表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
271/275

番外:挨拶 

エピローグのすぐ後。

王都に連絡が入る前の話です。

「緊張してきました……」


 館の門を馬車がくぐってから、リンは左手を握ったり開いたりしている。

 ちなみに右手は、並んで座るライアンに取られたままだ。


「何度も来ているのに」

「全然状況が違います。け、結婚の許しを貰いに行くんですから緊張も特別です」


 リンの口から結婚という言葉が出て、それだけでライアンの心はシルフのように舞い上がる。

 現実を確かめるように、つい握っているリンの手を指でさする。


「許しもなにも、大歓迎されると思う」

「そうでしょうか」

「ああ。どちらかというと、待ち構えているだろうな」


 ライアンの脳裏に、大騒ぎをしそうな家族の顔が浮かんだ。

 それにも緊張したらしく、はあ、とリンはため息を吐いた。


「それに緊張というなら、私の方が大変だったと思う」

「最後は頷いてくれましたよ?」

「それまで動かずにじーっと見ていただろう? 『俺への挨拶はどうした』と言われてる気がした。あの緊張感はない。最後の頷きも、あいまいな感じではなかったか?」


 話しているのはシロのことだ。

 聖域のドルーに結婚の報告に行った。ドルーの姿はなかったが、シロがやってきた。

 そのシロがライアンの前に座り、じーっと見つめて動かなかったのだ。

 ライアンはシロを相手に背すじをピンと伸ばし、それはもう言葉の限りを尽くしてくれた。側で聞いているリンが恥ずかしさに震えるほど。でも、ライアンの気持ちがよくわかって、リンは幸せでふわふわとした気分にどっぷりと浸かっている。


「まあ、シロにはこれからもわかってもらえるように努める。……あとはアルドラだな。最難関だ」

「ふふっ。アルドラだって喜んでくれると思いますよ? まずその前にご家族です」



 館では、まず出迎えたセバスチャンに無事を喜ばれた。

 

