番外:太陽が生まれ変わる日
九堂 絹先生のコミカライズ版「お茶屋さんは賢者見習い」で、
15日に配信された12話は、ちょうど冬至の祝祭の話だったんです。
それで冬至にちなんだSSを上げたいな、と思っていたのですが、
家族に発熱者が出て遅れてしまいました。
ヴァルスミアの中央広場には、薄っすらと白い雪が積もっている。この雪は春まで消えることはないだろう。
今日も昼過ぎから冷え込みが強くなったが、広場中央にはごうごうと大篝火が焚かれ、その熱で熱く感じられる。
大篝火を三重四重にも取り囲む人びとの頬も、赤く火照っているように見えた。
冬至の儀式に人々は集い、その中にはこの地を治める領主一家の姿もある。
人々の円の一番内側にいるのは、ネイビーブルーのマントを羽織った三人だ。
三人の声が揃った。
「「「太陽の光が我らに戻り、影は去った、暗闇はこの世を支配しないだろう。
暖かさを大地に、暖かさを空に、暖かさを我らの心に。
ここに太陽の再生を祝おう」」」
ライアンがヤドリ木を火に投げ入れると、わっという歓声が上がった。
これで冬至の儀式は終了だ。
ライアンがリンの手をそっと自分の腕に誘導し、歩き出す。
「おめでとう」
「公爵様御一家に、光あれ」
「よい年に。ドルー様と精霊のご加護がありますように」
集まった人は口々に祝いを述べながら、家に帰っていく。
「大賢者様、こちらにいらしていたとは存じませんで」
「アルドラ様、ご健勝で……」
この地を訪れた大賢者アルドラの姿に、皆、嬉しそうに声をかける。
「なに、弟子たちに直接祝いを、とねえ」
それを聞いて、周りの者も満面の笑みを浮かべた。
「ええ、ええ。本当におめでたいことです。ご婚約の話を聞いた時には我々も大騒ぎで、その日は誰も仕事が手につかなかったものです」
リンは知っている。
ヴァルスミアではその日一日どころか、騒ぎは大市が終わるまで続いた。
ハンターらは、いい飲み理由にしていたのじゃないかと思う。
もともと人が増える大市だが、あちらでもこちらでも乾杯の音頭が響き、酒類もつまみ類も過去最高の売り上げだったとか。
その後も飲み過ぎの薬が足りなくなったり、土産やら記念品やらで思わぬものまで売れたりと、商業ギルドだけではなく、どのギルドでもいい笑顔が見られたとか。
肖像画が間に合わないと残念そうにしていたが、それだけは間に合わなくて安心した。
「大賢者様も嬉しいことでしょう。遠方にあって、ご心配されていたでしょうから」
アルドラの後ろを歩くライアンが、その会話に口を挟んだ。
「アルドラ、どうぞ御身をおいといください。お越しいただいたのは光栄ですが、この寒い中いらっしゃらなくても、春には島に伺う予定でしたのに」
皆の前だから、ライアンは本音を幾重にも美しく包んでいる。
まあ、半分ぐらいは、言葉通りにアルドラを心配しているだろう。
そして、アルドラは残りの半分に含められた意味をちゃんとわかっている。
「おや、なんだねえ。随分と殊勝なことを言うようになったじゃないか。それなら、直接シルフを寄越しても良かったと思うけどねえ。散々心配をかけた弟子の婚約だよ?」
「それでなくてもシルフが飛び交うのですから、それ以上に風を乱すつもりはありませんでしたが」
「全くオグといいライアンといい、いつまで経っても心配は尽きないよ。素直に気遣ってくれるのはリンだけかねえ」
「えっ。あの、いえ、私もすぐにお知らせできなくてですね。その、来てくださったのはとても嬉しくて、ええと本当に……」
風向きが変わって、リンにまで飛んできた。
見習いの身には、楽しそうな大賢者と賢者の仲に割って入るのは難しい。
ぜひそっとしておいてくれればいいのだけれど。
