終わるとすぐに休憩に入ったリンたちとは違って、ライアンは庭に出た。
シルフを使いに出しながら、前庭の小テーブルに広げた紙を難しい顔で眺めては、何かを書き込んでいる。
「それでさっきからライアンはなにをやってるのかねえ?」
「あー、えーと……」
何をやっているか知っているリンは言葉を濁したが、ライアンが紙を眺めたまま答えてしまった。
「リンのための庭を造ろうかと」
アルドラはヒョイとリンの顔を見て、納得したように頷いた。
「そういえば、ウィスタントンはなにかと庭園を贈る家系だったねえ……」
「庭園を贈る家系……」
『庭園を贈る』という言葉がまだしっくりときていないが、実際にライアンの祖父や叔父、父が造ったという庭を見たことがあるリンも、あいまいに頷いた。
「おや? リンも庭は好きだろう?」
「ええと、でも、もう他にもあるんで……」
「そんなにかい?」
アルドラが目を丸くした。
「ええと、家の庭は薬草と野菜畑を広くして、薬草の乾燥室を作ってもらったんですよ。燻製室はヴァルスミアの館と家の庭に小さいのができて。あ、離宮にも今建設中です。チーズの醗酵室は管理が私では難しいから、スぺストラ村に。それにこの春からローズマリーに、ラベンダー、茶畑がアルドラの島に広がっているでしょう?」
「乾燥室や燻製室は庭と言うかねえ?」
ライアンがくるりと振り向いた。
「リン、ほら、アルドラだってそう思うではないか。ああ、畑も庭とは言わないぞ」
「っ。そうですけどお、館に噴水付きで四季の庭を新しく造りましたよね? 離宮の工房脇の庭も、庭師さんと改造していたでしょう? 温泉だって、景色を楽しめる庭園付きの露天にしようって、造園指示してたじゃないですか」
「温泉? ラミントンのアレかい?」
「いえ、ウィスタントン領内を探しに探して、あ、実際探したのは精霊たちですけど、南の湖近くで見つかったんですよ。ラミントンのとはまた違ってぷくぷく泡が出てきて、面白いですよ」
「ちょうど今工事中です。できあがったらご招待しましょう。アルドラ」
「はあ、なんだねえ、確かにその辺は庭園だねえ。ライアン、リンに贈るにはまだ足りないのかい?」
「足りませんね」
ライアンはまた手元の紙に目を落とした。
「あのライアンがって思うと感慨深いものがあるけど、まあ、あの父あっての子だと思えば……」
「そうなんですけどね。数が多いと思うんですよ」
「まあ、庭ならいいんじゃないかい? 離宮をボコボコ建てられたり、リンの像が国中に飾られるよりは」
「そ、そうですね」
リンが頭をアルドラに近づけて、声をひそめた。
「夏至に結婚の予定だったのが延びてしまったじゃないですか。それからどんどん庭が増えていて……」
ひそめたのだが、シルフが拾ってしまったらしい。
「アルドラもヴァルスミアに来たことだし、挙式できると私は言ったのに、皆がドルーが起きてからと延期にしたではないか。準備期間が足りなかったのだからちょうどいいなどと、さんざん言われたのだぞ。ならばその延びた準備期間で、足りなかった庭を増やすのは当然だろう?」
「なんだねえ。ライアンは、あれからずっと不機嫌のままかい?」
「全く不機嫌ではありませんよ。リンに似合う可憐で美しい庭をと考えるのは楽しいですから。結婚後に二人でその庭を巡るのもまた楽しいでしょうし、そう思えば先祖が庭を贈ることにした気持ちもよくわかりますよ。季節によって表情を変え、それを二人の思い出にしながら、先々もずっと楽しめるのですから」
さらさらとライアンの口から言われる言葉に、リンは真っ赤になった。
今までに何度も聞いてはいるが、なかなか慣れるものではない。
「そうかい、そうかい。まあ、庭をつくるのはいいが、私の薬草園はあまりいじって欲しくはないけどねえ」
「あ、薬草園はそのままですよ。庭というより、ライアンは離宮へ向かう花と樹木の小道を作りたいらしくて」
ライアンが紙をまとめて抱えて、リン達のテーブルにやってきた。
一枚はどうやら地図のようだ。
「薬草園を囲む石垣のこの部分だけ崩して、扉を付けさせてもらいます。ここからローズガーデン、それから『睡蓮の庭』の脇を通って、離宮まで続く夏の小道をと思っています。我々が来るのは夏が多いでしょうから、リンの目を楽しませる夏の花を集め、休めるようなベンチや木陰を作れば散策も楽しいでしょう」
そう言ってライアンは地図以外の紙の束をリンに渡した。
一枚一枚に花の絵が描かれている。
「これを植えるんですか?」
「初夏から秋まで咲く花を選んでみた。ブルームーンは薄青のきれいな花が咲く。コットンローズは薄いピンクと白の大振りで、華やかな花だ。ガーデニアは香りが高貴で豊かだし、クレマチスは垣根に沿わせようかと。ただ目に涼し気なものをと選んだら白や青ばかりになって、他にも加えるべきかと悩んでいる」
「ライアンが贈る花に頭を悩ませる日がくるなんて、思ってもいなかったよ」
アルドラがやれやれというように頭を横に振る。
「このサマーライラックは最近国に入ってきたばかりらしい。庭師にすすめられたんだが、背が高くなる花木で、小道に沿って植えるのはどうかと言っていた。濃いピンクの花が咲き、秋には葉が真っ赤に紅葉するらしい」
「うわあ。紅葉の小道かあ。それは秋も見に来ないと!」
「わかった。じゃあ、夏も秋も楽しめるようにしなければ」
ライアンはまた前庭に出て、紙を掲げて確かめている。
「紅葉なんざ、ヴァルスミアで見慣れているだろうに」
「えっ? ええ、まあ、そうなんですけど。それとはまた違うんですよ。ここ最近ライアンがずっと考えていたのを見てましたから。庭師さんに訊いて花を選んだり、自分で実際に歩いてみたり。だから秋の紅葉の小道を二人で歩くのを楽しみにするのもいいんじゃないかなって。まあ、ちょっと気恥ずかしい思いもあるんですけどね」
リンはヒョイと肩をすくめたが、目元、口元が柔らかくほころんでいる。
「そうかい、そうかい。まあ、二人が幸せそうでなによりだよ」
花はこんな感じをイメージしてます。
()内の名前が良く知られているでしょうか。
作品の中の呼び方は、仏語を英訳したり、実際の英語名だったり、
別称を適当に拾ってきたりしています。
ブルームーン(ルリマツリ)薄い青
コットンローズ(芙蓉) 白、薄いピンク
ガーデニア(クチナシ)白
クレマチス(クレマチス)白か青
サマーライラック(百日紅)濃いピンク