「リン様、ご無事で本当にようございました」

「ご心配をおかけました」

「父上と母上は?」

「家族のサロンに。皆様そろってお待ちでございます」


 セバスチャンの後ろには、館の使用人が並んでいる。

 シュトレン、シムネル、フログナルドがほっとした顔を見せ、アマンドはもう泣きそうだ。ブルダルーまでが厨房から出てきている。


「皆さん、本当にご心配とご迷惑をおかけいたしました」

「迷惑などと、とんでもない!」

「ご無事でよかった」

「お顔を見て、ほっといたしました」


 口々に声がかかり、それに頭を下げて礼を言う。


「行こう」

「はい」


 ライアンの手に背を押された。


「お!」

「まあっ!」

「きゃ……」

「しっ!」


 ざわりした気配に後ろを振り返ると、並ぶ使用人が一斉に頭を下げる。

 それに頭を下げ返して、リンは執事の案内に従った。その後ろで囁かれる声は聞こえずに。


「おい。見たか?」

「もちろん」

「手が腰、手が腰っ!」

「前より距離が近いわよねっ!」

「抱えこまれるようだったじゃない?」

「まだ昨日のお疲れが抜けていないのかも……」

「違うわよ! ライアン様の視線、甘いじゃない! リン様から外れなかったわ~」



 ◇



 家族のサロンには、ウィスタントン公爵夫妻に、ギモーブ夫妻、それからシュゼット、と全員が顔をそろえていた。


「来たかっ!」

「シュトロイゼル様」


 待ちかねたウィスタントン公爵が立ち上がり、カリソンになだめられてまた腰を下ろした。


「父上、母上、リンが無事に戻りました」

「この度はご心配とご迷惑をおかけ致し……」


 リンが挨拶を述べる前に、シュゼットが飛びついた。


「リン、ああ、リン。良かったわ。本当に心配していたのよ! どこも怪我はしていない? ああ、良かった」


 シュゼットはリンに抱き着き、ふと離れて顔を見て、またぎゅっと抱きしめた。

 無事を喜んでくれるその姿に、リンもそっとシュゼットを抱きしめた。


「ありがとうございます。ええ。怪我はなく」

「もう。ライアン兄さまったら、皆で心配していたのだから、館へ連れてきてくだされば良かったのに!」


 シュゼットは今度はライアンを見上げて、文句を言う。


「リンが疲れすぎていてね。休ませる判断をした」

「あら、本当に休ませた……」

「さあ。ライアン、リン、こちらへ」


 シュゼットの言葉を遮って、待ちきれなくなったシュトロイゼルが招いた。


 サロンで出されていたお茶は、リンが公爵に販売した紅茶だ。

 カップから薔薇の香りがふわりと香る。

 香るはいいが、どうやらライアンは甘々継続中らしい。ライアンの左手が自分の右手を探しに来た。皆の前でと内心焦るが、ここで振り払うのも違う気がする。

 あちらこちらからチラチラと視線が飛んでくるのを無言で耐え、お茶の華やかな香りを楽しんだ。


「本当に、顔を見てほっとしたわ。無事で良かった」

「今日は顔色がいいね。安心したよ。昨夜は今にも倒れそうで。その、なんだ。昨夜はゆっくりと休めたかい?」

「ギモーブ様っ」


 不用意な質問を繰りだしたギモーブの袖を、妻のケスターネが引っ張る。

 ライアンが、邪推をしてオグを送りこんだ次兄を睨んだ。


「はい。家に戻ったら安心して、ぐっすりと。寝過ごしたくらいで」

「そうか」


 ライアンがカップを置いた。

 チラリと視線を流され、リンも姿勢を正す。


「父上、母上。ご報告があります。私とリンは、これからの人生を共に歩むことを決めました」


 ライアンがそう口にした途端、サロンにいた全員が息をつめた。

 一言も逃さぬよう、カタリとも音を立てない。

 家族はもちろん、壁際に並ぶセバスチャンをはじめとした使用人たちも、壁と一体になろうと気配を消した。


「ドルーへの報告を済ませ、聖なるオークの一枝を賜っております。……シロにも理解を得ました。ぜひ、父上、母上にも、我々二人の結婚の許可と祝福をいただきたく」


 ライアンがすっと頭を下げ、リンもそれに倣う。


 その途端にサロンじゅうの雰囲気が緩み、わあっと爆発した。

 まず立ち上がったのは父であるウィスタントン公爵だ。


「でかした、ライアン! そうかっ! そうかっ! 結婚か! そうか、其方にも……!」

「ライアン、リン、おめでとう。良かったわ。……本当に、良かった」


 公爵夫人カリソンは、涙ぐんでいる。


「ライアン、いやあ、良かった~。おめでとう!」

「お兄様、リン! 嬉しいわ。リンが義姉になるのね」

「ライアン様、おめでとうございます」

「「「おめでとうございます」」」

「ああ、このようなお姿を見られる日が来るとは……!」

「良かったなあ。良かったなあ」


 家族は立ち上がってライアンとリンを抱きしめ、使用人も喜びを爆発させている。

 涙をこぼすものもいるが、皆が笑顔だ。

 リンは皆からの祝福に心から安堵した。


 興奮が冷めやらぬまま長椅子に落ち着いて、茶が入れ替えられた。

 今度はたぶんマチェドニアの茶で、ちょっと渋みがある。添えられたのは。バターたっぷりのスイートポテトは滑らかで、これがまた茶によく合う。

 

「それは無理であろう」


 どうやら中には、栗も入っているようだ。

 リンが茶と菓子に集中しようとしているのは、目の前でライアンが家族と言い争っているからだ。


「さすがに来年夏至の婚儀は早いのではないか? 準備が間に合わぬであろう」

「そうですよ、ライアン。結婚の準備には時間がかかるものです。それに、新生活を楽しみに一つ一つ揃えていく、その準備期間もまた楽しいものなのですよ?」


 公爵夫妻が言えば、シュゼットも応援する。


「そうですよ。お兄様。来年の夏は私の婚儀を司ってくださる約束ではありませんか。お兄様とリンが一緒に結婚したら、小さい頃からの約束はどうなるのです?」

「其方とフロランタンの婚儀は、夏至ではなく、夏の王都だろう? 問題ない」

「まあ! お兄様の婚儀も王都になるでしょう? 賢者二人の結婚式なのですよ。お披露目をしないわけにはいかないでしょう?」

「披露目はする。夏至にはアルドラに来てもらって、我々は聖域でドルーの前で婚姻の儀を行う。其方たちの婚儀は、予定通りに夏、王宮の始まりの一枝の前だ。私が執り行う。その後、披露目だ。それで問題ないだろう?」


 再来年以降が良いのではという家族の薦めにも、ライアンは首を縦に振らない。


「なんだか私たちの披露目に紛れて、お兄様は適当にごまかしそうですけど……」


 シュゼットがライアンをチロリと睨む。


「なんだ、ライアン。其方それほど婚儀が待てぬのか」


 公爵がニヤリと笑ってライアンをからかえば、ライアンは真面目な顔で頷いた。


「もちろん。冬至でもいいと思っているぐらいです」

「冬至だとっ⁉ 今年のか? あとふた月もないではないかっ!」

「まあっ! そこまでっ?」


 公爵は目を丸くし、シュゼットはなぜか嬉しそうだ。公爵夫人は額に手を当て、首を横に振っている。

 リンは思わず隣のライアンを見上げ、スイートポテトの大きい塊を喉に詰まらせた。

 慌てて胸を叩いていれば、ライアンが背の方を叩いてくれる。


「……ありがとうございます。もう大丈夫」


 涙目のリンにライアンがティーカップを渡し、そのままライアンの右手はリンの手を取り、左手はリンの背中を撫でている。

 もうリンしか見えていないようだ。


 その様子に、公爵は天井を見上げため息を吐いた。


「はあ……。わかった。気持ちはわからぬではない。冬至の婚儀はまず無理だが、夏至については城にも連絡を入れておく。しかし、其方……」


 自分にそっくりだという言葉を公爵は飲み込んだ。

調香術師カミーユが主人公の新作 ↓


調香術師のにぎやかな辺境生活 

https://ncode.syosetu.com/n3257ii/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MFブックス様より「お茶屋さんは賢者見習い 3」が11月25日に発売となります。

お茶屋さんは賢者見習い 3 書影
どうぞよろしくお願いします!

MFブックス様公式
KADOKAWA様公式

巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
[良い点] ええ話じゃあ…… 子供も賢者になって色々引っ張り回されるところとか 子煩悩なライアンとかも見てみたいのぅ……
[一言] お茶屋さん更新ありがとうございます♪ウィスタントントンの皆んなの反応はまあそうだよね〜、待ってたよね〜ですが、シロは。じーっと見つめて何を伝えていたのでしょう。大丈夫なのか?前科あるだろ?し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