ライアンは、大丈夫だと言うように、うろたえるリンの手に自分の手を重ねた。
「アルドラ、この後の晩餐には、リンがブルダルーと検討を重ねたものもあるのですよ。アルドラが到着してからも好みに合うようにと考えていたから、大いに期待できると思う」
「おや。それは楽しみだね」
今年は、リンとライアンも館での晩餐に出席する。
すでに皆は知っていることだが、公にここで婚約を発表すれば都合がいいと決まった。
リンはガチガチに緊張しているが、家族が集うこの祝祭に参加する意義も良くわかっている。
アルドラは三日前、予告なくやってきた。
船門にいるとシルフが飛んできて、ライアンはすっ飛んで行き、どうやらオグも同じような状況だったらしい。
金熊亭に滞在しているアルドラだが、今夜の晩餐は一緒だ。
「毎年食べるというこの地の伝統料理はそのままですけど、目新しいものもあるんですよ。食前酒にはスぺストラ村でライアンたちが作り始めたシドルも選べますし、『冷し石』や『凍り石』のおかげでいい魚介が手に入ったって、ブルダルーは大喜びでした。あと、デザートは秋の大市で特に精霊に人気だったケーキを選んで、盛り合わせにしました」
リンがニコニコと告げる。
「……精霊に人気? 人でなく? リンの精霊は相変わらずってことかねえ」
「ライアンのもですよ? というか、ヴァルスミア中の精霊が喜んでましたし、あ、もちろん人にも好評でしたよ」
アルドラは良くわからないと言った顔をし、ライアンは肩をすくめた。
「再び光へと向かうこの日、皆がドルーと精霊の加護を願うのだから、精霊が好むものを用意してもいいだろうと、リンが」
「……そうかい。なんともリンらしいと言うべきかねえ」
アルドラはふうと息を吐くと、クスリと笑った。
「ここに来て驚くことばかりだけど、楽しくやっているようで何よりだよ」
そしてアルドラは、少し先で待っている領主夫妻と合流した。
その少し後ろを歩くリンが、隣のライアンをいたずらっぽい顔で見上げた。
「広間にいる精霊が一斉にソワソワとするのを見たら、驚くでしょうか?」
その中にはピシりと見事な整列をしてみせる、アルドラの精霊もいるはずだ。
いや、いて欲しい。
「ああ。そして頭を抱えるだろうな」
ライアンはその姿を想像したのか、ニヤリとしている。
止んでいた雪がまた降りだした。
館まで続く篝火が、雪が舞うのを映し出す。
木々の間を通り抜ける風に、サラマンダーも楽しそうにくるんと舞い上がっているけれど。
「ううっ。寒い」
「シルフ、館まででいい。少し風を弱めよ」
ライアンが頼めば、風はふっと優しくなる。
「ああ、今夜も寒くなりそうだ。急ごう」
滑らないように、リンは、ライアンの腕にかける手に少し力を込めた。
今年ももう終わりですね。
一年の区切りがあるのは、自分を振り返るのにありがたいなと思っています。
今年は考えることの多い年でした。
「お茶屋さんは賢者見習い」の連載に区切りを付けましたし、
突然思い立って、断捨離をしてみたり。
新しく物語を書きたいと、調香術師カミーユの出てくる「調香術師のにぎやかな辺境生活」を新たに書き始めたり。
後半は、近しい家族が亡くなったこともあって、実家の片付けをしながら、もう様々に思いを寄せる日々でした。
この冬至が何か区切りのように感じています。
したいこと、書きたいこと、様々に自分を見つめつつ、年を越したいと思います。
心がじんわり暖かくなるような物語を書けるようになりたいなと、日々願いつつ。
どうぞ皆様、ご無理をなさらず、ゆるゆると。
御身ご自愛ください。
いつも本当にありがとうございます。
心よりの感謝を込めて。
巴里の黒猫
追伸:あ、年内まだ、調香術師カミーユの物語を更新予定です。





