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Silver birds 2 / 銀鳥花 2

「あ、あ、あっ、グノームゥ……」 


 グノームは左足が沈みそうになり、慌てて右足に乗り換えた。

 左、右、左と換えているうちに、今度はつるりと滑って落ちそうになり、両手を回してバランスを取っている。

 リンが目の前のグノームに手を伸ばしている間に、ライアンはヒョイと湧き水をまたぐと、『水の銀鳥花』を押さえつけた。グノームごとしっかりと。

 安定したが動けなくなったグノームは、ライアンの手をペチペチと叩きながら困惑したように見上げている。


「そんな雑な……」

「何を言っている。採取優先。リン、そこの壺を」


 小さな磁器の壺がいくつも持ちこまれ、半分以上はすでに『水の鳥花(ウォーターバード)』が入っている。

 リンは一つを取ると、ライアンの手の中のグノームと交換した。

 

 花が咲いてしまわないよう、水の中で押さえたまま、その水ごと蕾を採取する。

 いっぱいに水をいれて栓をすると、ライアンは立ち上がった。


「『水の銀鳥花(シルバーバード)』採取完了だ」

「よしっ!」

「や、やったー!」

「うおー!」


 皆が立ち上がり、笑顔で声を上げる。

 騎士も、シュージュリーの者たちも。

 同じように立ち上がろうとしたリンがよろけた。


「リン!」


 ライアンが慌ててリンの腕を取った。


「すみません。大丈夫です。……ずっと座ってたからかな」


 失敗した、と言うようにリンは笑みを見せたが、ライアンの眉が寄った。

 リンの顔色が悪い。頬に赤みはなく、触れた手も冷たい。


「……話してくる。すぐに済むので今は腰かけているといい」


 リンを近くの石に座らせると、ライアンは足早に聖域を出て行った。




 ライアンが聖域の外に出ると、騎士がシュージュリーの者たちを座らせていた。

 先ほどまで一緒になって『水の鳥花』を睨んでいたためか、声を荒げることも、手荒な真似もすることはない。

 シュージュリーの者も大人しく従っている。

 近づくライアンを見ると、リンを攫った男がガバリと頭を下げた。

 その周りの者も、慌ててそれに倣う。


「……正直、言いたいことは山ほどある。だが、状況を聞けば、他に打開できる案も、時間もない」

「ではっ!」


 男が顔を上げた。


「だが、其方たちを許すことは難しい」


 男が再度、額を地にこすりつけた。


「俺がしたことです! 俺はどうなっても、この場で命を取られたっていい! 薬を、どうかっ!」

 

 ライアンは、背後でリンが立ち上がったのに気が付いた。

 内心でため息を吐く。リンは本当に人がいい。


「そのような意味のないこと。この場を汚すようなことも許し難い。……其方たちの中で一人、この薬花を持って出ることを許そう。どうせ、この先に協力者がいるのであろう? ああ、舟で待機していた者はすでに城門で押さえている」


 シュージュリーの者たちが顔を見合わせた。


「妹の出国をお許しいただければ」

「兄さん……!」


 メイドがハッと顔を上げ、隣に座る兄の腕をつかむ。

 ライアンがうなずいた。


「見ていただろうが、何も不審なものは入れていない。下手に毒見をしようとすれば花開く。このまま口に流し入れて蕾を噛みしめるようにせよ」

「はい」


 メイドが震えて頭を下げた。


「オグ『コロコロ草』はあるか?」

「ああ、あるぜ」


 ライアンとオグが、自分の鞄からそれぞれ薬草を取り出した。


「こちらが『コロコロ草』、風の力を補う。それから『グノーム・コラジェの根』、土の力を補う。これも合わせて取ると良い」

「……こちらも、ですか?」

「どこまでの力を持っているかはわからぬが、力は調和が取れてこそ安定する。……だが、これらを渡すには条件がある」

「条件」


 メイドがハッと頭を上げた。


「一つ目は皇帝が回復し、動けるようになりしだい、ヴァルスミアに連れてくること」

「それはっ! 先ほどはそのような条件はなかったはずだ!」

「陛下は私たちの動きをご存じなかったのです!」

「無理だっ! そのように動ける状況ではっ!」


 シュージュリーの者が口々に言うが、ライアンはため息を吐くと首を横に振った。


「自分のしたことは、自分に返るものだ。其方らの罪を皇帝に問うためではない。だが、皇帝に其方たちがしたことを告げてみよ。其方らの慕う皇帝が本当にその通りの人物であるなら、恐らく自らここを訪れると言うだろう。国を率いる者として」


 ライアンは続けた。


「これは先ほど話したことにも関係する。二つ目の条件は、東征中のシュージュリー軍を止めることだ」


 これはすでに話されていたことなのだろう。全員がコクリと肯いた。


「一つ目の条件は皇帝のためでもある。フォルテリアスの精霊術師は、幼き頃より精霊との関わり方、その力の正しき使い方を学ぶ。それすら知らないまま力を揮うようなことがあれば、再度体調は悪化するだろう」


 四人は困惑して視線を交わしていたが、男が尋ねた。


「……その方法を教えてくださると? 他国の、それも皇帝に?」

「それは皇帝次第だな。アルドラは会ったことがあるようだが、私はまだない。話して見なければわからぬ」

 

 シュージュリーの者たちは、どこか疑わしそうにライアンを見たままだ。

 リンがそっとライアンに近づいた。


「この方たちは、薬を探す時にも他国の者に精霊術師はいない。薬は他国に出せないと言われて、苦労したようですから……」


 ライアンがそれを聞いて目を閉じた。

 ふうっと息を吐き、次に目を開けた時、その視線は厳しかった。


「この場にあって、ドルーの大いなる慈愛に触れてまでも信じられぬか」


 ハッと四人が顔を上げた。


「我らが、いや、私が其方らを許しているのは、ドルーがそれを容認しているからだ。ドルーを探し、罪を犯してまでも薬を求め、その上で疑うとは全く愚かなこと」


 ライアンの口調は静かだが、怒りが籠っている。

 前に座る四人はその圧に押されて、さっと視線を下げた。


「この聖域はフォルテリアスの礎。ヴァルスミアは恵み豊かな守護の森。民が豊かで幸せであるようにとの、ドルーのご意思だ。人に与えられた精霊の加護は、導き、助ける力。其方、皇帝にそのままを伝えるが良い。後のことは皇帝が決めること」


 ライアンは騎士たちに目配せをした。

 騎士たちが土の上に座り込んでいる四人を立ち上がらせる。


「オグ、悪いが、薬事ギルドの夜番を起こして欲しい。『水の鳥花』は十分あるが、『コロコロ草』と『グノームコラジェ』はもう少し持たせた方がいいように思う」

「わかった」


 シュージュリーの者たちが連れて行かれると、側に寝そべっていたシロも立ち上がり、その後に続いた。森を出るまで見張るのだろう。

 見送って、ライアンは背後の石に座り込んでいるリンを振り返った。


「大丈夫か」

「ええ。さすがに疲れました」


 夜明けの光はまだ見えないが、どれぐらいの時が過ぎただろう。


「それはそうだ。さあ。歩けるか」


 ライアンに支えられて、リンは立ち上がった。

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[一言] 事はおさまりそうだけど結婚式に出れなかったのがただただかわいそう
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